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ここ数カ月の間に、ミッシェル・オバマ、オプラ・ウィンフリー、ナオミ・ワッツなどのセレブリティが、閉経期を迎えた自らの経験をインタビューなどで告白している。閉経は一般的に45~55歳に迎えることが多く、生理がなくなることで体内のエストロゲンが減少、ホットフラッシュや気分のムラといった不快な症状、いわゆる更年期障害に女性たちは悩まされる。しかし実は、閉経は女性各々だけではなく、経済にも大きな影響を与えている。
ホルモンバランスが崩れると更年期障害が発生
「閉経(メノポーズ)」とは、月経が永久に起こらなくなった状態をいう。女性の体が性成熟期の終わりに差し掛かると、「更年期」に突入する。卵巣の機能が徐々に低下していき、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が減少し、ホルモンバランスが崩れる。この状態を経て、最終的には月経がなくなり、閉経を迎える。閉経を迎える前の期間を、「閉経周辺期(ペリメノポーズ)」、文字通り、閉経の後を「閉経後(ポストメノポーズ)」と呼ぶ。閉経の前後約5年ずつ、合計で約10年間が更年期とされる。年齢的には45~55歳にあたることが多い。
ホルモンのバランスが崩れることで、心身にさまざまな不調が現れる。ホットフラッシュ、寝汗、寝つきの悪さ、不安感やうつ、記憶力や集中力の低下、関節痛、重い生理、膣乾燥や不快感といった症状があらわれ、個人差はあるが、体の各所に不具合が出る。こうした症状が、日常生活に支障が出るほど重くなるのが、「更年期障害」だ。
「更年期障害」は、よく聞かれる症状だ。しかし、実は更年期に入ると、心血管疾患のリスクが上がるといわれている。生殖年齢時、抗動脈硬化作用を持つエストロゲンにさらされるため、心血管疾患から守られているが、この保護機能は閉経後約10年でなくなるからだ。心疾患はがんに次いで死亡率が高い病気。全女性が経験する閉経の裏には、こんな危険が潜んでいる。
英・米共に、女性の生活に大きな影響を及ぼす閉経
ジェンダー平等と女性の権利のためのキャンペーンを展開する英国を代表する会員制チャリティ組織、フォーセット・ソサエティが昨年、「メノポーズ・アンド・ワークプレイス」という報告書を発表した。同年1月に英国に住む、45~55歳の4000人以上の女性を対象に行われた調査だ。それによると、全体の77%が「とてもつらい」症状を1つ以上経験し、69%が不安やうつに悩まされているという。
一方、米国でも、指折りの規模の大きさのシニアNPO団体、AARPが50~59歳の400人以上の女性を調査したところ、84%が更年期障害が生活に支障をきたしていると感じていることがわかった。
米国で更年期の女性向けのサプリメントを販売するボナファイド・ヘルス社は、40~65歳の1000人以上の米国在住女性を対象に、閉経期を迎えた女性がどのような状況に置かれているかの調査を2021年に行った。その報告書「ステート・オブ・メノポーズ」によれば、閉経が自分の生活に影響を及ぼしていると強く感じている人は全体の29%、影響を及ぼしていると感じている人は16%だった。程度には差があるものの、合計45%が、自分が閉経の影響を受けていることを認めている。
女性の職場でのパフォーマンスにも、更年期障害の大きな影
「メノポーズ・アンド・ワークプレイス」によると、英国において、更年期に仕事に就いていた女性のうち44%が、更年期障害が仕事に影響を及ぼしていたとしている。研究対象者の半分近くが、更年期がもたらす何らかの症状の影響を受けているのだ。さらに、それが原因で仕事への意欲を失くした人が61%。症状がひどくなればなるほど、意欲も減じている。また自信を失った人は52%おり、更年期障害が理由で仕事を休んだことがある人は26%いた。
米国を代表する大規模総合病院メイヨー・クリニックの女性健康センターと、北米更年期学会のディレクターを務めるステファニー・フォビオン博士は、米国内で働く4500人近くの女性に対し、2021年に調査を行った。その結果が、メイヨー・クリニックの「インパクト・オブ・メノポーズ・シンプトンズ・オン・ウィメン・イン・ワークプレース」という報告書にまとめられ、今年4月に発表になった。それによると、女性らの約13%が更年期の症状が原因で仕事に悪い影響が出たといい、11%弱が仕事を複数の日にわたって休んだことがわかった。
更年期障害で、女性のキャリアが水の泡に
英国では、50歳以上の女性が労働力の中で最も急速に成長しているセグメントだ。米国では45~54歳の女性が、女性労働者の20%を占める。この年齢は、キャリア上の成熟期であり、労働者として最も価値がある時期だ。中には、キャリアを成功させ、リーダーになる女性も出てくる。
それにも関わらず、仕事に対する自分の能力に疑問を感じた英国女性の14%が勤務時間を減らし、同じく14%がパートタイムに切り替えている。8%は昇進の機会を見送っている。10人に1人は辞職に踏み切った。更年期障害が原因だ。
米国でも状況は変わらない。エビデンスに基づく不妊治療のサポート企業キャロット・ファーティリティ社による、40~55歳の女性労働者1000人を対象に行った調査では、女性の半数近くがリモートワークを求めて転職しようとしている。これは仕事を在宅で行う方が、更年期の症状が出た際に対応しやすいから。さらに早期退職を考えている女性は22%もいた。英国でもこの割合は18%。2021年に保育サービスを提供するコル・キッズ社が、45~67歳の女性2000人に対して行った調査の結果だ。
マッキンゼー・アンド・カンパニーと、女性の社会進出を支援するNPO法人LeanIn.orgが昨年10月に発表した報告書によれば、取締役クラスの女性が1人昇進するごとに、2人の女性取締役が退職を選んでいるそうだ。企業のトップクラスにいる女性は、かつてない高い割合で役職を退いているという。
更年期障害が英国経済に与える損失は、約3300億円
更年期障害は各女性のみならず、社会にも大きな影響を与えている。英国の更年期クリニック、ヘルス&ハーによる2019年の調査では、更年期障害は英国経済に毎年1400万労働日分の損失を与えているそうだ。平均的な労働日に関連するGDPを考慮すると、英国経済にとっておよそ18億ポンド(約3300億円)のGDP損失に相当する。退職した女性の代わりを見つけるのも安くない。3万ポンド(約550万円)以上のコストがかかる。
米国のメイヨー・クリニックによると、更年期障害による生産能力の低下、治療費の加算で、米国経済は年間266億ドル(約3兆7000億円)の損失を出しているという。労働時間の短縮、雇用の喪失、早期退職を考慮せず、欠勤にかかるコストは、年間18億ドル(約2500億円)と試算されている。
エール大学医学部の研究によると、更年期障害を持つ女性が仕事を休むと、女性1人当たり年間770ドル(約10万7000円)、間接費用で年間2700万ドル(約37億円)が余計にかかるという。
タブー視されてきた閉経や更年期障害を、オープンに
2021年、2500人の女性に対し、米国の更年期を専門としたオンライン健康サービスを提供するジュネヴ社が行った調査で、更年期にある女性の99%が、職場で更年期に対するサポートを何も得ていないと答えている。これはフォーセット・ソサエティの報告書に書かれているように、英国でも同じ状況だ。米国でも、英国でも、更年期障害が原因で職場を欠勤する際、病気休暇を利用し、本当の理由は明かさないという女性が多かった。
近年、メンタルヘルスの問題や生理など、従来タブー視されてきたことをオープンにする傾向が顕著になっている。メイヨー・クリニックは、「閉経」や「更年期障害」も躊躇することなく話せる環境を、職場側で整える必要があると強調する。キャロット・ファーティリティ社最高経営責任者のタミー・サン氏は、更年期の女性が抱える問題を認識していない企業は、有能なシニア女性を失う危険性があると、大手総合情報サービス会社「ブルームバーグ」で忠告している。
先のジュネヴ社の調査では、66%の女性が、企業は閉経や更年期の専門医訪問を女性従業員に無料で提供するべきだと考えている。ボナファイド・ヘルス社の「ステート・オブ・メノポーズ」は、更年期障害に悩む女性の73%が、症状を治療・改善できる可能性があるにも関わらず、医者に行かないことを問題視している。
更年期障害の女性サポートでは、米国より一歩先んじる英国
政府や企業に対する圧力が、今までになく高まる中、更年期障害に悩む女性のための対策では、英国が米国より一歩リードしている。英国議会の女性平等委員会は、職場における更年期障害に関する広範な調査を行い、「更年期障害」大使の任命や、全国の組織で実施するためのモデル更年期障害ポリシーの開発など、いくつかの重要な勧告を政策立案者に提示している。
また英国では、「メノポーズ(閉経・更年期)・フレンドリー認証」が専門家によって運営・認定されている。これがあることで、企業・組織は何を目指すべきなのかの指針を得ているようだ。職場でどのように更年期の従業員をサポートするかを明確にし、更年期について話しやすい環境を整え、該当する従業員に適切なサポートを提供できているかが審査され、認定が下される。年に1度、更年期障害に対する考え方を変えようと努めている企業・組織を集めて、「メノポーズ・フレンドリー・エンプロイヤー・アワーズ」も開かれている。
さて、更年期および閉経後にある女性の世界人口は増加し、2030年までに12億人に達し、毎年4700万人が、新たに加わると予測されている。更年期障害に悩む女性へのサポートは、各々の女性を助けるだけではない。働き盛りの女性が仕事を続け、能力を発揮できれば、その分、国の経済発展に貢献することができる。男女のジェンダーギャップの緩和にも役立つに違いない。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)