英国一国分の価値を生み出すジェネレーティブAI、非生成型AIにも影響

ジェネレーティブAIの普及により、経済・社会や労働市場にどのような影響が出るのか、様々な議論がなされている。マッキンゼーの最新レポートでは、将来に関する具体的な数字が明らかにされた。

まず、雇用に関して「2030年から2060年の間、中央値として2045年には、現在の仕事の約半分が自動化される可能性がある。これは、以前の予想よりもおよそ10年早いものだ」とレポートは指摘している。

経済への影響に関しては、ジェネレーティブAIを活用した自動化により生産性が向上することで、世界経済に年間2兆6000億〜4兆4000億ドルの価値が付加されると予想。これは英国と同じ経済規模を持つ国が新たに誕生することに相当する。英国の2021年のGDPは、3兆1000億ドルだった。また2023年7月6日時点におけるアップルの時価総額(3兆500億ドル)とも同水準となる。

マッキンゼーは2017年にもAIによる自動化調査を実施しているが、このときはジェネレーティブAIの影響が加味されず、「非ジェネレーティブAI(非生成型AI)」の影響のみが算出されていた。この時点では、非ジェネレーティブAIによって9兆5000億〜15兆4000億ドルの経済価値が創出されるとの予想が展開されていた。一方最新レポートでは、ジェネレーティブAIが非ジェネレーティブAIにもプラスの影響を及ぼし、その経済価値は前回調査に比べ15〜40%増加し、11兆〜17兆7000億ドルに達すると上方修正された。

ジェネレーティブAI、産業・業務別のインパクト

マッキンゼーはこの最新レポートを作成するにあたり、850の職業と2100の詳細な業務活動を47カ国で調査し、産業・業務ごとにジェネレーティブAIがどこまで浸透するのかを評価している。

以前のレポートでは、2016年時点における労働者の業務の50%が2035〜2070年の間(中間シナリオ2053年)に自動化されると予想されていたが、ジェネレーティブAIの影響を加味した最新調査では、業務の50%が自動化されるのは2030〜2060年(中間シナリオ2045年)と、およそ10年早まる可能性が示された。

またジェネレーティブAIの登場によって、業務の自動化割合が高まる可能性も指摘されている。これまでの推計では、業務の約50%が自動化対象になるとされていたが、ジェネレーティブAIの自然言語能力を加味すると、自動化割合は60〜70%に上昇すると結論づけている。

同レポートは、産業別のジェネレーティブAIの影響も算出している。

ジェネレーティブAIの付加価値の絶対値が最大となるのはハイテク産業で、その額は2400億〜4600億ドルと予想されている。このほか付加価値の絶対値が大きな産業として、リテール(2400億〜3900億ドル)、銀行(2000億〜3400億ドル)、旅行・交通・ロジスティクス(1800億〜3000億ドル)、アドバンスド・マニュファクチャリング(1700億〜2900億ドル)、コンシューマパッケージ(1600億〜2700億ドル)、ヘルスケア(1500億〜2600億ドル)、エネルギー(1500億〜2400億ドル)などがある。

各産業の収益に占めるジェネレーティブAIによる付加価値の相対値は、ハイテクが4.8〜9.3%で最大となり、これに銀行が2.8〜4.7%、製薬が2.6〜4.5%、通信が2.3〜3.7、教育が2.2〜4%、保険が1.8〜2.8%、メディア・エンタメが1.5〜2.6%と続く。

ジェネレーティブAIの影響は産業別に異なるが、業務別での影響は概ね同じだ。

業務別で見ると、ジェネレーティブAIによる付加価値が最大となるのは、マーケティング/営業で、その額は7600億〜1兆2000億ドルに上る。このほか、付加価値が大きくなる業務として、ソフトウェアエンジニアリング(5800億〜1兆2000億ドル)、カスタマーオペレーション(3400億〜4700億)、プロダクト/R&D(2300億〜4200億)が挙げられる。

マーケティング/営業では、ジェネレーティブAI活用によりパーソナライズされたコンテンツ作成が可能となり、マーケティング機能の生産性が5〜15%増加、また営業の生産性も世界的に3〜5%向上すると見積もられている。

ソフトウェアエンジニアリングでは、ジェネレーティブAIが初期のコード作成、修正と再構築、原因究明、新しいシステム設計の高速化に活用され、ソフトウェア開発の生産性を20〜45%向上させることが期待されている。

さらにR&Dでは、ジェネレーティブAIを導入することで、材料の効率的な選択・使用が可能となるだけでなく、製造プロセスを考慮してプロダクトデザインを最適化することもできるようになり、コスト削減の実現が期待される。

特化型ジェネレーティブAI

各業務を大幅に効率化することが期待されるジェネレーティブAIであるが、これが実現するには、各業務・分野に特化した知識やデータ(proprietary knowledge )によってトレーニングされた特化型AIモデルの存在が重要となる。

ChatGPTは主に一般消費者向けに展開されるジェネリックなAIボットといえる。一方、すでに各業務を専門とする特化型ジェネレーティブAIは複数存在しており、利用する企業も増えつつある。

たとえば、マーケティングのコンテンツ生成に特化したジェネレーティブAIとしては、Jasper、Writesonic、Rytr、Copy.ai、grammarly、wordtuneなどが有名だ。

Jasperは、フェイスブック広告やグーグル広告のヘッドラインだけでなく、アマゾンで販売する商品の紹介文、インスタグラムのキャプション、マーケティングEメール、不動産リスティング用の文章生成のテンプレートがあり、マーケティング分野で時間がかかる工程を自動化することが可能となる。

また、「AIDA(Attention、Interest、Desire、Action=注目、興味、欲求、行動)フレームワーク」や「PAS(Problem、Agitate、Solution=問題提起、扇動、ソリューション)フレームワーク」といったマーケティング理論に沿った形で、コンテンツ生成するテンプレートも備えている。

このほかソフトウェアエンジニアリング分野では、開発者が書いたコードに基づいて次のコードを予測し、適切な提案を行うAIツールTabnineやMutable AI、コーディングのエラー確認やコード品質を評価するAIツールCodacyなど、複数のジェネレーティブAIツールが存在している。

現在の業務の50%以上がジェネレーティブAIによって自動化される未来が予想されているが、マッキンゼーは、業務の全体が自動化される訳ではないとし、直接的に雇用喪失にはつながらないと指摘している。ただし、働き方が大きく変わるのは事実であり、労働者が新しいスキルを学ぶサポートは必要だと述べている。

文:細谷元(Livit