ドバイといえば、空に向かってそびえる数々の高層ビルや巨大なショッピングモールを思い浮かべる人が多いだろう。ここは、優秀な人材が集まる世界でもトップクラスのIT・ハイテク都市としても知られている。

そんな「未来都市」のイメージと相反するかのように、ドバイを含め、アラブ首長国連邦(UAE)内で意外にも頻繁に行われているイベントが「ブックフェア」をはじめとする書籍関連イベントだ。

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国全体で3月を「読書月間」と定め、アラブ世界でも指折りの蔵書数を誇る図書館もある。読書への入れ込みようは大変なものだが、決してこれは一時的なものではない。2026年までの10年にわたる国家戦略なのだという。

イベントを通して、国民に本好きになってもらう

UAE内の7つの首長国で行われている書籍・文学関連イベントの数は、出版社のコンフェレンスや規模の大きな書籍販売イベント、賞の授与式なども入れると軽く10を超す。

主だったイベントとしては、毎年2月の約1週間の会期中、約11万人が訪れるエミレーツ・エアライン・フェスティバル・オブ・リテラチャー(EAFL)、毎年5月の1週間に15万人以上のビジターが足を運ぶアブダビ・インターナショナル・ブックフェア、毎年5月、12日間にわたって行われ、12万人以上の来場者があるシャルジャ・チルドレンズ・リーディング・フェスティバル(SCRF)、毎年11月に12日間にわたり、200万人以上が訪れるシャルジャ・インターナショナル・ブックフェアが挙げられる。

シャルジャ・チルドレンズ・リーディング・フェスティバル(© 2023 · Sharjah Children’s Reading Festival)

つまり、夏休みを除き、ほぼ1年間、まんべんなく書籍関連イベントが行われている。そのどれもが、アラブ世界のみならず、世界中から作家、出版社、コンテンツ制作者、クリエーターを集め、国内の読書家との間を橋渡しする役割を担っている。

各々何百というアクティビティを散りばめながら、出版界や映像界のトレンドや、話題の書籍・作家を紹介し、国内の人々の興味をそそる。世界を見、理解し、他国の人々と共により良い社会を築いていくための手段として読書を薦めるフェスティバルもあれば、アラブ世界の出版とグローバルなクリエイティブコンテンツのハブを目指すブックフェアもある。

共通点は、年齢を問わず、人々に読書好きになってもらうことに重きが置かれているところだ。

毎年3月の「読書月間」を通じて、読書を生活の一部に

1~2週間ほど続く書籍関連イベントのほかに、3月には全国が「読書月間」に入る。2017年に始まって以来、毎年行われており、年齢や職業に関係なく、読書が薦められる。期間中、書籍のセールがあったり、作家に会う場が設けられたり、ワークショップが行われたりと、書籍関連イベント同様、数多くのアクティビティが実施される。

またこれらに参加しなくても、EAFLの協力で、地元のエンタ―テインメント情報誌『ワッツオン・ドバイ』のウェブサイトに隔週で掲載される、お薦めの本の情報などをチェックすれば、読書月間を有意義に楽しめるようになっている。読書月間なので、当然、国民の読書への関心を高め、本に親しみ、それが日常生活の一部になるようにというのが狙いだ。

7階建て6万平方mの図書館の蔵書数は数百万冊

読書月間の際には、本の貸し出しだけでなく、販売も行うという各地の図書館。国内には、大学などに付属のものも含め、200近い図書館があるという。

© Vicharam (CC BY-SA 4.0)

中でも、ムハンマド・ビン・ラーシッド・ライブラリーは、中東・北アフリカ地域(MENA)で最も規模の大きな図書館といわれている。コーランを置く伝統的な木製の書架、レールを模した建物で、6月にちょうどオープン1周年を迎えた。世界中から書籍を取り寄せ、蔵書数は数百万冊にもなるという。こうした選りすぐりの書籍や学術資料、質の高い情報サービスなどの提供を通じて、国内に住むすべての人々、特に若者の知識欲を駆り立てようというのが、設立の主な理由だ。

ドバイ首長の名を冠した同図書館は7階建て6万平方mの面積。東京ドーム約1.3個分の広さだ。館内は、さらに10の図書館に分けられている。地図やメディア・芸術、ビジネスなど、各分野に特化した図書館もある。電子書籍やデジタルメディアが充実しており、視覚障がい者のためにオーディオブックを用意し、点字書籍を増やすよう努めている。

またアラビア文学・文化・遺産の保護にも力を注いでいる。館内で文学作品や貴重な古文書を公開するのと並行して、若手アラビア語作家の支援、アラビア語出版プログラムの運営なども行っている。

読書熱の裏には、知識基盤型社会を目指すための国家読書法が

書籍関連のイベント、読書月間に、たくさんの蔵書を抱える図書館と、「本を読む」ということに尋常ならぬ熱意を感じざるを得ない。それもそのはず、UAEには、2016年11月に公布された、国家読書法(National Law of Reading)なる法律があるのだ。

読書は、幼少期から保証されている社会の構成員すべての権利だ。同法の狙いは、最終的には知識基盤型社会の構築にある。そこに到達するために、読書を活用しようというのだ。全国民に生涯教育のための基礎として本を読むことを薦め、人々の知力と認識能力の向上を図る。人材育成を支援し、豊富な知識をそなえたリーダーを産み出し、国の知的生産を支える。

国家読書法の発表に当たっての記者会見(© 2023 GDMO)

同法は、読書の価値を確立するために必要となる法的枠組み、行政プログラム、取り組みを行う政府内の省庁の責任を取り決めており、1億UAEディルハム(約39億円)の資金が当てられている。同法を発表した当時のUAE大統領、シェイク・ハーリファ・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン殿下は、これを「社会における読書の浸透を促すための、あらゆる取り組みを制度化するもの」と説明している。

書籍関連イベントや読書月間の実施、図書館の設立はどれも、UAEの将来を左右する重要事項なのだ。ちなみに、読書月間のスローガンは「UAE国民は本を読む(UAE Reads)」。「国民が、国の制度や国家の発展に不可欠な読書文化を形成する」という政府の理想をそのまま表していると言えよう。

本は捨てない、就業時間中に本読みOKなど、ユニークな法律

読書の充実を図るという課題に取り組むのは教育省、保健・予防省、文化・知識開発省、地域社会開発省などだ。横のつながりも大切にしながら、プロジェクトを進めている。

読書を広く、深く浸透させるために、新生児から幼児という早い時期に書籍を配布し、子どもに読み聞かせをする親を支援する。教育システムと読書を完全に統合する。ボランティアグループを作り、子ども、入院患者、特別支援を必要とする人たち、高齢者に読み聞かせをする。わずか2%の図書館利用者の割合を、開館時間の変更、イベントの開催、館内にカフェをオープンすることなどを通して、増やす。

ユニークな取り組みもある。学生に本の大切さを伝えるために、読み終わった本は捨てず、再利用や寄付をするように指導する。ショッピングモール内のカフェは、顧客数に応じ、客向けに雑誌などの読み物を用意・提供しなければならない。商品やサービスに課される、5%の付加価値税(VAT)を書籍からは免除する。公務員は、仕事関連の専門的知識習得や自己啓発のための本であれば、就業時間中に読むことが許される。

成人の50%、学生の80%が読書を習慣化させるよう指導

読書法を軸に、2016年から向こう10年にわたる「国家リテラシー戦略(National Literacy Strategy)」が立てられている。2016年を「読書年」とすることのほか、毎年3月を全国的な「読書月間」とすることが決められた。

また、2015年12月に実施された調査で、健全な読書習慣が国民の身についていないことが明らかになった。国民の70%が本を読まず、学生でさえ年間の読書量がたった4冊。大学に進学するとその数はさらに減少するという。

この調査結果を踏まえ、国の成人の50%、学生の80%が読書を習慣化すること、学生1人当たりの平均読書冊数が年間20冊に達すること、そして、保護者の半数が子どもへの読み聞かせを行うことが、同戦略の中に盛り込まれた。

故シェイク・ハリーファ・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン前大統領は、国家読書法ができた際、知識集約型経済を確立するためには、身の回りで起きている出来事や優れたアイデア、最新の理論を十分に理解できる多くの本を読んで知識を得た世代を育成することが必要だと強調していた。

経済開発協力機構(OECD)なども、知識集約型経済の指標について、科学者や技術者がどれだけいるかや、学生の数学や科学の成績に焦点が行きがちだが、実際イノベーションのためには、読解リテラシーやコミュニケーション能力などのスキルがなくてはならないとしている。

UAE副大統領兼ドバイ首長である、シェイク・ムハンマド・ビン・ラーシッド・アール・マクトゥーム殿下は、「読書の普及は国家の発展と進歩の鍵」「読書は知識の鍵であり、さまざまな分野で最高レベルの革新に到達するための架け橋」との考えを示している。

子どもたちと本を読む、シェイク・ムハンマド・ビン・ラーシッド・アール・マクトゥーム殿下(© 2023 GDMO)

UAEの学生の文章理解力が、徐々にアップ

シェイク・ムハンマド ドバイ首長は、読書の利点を、2015年から「アラブ・リーディング・チャレンジ」を通じてアラビア語圏の学生にも広めている。これは、1~12年生のアラブ学校の学生を対象に、年間最低50冊のアラビア語の本を読み、内容を要約するコンテストだ。当初は中東だけだったが、世界に広がり、今年は46カ国から2480万人が応募。過去最多の応募者数となった。勝者は9月に発表予定だ。

2022年の「アラブ・リーディング・チャレンジ」の授賞式の様子(© 2023 GDMO)

また、UAEにある公立・私立の学校663校の小学5年生約3万人を対象に、国際学術研究団体、国際教育到達度評価学会(IEA)が行った、2021年の国際読書力調査(PIRLS)の結果が5月に出た。PIRLSは、文章を理解する能力を測定するために、5年ごとに行われるテストだ。

それによると、UAEの学生は、前回(2016年)と比較し、33点上がり、今回の平均点は483点まで伸びた。世界的な平均点、500点まであと少しだ。決して高い点ではないが、IEAはUAEの学生が着実に進歩しているとコメントしている。

国家リテラシー戦略が終了する2026年まで、あとわずか数年。UAEはそれまでに、国の発展に寄与できる若い世代をどれだけ増やすことができるだろうか。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit