日本では不妊に悩むカップルが増え、その数は22.7%、つまり4.4組に1組のカップルが不妊の検査や治療を受けている状況にある(※)。昨今では妊活の広がりとともに、妊活や不妊に関する男女の意識の違いが浮き彫りになってきた。不妊の原因は男性にも半分ほどあるにもかかわらず、自分に原因があると考える男性は少ない傾向にあるだろう。
※第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)/国立社会保障・人口問題研究所(2022年)
今回、若手俳優として活躍中の前田旺志郎さん(以下、敬称略)と順天堂大学 大学院 医学研究科 産婦人科 教授の河村和弘先生(以下、敬称略)が男性の妊活やライフプランについて語り合った。今春大学を卒業し、改めて社会人としてスタートを切った前田さん。一人の男性としてこれからのライフプランをどう考えているのか、また身体のことについて不安に思うこととは――。不妊治療を専門とする河村先生が、前田さんの疑問に答えながら、男性の精子や妊活の現実についても解説していく。
具体的な時期を決める、それがライフプランニングの第一歩
ライフプランとは人生の設計図のようなもの。結婚や出産など、これからの人生においてどんなイベントが起こるのかを考えたり、それに必要なお金やキャリアプランを準備したりすることも含まれる。とはいえ、若い世代では「まだまだ先のこと」と思っている人も多いだろう。現在22歳の前田旺志郎さんの場合は――。
―― 前田さんは早くから芸能活動をスタートさせていらっしゃいますが、これからのキャリアやライフプランについて考えることはありますか?
前田「漠然とですが、この先30・40代も常に楽しく、心が動く仕事をやっていたいという思いがあります。いまは俳優という仕事を楽しくやらせていただいていますが、これまでは明るいムードメーカー的な役柄が多かったので、サイコパスの犯罪者などダークサイドも演じてみたい。幅広い役柄を演じられる俳優になりたいです。
プライベートでは、将来結婚をしたいという気持ちはすごくあります。子どもも育てられたらいいなあと。兄と2人兄弟で育ってすごくよかったと思っているので、僕自身も男の子2人の親になれたら面白そうやなあと、想像することはありますね」
河村「前田さんは今後のキャリアや結婚のことなどをよく考えられていますね。ただライフプランを描く場合には、同時にタイムラインを意識していただくといいと思います。将来結婚してパートナーと家庭をつくっていきたい。じゃあそれはいつ頃なのか?と、具体的な時期を考えることが実はすごく重要だったりするんです」
前田「なるほど。体力があるうちがいいだろうとは思っていましたが、これまで健康に過ごしてきたので『まだ元気だから大丈夫』と、いつまでという年齢についてはまったく気にしていませんでした。それにそもそも妊活の知識がまったくなくて……。現時点では何を気にしたらいいのかすら、正直わからなかったりします」
若い世代も知っておきたい、無精子症は100人に一人の現実
河村「私は生殖医療の分野で仕事をしていますが、不妊症と一言で言ってもさまざまなケースがあります。一般的に女性は35歳ごろから妊娠率が低下し、流産率が増加していくため、不妊の原因は女性にあると思われがちです。でも、原因の約半分は男性側の原因によるものなんです。いざ子どもが欲しいと思って、子づくりを始めてからできないと悩み、病院を受診して初めて男性不妊症だったと気付くカップルもいます。前田さんの年齢や健康状態でも『絶対問題ないですよ』とは言い切れないんです」
前田「え!?それは結構ショッキングな話ですね……。健康に過ごしていても不妊症になることがあるんですか」
河村「ええ。男性不妊症の主な原因は精子の状態や排出に問題がある場合と、射精や勃起に問題が生じている性機能障害の大きく二つに大別されます。そのうち8割以上を占めるのが精子をうまくつくれない造精機能障害で、無精子症は成人男性の約100人に一人の割合でいることがわかっています」
前田「無精子症が100人に一人ですか……。1万人に一人ぐらいかなと思って聞いていましたが、思った以上に多いですね。無精子症だったり、精子に異常があったりする場合、病院で調べて、そこから何らかの対策をする必要がありますよね?」
河村「そうですね。精子に問題があっても、自覚症状はないので気付いていない方がほとんどです。前田さんが自分の精子を調べたい場合には医療機関で検査する方法がありますね。
ただ、わかっていることもあって、男性不妊症の方は卵子を受精させる能力が低いんです。さらに、年齢とともにその能力が低下して、造精機能障害が増えてしまいます。つまり、男性の不妊症においても加齢の影響はあると考えられているんです。世の中には70代、80代で子どもを授かる男性もいますが、あくまで特例だと思ってください。妊娠の機会を逃さないためには、自分の精子はどうなのか、一度検査をしてみることが大切です」
<男性不妊の原因>
妊活.net(https://www.fertility.com/jp-ja/understanding-fertility/male/causes-of-infertility.html)もご参照ください。
●造精機能障害:精子をつくる機能に問題がある。検査で、精液に含まれる精子の数が非常に少ない(乏精子症)、またはまったく精子がいない(無精子症)ことが判明した場合、精巣から精子を採取する治療法が推奨されることがある。
●精路通過障害:精子の通り道である精管に問題が起こり、精液中に精子が含まれない、または少ない状態になること。原因には精管閉塞、感染症によるものなどがある。また、避妊のために精管切除を行っている場合には手術で元に戻すことができる場合がある。
●その他:精子形成能力に影響する疾患として精索静脈瘤(りゅう)、精巣損傷、精巣がん、遺伝子によるもの、思春期以降のおたふく風邪の影響などが不妊症の原因となることがある。
精子の状態を悪くしてしまう生活習慣とは?
前田「加齢とともに精子の状態も悪くなるし、若くても油断できない……。これは知っておくべき知識ですね。将来の妊活のために、日常生活で僕らができることはないんでしょうか?」
河村「実はさまざまな疫学調査で日常生活のどんなことが精子をつくる機能に悪影響を及ぼすのか、という研究がなされており、精子を元気に保つためにすべきこともあるんです。ここで問題ですが、女性の卵巣はおなかの中にあるのになぜ男性の睾丸(こうがん)・精巣は体の外にあると思いますか?」
前田「え、何でやろ……。でもそう問われると、たしかにもうちょっと守りやすい形ではあるべきだとは思いますね。ボールが当たるとめっちゃ痛いですし。うーん、なかなか答えがわかりません……教えてください!」
河村「精子をつくり出すには、精巣の温度が35度ぐらいが適温とされており、温度が上昇してしまうと精子がつくられなくなるとされています。人の体温はそれよりも少し高いので、精巣は体の外側にあるんです。そのため、男性は股間の風通しを良くして温度が高くならないようにしておきたい。締め付けるようなフィット感の強い下着は避けた方がいいでしょう。血流が悪くなることも精巣には悪影響です。下着はできればトランクス型を選ぶ、またサウナなどの高温の環境に長期に滞在することはできるだけ避けた方がよいと言われています」
前田「僕はピッタリとしたパンツの方が好きなんです。守られている安心感があって。でも精子のためには逆なんや……。初めて知りましたけど、これは意識したいと思います」
河村「もちろん普段から健康に留意することも大切です。喫煙や肥満は精子異常や勃起不全のリスクを高めるとされていますから」
前田「男性不妊症の原因のうち、射精に問題があるということも話されていましたけど、これは具体的にはどんな問題があるんでしょうか?」
河村「射精障害とは勃起できずに挿入できない場合や、勃起はしても射精がうまくいかない場合のことを言います。その原因の一つが日頃のマスターベーションのやり方です。回数が多いことはさほど問題ではなく、精子をフレッシュにしておくことは妊活にプラスになると言われています。
問題は、物理的刺激や視覚的聴覚的刺激が強い場合で、マスターベーションの際の刺激が強過ぎてしまい、女性の腟(ちつ)内で射精できなくなることがあるのです。そのほか糖尿病、高血圧、肥満、睡眠時無呼吸症候群といった生活習慣病が原因となるケースや、精神的なストレスやプレッシャーによっても射精障害は起こり得ます。
性交渉がうまくいかないというのは男性にとって心理的な負担が大きいものですよね。妊活には時間的なリミットもありますから、解決方法として人工授精や体外受精が勧められる場合がありますね」
生理、性感染症。知識があれば互いを大事にできる
―― 女性は妊娠・出産という大きなライフイベントがあるため、年齢や妊活を早くから意識する方が男性より多いと思います。それだけにいざ妊活を始めると、パートナーとの情報量の差、向き合い方の違いが温度差となってカップルを苦しめてしまう場合も。そもそも生理やPMS(月経前症候群)など女性が抱える身体の問題について、男性はどう向き合ったらいいのでしょう。前田さんはどれくらい知識がありますか。
前田「記憶にあるのは、学校で男女別々に分けられて女子は生理について教わる授業があったということくらい。10代の頃は、女性には生理があっておなかが痛くなったり、イライラしたりと男性にはない苦労があるのだなあという程度の知識でした」
河村「子宮内膜が排出されるときに筋肉が収縮して起こるのが生理痛で、人によっては学校を休まなくてはいけないほど痛みを感じる方もいます。痛みのつらさは本人にしかわからないことですが、プールの授業を休んだりするとからかわれたりするというのは、やはり男性側の理解不足。しっかりとした教育が必要なことだと思いますね」
前田「大人になるにつれて、女性の友人が生理やPMSについてフランクに話してくれることが増えました。10代の頃は、僕ら男性の知識不足で、女性を傷つけてしまうことがあったかもしれませんね……」
河村「ちなみに『生理中の性交渉は妊娠しない、避妊しなくていい』というのは誤りです。男性の精子の寿命は一般に射精から72時間とされていますが、中には精子が1週間ぐらい生きていることもあります。たしかに確率は低いのですが、生理中でも妊娠のリスクはあることを覚えておきましょう。
加えて、生理中のセックスは細菌感染のリスクが高まるということも男性には知っておいてほしいですね。生理中はちょっとした刺激でも腟内が傷つきやすくなっていますし、経血に触れるという点でも注意が必要です。また精液中に痛みを誘発する物質が含まれているので、生理痛が強くなる可能性もあります。女性は生理周期によって心と体にさまざまな変化が起こります。妊活も、互いの体調を思いやって二人で取り組んでほしいですね」
前田「性感染症についても注意が必要なんですね」
河村「ええ。例えば、クラミジアや淋菌といった性感染症は子宮頸管に感染し、卵管にまで広がって炎症や癒着を起こします。そうなると卵子がうまく運ばれなくなり不妊症や子宮外妊娠の原因になってしまいますし、治療には手術が必要になります。性感染症の場合も、女性の方に影響が大きいんですよ。
性感染症は初期には自覚症状がない場合も多く、感染を放置すると相手にうつしてしまうことがあります。また無防備な性交渉は、当然のことですが感染のリスクを上げてしまいますから、妊娠を考えない時期は、避妊と感染症にかからないため、そしてパートナーにうつさないために避妊具で防ぐことが必要です」
前田「こうした正しい知識を知らないと、いろんなリスクがあること自体に気付けないということですよね。もし性感染症になった場合には、治療を受ければ治るものなんでしょうか?」
河村「早期に見つかれば治療も負担の軽い方法で済むことが多いのですが、性感染症の多くは初期には自覚症状がない場合があるので早期発見につながらないことがあります。パートナーができたら、カップルで検査を受けることを勧めたいですね。結婚前に受ける検診として『ブライダルチェック』なども検討してほしいです。
<ブライダルチェック>
妊娠・結婚を控えている男女を対象としたトータルチェックで検診メニューのこと。女性は婦人科、男性は泌尿器科などで受診することができる。妊娠・出産に影響を与える病気や感染症の有無、卵巣予備能検査や精液検査などが含まれる。
パートナーと進めていく妊活、男性側ができること
前田「ここまでお話を伺って、初めて結婚や子どもを持つということが現実味を帯びてきました。今までは子どもがいたら楽しいだろうなとか、それぐらい漠然とした目標だったんです。もちろん人生において仕事も大事ですけど、プライベートについて考えることも大事で、今この22歳の年齢から計画的に考えていかないといけないんだと、ちょっと焦りを感じました。でも、なかなか僕くらいの世代だとそこまで考えていないかもしれません」
河村「当然のことながら体は年齢とともに変わっていきます。妊娠・出産には適齢期があるということは、ライフプランを考える上で意識しておいてほしい大切なポイントです。男性が女性と一番違う点は、女性は卵巣の中に卵子のもとがあって、生まれる前から卵子の数が決まっているということ。一方、男性は精巣の中に幹細胞というものがあって年齢を重ねても精子をつくり続けることができます。とはいえ、もとになる細胞も老化していくので男性も油断してはいけません」
前田「卵子の数ってもともと限られているものなんですね。これも初めて知りました!今まで考えたこともなかったです……。ただし、知ったからには男性側がいかに気遣ってあげられるか、一緒に考えていくことが必要なんだというところも、すごく大事な気がします。そのためには、やっぱり正しい知識をインプットしていかなければいけないですよね」
河村「これまで不妊症のカップルを何組も見てきましたが、男性は『仕事が忙しい』の一言で、治療に来ない方が本当に多いんです。女性だって忙しいと思うのですが。また、自分は健康だから大丈夫だと思っている人も多いですね」
前田「思い込みがあるんですね。それだと不妊治療を受ける女性はきっと不安でいっぱいだと思います。ちゃんと寄り添ってあげて、一緒に頑張ろうって言ってあげたいですね。不妊治療を受けるカップルというと、年代ではどのあたりが多いんですか?」
河村「世界的な傾向では、30半ばから40代になってからのカップルが多くなります。仕事においても責任の大きい世代です。不妊治療はスケジュールが急に決まることもあるのですが、例えば前田さんが当事者だった場合、医師から『あさって来るように』と言われて急に受診できますか?」
前田「もちろん可能な限り行きたいとは思いますね!ここまで、河村先生のお話を聞いてきたからというのもありますけど。俳優という職業は、作品が一つ終われば休みを取れたりするので、不妊治療をすることになった場合はパートナーと話し合って、『今年1年は不妊治療に専念する1年にしよう』といったことは決めることはできるかもしれません」
河村「だからこそライフプランニングって大事なんですよね。現代は結婚しない、子どもを持たないという選択肢もあり、生き方は人それぞれです。でも将来に少しでも多く選択肢を残しておきたいなら、ライフプランというのは自分1人の問題ではなくて、相手(パートナー)のことも考えながら進めていくものだということは頭に入れておいてほしいですね」
前田「20歳前半というのは、自分の人生をやっとスタートさせた時期というか、社会人として歩み始めるタイミング。誰かとの未来というよりは、自分の人生のことで精いっぱいになるのもある意味当然ですよね。僕自身で言えば、俳優としてこれからどうなりたいかに目が向いている。もちろんそれはとても大事なことだけど、少しだけ視野を広く持って、未来のことも考えておいた方がいいんだなということはよく理解できました」
河村「生殖医療は目覚ましい進歩を続けており、将来的にはiPS細胞から精子をつくり出すといった技術も研究されています。ただ、現状ではやはり精子がないと子どもを持つことは難しい。だから、若いうちに一度精子の検査を受けておくというのは、将来の選択肢を広げることにつながると思うんです。もし結果が悪くても、ライフプランの前倒しをしたり、精子凍結保存をしたりするなど、打つ手があることを伝えたいですね。自分の時間をどう使うのかということが、見えてくると思います」
前田「今日は、たくさん大切な知識を得ることができて、本当にいい機会になりました。ピッタリしたパンツは精子にとってよくないなど、もう衝撃を受け過ぎて……!男性も危機感を持たないといけないし、妊娠のこともパートナーと一緒に考えていかなければいけないなんだなと。22歳という若い年齢だったとしても、そうしたライフプランについて考えておくのは早過ぎることじゃないんだなと思いました。俳優という職業は不安定な職業ではありますが、少し先の未来のために健康面も資金面も含めて環境を整えていきたいです」
みんなの “性教育・生殖教育の学び直し” コンテンツ
YELLOW SPHERE PROJECT Enjoy Life School - みんなのカラダと新しい命の授業 –
悩んでいたり疑問に思っていても、正しい情報が不足していたり、これまで公にはあまり語られてこなかった、自身の身体や、妊娠といった新しい命について、医学的観点から分かりやすく解説する動画シリーズです。
<YELLOW SPHERE PROJECT>
妊娠を希望してもなかなかかなわないという“社会課題”に対し、製品やサービス提供にとどまらず、妊活や不妊治療をする人々を支援し応援するプロジェクトです。目指すところは、より多くの人に適切な情報を伝えて、サポートの輪を広げ、人々の充実した暮らしという未来をつくることへの貢献です。新しい命を宿す為の努力を、皆が応援する社会へ。それが、YELLOW SPHERE PROJECTの先にある未来です。
https://www.merckgroup.com/jp-ja/yellow-sphere-project.html