人材採用の現場でAIツールを利用する企業が増えている。AIは条件に合った人材を書類選考の段階でスクリーニングしたり、忙しい人事担当者に代わってボットが応募者に対応したりと、企業の雇用に欠かせない存在になりつつある。その一方、米国・ニューヨーク市では、AI採用ツールを規制する国内初の法律が施行されようとしている。
米国初、AI採用ツールの規制法が成立
2020年、ニューヨーク市議会は人材採用決定におけるアルゴリズム主導の自動雇用決定ツール(AEDT)の使用を規制する法案(Local Law 144)を可決した。法律は2023年4月15日に施行が予定されており、その影響に注目が集まっている。
Local Law 144には、「AIツールを利用する際のフレームワークを定めること」と「応募者にAIツールを利用することを伝える義務」について明記されている。AI採用ツールは企業側の手間とコストを大幅に削減する一方、「偏見の助長」が問題視されている。
例えば、2018年にAmazonはAI採用エンジンを開発したが、それが男性候補者を優遇するようになったため使用停止に追い込まれた。また、マサチューセッツ工科大学のレビューでは、AIによる評価は障がい者に不利に働くことを指摘している。
現行の労働法はAIに対応していない。AI採用で生じるさまざまな不平等や問題を、ブラックボックス化する懸念も高まっている。
雇用の現場で広がるAI利用
そもそも、AIを用いた採用システムはどのように活用されているのだろうか。以下に採用プロセスの一例を紹介する。
まず、書類選考における自動振り分けだ。何百件もの応募書類をスクリーニングし、条件に見合った応募者だけを残す。ツールの精度によっては数分内に終えることができるという。AIによる一次選考を通った応募者には、自動メッセージで合格通知を出す。また、ボットが担当者に代わって、応募者からの質問に答えることもできる。
面接では、AI面接ソフトウェアを使用することで、声や表情によって候補者の性格を分析することも可能だ。また、オンライン面接における評価精度を上げことにも貢献する。
これまでアナログでおこなっていた一連のプロセスを、AIによる自動化で、大幅に採用チームの負担を減らしている。また、データ解析によって「自社にふさわしい人材」に最短距離でアクセスできることも利点といえる。
2022年に行われた米国人材マネジメント協会の調査によると、従業員5,000人以上の企業の42%がAIを使った人材採用を実施しているという。また、Forbesでは「フォーチュン500」のほとんどの企業が、採用担当者やリクルーターが履歴書に目を通す前に、AIによるフィルタリングを実施していると報じている。
AIツールは、大量の応募者に対応しなければならない大企業で、特に導入が進んでいるようだ。
既存バイアスの強化、雇用機会格差が生じるおそれも
一方で、その倫理性や有効性を疑問視する声も上がっている。まず、機械的なフィルタリングによって、本来なら望ましい人物を排除してしまう可能性がある。AIは入力された条件には反応するが、個人が持つ隠れた能力や創造性を見分けることは困難だからだ。
また、ハーバード・ビジネス・レビューでは、機械学習によるシステムは既存の偏見を複製するため、人種や性別に対するバイアスを強化してしまう危険性も指摘している。例えば、「Face++」や「Microsoft AI」などの顔認識ソフトは、応募者の感情や性格を分析する際、白人男性にくらべて黒人男性にネガティブな評価を与えることが多かったという。
プライバシー保護の懸念もある。米国では、採用者が候補者に身体的や精神的な障がい、年齢、性別、配偶者の有無について聞くことを法律で禁じられており、まして採用の判断材料にすることは許されない。しかしAIシステムは、そういった個人情報にも“自然に”アクセスできてしまう可能性は大いにある。
AIツールの利用はまだ発展途上で、“諸刃の剣”といえる。
多様な人材を採用するためにできること
では、AIツールを利用しながら、採用に多様性を確保するにはどうしたらいいか。現段階における最適解のひとつは、応募者の個人情報(年齢、性別、人種、障がいの有無など)をスクリーニングの条件からはずし、また、応募者にも記載しないことを求めることが挙げられる。
AI利用のせいで「公平な採用を行なっていない、多様性に欠如した企業」という評判が広まれば、企業にとっても大きなマイナスである。AIを信用しきって任せるのではなく、適切な処理をしているか適宜チェックし、場合によっては使用の停止や別のツールを探すなどの対応が必要だ。
スキルや経験にフォーカスしたAIツール
AI技術も日進月歩で成長している。2016年に元グーグルのITエンジニア2名が立ち上げたスタートアップEightfold AI(以下、エイトフォールド)では、スキルベースのフィルタリングに長けたAI採用ツールを開発している。
学歴ではなくスキルや経験を重視することにより、「大卒」の学歴や有力な人脈を持たない、多様で優秀な人材を掘り当てることに成功している。同社のシステムには20の言語、150万のスキル、そして15億人の人材データが蓄積されている。
2022年にエイトフォールドを利用し始めた英国の通信会社のボーダフォンは、同サービスを利用することで女性の雇用が19%増え、採用にかける時間が平均58%短縮されたという。
また、大手半導体メーカーであるMicronは、ニューヨークとアイダホに2つの工場を新設する予定がある。Micronは工場を管理するマネジャーを幅広い候補者の中から選ぶため、エイトフォールドを導入した。同社のグローバルディレクターであるブリット・トーマス氏は「優れたリーダーシップとハイテクマシンを扱える高スキル人材は、大卒でない退役軍人かもしれない」とエイトフォールドの効果に期待している。
通常の選考ならふるい落とされているような経歴であっても、AIの利用によって脚光を浴びる可能性を示している。
人材業界におけるAI市場は、2025年までに約7%の年平均成長率が予測されている。採用プロセスにおいて必要不可欠な存在になりつつあるAIツール。使う側がその欠陥を認識しながら、いかに自社に合うツールを選ぶか、そして上手く使いこなすかがカギになるだろう。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)