ブロックチェーンなどのテクノロジーを取り入れることで、ピア・ツー・ピアの分散型ウェブ世界を構築しようとする「web3」。インターネットの新たな形とも言われ、話題にはなっているものの、GAFAMなど米ビッグテック各社におけるweb3関連の動きはこれまで限定的なものだった。
しかし、最近になって、Amazonの新規web3関連事業計画発表や、YouTube新CEOのNFT関連の取り組みについてのアナウンスなど、テック大手のweb3関連の動きがより頻繁に報じられるようになっている。
そんな産業界の動きに呼応するように、高等教育でも分散型ウェブに対応したフィンテックのコースの開設が目立つようになった。
ケンブリッジ大学やオックスフォード大学、インペリアル・カレッジ、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンなど、世界大学ランキング上位常連の英国のエリート大学群「ゴールデン・トライアングル」をはじめとする世界のトップ大学も、多様な学びの機会を提供している。
ケンブリッジ大は産学連携に力を入れた研究プログラムを発足
各大学は産学連携に力を入れ、多様な側面からブロックチェーンをはじめとする分散型ウェブの研究を担う人材の育成を目指している。
ケンブリッジ大学では昨年、ビジネススクールにおいて、国際機関や大手企業と共同で「ケンブリッジ・デジタル・アセッツ・プログラム」を発足した。
このプログラムでは、デジタル資産が環境に及ぼす影響を研究する「デジタル資産の気候的側面」、デジタル資産エコシステムの「インフラ」に焦点をあてた「分散型金融市場インフラ(dFMI)」、「資産」としての側面に着目。
資産のデジタル化とトークン化が社会経済、金融、法律、規制、文化に及ぼす影響を検証する「エマージェンシー・マネー・システム」の3つのワークストリームを中心に研究が進められている。
ケンブリッジ大ビジネススクールには、ブロックチェーンや暗号通貨を含むオルタナティブ・ファイナンスの主要研究センター「ケンブリッジ・センター・フォー・オルタナティブ・ファイナンス(CCAF)」も置かれており、規制、政策など行政面の課題を含むブロックチェーンのさまざまな研究を実施している。
大学院修士コースでは、分散型台帳テクノロジーの合意形成メカニズムやスマートコントラクト、ビットコインなどの暗号通貨について学ぶ「Distributed Ledger Technologies: Foundations and Applications(分散型台帳技術:基礎と応用)」を開講し、分散システムの基礎をすでに身につけている学生が、さらにブロックチェーンに関連した研究スキルを磨くことを目指している。
学部生向けにブロックチェーンの基本概念コースも
スコットランドの名門校エディンバラ大学も2016年、情報学部の中にブロックチェーン技術研究所(BLT)を設置。機械学習、経済学の原理、ビッグデータ分析などを研究する修士課程、企業と連携したフィンテックに関する4年間の博士課程で、分散型ウェブの研究者養成を行っている。
BLTを主導する研究開発技術会社IOHKは、東工大などにも同様のセンターを立ち上げており、エディンバラ大学はそのネットワークの本部としての役割も担っている。
エディンバラ大学はこれに加えて、学部生向けにもブロックチェーンを教える授業を取り入れており、「ブロックチェーンと分散型台帳」では、コンセンサスプロトコル、暗号、スマートコントラクト、ブロックチェーンプロトコルのゲーム理論分析といったブロックチェーンの基本概念を学べるようになっている。
オンラインで学べるショートコースの開講も
高等教育機関における分散型ウェブ関連の講義は、フルタイムのコースだけでなく、短期オンラインコースでも多く行われるようになっている。
インペリアル・カレッジ・ロンドンでは、工学、コンピュータ、ソフトウェア工学、数学、物理学などを専攻している国外の学部生と大学院生を対象に、6週間の短期オンラインコース「ブロックチェーン・テクノロジー 基礎、応用、影響」を開講。
このコースでは、暗号の基礎から始まり、ブロックチェーンとはなにか、どのように機能するのか、ブロックチェーンネットワーク上での分散型アプリケーションの設計・構築、複数の業界にまたがるブロックチェーンテクノロジーのビジネスアプリケーションなどを学習する。
企業人をターゲットにしたスターターコース
分散型ウェブが様々な産業で幅広く活用される予想がなされている昨今、研究者養成や学生向け講義に加えて、ビジネスパーソン向けの入門的な講座にも需要があるようだ。
オックスフォード大学は、ブロックチェーンに興味を持っている経営者などを対象にした6週間のスターター・プログラムである「ブロックチェーン」と「フィンテック」の2コースを開講している。
ブロックチェーンコースでは、製薬、エネルギー、通信など様々な産業のあり方を変えるブロックチェーンの可能性について、フィンテックコースでは、デジタルプラットフォーム、バンキングネットワーク、通貨のデジタル化、暗号通貨等を基礎から学べる。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンでも、大学院において、データサイエンス、ブロックチェーン技術、情報管理システムなどの実践的なスキルを身につける「エマージング・デジタル・テクノロジー」コースに加え、8週間の「ブロックチェーン・エグゼクティブ教育プログラム」を開講。ビジネスリーダーや公共分野のリーダーが、ブロックチェーンを深く理解する助けを行っている。
米国の有名大では無料の短期ブロックチェーンコースが開講
分散型ウェブ関連のコースが多様な形で提供されるようになっているのは、米国のトップ大学でも同様だが、短期の無料オンラインコースが目立つのが特徴的だ。
マサチューセッツ工科大学は、大学院コースを含む10以上のブロックチェーンコースを提供しているが、そのうち2つは無料のオンラインプログラム。コーネル大学でも、イーサリアムの創設者が無料のオンラインセミナーを公開している。
ハーバード大学は、フィンテックと産業に関する6週間のコースと、ブロックチェーンとビットコインに関するコースを提供しているほか、オンライン教育サービスのコーセラと提携し、無料オンラインコースを初級から中級まで開講。
カリフォルニア大学バークレー校でも、学部、大学院でのコースに加え、ブロックチェーン関連の講義をYouTubeチャンネル「Blockchain at Berekely」や、オンライン教育プラットフォームのEdxと提携して実施する「blockchain fundamentals」プログラムで無料提供している。
web3産業を見据えた高等教育の変化は世界中で
学士、修士、博士号取得を目指すものから、ビジネスパーソンや行政担当者に向けたもの、入学要件を必要とせず無料で受講できるeラーニングなど、多様な形で開講されているweb3関連のコース。内容も理解を広めることを目的とした入門的なものから、関連の学位を持つ人を対象にしたものまで幅広い。
アジアでも、アジア1位の評価を受けているシンガポール国立大学(NUS)が、フィンテック専門のラボを設置し、分散型台帳技術のコースを充実させており、東京大学もブロックチェーンをテーマに起業を志す学生を支援する「CO.NECT東京大学ブロックチェーン学生起業家支援プログラム」を2018年に発足させた。日本の大学各校でブロックチェーンを専攻できる研究室も増えている。
これからもフィンテックの急速な成長を背景として、ブロックチェーンや暗号通貨などに関する教育を提供する大学はさらに増えていきそうだ。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)