性や生殖の知識は、健康のためだけでなく、自分の身体のことや将来のことを自分で決めるために不可欠なものだ。しかし、日本では、若者が性や生殖の正しい知識を得る機会は少なく、知識や理解の不足から、生理の不調があっても我慢したり、性について話すことをためらってしまったりする風潮がいまだにある。そしてそうした状況は、いざ妊娠したいと思ったときに障害になったり、パートナーとのコミュニケーションがうまくいかない原因になってしまうこともあるようだ。
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今回、一児のママでタレントの橋本マナミさん(以下、敬称略)と不妊治療を専門とする順天堂大学 大学院 医学研究科 産婦人科 教授の河村和弘先生(以下、敬称略)が、女性の身体と将来のライフプランをテーマに対談。35歳で出産を経験した橋本さんが、妊活を考えるカップルや生理の悩みを抱える女性たちに伝えたいこと、そして不妊治療の専門家として河村先生が伝えたいこととは?
30歳を過ぎてから焦りが生まれ、妊活を急いだ
女性の生き方やライフスタイルが多様化している現代。仕事が楽しくなり、子どもを持つのはそのうち…と妊娠、出産が後回しになる人も少なくない。2020年7月に36歳で第1子を出産した橋本マナミさんもそうだった。独身時代、自身の身体のことや将来のライフプランをどのように考え、現在に至ったのだろうか。
橋本「私は若い頃に過激なダイエットをしていたこともあり、20代の頃は生理不順に悩み、産婦人科にはよく通っていました。8カ月間生理がこなかったこともあって、検査をしたところ多嚢胞性卵巣症候群の可能性があるとのことでした。医師から『(子どもを望むなら)妊娠は早い方がいい』と言われて…。でも、私は仕事が好きで、20代後半になって調子が上向いてきたこともあり、結婚をすぐには考えられませんでした。医学も進歩しているし、なんとかなるだろうと思っていたんです。
でも、30代前半に入ると少し焦りが出てきました。一般的に卵子の老化や35歳以上は高齢出産になることも気になって『早く相手を見つけないと子どもを持つのは難しいのでは』と考え、婚活して35歳で結婚しました」
――妊娠がわかったときにはどんな気持ちでしたか?
橋本「若い頃に生理不順だったこともあり、きっと自分は不妊治療が必要だろうと思っていました。実際には、結婚して10年間飲み続けていた低用量ピルの服用をやめたら、思いがけず妊娠がわかって本当に運が良かったと思います。同世代の友人の中には、なかなか妊娠できずに苦労している人もいるので、なぜ婦人科系の病気で悩んできた私がすぐに妊娠できたのか、と複雑な思いもありましたね」
河村「不妊の原因にはさまざまなものがあり、生理不順もその一つです。多嚢胞性卵巣症候群は卵胞の成長が途中で止まり、いくつもの卵胞が卵巣内にとどまってしまう疾患です。なかなか排卵しにくいことは事実ですが、タイミングさえ合えば、妊娠は比較的可能な疾患でもあるんですよ」
橋本「そうだったんですね!自分の病気だったのに知りませんでした…」
河村「妊娠・出産を考える年齢が高くなってきていることもあり、妊娠しやすい身体なのかどうかと悩む女性は増えていますよね。私は、不妊治療の専門家として“不妊予防”の啓発に力を入れてきました。妊娠・出産はご本人の希望通りにならないことも多くあります。すぐに結婚や妊娠の予定はなくても、できるだけ早いうちから自分の身体のことに関心を持ち、ライフプランを描いておくことが大切です」
妊娠のしやすさには個人差も大きく関わる
橋本「卵子の数や老化については、いろいろなうわさがあって信じていいのか迷うこともたくさんあります。もともと一生の卵子の数は決まっていて、排卵や年齢とともに失われていくんですよね?でも多嚢胞性卵巣症候群は卵胞が卵巣内にとどまる病気。だとすると、私の場合は卵子がたくさん残っていたの?って思ったんです。それに、ピルを服用していると排卵が抑えられ、卵巣を休ませることができるとも聞くんですけど、ピルで卵子を温存できるというのは本当ですか?」
河村「残念ながら、正解とは言えないですね。ただ、とてもいい質問なのでここで卵子について解説しましょう」
橋本「お願いします!」
河村「女性の身体は、母親の胎内にいるときに一生分の原始卵胞がつくられ、生まれる前に卵子数はすでに決まっています。そして生まれたときにはすでにその大部分が失われ、残った卵子も年を重ねるごとに減少していき、閉経時にはゼロに近づいていきます。男性の精子は日々つくられるのに対し、女性の卵子は新しくつくられることはありません。
年齢とともに卵子の質も衰えていきます。女性の妊娠しやすさは30代前半までは大きな変化はありませんが、35歳を過ぎたところから急激に落ちることがわかっています。妊娠に適した時期はとても短い、ただし個人差も大きいのです」
橋本「そうなんですね。そういった理由があるんですね」
河村「ピルで卵子を温存できるのか?という話ですが、こう考えてみましょう。昔の女性は子だくさんで妊娠期間が長かったため、現代女性と比べて生理の回数も生涯の排卵回数も少なかったはずですよね。しかし、昔と今とで閉経年齢はあまり変わっていません。つまり、排卵以外で失われている卵子は相当数あるわけで、ピルで排卵を抑制すれば、卵子がまったく減らないということではないんです」
橋本「なるほど。『ピルを飲めば妊娠しやすくなる説』をすっかり信じきっていました…。私は普段、健康や医療の情報を本で知ったり、友人の妊活経験を参考にしたりすることがあります。でも、どれが正しい情報なのか見極めるのは本当に難しくて。特に妊活では40代ですぐに自然妊娠できた人もいれば、30代前半で不妊治療に取り組む人もいます。他人と比べて悩んでしまうこともあると思うので、そこがすごく難しいですよね」
河村「おっしゃる通りですね。今はネットで検索する方が多いと思いますが、誤った情報も少なくありません。われわれ医療者が啓発に力を入れ、正しい医学情報をわかりやすく伝えなければと思っています。
橋本さんが気付かれたように、『個人差がある』と知っておくことはとても重要なんです。もちろん、年齢ごとの流産率や妊娠率というのは参考にはなりますが、基本的にはそうしたデータは平均値が用いられています。例えば卵子数は、胎内環境や生まれてからの生活習慣、疾患などにも影響されます。妊娠可能な年齢になったときに自分がどんな状態かは、実際には調べてみないとわからないことも多いんです」
橋本「将来の妊活に向けて20代、30代の女性はどんな準備をすればいいんでしょうか?私自身は、添加物の入った食べ物をなるべく控えるとか、食事には気をつけていました。妊孕性(にんようせい:妊娠するための力)を維持するには大切なことですよね?」
河村「もちろん、健康でいることは大切ですし、喫煙や肥満といった妊娠のしやすさに影響を与える生活習慣は見直す必要があるでしょう。一方で、早発卵巣不全(早発閉経)といって、40歳未満で閉経する病気が100人に1人の割合で起きています。健康で、毎月生理があれば大丈夫とも言えませんから、AMH検査(※)という卵巣予備能検査を受けて自分の今の状態を知ること、それが最初の一歩ですね」
※AMH検査
血液中のAMHの濃度を調べる検査。発育過程の卵胞の数(量)を推測し、卵巣の中に卵子がどれくらい残っているかを調べる指標として用いられる。低すぎる場合には早発卵巣不全の可能性があり、高すぎる場合には多嚢胞性卵巣症候群の可能性がある。
卵子凍結すれば妊活を先送りできる?
橋本「AMH検査というのは、抗ミュラー管ホルモン検査のことですよね?」
河村「はい。可能であれば20代のうちにAMH検査を一度受けてみることをおすすめします」
橋本「数値が低かった場合、どうしたらいいんでしょうか?」
河村「産婦人科や不妊治療のクリニックで経過を見ていくことが大切です。妊娠には卵子の質も重要なので、必ずしも妊娠率が低いとも言い切れませんが、卵子が少なければ閉経までの時間が短い可能性があるので、子どもを持ちたい場合にはできるだけ早く妊活に取り組む必要があります」
橋本「私は今38歳で、第2子をどうしようかと悩んでいます。早い方がいいことはわかっていますが仕事を続けたい気持ちもあって…。卵子凍結にも興味があるんですけど、今からでは遅いだろうな、という後悔もあります。卵子凍結のことも、20代の若い頃に知っておきたかったと思いますね。不妊治療は保険が適用されるようになりましたけど、卵子凍結にも何らかの助成制度があるといいなあと思ったりしますね」
河村「卵子凍結とは、将来の体外受精を見据えて未受精卵を凍結する技術のことです。元々は若年のがん患者に対し、生殖細胞への影響を避けるために行われてきた医療です。最近では東京都が少子化対策の一環で、健康な女性の卵子凍結にかかる費用を助成する方針を公表し話題になりましたね。
卵子凍結のメリットは、若いうちに採った卵子であれば、年齢を重ねていても元気な卵子を使うことができるということです。だからといって、過信しないことも大切なんです。卵子凍結をしておけば、いつでも妊娠できるとは限りませんし、若いときの卵子を用いたとしても、高齢出産にはリスクが伴います。妊娠に適した期間であれば、自然に妊娠した方がリスクは少ないということも知っておいてください」
生理の不調に不妊症などの病気が隠れていることも
橋本「 20代の頃は生理不順が一番大きな悩みでした。そもそも生理がないので、生理痛などに悩まされることは少なかったんですけど…。逆に最近は生理が順調にくるようになり、イライラしたり体調の変化に振り回されるようになりました。生理について知っておくべきことや見逃してはいけないことはどのようなものがあるんでしょう?」
河村「生理痛は、一つの大きな病気のサインになります。例えば子宮内膜症になると生理痛が強くなるのですが、これくらい普通だろうと我慢してしまう方もいらっしゃいます。不妊につながる病気が隠れていることもあるので、我慢したり放置したりしないことが大切です」
橋本「子宮筋腫のお話もよく聞くんですけど、子宮筋腫はどういったサインがありますか?」
河村「子宮筋腫はできる場所によって妊娠への影響や症状が変わってきますが、生理の量がすごく増えることがあります。量がご自分の感覚でとても多かったり、痛みがあったりする場合には、我慢せずに早めに産婦人科に相談することがベストです」
意外に知らない?テストして知る妊活の基礎知識
今回、橋本さんには妊娠に関する知識テストを受けてもらい、河村先生と結果について話し合った。結果は、13問中正解10問という好成績。みなさんの知識はどうか、チェックしてみてほしい。
※20〜40代男女の妊孕性知識尺度で採点すると、平均点は40.9点と50%を下回る結果となっている
※Cardiff Fertility Knowledge Scale (カーディフ妊孕性知識尺度。頭文字をとって CFKSと呼ばれている)を参照。※ただし、CFKSの一部を最新データに改変してテスト実施。
第6回「妊活®・不妊治療・子育て」と「仕事」の両立に関する意識と実態調査調査結果概要
橋本「妊娠・出産も経験している身ですけど、このテスト難しかったです。間違えた3問について解説をお願いできますか?」
河村「橋本さんは正答率76.92%と、とても優秀な成績でしたね。
まず1問目の『健康なライフスタイルであれば、受胎能力がある(解答:間違い)』ですが、これは最初にお話ししたように、食事や睡眠時間など健康なライフスタイルを送る努力をしたとしても、妊娠にはさまざまな条件が関わるため、努力が結果に結びつかないこともあり得るということですね。また、女性に問題がなくても男性側に不妊の原因があることもあります。その点が、妊活の難しさでもありますね。
そして2問目の『性病にかかったことのある人は受胎能力が低下する可能性が高くなる(解答:正しい)』ですが、性感染症は不妊の主要な原因の1つです。特に近年急増している“クラミジア感染症”には注意しましょう。女性の卵管閉塞や骨盤内に癒着を招く感染症ですし、精巣周辺に炎症が広がれば陰嚢が腫れて不妊の原因になります。性感染症には自覚症状が乏しい疾患も多くありますので、妊娠を望まないときはコンドーム着用で性感染症予防を心がけること。病気がわかったらパートナーも同時に治療を受けることが大切です。
最後に3問目の『女性が(標準体重よりも)13キロ以上太り過ぎていると妊娠できないかもしれない(解答:正しい)』について。脂肪組織から分泌されるホルモンが正常な妊娠を妨げる可能性があるため、太り過ぎは良くありません。一方、痩せ過ぎている場合も卵巣機能の低下を招き、不妊の原因になります。さらに痩せている妊婦さんが出産し、生まれてきた子どもが低体重児だった場合には、赤ちゃんの将来の生活習慣病のリスクにも関わってきます。普段から健康的な食生活を送り適正体重を維持することが大切です」
橋本「ありがとうございました!こうしてテストをしてみると、妊活はパートナーと二人で行うものなので、改めて自分とパートナーの身体のことについて知っておく必要があると感じますね」
人生の節目節目で身体のチェックをしておくことの大切さ
――女性がライフプランを早いうちから考えることがなぜ大切なのか、また自然妊娠について知っておきたいポイントについて改めて河村先生からご解説をお願いします。
河村「卵子の老化や数の減少は36歳を過ぎる頃から加速してきます。不妊を専門にしてきた医療者側からは“不妊予防が重要“ということをしっかりと訴えていきたいですね。
男女共に妊娠機能が正常だと仮定すると、妊娠成立に必要なのは、卵子と精子が出会うタイミングです。ただし基礎体温を測っても、排卵日というのは後からわかることであって、特定しにくい。尿中LH検査でLHサージというものを調べ、排卵日を予測するキットを使うという方法もありますが、いろいろな要因で排卵日というのはずれてしまうこともあります。
そのため、可能性の高いところを狙っていくにしても、排卵日前後で複数回、タイミングを取ることがポイントになるでしょう。35歳までの若いカップルがタイミング療法を5〜6回試し、半年たっても妊娠しない場合には、不妊治療にステップを向けるのが通常の流れになると思います。
いずれにしても、人生の節目節目で自分の身体の状態を知るということが大切です。子どもを持つ・持たないにかかわらず、自分らしく生きていくためには、選択肢は多くあった方がいいですよね。自分の身体だけではなくパートナーの身体についても知識を持ちましょう。
女性は生理の不調を放置しないこと、卵巣予備能を図るAMH検査や卵子凍結という手段があることも知っておいてください。産婦人科のクリニックでは、妊娠しやすいかどうかや妊娠や出産に影響のある病気にかかっていないかを調べる“ブライダルチェック”というメニューを用意している施設もありますので、そうした検査メニューを利用するのもいいかもしれません」
橋本「河村先生のお話を聞いて、ますます若いうちからのライフプランが大事だと痛感しました。私の場合、35歳で結婚だったので、妊活は急がなくてはと思っていたのですが、それがストレスになると悪循環になりそうで…。夫が『できなかったらそれはそれでいいよね』と、あまりプレッシャーを与えないようにしてくれて気持ちが楽になりました。男性にも、女性の心や身体について関心を持ってもらいたいですし、女性側も男性のことを知らないといけないと思うので、妊活では協力し合うことが重要なんですよね。また、妊活は思い通りにならないことも多いけれど、最低限できることはしておいた方が、後悔がないと思いました。そのためには、正しい情報を得ることが大切ですね。私自身も、これからのライフプランについてよく考えてみようと思います」
河村「妊活では、長い間自分たちだけで悩んでいるよりも、専門医と早めにつながり、正しい情報を手に入れることも大切だと思います。橋本さんはテストの点数も非常に高く、自分の身体への意識もとても高い。それでもやはり妊活に対して情報収集に不安があると話されていましたので、これからも、不妊の専門医として啓発に力を入れていきたいですね」
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悩んでいたり疑問に思っていても、正しい情報が不足していたり、これまで公にはあまり語られてこなかった、自身の身体や、妊娠といった新しい命について、医学的観点から分かりやすく解説する動画シリーズです。
<YELLOW SPHERE PROJECT>
妊娠を希望してもなかなかかなわないという“社会課題”に対し、製品やサービス提供にとどまらず、妊活や不妊治療をする人々を支援し応援するプロジェクトです。目指すところは、より多くの人に適切な情報を伝えて、サポートの輪を広げ、人々の充実した暮らしという未来をつくることへの貢献です。新しい命を宿す為の努力を、皆が応援する社会へ。それが、YELLOW SPHERE PROJECTの先にある未来です。
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