持続可能な社会とウェルビーイングを模索する企業や団体、個人が集まる年に一度の祭典『第2回Beyondカンファレンス2023』が、5月26日〜27日の2日間にわたり京都里山SDGsラボ『ことす』にて開催された。「舞台に上がって、ええじゃないか!」を合言葉に、企業や大学、NPOなど、業界や事業規模の違いを超えて連携・協働ができるプラットフォームだ。

本記事では、同カンファレンスで開催された『JVPトークセッション:都市と地方のごちゃまぜプラットフォームをどうつくる?~越境を進める企業制度と文化~』をレポートする。

いま企業に必要なのは、社員のウェルビーイングを実現するために、パラレルキャリアやワーケーションなど、職も場所もひとつに縛られない働き方を応援する姿勢だ。そして、日本全体を元気にするために東京一極集中を解消し、都市と地方を自由に往来できるライフスタイルを支援すること。それらを可能にする制度づくりや職場環境が求められている。

社員の多様な働き方を尊重し、関係人口の創出プロジェクトを実施する先進企業3社(日本航空、JR西日本、ロート製薬)の事例と、地域活性化の専門家である三菱総合研究所 松田智生氏の提言を紹介。また、そこから見えてきた課題を見つめる。

都市と地方の往来で生活をデザインする

トークセッションを主導するJapan Vitalization Platform(以下、JVP )は、「都市と地方をごちゃまぜにし、日本に活力を取り戻す」を目標に掲げる有志プラットフォーム。JVPのオーナーである株式会社雨風太陽 代表取締役 高橋 博之氏は、次のように強く訴える。

左から:上入佐 慶太氏(日本航空)、高橋 博之氏(JVP/雨風太陽)、山内 菜都海氏(JR西日本)、徳永 達志氏(ロート製薬)、松田 智生氏(三菱総合研究所)

「若い人材が地方から都会に流れ、これだけ人口偏在している国は珍しい。この分断をどう解消していくか——。欧州では1960年代に労働時間短縮運動が始まりました。同時に進めたのがアグリツーリズムです。自由時間を手にした都市住民は農村や漁村に向かい、地域住民と触れ合いながら心身共にリフレッシュし、都会に戻って生産性の高い仕事をしています。パソコンに向かっているだけではイノベーションは起こりません。都市と地方を往来できる社会が必要です。拠点が複数あると選択肢が広がり生活をデザインできます」

こうした高橋氏の思いに共感して集まった、各社の事例を見ていく。

社内と社会に向けてワーケーションを推進|日本航空株式会社

日本航空では、Wakuwaku(ワクワク)を大切に異業種共創ビジネスにフォーカスした社内ベンチャーチーム『W-PIT』を設置。都市と地方の間に新たな人流を生み出すべくJVPとタッグを組んだコンソーシアムや、大学生と日本航空の社員が地方の一次生産の現場を体験する『青空留学』など、これまで60以上のプロジェクトを実施している。

働き方改革も進められており、2014年より在宅勤務のトライアルを開始し、2015年から制度化。テレワークも進み、最近ではワーケーションやブリージャー(出張先での休暇取得)も推進している。2019年は247件であったワーケーションは、コロナ禍をきっかけに翌年918件まで取得数が増。現在はテレワークと出社のハイブリッド型の働き方に移行しているようだ。

また、航空会社のアセットを活かし、ワーケーションプランも販売している。昨今ワーケーションの言葉を耳にするようになったが、まだ社会には充分に浸透していないとの認識から『ワークスタイル研究会』を設立。65の賛同企業および自治体とともに、ワーケーションの普及に努めている。

日本航空株式会社 ソリューション営業本部 地域活性化推進グループ 上入佐 慶太氏は「ワーケーションを実施することで、個人にはリフレッシュ効果やひいては自己実現といったウェルビーイングの側面があります。また、ウェルビーイングを後押しする企業は企業価値が向上し優秀な人材の獲得につながることでしょう。そして、地域にとっては移住・定住者が増え活性化につながります」とワーケーションの先にある多くのメリットを語った。

多様な関係人口創出プロジェクトを実施|JR西日本グループ

西日本旅客鉄道株式会社 地域まちづくり本部 地域共生部 地域コーディネーター 山内 菜都海氏は、地方創生に関わるべくJR西日本に入社。自社が実施する地域ものがたるアンバサダー』の旗振り役を務めている。

『地域ものがたるアンバサダー』とは、地域外から任命されたアンバサダーが、旅や地域住民との交流を通して第2のふるさとを見つける活動だ。現在は日本海を望む富山県・福井県・鳥取県の3県で実施している。

山内氏は入社当初の思いを具現化できたことには手応えを感じている一方、「成果を出さないと事業として存続できません。まずは共感してくれる仲間と手を取り合って先行モデルを丁寧に作り込みたいのですが、会社としてはマネタイズも重要です」と、事業をどうスケールさせていくかが目下の課題だとしている。

トークセッションでは山内 菜都海氏(JR西日本)がファシリテーターを務めた。

そのほか、JR西日本では沿線の自治体と共同で関係人口の創出プロジェクトを推進しているという。鉄道ネットワークを中心に仕事場所を提供するワークプレイスネットワークや、旅のサブスクHafH(ハフ)と連携したワーケーション・多拠点生活の提案。前述した『地域ものがたるアンバサダー』のほか『せとうちファンづくりプロジェクト』といった第2のふるさとづくり。そして、ローカル暮らしを体験し、地域との相性を確かめることができる『おためし暮らし』サービスなど、4種のライフスタイル支援を提供している。

日本航空と同様、自社のインフラサービスを活用していることが特徴として捉えることができる。

地方の起業家と都市の人材をマッチング|ロート製薬株式会社

ロート製薬株式会社 広報・CSV推進部 徳永 達志氏は、「人生100年時代を生き抜くキャリア形成」が重要だと語る。そのひとつとして「日本の宝は地域にある」という考えのもと、NPO法人ETIC.とアビームコンサルティング株式会社と協働し、地域の社会課題の解決に挑むプロジェクト『Beyonders(ビヨンダーズ)』を立ち上げた。

『Beyonders』は、地方の起業家と都市部で働くビジネスパーソンをつなげるマッチングサービス。地方では人的リソースが足りない一方で、都市のビジネスパーソンには、社会課題に関わりたくても何から始めたらいいのかわからないという課題があり、こうした両者の初めの一歩を支援するサービスだ。

『Beyonders』が大切にしているのは、スキルのマッチングよりも思いに共感できるかどうか。互いに納得のいくかたちで事業を進められるよう、3カ月間のお試し期間を設けている。実際にロート製薬の社員も『Beyonders』に参加しており、「普段の仕事では関われない人に出会い刺激を受けた」「自分が役に立つことができ自信につながった」といった声があがっているという。

企業からの協賛金で成り立っているため、今後はマネタイズして事業化することを目標としている。有意義な活動であっても持続可能でなければ終わってしまうため、マネタイズはどのプロジェクトにおいても共通課題のようだ。

トークセッションの模様はLIVE配信された。

地域活性化をはかる“逆参勤交代”を提唱|株式会社三菱総合研究所

株式会社三菱総合研究所 プラチナ社会センター 主席研究員 松田 智生氏は、地域活性化を専門とし、国や自治体とともに地方創生に取り組み“逆参勤交代”を提唱している。

各地の大名が江戸に出向いた参勤交代は、江戸の関係人口を増やし藩邸を整備することにつながった。このことから、“逆参勤交代”は東京から地方に人の流れを創ることによって、地方にはオフィスや住宅、ITなどのインフラが整備され、ひいては、関係人口の増加につながることを意図している。

松田氏は丸の内プラチナ大学という市民大学にて、“逆参勤交代”のフィールドワークを実施。これまで全国17の地域で行ってきたという。

「やってみてわかったことは、受動的参加者の存在が宝の山だということです。上司から言われて渋々参加した人ほど積極的になった様子を見てきました。ですから、サイレントマジョリティを動かすための制度が必要です。人口が減る日本では、人材の争奪ではなく共有が求められます。都市と地方で人材を循環させることが鍵です」

関係人口創出のための取組みは、地方活性化への意識が高い人材やリモートワークがしやすい一部の企業に限られ、スモールボリュームで終わっている。

「東京の丸の内・大手町の就労人口は28万人もいる。マスボリュームにしていくためには、ここが動かない限り変わらないと思います」と、大企業が集まる日本の中心地から“逆参勤交代”を実施していく必要があると松田氏は訴える。また、マスを動かすためには政府からの働きかけが必要であるとし、次のように提言した。

「例えば、“逆参勤交代”を実施する企業は法人税を減税し、実施しない企業は増税する。そして最低週7時間は地域に貢献すると決め、その分50時間貢献したら5万円の地域通貨を付与するといったもの。このくらい思い切った制度設計が必要です」

関係人口のグラデーションを許容する社会へ

JVPの高橋氏は「情報だけを頼りに現地に行ってみたら、まったく肌に合わなかったということはよくあること。一カ所に絞る必要はなく、多拠点でもいいし、季節ごとに地域を変えてみてもいいと思います」と、関係人口となる地域探しには柔軟な姿勢も大切であると語った。

また、関係人口の概念を広めてはいるものの、身構えさせるのではなく、恋心のようにいつの間にかその地域を好きになってもらうことが理想だとしている。ただし、偶発的なものを期待していては関係人口の創出はスケールせず、マネタイズも難しいことから模索しながらプロジェクトを進めているようだ。

来場者からの質問に耳を傾ける登壇者のみなさん。

最後に高橋氏は「関係人口はグラデーションでいいのです。10割都会がいい人もいれば、6:4の割合で都会:地方がいい人もいる。これまでは一カ所で生きることを前提に制度やルールができていましたが、これからはグラデーションを許容する社会をつくりたい」と展望を語った。

例えば、子どもを連れてワーケーションに行っても、住民ではないために子どもを預ける場所がないといった問題もあると指摘する。関係人口のグラデーションを許容する社会を構築するには、こうした課題にも向き合わなければならない。

働き方改革が叫ばれるようになって久しいが、コロナ禍をきっかけに多様な働き方を受け入れはじめた企業も多いことだろう。多くの企業で検討されている週休3日制の導入も、都市と地方の往来を後押しするものだ。これからは職種やポジションだけではなく、理想の働き方や暮らしを叶えられる柔軟性をもった企業であるかが、職場選びのポイントになる。

また、地域側は関係人口となる人材の適切な受け皿を用意しなければならない。すべては日本全体が活性化され、人々の生活に選択肢を増やし、ウェルビーイングをもたらすためだ。企業や地域は、各々のライフスタイルや都市と地方の間にボーダーラインをなくすことに挑戦している。

文:安海 まりこ