日本電信電話(以下、NTT)は、コミュニケーション科学の研究において、視線とは異なる目の細かな動きの中に、人の聴覚的注意の状況が現れることを発見したことを発表した。
目の動きはその人の心の状態を反映しており、ある人の意図や注意の対象、覚醒状態、感情や情動といった心の状態を、その人の目の動きの測定データから読み取ろうとするアイメトリクスに基づくマインドリーディング技術の研究が、さまざまな研究機関で進められているという。
今回の研究では、異なる場所の複数の音源からの聴覚情報に対する注意の向きを対光瞳孔反応と呼ばれる瞳孔径の変化から読み取れる可能性を明らかにしたという。
先行研究で、対光瞳孔反応は私たちの眼に飛び込んでくる物理的な光の強度(輝度)に対してのみではなく、視覚的な注意を向けている環境の見かけの明るさに対しても生じている。この知見に基づき、同研究ではある人が特定の音声に注意を向けるだけで、その音源位置の明るさに応じた対光瞳孔反応が起きることが判明。
このことは、瞳孔径の変化をもとにその人がどの音声(聴覚オブジェクト)に注意を向けているかを読み取れる可能性を示しているという。
例えば、パーティ会場で多くの人が話している中で、ある人にだけ注意を向けている状況(”カクテルパーティ状況”)を考えてみると、今回の研究の結果に従えば、ある人の瞳孔の大きさは注意を向けた人(対象)に視線を向けなくても、その対象の人がいる場所の明るさに応じて変化することになる。
話の内容に基づいて、特定の他者に視線移動を伴わず注意を向けている状況でも、瞳孔径の変化のデータからその特定の他者が誰であるかを客観的に読み取れる可能性を示しているとのことだ。
実際の実験では、視覚刺激として左右で明るさの違う図形(背景)を参加者に提示し、目を動かさずに、左右の領域の間にある灰色の中央の領域を見続けるような状況を設定。
この状況で、2つの音声(聴覚刺激)を参加者の装着したヘッドホンの左右のチャンネルから同時に提示し、2つの音声のどちらかに注意を向けるように指示を行ったという。
同実験では、視覚刺激の背景の明暗の向きと聴覚刺激の左右チャンネルの割り当ては試行ごとにランダムに変化。
音声の種類と白黒の間には関係がないこのような状況下で、明るい背景領域が提示されていた方向のチャンネルに流れていた音声に注意を向けていた場合と、暗い背景の方向の音声に注意を向けていた場合の2つの条件間で繰り返し測定した実験参加者の瞳孔径を比較した。
その結果、暗い背景の方向から流れる音声に注意した条件の方が、明るい背景の音声に注意した条件よりも、瞳孔径の平均値が大きくなることが判明。
さらに、瞳孔径だけではく、固視中に観察される微小な眼球運動であるくマイクロサッカードの方向分布も注意している音声の音源方向に偏ることが明らかに。
これらの結果は、実験参加者の聴覚的注意がどこを向いているかを、瞳孔反応やマイクロサッカードから推定できることを示しているとのことだ。
同研究の結果は、環境から入力される情報の取捨選択を行う選択的注意のメカニズムが、視覚と聴覚の間である程度共通であるという可能性を示し、さらに視線移動を伴わない注意対象の推定の可能性も示しているという。
対人コミュニケーションなどの場面で見ている方向と聞きたい方向が一致しないケースは珍しくなく、今回の成果はこのような場面でのマインドリーディングを実現する革新的な情報提示技術に応用できる可能性があるとしている。
NTTは、今後は聴覚のみならず、触覚など他の感覚へのマインドリーディング技術の拡張も検討。
また、各種の具体的な日常場面に今回の成果を応用していくためには、明確なアイメトリクスの変化がそれらの日常場面で現れるかどうか、あるいはその変化を積極的に起こすようなしくみや簡便な計測を可能にする機器環境の提案も必要になると考えられるという。
これらの実用化に必要な応用研究へも取り組むことで、無意識的で言語的には表現しづらい心の内側をも考慮した豊かなコミュニケーション技術の実現をめざすとのことだ。
なお同成果は、6月1日から開催されるNTTコミュニケーション科学基礎研究所オープンハウス2023の展示を通じて紹介する予定としている。