第一生命が保有する敷地を有効活用して誕生した新しいまち「SETAGAYA Qs-GARDEN(世田谷キューズガーデン、以下「キューズガーデン」)」が3月25日にまちびらきを迎えた。キューズガーデンは世田谷区給田(きゅうでん)エリアに位置しており、その敷地はなんと東京ドーム2個分(9ヘクタール)の広さがある。
この広大なまちには、「第一生命相娯園グラウンド」「第一生命相娯園テニスコート」 「J&Sフィールド」「ウォーキング・ランニングコース」といったスポーツ施設をはじめ、クリニックモール併設のファミリー向けマンション・学生レジデンス・サービス付き高齢者向け住宅、3ヘクタールの芝生広場や公園、2つの歴史的建造物 「蒼梧記念館(旧矢野邸)」と「光風亭(馬場氏烏山別邸)」を活用したコミュニティスペースなどが地域住民の生活を彩る。このように暮らしが豊かになるコンテンツが詰め込まれたキューズガーデンのまちづくりの裏側や今後の取り組みについて、第一生命 不動産部の辰巳 仁さんに話を聞いた。
構想策定まで3年、再整備に2年半。生命保険会社が挑むまちづくり
ーーキューズガーデンが3月25日に“まちびらき”を迎えましたが、まちづくりプロジェクトはいつ頃からスタートしたのでしょうか?
辰巳:キューズガーデンに生まれ変わった敷地は当社が1954年に取得し、昨今まで福利厚生施設「第一生命グラウンド(相娯園)」として活用してきました。しかし、時を追うごとにグラウンドの稼働率が低下。社内から敷地の有効活用の声が上がり始め、社有不動産の有効活用プロジェクトとして始まったのが「SETAGAYA Qs-GARDENプロジェクト」です。2016年秋頃に事前調査を開始し、約9ヘクタール、東京ドーム2個分もある敷地全体の再測量や既存樹一本一本の調査・プロットなどの地道な作業からスタートし、現在の“まちづくり”としてようやく構想がまとまったのは2019年秋頃でした。
ーーどのようなコンセプトの元、まちづくりを進められましたか?
辰巳:今回のプロジェクトでは「第一生命だからこそできるまちづくりをやりたい」という強い想いがありました。ただ、「第一生命らしさ」の明確な定義や基準があるわけではありません。ですので、“らしさ”をどのように形にしていくのか社内で議論を重ね、最終的に「社会、地域住民の人々のウェルビーイングに貢献する」という答えに辿り着きました。その答えを元にコンセプトを「地域住民のウェルビーイングを高める」に定め、まちづくりを具体化していきました。
当社は、創業者精神である「相互」を軸に、人とのつながりを大切にする会社でもあります。生命保険会社として創業からこれまで、お客様とのつながりを大切にし、関係性を育んできました。そのような経験があるので、このまちづくりでは、ウェルビーイング向上に欠かせない“人とのつながり”が生まれるプラットフォームにしていくために、地域住民の方々をはじめ、関わる人たちの意見に耳を傾け「共にまちを育てていくプロセス」を大切にしています。ハードの完成にばかり目を向けるのではなく、まちづくりプロセスを重視する点が第一生命らしさの一つではないかなと思っています。
緑を残しつつ様々な建物を配置する「第一生命ならでは」の再整備計画
ーーまちづくり計画を進めるにあたって、「第一生命ならでは」なのは具体的にどのような部分でしょうか?
辰巳:不動産開発においては収益性を考え、樹木すべてを伐採し建物をできるだけ多く建てる手法が主流です。それは、建物を多く建てることによって多くの人に住居を提供したり、都市機能のための空間をより多く確保するといった“社会のために”という考えからくるものです。しかし、SETAGAYA Qs-GARDENプロジェクトではその考え方に従ったまちづくりを行っていません。とは言いましても、開発検討当初は樹木をすべて伐採するといったオーソドックスな手法で計画を進めていたのですが、「それが本当に第一生命としてやりたいことなのか?誰がやっても同じような結論になる開発を、第一生命がやるべきなのか」という疑問があり、何度も試行錯誤を重ねていました。
ーー計画を変更するターニングポイントはありましたか?
辰巳:会社として開発を正式に決定する手前の段階で、当時の稲垣社長から「目下の経済的な価値だけを主眼にするのではなく、当社だからこそできるプロジェクトにしてほしい」という主旨のメッセージを受け取った時がターニングポイントでした。それがきっかけで、計画を大幅に見直すことになりました。
その結果、当社の創業者である矢野恒太ゆかりの「蒼梧記念館」や郵政建築で有名な吉田鉄郎氏設計の歴史的建造物「光風亭」も第一生命らしさを象徴する建物として捉え直し、保存・活用する方向に切り替えました。取り壊して新しい建物を建てたほうが投資効率は上がりますが、第一生命として護るべきものは護り、ただ残すだけでなくどう活用するのかまでを見据え、再整備計画を立て直していきました。
また、行政側が定めた道路の予定線は直接的なものだったため、既存樹木をできるだけ残し、既存建物も活用できるものは残す計画について理解を得るために行政側と何度も話し合いを重ねました。特にこのプロセスにおいては相当な時間を要しましたが、まちづくりのコンセプトが誰にとっても、誰から見ても納得感のある普遍的な価値を持つものだったからこそ、行政だけでなく関係者からの理解と協力を得るためのプロセスにはかなりの労力をかけましたね。
キューズガーデンを象徴するものは「テニスコートのレッドクレー化」
ーー“らしさ”を追求して完成したキューズガーデンを象徴するものはありますか?
辰巳:プロセスも含めて象徴的な一つを挙げるとすれば「テニスコートのレッドクレー化」です。
レッドクレーコートは当初のまちづくり計画には入っていませんでした。再整備が進む中「より地域住民にとって付加価値の高いまちにしよう」という話が進み、その結果、屋外型として国内初の全仏オープン会場ローランギャロス仕様のレッドクレーコート化することになりました。私自身テニス経験はほとんどありませんが、テニスに関するお仕事をされている方に聞くとみなさん「レッドクレーコート化は夢のような話」だと語っていましたね。
また、せっかく導入したレッドクレーコートの価値を認めてくれる人に有効的に使ってもらうことも大事だと考え、2021年8月に日本テニス協会と協定を締結し、次世代を担うジュニア選手の強化・育成拠点としての活用や、テニスの普及と地域住民のQOL向上のための初心者向けイベントを共同開催したりと、多方面の方と連携し取り組みを行う活動もスタートしました。
ーーあえてもう一つ象徴的なものを挙げるとすると、どの部分になりますか?
辰巳:もう一つ挙げるとすれば、「ランニングコース」ですね。これも当初の計画になく、途中から追加されたものです。プロジェクトの一環として当社グループの女子陸上競技部の寮を敷地内で新設するにあたり、監督やゼネラルマネージャーら女子陸上競技部のみなさんと対話する中から生まれたアイデアで、1周約1kmの緑あふれるコースを楽しみながらランニングできる場所として地域住民に開放しています。
まちの魅力や価値を高め、地域住民のウェルビーイング向上に資する具体的な取り組みを増やすために、新しいアイデアを取り入れ、活用の未来を見据えて整備することが重要だと考えています。そういった意味で、テニスコートのレッドクレー化やランニングコースはプロセス含めてプロジェクトの象徴だと思いますし、当社らしさが上手く表現されたものになったと感じていますね。
近隣住民から応援の声も。人々のウェルビーイングを高めるための今後の取り組み
ーー大規模不動産開発において近隣住民の方々からの厳しい声は付きものですが、実際いかがでしたか?
辰巳:2019年12月、まちづくり構想のプレス発表を行ったのですが、ほぼ同時期に近隣住民向けの説明会も開催しました。近隣住民の方々からの厳しい声も覚悟はしていましたが、蓋を開けてみると意外や意外。当社への期待や前向きなご意見をたくさんいただき、「第一生命の味方だから」と応援してくださる方もいて、とても感慨深かったのを覚えています。こういったお声をいただけたのはきっと、福利厚生施設という形ではあったものの、当社が半世紀以上にわたってずっとこの場所で地域の方々とふれあい、良好な信頼関係を築いてきたからではないかと思います。
そうやって培ってきた信頼関係を後世へ紡いでいくために、まちびらき後もウェルビーイング向上に向けて“人とのつながり”が生まれるような取り組みに力を入れていきたいと思います。例えば、アートや音楽などを交えた「ウェルビーイングフェスタ」の定期開催、光風亭を活用したコミュニティスペース「Qs ANOTHER HOUSE」のカフェ運営やキッチン付きワークルームの提供、茶室やグランドピアノを兼ね備えた蒼梧記念館のスペース貸し、貸し菜園を活用した農業体験など、様々なアイデアが進行中です。
これらのアイデアをタウンマネジメントと共に一つずつ具現化していきながら、キューズガーデンの持続的な発展を目指していきたいと思います。