王族とオイルマネーに支えられ、繁栄してきたサウジアラビア。近年は、超大型プロジェクトも話題となり進出を目論む日本企業も増えています。これまであまり知られることのなかった現地の人びとの働き方、ビジネスの作法について、「中東で一番有名な大分県民、日本人サラリーマン」と言われる鷹鳥屋明さんにお話を伺いました。

鷹鳥屋明(たかとりや・あきら)さん。1985年大分県生まれ。中東においてTwitter、InstagramなどSNSで人気を博し、「中東で一番有名な大分県民、日本人サラリーマン」として各方面で話題に。現在は日本の某エンタメ企業で、漫画配信事業やアニメのアライアンス案件などを担当しながら、日本企業から中東進出に関するコンサルティングなどの依頼を受け、出張を続けている。Twitter: @Shams_Qamar_JP

副業OKの会社で日本と中東を股に掛ける

ーー鷹鳥屋さんご自身は、サウジアラビアなど中東でどのようなお仕事をされていますか?

イベントや展示会でのサポートのお仕事などをしていて、2〜3カ月に一度、出張で訪れています。

「サウジアニメエキスポ」にて

行く国はその仕事の内容で変わります。展示会がサウジアラビアである時はそこに行きますし、昨年11月にはワールドカップがあったのでカタール、それからドバイ万博案件にも参加しました。イベントの開催期間に合わせて滞在するのですが、平均で1〜2週間ほど。たまに、とんぼ返りのような弾丸出張もあります。

先日もちょうどドバイに行っていました。「アラブ・ヘルス2023」という展示会でしたが、中東市場への進出を考えている日本のヘルスケア、医療関係企業がブースを構えるということで、企業マッチングをしたり、現地のパートナー企業の選定などをしておりました。

こうした依頼があるたびに、会社内でお話をして、ちゃんと許諾を受けて渡航しています。コロナ禍には出張回数は少なくなりましたが、多い時は年に14回往復した年もありました。日本とは時差が5〜6時間あるのですが、本業の仕事を現地時間で眠い目を擦りながらもリモートでしています。

このような働き方は、結構昔から、前の前の会社にいた時からやっています。ありがたいことにピンポイントで私にしかできない任務だから許されている、というのは若干あるのかもしれません。副業OKの会社じゃないとこのような働き方はできません。最近は日本でもいろんな企業が柔軟になってきているのはいいことかな、と思います。

公務員になりたいサウジアラビア人、民営化の推進で構造に変化

ーーでは、サウジアラビアの労働市場はどのような構造になっているのでしょうか?

就職ランキングを定めるのならば、「政府>公社>民間」という人気順じゃないでしょうか。

例えば、省庁が最高で、その次に石油開発の公社など。政府機関にいろんな公社、会社が紐づいている構造で、最近は政府が生産性を高めようと、それらの公社の民営化、民間企業への外注を推進しています。

サウジアラビアにも、「公務員」と「サラリーマン」という区分けがあります。政府機関である省庁や公社で働く人たちは公務員、先ほどの公社に紐づく会社で働く人たちは準公務員。その下請けである民間企業や海外企業で働く人たちがサラリーマンです。

ーー日系企業とサウジアラビア企業との間の業務はどんなものがあるのでしょうか?

例えばですが、現地サラリーマンの代表的な仕事は自動車メーカーの代理店であったり、家電メーカーの代理店など、代理店の運営であると言えます。

現地では製造業がまだ盛んではなく、国内メーカーが少ないこともあり、日用品の多くが海外から物を調達して定められたエリアで売る、というのが主な業務です。

各代理店がそれぞれ日本の商社やメーカー、欧州や中東、中国の会社と提携して、現地で激しいマーケットの取り合いをしています。

ーー働く人たちの勤務時間はいかがですか?

あくまで平均ではありますが、サラリーマンは平均して朝7〜8時に始業、勤務時間は16〜17時までで、間に1時間お休みがあって、有給は年間22日前後もらえます。

一方、公務員はだいたい朝7時に始業、15時まで働き、間に1時間お昼休憩があります。有給は年間30日くらい。給料や手当も含めて、待遇は公務員のほうがいいので、みんな公務員になりたがります。

しかし、民営化が推進されているサウジアラビアでは、昨日まで公務員だった人が今日から公社の職員、もしくはサラリーマンに、ということも見受けられます。

サウジアラビア人はどのように働いている?王族が権力を握る国の働き方

ーーサウジアラビアの人たちはどういった働き方なのでしょうか?

トップダウンですべてが決まります。「偉い人がAといえばA」「BといえばB」といった具合に。下の立場の意見は大体のケースで関係ないので、仮に偉い人の判断に違和感を抱いても、異論を唱えることは少ないかと思います。

王政国家、君主制ということも影響しているかもしれませんが、上意下達が強い社会だと感じます。トップは王族の方々で、それだけで国内に2〜3万人以上いると言われています。

最近民営化した企業も、もともとはその分野に関わる有力者、権力者が保有する、関係する会社だったりするので、お上が権力を握っているという実情は同じです。

ーー残業はあるんでしょうか?

する人もいますが、基本的にしませんし、長く働きません。時間軸が日本人とはかなり違います。

上の人たちから決裁が下りたら急に思いっきり動くけど、それまでは何も進まなかったり。プロジェクトが何年も止まるとかはよくあることですし、何年も回答を待たされて、トップが交代したのをきっかけに「なかったことにしてください」と、数億円単位のプロジェクトが終わってしまうことも。

サウジアラビア人だけでなく移民についても言及する必要があります。国内のブルーカラー業務の多くは移民でまかなわれてきました。2020年の統計では、人口3500万人のうち1300万人が移民で構成されています。3分の1です。主にフィリピンやネパールの方々、周辺諸国のアラブ人の方々、現地の外資系企業に勤める欧米系もいます。

私は日本企業からご相談を受けて、中東進出をサポートしますが、「場合によっては契約も納期も支払いもない。それでもやりますか?」と、過酷な環境の中でも中東のマーケットを攻める覚悟を確認します。中東でビジネスをすればバラ色、一攫千金といった夢はまさに蜃気楼。過去に欧米、中国、東南アジアでも戦ってきた会社による地に足のついた戦略が大事です。

中東の人たちを日本でアテンドするお仕事も

ーーサウジアラビアの人たちにとっては、仕事ではなく、何が大事なんでしょう?

所得税も実質的に存在しないためか、「残業代のために!」などあくせく働いている印象はありません。家庭よりも仕事にすべてを捧げる、というタイプの人は限定されていて、「家族」が一番ではあると思います。

家庭環境は拡大家族で構成されていることも多く、大家族で住んでいる人もまだ多くいます。セーフティーネットではありませんが、失業しても家がなくなるわけでも、食事に困るわけでもなく、「明日から仕事がなくなったらどうしよう」という感じではないです。それでも国が維持されているのは、間違いなく国から産出される天然資源の恩恵と言えます。

翻って日本は資源に恵まれておらず、サウジアラビアの4倍近くある「人間」という資源しかないので、「地面を掘ったら原油が出てくる」サウジアラビアとは、状況やマインドが根本的に違います。

中東の王族たちはどんな働き方をしているのか?

ーー鷹鳥屋さんは王族の人たちとも働かれたりしますか?

そうですね。SNSで情報を発信する中で生まれた交流、また中東各国への訪問によって、王族を含む現地の友人が多くできました。

そもそもは、知人からサウジアラビアの話を聞いて、たまたま見つけた外務省のプログラムに2013年に参加し、現地を初訪問しました。その時から中東にハマりました。

アラブの民族衣装を着て、インスタグラムに写真をアップするようになると、現地のフォロワーが増え始めました。今いる7万人のフォロワーのうち、9割は現地の方々が占めています。ありがたいことにテレビや新聞、雑誌など、現地のマスメディアでも多く取り上げてもらいました。

そうした現地のつながりをきっかけに、中東企業のお悩み相談や詐欺案件の解決などトラブルバスター的な仕事もするようになりました。

ーー王族の人たちと働いて、印象的だったことはなんですか?

王族と言っても幅が広く、政府中枢で宰相として差配を行うのも王族ですし、分家の分家の分家の王族も存在します。

中枢に近い王族の方と面談する際に印象的だったのは、まずイベントや会場などで王族関連の人が来るときはそれが最優先事項となるので、まわりの関係者からの圧がとても強いです。いろんな方向から、連絡先を直接、間接的に知っている人からコンタクトの連絡が届きます。そして「いざ会うか?」となるも、長時間待つのもスケジュール変更も当たり前です。

過去の経験から察するに、高位の王族は個人的なスケジュールを決める際に、いくつか選択肢が家臣によって用意されており、その中から会う人、行く場所を決めているのではないかと推察されます。

ーー最後に、鷹鳥屋さんは今後どのように中東と関わっていきますか?

「サウジアニメエキスポ」の様子

中東では近年、アニメ、漫画への需要があるので、ビジネスとしては日本との親和性もあります。それに、最近は「石油に頼りすぎるとまずい」という国家戦略から、電気自動車会社を外国の大手と組んで作り、サウジアラビア国内で電気自動車産業を作るなどして、各方面に頑張っています。

社会構造としても大家族から核家族へと家族の形の転換期でもありますし、働き方も含めて、彼らの価値観がこれからどう変化していくのか、注目しています。

いろいろとお話しておりますが私自身、もともと学生時代に歴史専攻だったということもあり、この令和の時代、21世期に「王政」を保ちながら存続する国家がこれからどういう行く末になっていくのか、見届けたいと思います。

[取材・文] 星谷なな
[編集] 岡徳之