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アラブ首長国連邦(UAE)を構成する7つの首長国の1つ、ラス・アル・ハイマが、次世代インターネット「web3(ウェブスリー)」ビジネスの誘致に動き出している。
UAEと言えば、中東を代表するゴージャスな一大商業都市ドバイと、莫大なオイルマネーを抱える政治の中心アブダビが圧倒的な存在。web3企業の誘致でもこの2首長国が突出しているが、ラス・アル・ハイマが2月末の国際フォーラム「Blockchain Life 2023」で、web3領域に特化したフリーゾーン「ラス・アル・ハイマ・デジタルアセットオアシス(RAK DAO)」を立ち上げる計画を発表。web3企業の誘致に参戦した。
フリーゾーンは外資100%出資企業の設立を認可するとともに、法人税・所得税免除などの優遇措置を提供する経済特区(自由貿易区)。ドバイを中心とする各首長国に複数整備されているが、このRAK DAOは世界初のデジタル・暗号資産企業専用のフリーゾーンになるという。
ラス・アル・ハイマがこの先、ドバイやアブダビに対し、どの程度、コスト優位などの強みを発揮できるか注目されるが、ドバイとはかなりの近距離にあり、一帯でweb3企業の受け入れ体制が手厚くなるという言い方もできる。少なくともweb3ハブとしてのUAE全体の存在感はさらに高まる見込み。世界のweb3ハブ、イノベーションハブとして台頭するUAEと、ラス・アル・ハイマの可能性を探ってみたい。
web3特化型ゾーンがまもなく始動、暗号資産決済も導入へ
2022年に“元年”を迎えたと言われる「web3」(あるいはWeb3.0)とは、ブロックチェーン技術を基盤とした分散型のウェブ。GAFAという巨大プラットフォーマーによる中央集権的な支配を脱し、個と個のつながりによって情報を分散管理する次世代インターネットの概念だ。メタバースやNFT(非代替性トークン)などの活用につながる次世代のウェブ世界として非常に注目度が高い。
インターネットの歴史は電子メールの送信やウェブページの閲覧という一方向的な情報伝達を行う「Web1.0」で幕を開け、続く「Web2.0」はSNSなどのプラットフォームを通じた双方向型の発信が特徴となったが、ブロックチェーンを使った「web3」においては一元管理する機関・企業がない。中央に当たる機関を介在せずに個々がつながるために、究極的には国や社会のあり方を変えるとの見方もあるほどだ。
いまだ漠然とした概念であり、暗号資産などとの関係性が深いweb3に対しては、あまり歓迎しないスタンスの国も多い中、イノベーションハブを目指すUAEは犯罪抑制などに気を配りつつも、積極的に受け入れる姿勢を鮮明にしている。
ドバイ、アブダビはもちろん、ラス・アル・ハイマ首長国が今回発表した専門フリーゾーンRAK DAOも、究極のweb3フレンドリー。
ゾーン内では外資100%出資が可能で、利益・資本の本国送金は自由、法人税と個人所得税はいずれもゼロだが、こうしたフリーゾーンとしての基本的な優遇措置とは別に、アドバイザリーサービスやプロフェッショナルサービス、スタートアップの成長を支援するアクセラレーターやインキュベーター、資金調達手段へのアクセスといったサポート体制を完備する。本来なら規制に抵触するケースも一部認める「規制のサンドボックス」(砂場の意)も用意するという。
また、条件が整い次第、RAK DAO内でのオフィス賃料など、各種料金の支払いにおいて、暗号資産決済を導入する方針も明らかにしている。
RAK DAOの誘致対象となるのは、具体的にはメタバース、ブロックチェーン、ユーティリティトークン、暗号資産ウォレット、NFT、DAO(自律分散型組織)、DApp(分散型アプリ)などの各種web3関連ビジネス。4〜6月期中にも、企業の募集を開始する予定という。
緑の平原や山もあるラス・アル・ハイマ、外資誘致に実績あり
日本ではおそらく、あまり知られていないラス・アル・ハイマ首長国。UAEの最北端に位置し、その首都ラス・アル・ハイマはドバイから車で1時間半ほどの距離にある。
人口は2015年の数字で35万人弱とされており、日本で最も少ない鳥取県の57万人の6割程度だ。面積は1700平方km弱だから、日本の都道府県で一番小さい香川県(1877平方km)より小さく、東京都の約8割に当たる。
UAE全体を見渡すと、首都を擁するアブダビ首長国が国土面積の8割以上を占め、以下、ドバイの面積が全体の約5%。これにシャルジャが続き、4位がラス・アル・ハイマ首長国になるという。
ドバイと同様、石油資源には恵まれないラス・アル・ハイマだが、他の首長国とは異なり、海と砂漠のほかに、緑の平原や山岳地帯に恵まれているのが特徴。農業・漁業のほか、山岳部で産出される土や石材を用いたセラミック、セメントなどの製造業、小売・卸売業などの比重がかなり大きく、産業構造が多様。世界的な陶磁器メーカーRAKセラミックスや製薬会社のジョルファ(Julphar)などが代表的な企業だ。
ここ数年は観光にも力を入れており、砂漠や海沿いのリゾート地にはリッツカールトン、ウォルドーフ・アストリアなどのデラックスホテルやコンドミニアムが立ち並ぶ。観光の目玉は、ギネス記録となっている世界最長のジップライン。ワイヤーを滑車で滑り降りるアウトドアアクティビティだが、ここでは深い渓谷を2.83kmにわたって、実に最高時速150kmの猛スピードで降下するという。
一方、外資企業の誘致も2000年代以降、フリーゾーンの整備を通じて着実に進めてきた実績があり、「政治的に安定し、国際的かつビジネスフレンドリーなハブ」との評価を得ている。トップダウンゆえの先進性や迅速なアプローチもラス・アル・ハイマの強み。こうした優位性や、産油国でないための経済構造の多様性という点では、ドバイと似ているかもしれない。
世界トップ級の「web3ハブ」UAE、各国の誘致合戦が今後幕開けか
ラス・アル・ハイマはweb3企業の誘致をこれから本格化させるが、ドバイとアブダビのこれまでの攻めの戦略で、UAEはすでにweb3ビジネスの一大ハブとなっている。
Crypto OasisとRoland Bergerが発行した「Crypto Oasis Ecosystem Report」によれば、 2022年9月末時点で、UAEに拠点を置くweb3企業は約1450社。うちドバイには約1000社が拠点を置くといわれる。
個と個がつながるweb3領域では、作業もリモートで完結しそうなものだが、ブロックチェーンエデュケーター兼暗号資産アドバイザーのジェームズ・ハウエル氏は、「持続的成長に向けた事業基盤の強化や信頼性の確立には、物理的な場所に基盤を置く必要がある」と指摘する。
世界的に見ると、まだ得体の知れない「web3」ビジネスは必ずしも歓迎されていないが、それでも暗号資産やブロックチェーン関連技術の利用が徐々に広がる中、web3ハブ候補として手を挙げる都市が増えてきているという。
その都市の規制当局がweb3企業に友好的なスタンスを取り、必要な事業環境を提供すればプロジェクトがその場に集積し、暗号資産による支払いシステムを含めたエコシステムが形成される。その成功例の筆頭格がドバイだ。
フリーゾーン「ドバイ・マルチ・コモディティ・センター(DMCC)」でのフレンドリーなビジネス環境はもちろん、ドバイでは世界最高レベルのweb3関連イベントも豊富。何よりweb3の起業家やベンチャーキャピタリスト、暗号資産インフルエンサーが集まっていることが「最高のハブ」(前出のハウエル氏)と呼べる理由という。
もう一つの著名なweb3ハブはシンガポール。中国政府によるブロックチェーンや暗号資産への取り締まり強化を機に、多くのweb3企業が中国から拠点を移した。ただ、シンガポールは最近になって規制強化の動きを見せており、シンガポールからドバイに関連企業が流出しているとの情報も伝わっている。
UAEではまた、アブダビも強力な存在だ。2月には独自のテックエコシステム「Hub71」を通じてweb3企業育成イニシアチブを立ち上げ、スタートアップ支援に20億ドル(約2700億円)を投下するとの計画を発表済み。「ドバイvsアブダビ」にラス・アル・ハイマのような周辺首長国が加わる形でweb3争奪戦がさらに白熱化すれば、UAEの存在感はさらに高まる見通しだ。
ちなみに、前出のハウエル氏がドバイとシンガポールのほかに挙げたweb3企業の世界ハブは、多くの暗号資産取引所が本社を置く東京と、米国最大のハブであるマイアミ。他にメルボルン、ロンドン、プラハ、ツークなども有力という。
2022年の“元年”を経て、2023年にはWeb3の「主流化が進む」というのが、1月に開かれた2023年世界経済フォーラム年次総会の場で示された予測。世界的なweb3ビジネス争奪戦は、これから本格化することになりそうだ。
文:奥瀬なおみ
編集:岡徳之(Livit)