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イーロン・マスク氏がAI企業を設立したとして話題となっている。登記情報から企業名は確認されたが、取り組み内容は不明とされている。しかし、これまでの情報を鑑みると、OpenAIの人気チャットAI「ChatGPT」の競合プロダクト開発に打って出る公算が非常に高い。マスク氏によるAI企業設立に関する最新情報をまとめてみたい。
イーロン・マスク氏、AI企業を設立
テスラやツイッターのCEOを務めるイーロン・マスク氏が、OpenAIの競合企業を設立する計画を進めているとの報道が注目を集めている。ファイナンシャル・タイムズが報じたところによると、マスク氏はAI研究者やエンジニアのチームを集め、数多くの投資家とプロジェクトについて交渉しているという。
企業名は「X.AI」。3月9日にネバダ州で登記され、現在マスク氏が唯一の取締役になっていることが確認された。
またウォール・ストリート・ジャーナルは、登記状況からは、マスク氏が取締役であるほか、マスク氏のファミリーオフィスの責任者であるジャレッド・バーチャル氏が秘書に就任したことも伝えている。
OpenAIは、今話題のチャットAI「ChatGPT」を開発したAI企業として知られる。マスク氏も2015年に共同創業者の一人として立ち上げに携わったが、3年後にはAIの安全性についての意見の不一致からOpenAIの取締役を辞任。その後OpenAIは、マイクロソフトから10億ドルの投資を受け、非営利組織から営利法人化した。
マスク氏は辞任後、長らくOpenAIの開発するAIモデルが、偽情報を拡散する能力や政治的偏見を示す可能性があるとして、批判を続けてきた。
マスク氏は、ツイッターやテスラのほか、宇宙開発企業スペースX、脳科学テクノロジー開発企業Neuralinkなど多岐にわたるビジネスを展開。また最近「X」ブランドのもと「everything app(スーパーアプリ)」を展開するため、ツイッターの社名を「X Corp」に変更したばかりだ。
なお、AI技術分野における競争は激化しており、グーグルの「Bard」もChatGPTに対する直接的な競合と目されている。Bardは、ChatGPTやマイクロソフトのBingと比較しても、満足できる回答を得られないことが報告されているが、グーグルは最近Bardの中核となる大規模言語モデル(LLM)を旧式のLaMDAから新モデルPaLMに切り替えることを発表。チャットAIの精度に影響するパラメータ数は、LaMDAが1370億個、PaLMが5400億個と、4倍以上増えている。
X.AI報道前には、マスク氏がGPU大量購入の噂
マスク氏が新たに立ち上げたX.AIの具体的な活動内容は不明だが、OpenAIや他のジェネレーティブAI企業との競争が激化するのは間違いないと見られる。
このことは、マスク氏が最近大量のGPU(グラフィックス・プロセシング・ユニット)を購入したとの情報からも推測することができる。
一般的にゲーミングPCに関連して注目されるGPUだが、ジェネレーティブAI開発でも大規模モデルのデータ学習や推論で必須のデバイスとなっているためだ。GPUのスペックと数が、AI開発スピードに大きく影響する。
インサイダーは4月11日、情報筋の話としてマスク氏が約1万個のGPUを購入したと報道。
マスク氏は3月18日、ツイッター上での世論操作情報を検知するために、数カ月以内にAIを導入すると発表しており、この時点ではツイッターのAI開発にGPUが活用されるのではないかと指摘されていた。
購入されたGPUは、ツイッターのAI開発にも活用されるかもしれないが、おそらくその大半のリソースは、ChatGPTの競合プロダクト開発に投入されるものと思われる。
どのGPUが購入されたのかは不明であるが、AI開発向けのGPU市場シェアを鑑みると、NVIDIAの「A100」または「H100」である可能性が非常に高い。
New Street Reseachの機械学習向けGPU市場データでは、Nvidiaのシェアが95%を占めるとされているためだ。A100は2020年にリリースされたモデルで、価格は約1万〜3万ドル。最近リリースされている多くのジェネレーティブAIの開発で活用された実績がある。
画像生成AIとして注目されるツールの1つStable DiffusionでもA100が活用された。同ツールの開発企業Stability.AIのエマド・モスクCEOが2023年1月23日に発信したツイートによると、1年前に同社はA100を32個保有していたという。一方、State of AIによる最新レポートでは、現在Stability AIがアクセスできるA100の数は、5400個に増えたと推計されている。
マスク氏、グーグルなどからAI人材引き抜きも
X.AIの設立に先駆け、マスク氏はGPUの大量購入のほか、AI人材の獲得でもアグレッシブな姿勢を見せている。
その象徴となるのが、著名なAIエンジニアであるイゴール・バブシュキン氏の獲得だろう。
The Infomartion2月27日の報道によると、マスク氏はChatGPTへの関心の高まりを受け、ChatGPTの競合プロダクトを開発する研究チーム発足を計画、AI人材の獲得に本格的に乗り出したといわれている。その一環でマスク氏のチームに加わった1人がイゴール・バブシュキン氏だ。
各報道によると、バブシュキン氏は、グーグルの親会社であるアルファベット傘下のAI開発企業ディープマインドでシニア研究エンジニアを務めていた人物。一方、2020年11月〜2022年3月まで、OpenAIに在籍した経歴も持っている。
このほか、マスク氏のチームには、同じくディープマインドでAI開発に携わったマニュエル・クロイス氏が参画したことが報じられている。
競合の動き、アマゾンやメタもジェネレーティブAI市場に参入
Grand View Researchの推計によれば、ジェネレーティブAI市場の規模は、2030年までに1100億ドル近くに達する可能性がある。
この巨大市場のシェアを狙う動きは、マスク氏だけでなく、GAFAMでも顕著になっている。
冒頭でも触れたがグーグルは、ChatGPTの競合Bardのベースとなる大規模言語モデルをPaLMに刷新したばかり。また、ジェネレーティブAI開発で必須のGPUに関しても、独自に開発しているTPUにより、NVIDIAの牙城を切り崩す構えだ。
アマゾンもAmazon Bedrockを通じてジェネレーティブAI市場への関わりを深める目論見だ。アマゾンは4月13日、AI21 Labs、Anthropic、Stability AIなどのAIスタートアップが提供する事前にトレーニングされたモデルを使って、クラウド上でジェネレーティブAIアプリを構築するプラットフォームAmazon Bedrockを発表したのだ。
このほかメタも4月5日に広告制作向けのジェネレーティブAIを2023年中にリリースする方針を明らかにしている。
同社アンドリュー・ボズワースCTOはNikkei Asiaのインタビューで、年内に異なるターゲット層向けの広告画像を作成するためのAIツールを開発し、商業化を目指すと明らかにした。同社は、メタバース事業の推進を目指すものの、広告収入の拡大を急ぐ必要性から、広告分野でのジェネレーティブAI活用に注力する方針という。
一方でメタバース分野のジェネレーティブAI開発も進める計画だ。ボズワースCTOは、現在OpenAIのGPT4やグーグルのPaLMのような大規模言語モデルを開発しており、今後このモデルを3Dモデル生成に応用する計画があると語っている。
文:細谷元(Livit)