イギリス・ロンドン。赤い二階建てバスが走り抜けるその街を、高くそびえ立つビルが見下ろす。経済の中心として知られるその街には、さまざまな職種や国籍の人が働く。歴史ある街では働き方に対する捉え方も一味違うし、育児サービスも幅広いようだ。今回はロンドンに約15年暮らす山中圭さんに、働き方や育児、学びについてお話を伺った。
幅広い育児サービスの提供で仕事との両立を支えるイギリス
ーー 現在のお仕事について教えてください
プライマリースクールと呼ばれる、5歳から11歳までが通うカトリック系の公立学校で働いています。
イギリスの学校では、障害があったり、学習遅れや学力の低い子どもには政府がマンツーマンで大人をつけてくれるSENサポート(Special Educational Needs)という制度があるのですが、私はパートタイムで、支援の必要な児童と一緒に教室に入って授業サポートなどを行う仕事をしています。
例えば、ある子には算数の基本を教えてほしいとか、コロナなどでメンタル面が気になるからサポートをしてあげてほしいなど、児童によって内容や時間数は異なりますが、その児童が入学してから卒業まで一連で担当することもあります。
私はかつて東京で働いていたのですが、妊娠をきっかけにイギリスに来ました。でも渡航直後は友達もいなくて、子どもしか話し相手がいなかったんです。だから大人と会話をしたくて、子育てをしながら大学院に行って幼児教育について学ぶことにしました。
イギリスの大学院は働きながら行くように設計されているところもあり、私の大学院はたしか午後6時ごろから授業が始まっていたので、子育ては日中私が担当、私が大学院で勉強しているときは夫が基本的に子育てをしていました。
大学院にも子どもを預けられる施設があるので、そこを利用する人もいましたね。私は立地的に連れて行きにくかったので、夫が忙しい時はシッターを利用していました。
ーー勉強しながら子育てをする人はどのくらいいますか?
多くはないですけど、いないわけじゃないですよ。私の場合は、午前9時から午後3時ごろまで幼稚園に預けて、その間にカフェで勉強して、時間になったらお迎えに行ってましたね。大学院が終われば、夜は息子にミルクをあげながら1、2時間勉強して就寝する生活でした。
働く世帯ではシッターを利用する人が多いと思いますね。最近は本当にいろいろなサービスやアプリがあるので便利ですよ。
あと、私立に行く子どもの場合はナニーを利用する人が多いですね。ナニーは家庭訪問型の保育サービスで、乳幼児教育や保育のプロフェッショナルがお世話をしてくれます。小学校6年生ごろまで勉強とかも見てくれるので、弟や妹がいるともっと長い年数で利用することもあります。
それから「チャイルドマインダー」という制度もありますね。少人数保育のスペシャリストでこの資格を持った人たちが、その人の自宅や各家庭で子どもを預かるんです。例えば、3家庭分の子どもをピックアップして、おやつを与えたりして子どもたちと父母の迎えを待つという具合です。
家庭の状況や通っている学校に応じて、制度を使い分けていますね。
ーー共働き世帯の割合はどのくらいでしょうか?
クラスの半分ぐらいが共働きだと思います。お母さんもパートタイムとか、何かしら仕事をしていますね。
ロンドンは小学校6年生の夏学期まで、安全上の観点から学校まで親が送り迎えをする必要があるんです。朝はお父さんが車で会社へ行く途中に行って帰りはお母さん、という家庭もありますし、学校関係は全部お父さんがやっているところもありますよ。
子どもとの時間を過ごしたいということでお母さんの方が会社を辞めている家庭もあれば、子育てしている間は育休をとって、ひと段落したら働き始める人もいるし、さまざまですね。これは日本と似ている部分なのかなと思います。
また、朝8時ごろから「ブレックファストクラブ」という、子どもたちに健康的な朝食を食べさせる取り組みや、学校終わりには午後6時ごろまで「アフタースクールクラブ」という学童のようなものがある学校もあります。そこでの過ごし方はご飯を食べたり、遊んだり、宿題をやるのが中心です。
親としては、この制度を利用すると、朝8時から午後6時まで子どもを預かってもらえるので、学校を探す時、成績の良し悪しよりもこの制度があるかどうかを重要視する人もいるほどです。
家族みんなで子どもを育てるということ
ーー育児分担はどうされていましたか?
育児も、全部お母さんがやらなきゃいけないという前提はないですね。うちの場合は、私が食事を作ったら、誰か別の人が食器を洗います。私が息子を習いごとなどに連れて行っている間に、夫が家を掃除をする。
息子はサッカーの習い事をしているのですが、遠征に夫が連れていくこともあれば、もし夫婦で時間が空いていれば3人で向かって、楽しく試合の応援をします。
習いごとでは、メッセージアプリ上でグループが作成されて、次の試合がいつどこで行われるか共有されるのですが、そのグループには両親ともに参加するので、お互い予定がわかっているんです。
学校にも似たようなシステムがあって、両親2人ともグループに入って行事予定などを確認し合います。ちなみにそこで共有されるのは、学級便りみたいな内容です。
例えば、学校で何があったとか、この人が表彰されたとか。私の息子の学校はスポーツが盛んというのもあり、すべての学年でどのスポーツがいつ行われるのか分かるようになっていて、自分の子供の試合の予定がわかるだけでなく、勝敗、過去の戦歴、相手の学校はここに勝ったなどなんでも書いてあります。
とにかく、「家族みんなで育てている」という感覚。だから“ノータッチ”はないんです。
ーー 山中さんが育児と仕事や勉強を両立することに、周りの親はどう反応していましたか?
イギリスは個人主義な国なので、自分がやりたいことをやらせてくれる、やれる社会だと思います。
例えば、私は大学院に行きながら子育てをしていましたが、他の親から干渉を受けることは一切なかったですね。それこそ親が働いていなくても、働いていても、関係ない。
少し話がそれますが、「コーヒーモーニング」という親同士で朝、たまに集まってお茶をする文化があるのですが、働いている親も結構自由に参加していました。会社には「コーヒーモーニングがあるから」と連絡を入れて、30分遅れて出社する親もいましたね。私は学校で働いていたので参加できず、親同士との関わりは少なくなったのが残念でしたが。
でも子育て中に働くとか、勉強するということについて、「特別なことをしている」という意識はないと思います。やりたければやればいいという社会ですね。
ーーイギリスと比較して日本の教育でいいなと感じた点はありますか?
私は日本に帰国した時に、息子を公立の学校に1週間入れたのですが、学校から配布されるプリントの量を見て、すごく感動しました。
給食の献立、栄養面や食材についてグラム単位で記載がありました。人気があった給食レシピを書いてくれて、「家でお子様と一緒に作ってみましょう」とか、そういうのはすごくいいなと思っていました。
あとイギリスには知育的な番組がないんです。『ピタゴラスイッチ』のような、子どもは少し頭を少し使うけど、おじいちゃん、おばあちゃんと見ることもできるようなものがイギリスにはない。おもちゃもそうですよね。知育玩具のようなものがないですね。レゴぐらいなものです。
親である自分自身を大切にすることが、両立の鍵
ーーイギリスで子育てして良かったこと、大変だったことを教えてください
よかったことは、自分の働いているところを子どもにも見せられたことだと思います。
転職も何度もしており、過去に3つの業界を経験しているんですが、新しい会社や業界に、都度、適応していく姿を見せられました。これからの社会は適応する力があった方がいいと思うから、それを見せられたのはよかったですね。
大変だったことは、良くも悪くも、いろんな人がいる社会なので、育児や働き方への捉え方が幅広いことですね。
政府が「ゆりかごから墓場まで」と謳い、働かずに子供を産めば政府が補助している現状もあります。そういう人たちを何人か知っているけれど、働く気はないんです。素敵な方々なのだけれど、親も大学に行ってないから、大学に行ってもお金と時間の無駄だ、と言って子どもにも行かせない人もいます。
あと、公立で目の当たりにするのは、先生が「毎日本を読んでください」と言っても親が字を読めないから子どもがきちんと読んでいるかわからないとかですね。
日本ではありえないと思いますが、字が読めない、掛け算を知らない親もいて、それでも大人になり親にもなれた。だから子どもにはまったく勉強の期待をしてないし、むしろいらないんじゃないという親もいます。
一方で移民の人は自分の国を捨ててきているから真剣に勉強するし、仕事もしている。ウクライナからの難民もいますしね。
ロンドンという街は比較的、核家族が多いです。だから親に預けるのがあまりできない中で、たまにおばあちゃんが送り迎えをする家庭を見かけます。事情を聞くと何らかの事情で親がいなくなったからおばあちゃんが育てているとか、親が離婚したり他の国に行ったりしているみたいで、本当にいろいろな家庭があるんだなと感じます。
ーーそうした環境で仕事と育児を両立してきた山中さんが感じる、育児と仕事の両立について教えてください。
私の息子が小さい時に怪我をして病院に行ったことがありました。私は怪我をしていなかったけど、服に血がついた状態だったので、私も怪我をしているとお医者さんが勘違いして「あなたも怪我しているから診察を受けなさい」と呼ばれたんです。
でも私は怪我をしていないから、「いいの、いいの」と断っていたら、先生から「日本人は自分を犠牲にして『子どものために』と言うんですよね」と言われたんです。その言葉がすごく刺さったのを今でも覚えています。
たしかに、日本では子どものために自分を犠牲にするし、自分の時間を割いて心から子どものベストのために尽くしていたけれど、本当は自分がまずちゃんとしていないといけないんだなと気づかされました。それは今でも思います。
私は飛行機に乗って何かトラブルがあったときには、酸素マスクはまず自分の分を装着してから、子どものを着けると決めています。自分が健康でしっかりしていれば、子どもも健やかでいられる。それこそ、個人主義、と言われてしまうかもしれませんが、自分を大切にできるのは自分しかいないですもんね。忘れがちですが、とても重要なことだと思います。
自分の将来は自分で決めないといけない。人に決めてもらってもダメ。自分の将来も過去も自分で見つめて、大切にして、面白い人生を歩むのが、仕事と育児を両立するコツなのかなと思います。
[取材・文] 星谷なな
[編集] 岡徳之