新型コロナウイルス感染症の拡大により、働き方や暮らし方が流動し「ワーケーション」や「二地域居住(二拠点生活)」などの言葉も定着してきた昨今、旅のあり方にも変化が訪れている。団体旅行が減少する一方で、一人旅の需要が拡大。密集を避けて自然環境に触れ、暮らすように旅をしたいというニーズも高まっている。また、大都市には“ふるさと”を持たない世代が増えているため、地方との深い関わりを求める動きも見られるようだ。
観光庁はこうした国内観光の新たな需要に着目し、“何度も地域に通う旅、帰る旅”をコンセプトに「第2のふるさとづくりプロジェクト」を推進している。観光と移住の間のような旅のニーズに応えるほか、関係人口増による地域経済の活性化を図るのが目的だ。
プロジェクト本格始動の初年度となる令和4年度には19件のモデル実証事業が各地域で実施され、令和5年3月9日に成果報告会が開催された。成果報告会での内容や担当者へのインタビューから見えてきた第2のふるさとづくりに必要な要素とは何か。地方創生への道筋を探る。
事業の焦点は体制づくりと持続可能性「第2のふるさとづくりプロジェクト」
観光庁 観光地域振興部 観光資源課 新コンテンツ開発推進室の木村友紀氏と濵渦克樹氏に話を伺った。
観光庁では初年度の実施にあたり「地域全体が同じ方向を見ているか」「来訪者に対して魅力的な観光資源があるか」を大前提に、次のような視点を加えてモデル実証事業の選定を行ったという。
木村氏「令和4年度は、来訪者のニーズがあるかどうかはもちろん、地域内での体制づくり(地方自治体と企業の連携)や教育、雇用に発展するような持続可能性のある事業であるかを見てきました。まずは来訪者と地域側がWin-Winの関係でなければいけません。来訪者はその地域で自己実現を達成し、それが地域にとって課題解決につながるような関係性が理想です。来訪者と地域住民のコミュニケーションの“深化”が生まれる取組である必要があります」
成果報告会では、成功事例として北海道川上郡弟子屈町、新潟県南魚沼市、京都府南丹市美山町の3地域のモデル実証事業が紹介されたほか、「交流の場・拠点の作り方」と「第2のふるさとづくりと移住について」をテーマにトークセッションが行われた。成功事例に共通していたのは、以下の3点からのアプローチが上手く機能していたことが挙げられる。
- 旅マエ(来訪前):地域の特徴を知り、共感を生むことができるPRや事前交流
- 旅ナカ(来訪中):地域住民とのつながりを深化させるためのコンテンツづくりやコンシェルジュの育成
- 旅アト(来訪後):再来訪へとつなげる地域側からのアプローチ(各種SNSやグループチャット、手紙などによるコミュニティ強化)
この3点のアプローチの効果はすぐには見えづらいものの、観光庁は第2のふるさとづくりを推し進めるためには必要なサイクルだとしている。そして、コンテンツづくりはもちろんのこと、来訪者と地域住民をつなげる役割を担うコンシェルジュの育成に力を入れている地域が多いようだ。
モデル実証事業の選定にあたり、大前提として「地域全体が同じ方向を見ているか」を挙げていたが、それが事業構築の第一ステップとなる。事業主体者の一方通行にならぬよう、地域として目指す姿はどういったものなのか(来訪者の初来訪、再来訪のきっかけとして活用するコンテンツは何か、どんな人をターゲットとしていくかなど)、地域住民と共通認識を持つ必要がある。地域住民との話し合いの場を設けた北海道川上郡弟子屈町では、話の内容をその場でイラスト化していくグラフィックレポートを活用し、地域としてあるべき姿や目標設定を可視化。書面での話し合いよりもイメージがしやすいため、関係者間のプロジェクトへの機運の高まりを感じたという。
滞在環境と移動環境、コンシェルジュの拡充が課題
観光庁では月に一度、地域側と話し合い、観光庁が培ってきた知見から導き出された仮説をもとに実証が行われているかを把握し、伴走支援を行っている。そうしたなか、約一年間モデル実証事業を行い、あぶり出された課題はどこにあるのだろうか。
令和4年度は初年度であることからコンテンツづくりに注力した事例が多く、ターゲットのニーズを満たした宿泊施設などの滞在環境や移動環境への取組に課題が残る地域があるという。滞在環境や移動環境の充実は再来訪につなげるためには外せない要素であり、木村氏も「令和5年度はこの2点へのアプローチを強化していきたい」と話す。具体的には、どの地域にもあるようなビジネスホテルや観光ホテルではなく、地域性の感じられる古民家などをリノベーションし、集落の中で一緒に暮らすような感覚の宿泊先などが求められていると分析している。移動環境に関しては、公共交通機関や地域との連携が必要になるだろう。
また、コンシェルジュの拡充も課題の1つとして認識しているようだ。
木村氏「人と人、人とコトをつなぐのがコンシェルジュの役目。来訪者と地域住民のコミュニケーションの“深化”には欠かせない存在です」
濵渦氏「特別な体験はもちろんのこと、コンシェルジュをはじめそこで出会った人たちにまた会いに行きたいと、地域の人とのつながりを持っていただくことが第2のふるさとづくりにおいて大切なポイントです」
今回のモデル実証事業ではモニターツアーを組んで実施したため、来訪すると同時にコンシェルジュとコンタクトが取れる状態にあった。しかし、今後は本プロジェクトやコンシェルジュの存在を知らない人が来訪してもコンシェルジュと出会えるようにする必要がある。そのため、観光庁では関係案内所や各宿泊先などがコンシェルジュの活動拠点になるよう、育成強化を見込んでいる。
“ウェルビーイング”にもつながる、第2のふるさとづくり第二章がスタート
「第2のふるさとづくりプロジェクト」のモデル実証事業には、地方公共団体・民間企業のいずれもが参画申請できるが、民間企業が第2のふるさとづくりを先導する場合に必要な視点はあるのだろうか。
濵渦氏「民間企業が第2のふるさとづくりを進める場合、地方公共団体の観光部門に限らず、移住部門や産業振興部門なども巻き込み、その地域が目指している姿を多角的に捉えて共に実現していくことが必要です」
第2のふるさとができた場合、将来的には移住を考える人も出てくるだろう。その先には住宅や雇用の受け皿も必要となる。観光視点からさらに視野を広げてみることが第2のふるさとづくりには必要なのかもしれない。「地域全体が同じ方向を見ているか」が事業構築の第一ステップであったが、そのうえで官民の連携も重要な要素である。
現在「第2のふるさとづくりプロジェクト」では、令和5年度のモデル実証事業(公募期間:令和5年3月9日〜令和5年4月17日)を募っており、公募要領には事業推進に必要な要素が細かく提示されている。たとえプロジェクトに参画しなくとも、地域課題を掘り起こすために有用な視点が明記されているため、参考にしてみるとよいだろう。
また、観光庁は本プロジェクトを推進するため「第2のふるさとづくり推進ネットワーク」を開設。賛同する地方公共団体や観光地域づくり法人(DMO)、民間企業などによる情報交換の場を設けている。現在330を超える団体が登録しており、施策・事例の共有やノウハウの周知・普及、参加団体との相互交流から第2のふるさとづくりへの機運を醸成していくという。
最後に、本プロジェクトの展望を伺う。第2のふるさとが生まれることは私たちにどのようなメリットがあるのだろか。
木村氏「来訪者側には、自己実現やウェルビーイングにつながるメリットがあると思います。職場や家庭以外にも“第三の場”のような居場所ができることは人生を豊かにしてくれるものです。地域側には経済波及効果があります。交流人口のみならず、関係人口が増えることは地方創生につながるものです。取組の成果をすぐに実感することは難しいですが、地域のみなさんにはぜひ長い目で取り組んでいただければ嬉しいです。また『第2のふるさとづくり推進ネットワーク』を開設し、モデル実証地域以外で取り組んでいる方ともコミュニケーションを図れる場を設けております。それらも活用しながら、日本全国で第2のふるさとづくりが普及すれば幸いです」
「第2のふるさとづくりプロジェクト」では、令和4年度に行われた19のモデル実証事業をまとめたナレッジ集を作成しており、順次ウェブサイトにて公開を予定している。地方創生のヒントに、そして、第2のふるさとを求めている人は次の旅先の参考にしてみてはいかがだろうか。
文:安海まりこ
写真:西村 克也