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私たちの生活に密接に関わる資源問題。これを解決するために必要なのが、3R「Reduce(廃棄物を減らす)」、「Reuse(再利用する)」、「Recycle(再資源化する)」を重視した循環型社会の実現だ。しかも、それらのプロセスを回すためのエネルギーもクリーンである必要がある。
世界では人口増加と発展途上国の経済成長などにより、世界のエネルギー消費量は今後も増加することが見込まれている。しかし、一方でエネルギー源として主に使われている石油や石炭などの資源は環境面においても課題が多く、その解決策として、太陽光や風力、水力などの再生可能エネルギーの活用に注目が集まっている。
上記3Rのプロセスは電気だけでは回せない。燃焼が必要なプロセスも存在し、働く車を動かすための燃料も必要だからだ。コンセントの無いところで作業するために発電機を動かす必要もある。そういった複数のエネルギーの使い方のいずれにも対応可能なエネルギー媒体である水素への期待は大きい。
こうした水素を活用した循環型社会の実現にむけて、いち早く取り組んでいるのが株式会社デンソーだ。自動車部品メーカーとして再生可能エネルギーとは遠い位置にいると思われるかもしれないが、実は再生可能エネルギーから生成されるグリーン水素を効率よくつくりだし、電気として活用するための技術開発に取り組んでいる。
そんなデンソーが今回、「いい未来は、急げ 」をテーマに、水素をエネルギー媒体として活用することで私たちの未来がどのように変わり、どんなより良い社会が描けるのかを体験できるイベント「H2 PARK」を実施した。
デンソーが考える循環型社会の姿、そして再生可能エネルギーを活用することで実現できる未来の可能性を探っていく。
エネルギー貯蔵の「鍵」となる水素
水素は、石油や石炭、天然ガスといった資源に代わる存在として近年注目されている。
水素が注目される大きな理由の一つが、燃焼させてエネルギーとして使用する際、CO2を排出しないことだ。また、風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーを使い、水を酸素と分解することで製造できる。製造時にもCO2が発生しないことから、「地球環境にやさしい次世代エネルギー源」といわれている。
加えて、水素は液化したり、水素吸蔵合金を用いることで体積を800分の1から1000分の1に減少させることができる。そのため、貯めやすい点もポイントで、災害時などにも安定供給しやすいのだ。
とはいえ、水素をエネルギーとして活用するにはまだまだ以下のような課題がある。
・消費電力を抑えながら水素を効率的に製造・貯蔵する技術面(つくる)
・輸送、貯蔵などのインフラ面やコスト面(ためる、はこぶ)
・水素を日常生活で使用するための技術面(つかう)
デンソーでは自動車部品製造で培った技術を用いて、水を電解して水素を効率よく取り出す水電解装置「SOEC(Solid Oxide Electrolysis Cell / 固体酸化物形水電解)」や、水素をはじめとする様々な燃料と酸素の化学反応によって発電する燃料電池「SOFC(Solid Oxide Fuel Cell / 固体酸化物形燃料電池)」などの開発を通じ、こうした課題をクリアしながら、水素を活用した循環型社会の実現を目指そうとしている。
みんなのエネルギーをみんなのうれしいに。あったらいいなを具現化した「H2 PARK」
では、デンソーが実現しようとしている、未来の循環型社会とはどのようなものなのか?
それを少しでも身近に感じてもらうために、具現化したのが今回の「H2 PARK」だ。
同パークは「みんなのエネルギーをみんなのうれしいに変える公園」をコンセプトに、より水素を身近に感じてもらうことにも配慮して、子どもたちの遊ぶ元気を“CO2排出ゼロの発電源”として使わせてもらい、水素を生み出す公園となっている。子どもたちがブランコをこぐエネルギーで電気を生成。そしてその電気を使い、水を水素に変えて貯めておくことで、さまざまな用途に使用できることを表現している。
恵比寿ガーデンプレイスセンター広場にて開催された「H2 PARK」には、家族連れなどたくさんの人が会場に訪れ、水素を「つくる、ためる、つかう」体験をした。
今回「H2 PARK」の実施に至った背景ついて、イベント企画担当者のひとり、広報渉外部の坂井理紗氏は次のように話す。
「私たちは自動車部品メーカーということで、ビジネス上、生活者との接点が少ないです。そのため、デンソーが実現したい未来の循環型社会に向けて、着実に技術開発をしていても、それを直接生活者の皆さんに感じていただくことは難しく、我々からの一方的な情報発信だけでは不十分だと感じていました。そうした課題を考えたとき、わたしたち自身が外に飛び出し、生活者の皆さんとの接点をつくる。エネルギー問題を解決する技術紹介だけでなく、その先の人々の喜びや幸せを体感できるイベントを開催したいという思いから、この『H2 PARK』の構想がうまれました。このイベントは、子どもたちの元気が電気に変わり、それを水素にしてためる。ここでは実際にためた水素をエネルギーに変換することはしていませんが、ブランコで水素をつくってくれた子どもに綿あめをプレゼントするという流れになっています。ちょっと先の“あったらいい未来”を体感して水素エネルギーを身近に感じていただけたら、という思いです」
また、こうした活動をデンソーがやる意義について、環境ニュートラルシステム開発部の中島 敦士氏が補足する。
「走るために多くのエネルギーを必要とする自動車用の部品を作っているデンソーでは、より少ないエネルギーで走る“燃費改善”に努めてきました。その中でデンソーが培ってきた“エネルギーを効率的につくり、無駄なく使う技術”は、循環型社会の中で水素を上手く使うことにも貢献できると考えています。そんな私たちの取り組みを少しでも知って共感頂けるように、情報を発信し続ける必要があります。今回は、生活者の皆さまから見えない自動車の技術を身近に感じてもらえることを期待しています。」
元気が電気に変わる。「H2 PARK」を実際に体験
では「H2 PARK」はどのような仕組みで、水素を「つくる、ためる、つかう」体験ができるのか。実際に編集部が体験した様子をお伝えする。
まずは、ブランコに乗り、エネルギーをつくり出すことから始まる。
ブランコには、発電のためのモーターが取り付けられており、ブランコをこぐことで生まれる電気を使うことで水を分解し、水素を生成する仕組みだ。
水素の生成量は上部に設置されている丸形モニターに表示され、こぐことでどれだけの水素が生まれたのか、数値化されるようになっている。
ブランコと水槽タンクがつながっており、泡がプクプクと出始めたら、ブランコをこいだエネルギーが水素に変換された証だ。そして、いざ使うときのために水素をためておくことができる。
「水素は、長く安定してためておくことができます。さらに、自分たちのすぐ近くでためておくことができたら、万が一の災害時などにも、安定して電気を供給できるかもしれない。自分たちが使うエネルギーを自分たちでつくり、誰もが安心できる循環型社会が広がってほしいと考えています」(中島 氏)
ブランコをこいで、水素をつくってくれたお礼には、前の人がブランコで生成した水素量と名前が記載されたラベル付きの綿菓子がプレゼントされる。
このイベントでは、実際にためたエネルギーで綿菓子をつくっているわけではないが、自身でつくり出したエネルギーを次の人のために使うという、幸せが循環する体験が盛り込まれている。
ここで、実際に体験した人にも話を聞いてみた。
「子どもたちがただ遊ぶだけで、それがエネルギーとして使えるというのは、良い循環ですよね。まだ幼い子どもにとっては、水素をつくってためるといった仕組みの理解はなかなか難しいと思うので、将来大きくなったときに今日の体験を思い出してくれると良いです」(親Aさん)
「子どもの遊びがエネルギーに変わるといったコンセプトが、とても身近に感じました。こうやって日常と関連付けてもらえると、未来も想像しやすいです」(親Bさん)
技術は生活を良くするモノ。デンソーが想像するいい未来
デンソーでは「技術は生活をより良くするためのモノ」という前提で、今、できていないことをできるに変える、「実現力」こそが自社の強みだと考えている。
「ここで言う『実現』は、新技術を発明する力ではありません。一部の人しか恩恵を享受できないような新技術を発明したいのではなく、新技術が社会へと自然に広がり、当たり前として実装される。そして、誰もが恩恵を受けられる未来になって初めて『実現』だと捉えています。もちろん、そうした未来は私たちだけでは実現できません。今回のH2 PARKのようなコンセプトを提案し、一般の方はもちろん他の企業様など、共感者を集めながら一緒により良い未来をつくっていきたいです」(中島氏)
また、現在デンソーでは水素技術が誰にとっても使いやすく、身近に感じることができる未来の実現に向け、まずは工場での実証実験から始めているという。
「デンソーでは、今回のイベントで表現したような循環を、まずは工場での実証実験から始めています。例えば、再生可能エネルギーをもとに、水電解装置『SOEC(Solid Oxide Electrolysis Cell / 固体酸化物形水電解)』を使うことで水から水素を効率よく取り出す技術の確立に努めます。将来的には、タンクにためた水素と酸素(空気)の化学反応によって発電する燃料電池『SOFC(Solid Oxide Fuel Cell / 固体酸化物形燃料電池)』を使って電気を生み出し、工場の一部を稼働させるエネルギー源として利用することも考えています」(中島氏)
より良い未来に向けて、新たな技術開発に挑戦し続けるデンソー。循環型社会の「実現」に貢献するキープレイヤーは、私たちにどんな未来を見せてくれるのか期待したい。
文:吉田 祐基