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ヨーロッパのノンアルコール飲料業界は、近年急速な勢いで伸びている。若い世代を中心にお酒を飲まない人が増えているのが背景にあるほか、ノンアルコール飲料のクオリティの向上とバラエティの増加もこのトレンドを後押ししている。
一方、ヨーロッパ各国ではアルコール飲料の販売に対する規制強化に向けた動きも見られ、お酒がたばこの辿った道を後追いする可能性も指摘されている。
5万年の歴史を持つといわれる人類の飲酒は、終わりの始まりを迎えているのだろうか?
ノンアルコール専門の「酒屋」が急成長
オランダでは昨年夏、低・ノンアルコール飲料の専門店「NIX&NIX」がオープンし、話題を呼んでいる。店構えはごく普通の酒屋だが、店内の棚に並ぶビールやワイン、リキュールなどはすべて、アルコール度数が0.5%までの飲料だ。
「妊婦や医療上の理由で飲酒できない人、『ドライ・ジャニュアリー(毎年1月に1カ月間禁酒する活動)』に参加したい人、アルコールを意識的に飲まない人……みんなここでドリンクを買っていますよ」と、NIX&NIX創設者のウィム・ブークマさんは地元メディアに語っている。彼は楽しい飲み会と、二日酔いのないフレッシュな翌朝を両立させたいとの思いで、同店舗のコンセプトを思いついた。
近年はノンアルコール飲料の種類が増え、品質も高まっている一方、消費者にはそれがまだ伝わっていないことも出店の理由となった。はじめはオンラインショップからスタートしたが、消費者が試飲できるよう、1カ月後には実店舗もオープンした。
「ここで扱う商品は、多くの人が知らないものです。『ノンアルコールのジン』と聞いても、どんな味かを知らずに25ユーロ(約3600円)は支払いにくいですよね。ここでは試飲ができて、大多数の人は最終的にボトルを買って帰ります」(ブークマさん)。
NIX&NIXは投資家の支持を得て、半年の間にオランダ各地で相次いで4店舗を出店した。今年も新たな店舗を見据えるとともに、品揃えを拡充させたい考え。ブークマさんは当メディアに対し、「いいノンアルコールの日本酒についても知りたいです」と語っている。
高級レストランで広がる、ノンアルコールのアレンジメント
高級レストランでは、コース料理にぴったりのワインを提供する「ワインアレンジメント」に代わって、「ジュースアレンジメント」を提供するところも増えてきた。
主にベジタリアン料理を提供するアムステルダムのサステイナブル・レストラン「Choux(シュー)」では、毎週月曜日を「ジュースの日」として、ノンアルコールのアレンジメントを提供している。ルバーブジュースとローズマリー、チェリージュースとローズピクルスジュース、フェンケル茶と海藻など、独自のレシピを開発した。
「私たちの店で高級料理を食べるとき、一緒に食事をしている相手が料理を引き立てる美味しいワインを飲んでいるのに、(お酒を飲まない人が)コーラしか飲めないのは好ましくないですよね」と、ノンアルコール・アレンジメントを担当するイザベル・モリンガーさんは地元紙とのインタビューで語っている。
同アレンジメントの人気は上々。ノンアルコールの新しいドリンクメニューを紹介したインスタグラムには、ファンたちからのポジティブなコメントが相次いだ。
ワインの本場フランスでもノンアルコールのアレンジメントを提供する高級レストランは増加している。美食家の間で有名なミシュラン星付きレストラン「メゾンピック」でも同アレンジメントを導入したところ、予想以上に人気を博しているという。
統計でも見えるノンアルコール市場の拡大
アルコール飲料の市場調査機関IWSR(International Wine and Spirits Records)によると、ビール、サイダー、ワイン、蒸留酒などを含む主要10カ国の低・ノンアルコール飲料市場は、2022年に110億ドル(1兆5000億円)に達した。2018年時点の80億ドルから30%以上の伸びを示している。
2022年の販売量は7%増加した。中でもノンアルコール飲料が好調で、2022年の販売量は9%増となり、低・ノンアルコール市場全体に占めるシェアは7割に達した。IWSRは「味の改善、製造技術の向上、消費シーンの多様化がノンアルコール市場の成長を促している」と指摘する。
特にノンアルコールのビールは、早くから主要メーカーが生産に乗り出しており、市場に浸透している感がある。
オランダのビール業界団体「Nederlandse Brouwers」が2022年8月、月に1回以上ビール(ノンアルコールを含む)を飲む18歳以上(オランダでは18歳から飲酒可能)を対象に実施した調査によると、ノンアルコールビールを飲む人の割合は54%に達し、2020年時点の47%から上昇している。また、低アルコールビールを飲む人の割合も38%から43%に増加。一方、ピルスナー(ラガー酵母で醸造した一般のビール)を飲む人の割合は69%から67%へと、わずかに低下した。
調査対象の10人に7人が「ノンアルコールビールを選ぶことが多くなった」と答えているという。
飲み会の席で「0.0%」はニューノーマルに
一方、飲酒による害を軽減するために設立されたイギリスの慈善団体「Drinkaware」による2019年の調査では、年齢別のアルコール消費の傾向が見える。
16歳以上(イギリスでは16歳から飲酒可能)を対象とした同調査によると、「1週間に1回以上飲酒する」人は55~74歳のシニア層で58%に達した一方、16~24歳では30%にとどまった。また、16~24歳では全く飲酒しない人が26%に上ることが明らかになっている。
英シェフィールド大学でアルコール政策を研究するジョン・ホームズ教授が『Esquire』に語ったところよれば、若者のアルコール離れは2000年代初頭から見られる。彼らは将来に対する不安を抱いており、健康などへのリスクを伴う行動を避ける傾向が強まっているという。
低・ノンアルコール飲料が市場に浸透してきたことで、「飲まない人」に対する偏見が薄れているという背景もある。近年はナイトクラブでも低・ノンアルコール飲料をメニューに加えるところが増えており、以前はコーラやジュースしか選択肢がなかった人たちが「0.0%(ノンアルコール飲料)」を頼めるようになった。オランダのオンラインメディア『NOUVEAU』は、「アルコールフリーはすぐに禁煙と同じぐらい普通になるだろう」と予想している。
酒のボトルに健康警告ラベル、たばこに次ぐ販売規制への動きも
実際、アルコール飲料がたばこの通った道を辿る可能性も高まってきた。アイルランドは昨年6月、国内で販売されるアルコール製品に健康警告ラベルを導入する意向を欧州委員会に伝えた。
このラベルには1)アルコール飲料が肝疾患の原因となり得ること、2)アルコール飲料が致命的なガンの直接の原因となり得ること、3)妊娠中の飲酒の危険性――が示されており、昨年はすでに同国の公衆衛生規則草案で許可されたという。ただ、アルコール飲料業界の抵抗は激しく、現在も法規制の導入については議論が続いている。
オランダでもアルコール飲料に健康警告ラベルを導入することについて、議論が巻き起こっている。人々のメンタルヘルスのためにアルコール、たばこ、薬物、ゲーム、ギャンブルなどに関する啓蒙活動を行っている「Trimbos Instituut」によると、国内6,000人を対象に実施した調査で、37%の人が飲酒とがんの関係を知らないことが明らかになった。例えば、1日1杯のアルコール飲料を飲む人は、全く飲まない人に比べて乳がんの可能性が1.5倍に高まるという。
この結果を受け、「オランダ・アルコール政策研究所STAP」のウィム・ファンダーレンさんは地元メディアに対し、「政府はアルコール飲料が身体に及ぼす影響を知らせるキャンペーンを実施するべきだ」と述べている。また、このほかには、アルコール飲料の宣伝禁止、商品の値上げ、酒屋以外の小売店での販売禁止などが効果的だと指摘した。
ヨーロッパのアルコール産業のロビー勢力は強く、販売規制については抵抗圧力も大きい。しかし、たばこの販売を規制する「世界保健機関たばこ規制枠組条約(WHO FCTC)」が検討され始めた1989年当時も、強大なたばこ産業を前にそれは「非現実的」とも捉えられていた。今やたばこのパッケージで肺がんなどの画像付き警告表示はおなじみとなり、喫煙場所もかなり制限されている。
WHOはすでに、アルコール飲料についてもその消費量と害を減らすことを約束している。また、カナダのビクトリア大学でアルコール飲料のボトルに警告文を貼る実験をしたところ、ラベル付きの商品の売上高が減少したとの実験結果も出ており、ヨーロッパの政界ではアルコール販売規制をサポートする動きも出てきているという。ワインボトルに乳がんの写真が貼られる日もそう遠くはないのかもしれない。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)