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今年に入ってから、米国アリゾナ州でビットコインが将来、法定通貨となる可能性があるというニュースが舞い込んできた。この法案を提出したのは、同州の上院議員、ウェンディー・ロジャース氏。米国アリゾナ州の法化を待たずして、2021年には、2つの国がビットコインを法定通貨として採用。エルサルバドルと中央アフリカ共和国だ。
法案が可決され、ビットコインが法定通貨となった場合、債務支払い、公共料金や税金の支払いなどに、ビットコインが利用できるようになるという。
アイルランドのダブリンに本拠地を置く市場リサーチ会社、リサーチ&マーケッツ社によれば、仮想通貨交換プラットフォームの世界市場規模は、2022年から2030年まで年平均成長率27.8%で推移し、2030年には2643億2000万米ドル(約36兆700億円)に達すると予測する。利用者の増加が、利用を受け入れる側である企業数の増加をも促す。仮想通貨は将来性が見込まれているだけあり、法定通貨となった場合、経済・社会にどのような影響が出るかは気になるところだ。
大きな財政支援を提供するビットコイン
エルサルバドルが、ビットコインを同国の法定通貨として採用するビットコイン法を発効したのは、2021年9月。国としては世界で初めてのことだった。
同国は、価値が不安定なことを理由に、2001年に自国通貨コロンを放棄し、米ドルを法定通貨として用いてきた。2021年9月からは、米ドルにビットコインが加わり、2つの法定通貨が併用されている。ビットコインから米ドルへの変換を促進するため、1億5000万米ドル(約205億円)のビットコイン基金が立ち上げられた。
ナジブ・ブケレ大統領指導のもと、ビットコインの大量購入が行われ、国民のビットコイン取得の活発化に意欲を見せる様子を、仮想通貨についての情報を提供するウェブサイト『コインテレグラフ』が伝えている。
ロンドンを拠点とする仮想通貨取引所、CEX.IOの業務執行取締役を務めるコンスタンティン・アニシモフ氏は、「ビットコインはエルサルバドルのような経済力の弱い国に大きな財政支援を提供する」とコメント。ビットコインが国定通貨として機能するものであることがこれで裏付けられたと、同ウェブサイトで語っている。
エルサルバドルは、中南米でも最も貧しい国の1つだ。多くの人々は、主に米国などの海外に出稼ぎに出ている親戚や家族からの送金に頼って、生活している。海外からの送金は、同国のGDP総額の約26%を占める。ビットコインには、銀行などの組織が介在せず、送金手数料がないので、効率的に送金を行うことができる。
また世界銀行によれば、国民は約30%しか銀行口座を持っておらず、現金に依存しているという。ビットコインが法定通貨になることで、より多くの人が金融サービスを利用できるようになれば、金融包摂が進むと期待される。
世界的に認められているビットコインを採用することで、海外市場への参入もしやすくなる。
ビットコイン支持者が押し寄せ、観光客数92%増
昨年上半期、エルサルバドルを訪れた観光客の数が激増した。政府の発表によれば、コロナ以前の2019年と比較すると約92%増に及んだそうだ。
同国が法定通貨として、ビットコインを採用すると、海外のビットコイン利用者が押し掛けたのだ。『プライス・オブ・トゥモロー――インフレを疑え』の著作で知られるジェフ・ブース氏、ビットコインを保管・取引するためのオープンソースプロトコル、Fedimintの創始者、オビ・ンウォス氏など、大物も訪れた。今までどこにあるかすら知られていなかったエルサルバドルは、ビットコインのおかげで、世界中にその名を知らしめたというわけだ。
米国を拠点とした仮想通貨アナリスト、トーン・ヴェイズ氏は、ビットコインなどの仮想通貨取引所運営の企業は場所を問わず、エルサルバドルのビットコイン事業が成功するよう支援していると、『コインテレグラフ』に話す。
社会にビットコイン浸透を図る政府
エルサルバドル政府は社会にビットコインを浸透させようと努めている。
国は独自にデジタルウォレットを用意した。スペイン語のスラングで「かっこいい」という意味を持つ「チヴォー」・ウォレットだ。利用を奨励するために、30米ドル(約4010円)分のビットコインを国民に配布。ショッピングセンターにはATMを多く設置した。またすべての企業がビットコインでの支払いの受け入れに応じるよう、法的に義務付けた。
ビットコインの法定通貨化から4カ月後の2021年11月、ブケレ大統領はさらに「ビットコイン・シティ」と名付けた非課税の町を建設することを発表した。10億米ドル(約1400億円)の国債を発行して、半分を建設資金に、もう半分をビットコインの購入に充てる。想定される利益を国債保有者への返済に充てるという計画だ。
海外のビットコインを支持する人材に居住権を3BTCで販売し、ビットコイン・シティ支援のためにエルサルバドルに住まわせたり、こうした人々をにエルサルバドルに根付いてもらうための支援を専門に行う組織ができたりしている。
メリットが感じられない国民
こうしたブケレ大統領のビットコインへの執心ぶりに反して、ロイター通信は、国民の冷ややかな態度を伝えている。
首都であるサンサルバドルの中心部で小さな時計店を営むイエスス・カセーレスさんは、ビットコインでの支払いを受け付ける旨を示した看板を掲げているが、ビットコインで支払われたのは、たった2回だったと振り返る。1つは3米ドル(約410円)、もう1つは5米ドル(約682円)で、合わせて8米ドル(約1100円)の売り上げだったという。
ビットコイン・シティの建設予定地に近いコンチャグアに30年間住む、漁師であり、農民でもあるホセ・フローレスさんも、「私のような貧しい者には、メリットは何もない」とビットコイン採用の意義を感じられずにいる。
米国のNGO、全米経済研究所(NBER)が、エルサルバドルの1800世帯を対象とし、昨年2月に行った調査では、チヴォー・ウォレットの利用者は全体の20%。その2倍の人々が同ウォレットをダウンロードしたが、それは配布された30米ドル分のビットコインを手に入れるためだったという。
同ウォレットのダウンロードは2021年に集中的に行われたが、昨年はほとんどダウンロードされていない。
企業経営者のうち、ビットコインを支払いに利用しているのは約20%で、大企業がその主だった。エルサルバドル商工会議所が昨年3月に行った調査でも、ビットコインを支払いに利用する企業は14%に過ぎなかった。
また中央銀行の統計では、2021年9月から昨年6月の間に、海外からエルサルバドルに送金された額は、約64億米ドル(約8700億円)だった。しかし、チヴォ―・ウォレットを介しての送金は2%にも満たなかったそうだ。
NBERは昨年4月の報告書で、ビットコインが普及しない理由として、ユーザーの理解・信頼不足、企業が受け入れていないこと、変動が激しいこと、そして高い手数料の発生を挙げている。
昨年の初めから、国際通貨基金(IMF)はエルサルバドルに対し、金融の安定性に大きなリスクがあるとして、ビットコインを法定通貨として扱うことを止めるように促している。同国のように政府が保有する資源が限られた小規模な経済圏では、金融の健全性、消費者保護、財政負債にもリスクが生じることが指摘される。
IMFは先月もエルサルバドル政府に、ビットコイン取引の透明性を高めるよう要請し、暗号通貨のリスクを強調している。これまでのところ、ビットコインの利用が限られているため、リスクは顕在化していないが、暗号通貨の利用促進のために新法の導入があれば、暗号通貨の利用が拡大し、リスクが顕著になる可能性があるという。
ロイター通信によれば、大統領府も財務省も、ビットコインの購入額や保有枚数、保管場所などを公表していない。加えてチヴォ―・ウォレットの利用状況に関する統計や、ビットコイン・シティ建設の進捗状況も同様だ。しかし同通信社は、昨年11月以来、同政府が約2470枚のコインを、約1億640万米ドル(約220億円)で取得したことを突き止めている。ビットコイン・シティ建設予定地は草が生え放題だったという。
中央アフリカ共和国ではビットコイン法施行も、3カ月で凍結
エルサルバドルに続き、中央アフリカ共和国(CAR)は、昨年4月にビットコインやその他の暗号通貨を合法化し、ビットコインを国内で現在使われている中央アフリカの地域通貨、CFAフランと並ぶ法定通貨に採用したことを発表した。
ロイター通信は、フォースタン・アルシャン・トゥアデラ大統領の首席補佐官、オベド・ナムシオ氏の、国民の生活を向上させる、新たなチャンスを開くために決定的な一歩を踏み出したという声明文を伝えている。
しかし、これが中部アフリカ諸国銀行(BEAC)の反発を招いた。
BEACはカメルーン、中央アフリカ共和国、チャド、コンゴ共和国、ガボン、赤道ギニアの6カ国が使用するCFAフランを管理している。BEACは、BEACとCFAフランと競合する、もしくはそれに代わる通貨をCARが導入したこと、またそれが地域ブロックの教義に反していることを声明文で述べている。
IMFも、今回のCARの決定を懸念し、地域経済連合である中部アフリカ経済通貨共同体(CEMAC)に相談することなく行われたことに抗議している。
世界銀行によると、2020年には、CARの人口540万人のうちの約71%が国際貧困ライン以下での生活を送る。専門家の間では、CARは治安、教育、飲料水へのアクセスなど、より緊急性の高い問題を抱えており、暗号通貨の採用は時期尚早で、無責任だと考えている人が多い。
国内では長年にわたる内戦による政情不安が続く。ビットコインを利用するための前提条件であるインターネットにアクセスできるのは、オンラインでの人々の活動についての情報を提供するデータレポータルによれば、2020年1月現在、14%にしか過ぎない。そもそも不安定な電力供給の問題もある。遠隔地では供給がないところも見られる。
首都バンギでキャッサバを販売しているエディス・ヤンボガゼさんは、BBCの取材に対し、「暗号通貨が何なのか分からない」と話す。スマートフォンを持っていても、暗号通貨を利用するのに十分な環境が整っていないというのだ。バンギでは、ビットコインを決済手段として受け入れる店舗の増加は確認されていない。
その後、トゥアデラ大統領は「サンゴ」と呼ばれるプロジェクトを発表。そこでは、産業への投資や所得税・法人税を課さないという事項が挙げられている。CARが埋蔵するダイヤモンドや金などの鉱物をアピールすることで、ビットコイン投資家を呼び込めると考えられている。
しかし、昨年7月、CARは、法定通貨としてビットコインを、CFAフランと並行して利用する法律適用の凍結を余儀なくされた。BEACが、CEMAC全体の暗号通貨に関する規則を決め、発行するまでの待ったをかけたのだ。
法定通貨でなくても、ビットコインを賢く利用しようとする米国各州
ビットコインをアリゾナ州内での法定通貨とする、ウェンディー・ロジャース氏の法案が、公式の場で議論される時期は、近日中に発表になる予定だ。憲法では、州が独自の法定通貨を作ることを禁止している。昨年、ロジャース氏は同様の法案を提出したが、法化には至らなかった。
しかし米国内では、各州とも支払い形態としてビットコインの可能性を探り続けている。昨年9月にはコロラド州が、税金を払うためにビットコインを利用することを認めた。国内で初めてのことだ。テキサス州など、多くの州がビットコインマイニングがもたらす利益を活用するために、それに関する規制関連の法案を提出している。
理屈の上では、エルサルバドルのような開発途上国は、現金に依存する状態が続き、銀行口座を持たない国民が多いため、仮想通貨導入の理想的な候補地だといわれている。しかし、それも各国の政情などにより、難しい。
2021年以降、「冬の時代」が続く暗号通貨市場。この背景を踏まえて、エルサルバドルやCARとはまったく違う状況の米国で、ビットコインは法定通貨となるだろうか。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)