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水際で社会の安心・安全を守りつつ、円滑な貿易と公正な国際取引を担う税関。海外帰国時に空港で接点を持つことはあるだろうが、多くのビジネスパーソンにとって、税関は身近な存在ではないかもしれない。しかし社会の安全性や経済の発展を確保する上で、この組織が果たすべき役割は極めて大きいといえる。
そんな税関は近年、大きな課題を抱えている。eコマースの拡大とサプライチェーンのグローバル化により、貨物数は年々上昇傾向にある一方で、入国者数も増加してきている。こうした中、限られた人員で変化する環境・ニーズに対応するためには、DXをはじめとした業務改革が求められているのだ。
こうした流れを受け、税関行政を所管する財務省関税局は2020年、世界最先端の税関を目指す中長期ビジョンとして「スマート税関構想2020」を発表。そして2022年11月には、構想に掲げる施策をアップグレードした「スマート税関の実現に向けたアクションプラン2022」を公開し、さまざまな取り組みを推進中だ。AIなど新技術の導入においては、スタートアップを含む官民連携が不可欠であり、さまざまな企業の協力を求めている。このような税関の取り組みに対し、個々のビジネスパーソンはどのように貢献できるのだろうか。財務省関税局総務課政策推進室長の恵﨑恵氏、株式会社三菱総合研究所の梅原暢紘氏に、現状の課題と展望を聞いていく。
急変する社会状況と、守り抜くべき税関の役割
ヒト、モノ、カネ、そして情報が、凄まじい速度で行き交うグローバル社会。私たちが今日、輸入食材を食卓に並べ、海外からeコマースで物品を購入することを楽しめているのも、税関においてテロや密輸入といった社会的リスクが抑えられている努力の恩恵といえる。財務省において、税関行政における政策の企画・立案に従事する一人が、恵﨑恵氏である。
恵﨑氏「税関には3つの役割があります。『輸入する品物に対して関税等を徴収する機関としての役割』『銃器・不正薬物等の社会悪物品等の密輸出入を防ぐ役割』『迅速な通関等を通じて貿易の円滑化を推進する役割』です。こうした役割の下、空港だけでなくコンテナ船やタンカーなどの船舶が到着する海港まで、幅広い「日本の水際」において、関税の適正な徴収や密輸出入の取締り、国民の利便性の向上など、多岐にわたる業務課題に対応しなければなりません」
複雑多岐にわたる税関の業務だが、時代の変遷に伴う経済・社会の変化も影響している。1988年から2018年のおおよそ平成の30年間で、貿易額は約2.8 倍、輸出入許可件数は約 5.5 倍、訪日外国人旅行者数は約13.2 倍に増大。1988年当時は無かった経済連携協定(EPA)等は、2018年には 17 本、その後2023年1月時点では21本もの締結へと至り、貿易は質・量ともに拡大している。
恵﨑氏「TPP11協定(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)や日EU経済連携協定、RCEP(地域的な包括的経済連携)といった“メガEPA”が相次いで締結されたことで、貿易のネットワークが飛躍的に拡大しました。国際貿易の円滑化は日本経済の活性化に直結するという考えから、税関においてもEPAへのスムーズな対応に取り組むようにしています」
次に、ここ数年の変化に目を向けよう。「越境EC」と呼ばれる国際物流を伴うインターネット通販の普及は、コロナ禍の巣篭もり需要によりさらに進行した。貨物が小口化・個人化したことで、税関はより緻密な対応を求められている。また新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、入国者数・航空機入港数を一時的に減少させたが、昨年10月以降、段階的な入国制限措置の緩和によりその数は復調の兆しを見せている。
恵﨑氏「広がるニーズとともに、2023年はG7広島サミット、2025年には大阪・関西万博が予定されていることから、テロ対策など安全性強化の徹底も求められています。さらに、ロシアなどに対する経済制裁の実効性確保、経済安全保障上の脅威への対処のため、輸出品の管理も強化しなければなりません。迅速な通関を確保しながら、厳格な水際取締りを行うために、機能向上、効率化が必要となっているのです」
その他、今後の税関を取り巻く環境の変化要因として、労働人口の減少と働き方改革、暗号資産やキャッシュレス化への対応、災害への備えなどが挙げられる。これら急速な変化に対し、機能性向上と効率化を両立していくために、一つのビジョンが共有されるようになる。デジタル化を中心とした「スマート税関構想」だ。
世界の最先端に向け、スマート税関構想が始動
税関を取り巻く環境変化に対応すべく、財務省関税局が2020年に取りまとめたのが、税関行政の中長期ビジョン「スマート税関構想2020」である。同構想では「世界最先端の税関」を目指す旨が明記され、4つのキーワードが用意されている。
恵﨑氏「税関検査のオートメーション化、自動応答プログラムによる質問対応などの『Solution(利便向上策)』、関係各所との情報連携強化を図る『Multiple-Access(多元連携)』、ドローンや衛星技術を用いて監視取締りを強化する『Resilience(強靱化)』、AIやRPAの導入により業務を最適化し、デジタル人材を育成する『Technology&Talent(高度化と人材育成)』です。4つの頭文字をとると“SMART”になります」
そして同構想は2022年、策定後の新たな変化やニーズに対応するため、新規施策を取り入れる形で「スマート税関の実現に向けたアクションプラン2022」にアップデートされた。そこにはX線CT装置、AIやスマートグラスなど、幅広いテクノロジーの活用が盛り込まれている。
恵﨑氏「スマート税関の実現のためには、ニーズに応じてどのような先端技術を活用すべきかについて、最新の知識を得ていくことが前提となります。業務プロセスを一つひとつ見直しながらデジタル化を進めるとともに、テクノロジーを使いこなしていく人材も育成しなければなりません。しかし私たちが保有している技術には限りがあり、独自に機器を開発するリソースもありません。そのため、民間企業の協力が不可欠だと考えています」
もちろん、これまでも税関は官民連携で技術導入を進めてきた。そのパートナーの一社が三菱総合研究所である。税関関連業務システムの戦略検討や開発支援を手掛け、現在もスマート税関構想においてAIに関するコンサルティング、ウェブサイトの改善に従事している。同社の梅原 暢紘氏は、2008年より税関業務を担当。2020年からはデジタル庁(当時は前身である内閣官房情報通信技術総合戦略室)での職務も兼任する、官民連携のデジタル化推進に精通した一人だ。
梅原氏「デジタル庁では、入帰国者が空港CIQ(※)手続きを一元的に行う『Visit Japan Webサービス』を担当し、関係省庁と連携しながらサービスの運用開発、利用促進に携わることで、スマート税関構想における『Solution(利便向上策)』の一翼を担っています。さまざまな省庁を俯瞰しても、財務省関税局/税関はテクノロジーに対する積極性が高いと感じます。新たな技術導入の検討と投資、『まずは試してみる』という挑戦の精神が、カルチャーとして根づいており、官民連携を進めやすい土壌が用意されているのではないでしょうか」
幅広い税関の業務においては、協業の対象となる企業の裾野も広いと、梅原氏は続ける。
梅原氏「税関は9つの管轄区域に分かれていますが、財務省関税局は税関業務の政策方針を決定し、業務システムは税関全体の共通機能として管理運営されています。一方、スマート税関構想の取り組みは関税局やシステム部門にとどまらず、現場でもそれぞれの実証実験が推進されていますよね。スマート税関構想は、こうした“オール税関”の体制で取り組まれているため、課題も発注主体もケースによって異なります。外部パートナーさんが応募・参画する際は、それぞれのニーズに対して得意領域を提案する形なので、自由度も高いと思います」
では具体的に、税関には現在どのようなテクノロジーが導入されており、今後どのようなアップデートが求められていくのか。現場における事例を見ていこう。
※貿易上で必要になる、税関(Customs)、出入国管理(Immigration)、検疫(Quarantine)の総称
現場レベルで求められる、多様な先端テクノロジー
輸入貨物や海外から帰国した際の私たちの手荷物は、必要に応じ税関検査を経ることとなるが、その過程では、X線CTスキャン検査装置によって輸入禁止・制限品の有無がチェックされている。モニターに映し出されるのは高精度な3D画像。目視で確認が必要と判断された際には、税関申告時に中身の検査が行われる。
断層撮影により3次元画像が確認できることから、効果的・効率的な検査が可能。
恵﨑氏「現在は断面図を見ることができる技術が搭載されるなど、精緻な検査が可能になりました。一方で遅延なく荷物を届けるためには、より迅速な検査が必要です。そこで現在、不正薬物などの輸入禁止・制限品が入っているかどうかをAIにより自動検知する技術の研究を進めています。他にも高度化・迅速化する方法は模索しており、例えば高解像度の画像スキャン技術を持つ企業など、パートナーの協力も検討しています」
恵﨑氏「旅客の手荷物だけでなく、国際郵便物の検査も税関の重要な業務です。外国から届く国際郵便物もX線による検査を行い、不正が疑われる貨物の振り分け作業が行われています。国際郵便物の量は膨大なので、AIを活用したシステムの実証・構築が進められているところです」
検査業務においては、スマートグラスの導入も検討されているという。
恵﨑氏「検査担当職員がスマートグラスを装着し、遠隔地にいる専門知識・経験が豊富な職員とリアルタイムに連携できれば、より柔軟な対応、効果的な審査が可能になるはずです。加えて、検査に参加する機会を増やすことで、職員の能力向上も期待できます」
税関のデジタル化は検査業務にとどまらない。貿易関連業務のDXにおいては、世界中の関係者間でデータ共有が可能な貿易情報連携プラットフォームとの連携等、多角的な取り組みが進められている。また密輸入などに対する安全性の担保に向けては、ドローンの活躍も模索されているようだ。
恵﨑氏「密輸入は検査場を突破するだけがルートではありません。『瀬取り』と呼ばれる、港の沖合で闇取引を行うようなケースも確認されています。それを取り締まる監視業務も、幅広い税関の仕事の一つです。その効率化として、ドローンを飛ばしたり、水中ドローンの活用可能性も視野に入れています。空だけでなく、水中から船を見ることで、怪しさを発見できる技術などを模索したいですね」
上述した事例は多彩なアクションプランの一部だ。パートナー企業には「技術だけでなく、アイデアも期待している」と、恵﨑氏は語る。
恵﨑氏「アクションプランはあくまで、税関が抱えるニーズと検討すべき可能性を示したもの。私たちの知らない解決策や要素技術が、民間企業の中に潜在していることの方が多いと思います。具体的な機器の開発だけでなく、業務を改善するためのアイデアも含め、時代に合わせたデジタル化に取り組んでいただけるパートナーさまを求めています。一言で表すならば、『教えてください』という姿勢です」
梅原氏「アニメのような完璧なAIロボットや、メタバースのようなデジタルに突出した分野よりも、税関はモノと向き合う必要があるため、部分的であっても現在業務を高度化・効率化できるテクノロジーが求められているのだと思います。現場では100の業務が30になると、その分、新たな課題に向き合い、精緻に検査や分析が行え、銃や覚醒剤が国内に流れる可能性を低減できる。
そして、小さなソリューションを一つずつ重ねていくと、新たなデータが蓄積され、相乗効果で税関業務全体が変わっていけます。スマート税関構想は、多角的に準備を進めている点にこそ、価値があるのです。スタートアップ企業にも協業の余地はあると感じます」
人々の暮らしを支えることが、官民連携の社会的意義
粒としてのテクノロジーが、いつの日か“世界最先端の税関”を実現する。だからこそ企業の大小を問わず、多くのパートナーが税関の各現場と一体となる体制が必要なのだろう。そして協業は、税関業務の先にある日本社会の未来への貢献につながっていく。
恵﨑氏「税関の使命は、国民の皆さまの安全・安心を守ることと、円滑な貿易を通じて日本経済を支えることです。課題は多岐にわたりますが、そうした大きな使命があるからこそ、皆さまからのご提案が不可欠になります」
梅原氏「税関の業務が滞ることは、物流が停止することを意味します。すると私たちは、バナナ一本口にすることはできません。水際で尽力している税関職員のみなさまをお手伝いすることは、日本国民の生活を豊かにし、世界との窓口を仕事にするということです。公共分野での仕事は配慮するべき事項も多いですが、規模や影響力が大きく、非常にやりがいのあるフィールドだと、自分自身の経験を振り返っても感じます」
恵﨑氏「具体的なアクションは始まったばかりですが、すでに先端技術を有する複数の民間企業からご提案をいただいており、現在は意見交換などを進めているところです。新たな機器の開発から共同研究まで、より多くの方に参画いただけるよう、みなさまのご協力をお待ちしています」
自社の技術を通じ、官民連携により日本の経済と社会を支えていく。未来に向けたオールジャパンの構想に、私たちが挑戦する意義は、想像以上に大きいのかもしれない。財務省関税局では、パートナー企業に対する窓口を設置し、協業に関する連絡を受け付けているため、自社の技術やノウハウが日本の未来を担うビジネス機会に活かせると考えている企業は、関税局との連携を試みてはいかがだろうか。
財務省関税局税関調査室
東京都千代田区霞が関3-1-1
電話番号 03-3581-4111(内線5216)
メールアドレス smartcustoms@mof.go.jp
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より詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
スマート税関構想 : 税関 Japan Customs
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