職場のジェンダーギャップ、これでいいのか? Indeedが有識者会議 合理的な根拠のない「謎ルール」をつぶすことから

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世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」において、主要先進国の中でも最低レベルに位置する日本。ビジネスにおけるジェンダーギャップも根深く、賃金や役職、産休・育休、コミュニケーションに至るまで、“暗黙の不公平”が存在していることを、私たちは忘れてはならない。解消に向けて取り組む企業や個人が増える一方で、潜在的な現場の実情に対し、より多くの人が十分に理解を深めることは重要になる。

こうした中、職場や仕事探しにおけるジェンダーエクイティ(男女公正)の実現を目指すためにIndeed Japan株式会社は、「ハロー、ニュールール!」キャンペーンをスタートさせた。その第1弾として、日本の職場や仕事に関するジェンダーギャップのリアルな実態を知るために、「#これでいいのか大調査」を実施し、日本全国から、働く上でのジェンダーに関する課題や違和感の声を広く集めた。この結果をもとに、ジェンダーエクイティ実現の障壁となっている課題とその解決に向けた方策について、幅広い見地から意見・助言を得ながら検討する「ジェンダーギャップ解消に向けた有識者会議」を2023年1月17日(火)に開催した。

本記事では、会議に参加した東京工業大学リベラルアーツ研究教育院 准教授の治部れんげ氏、特定非営利活動法人Waffle Co-Founderの田中沙弥果氏、九州工業大学 名誉教授の佐藤直樹氏、Indeed Japan株式会社 代表取締役の大八木紘之氏の多角的な視点から、具体的な課題、解決の糸口について探った「ジェンダーギャップ解消に向けた有識者会議」についてレポートする。

職場のジェンダーギャップ、これでいいのか?

「We help people get jobs.」をミッションに掲げ、全ての人が公正に自分にあった仕事に就ける社会の実現を目指す、Indeed Japan株式会社(以下、Indeed)。その一環として開始したのが、性別による偏見や障壁を無くすために、職場や仕事探しにおけるジェンダーギャップのリアルな実態を調べ、解決を目指す「ハロー、ニュールール!」キャンペーンだ。“バカボンのパパ”が社会の実情に対し、「これでいいのか?」と疑問を投げかける特設ウェブサイトは、改めてジェンダーギャップ問題との向き合い方を考えるきっかけを与えてくれる。

「ハロー、ニュールール!」キャンペーンの第一弾「#これでいいのか大調査」

多くの読者が認識している通り、性別における公正「ジェンダーエクイティ」では、日本は国際的な遅れをとっている。世界経済フォーラムは、各国における男女格差を図る「ジェンダーギャップ指数」を毎年公表しているが、日本は2022年において146カ国中116位、主要先進国で最下位だ。こうした傾向は例年続いており、アジア諸国の中でも韓国や中国、ASEAN諸国よりも低い水準となっている。

職場における問題も顕著化している。Indeedの「ジェンダーギャップに関する意識調査(2022年)」では、働く人の約7割が、「直近3年の内に職場でジェンダーギャップを感じている」ことが判明。また約半数が、「今の職場ルールや慣習におけるジェンダーギャップに違和感がある」と回答する結果となった。ビジネスにおけるジェンダーギャップ、個々の偏見、労働環境における障壁は、現場レベルのさまざまなシーンで通底する課題といえるだろう。

こうした背景を受け、今回開催されたのが「ジェンダーギャップ解消に向けた有識者会議」だ。ジェンダーギャップを取り巻く世間と社会の構造や求められる制度、企業や個人が取り組むべきことについて意見を交換し、ジェンダーギャップの解消に向けた思考やアクションを模索した。

調査を通じて浮き彫りになる、職場のジェンダーギャップ

有識者会議の冒頭で共有されたのは、「ハロー、ニュールール!」キャンペーンの中で行われた「#これでいいのか大調査」の結果。全国15歳以上の働く男女5,000人へのインターネット調査と、電話録音やTwitter、投稿フォームを活用した投稿募集を実施し、投稿募集では675件、付随するSNS上のコメントを含めると約1,500件もの声が集められた。働く人々が抱える、ジェンダーギャップ問題に対する関心の高さが垣間見られる。

集計結果を見てみよう。まず、ジェンダーギャップに対する一般の方の認識について尋ねた結果が紹介されました。「ジェンダーギャップの解消とは性別で不利益を被らないこと」と考える人が約80%を占める。一方で、「ジェンダーギャップは自分にとって身近なテーマである」と捉えている人は20%を下回った。経済記者出身で男女平等関連の公職経験を持つ治部れんげ氏は、ジェンダーギャップ問題を自分ごととして捉える人の少なさに着眼した。

治部氏「おそらく個々の気持ちとしては、モヤモヤしている人は多いはずです。『女性だからこうしなさい』といった一つ一つの事象が積み重なり、男女の格差は生まれます。それでも自分ごととして捉える人が少ないのは、個人が問題の全体像を見ていないからではないでしょうか」

ジェンダーギャップに対する意見

同調査では、ジェンダーギャップの具体的経験について回答が集められている。「子育てとフルタイム勤務の両立が難しい」「男女で賃金・ボーナスに差がある」「『男のくせに』や『女性なのに』等、性別による立ち振る舞いを求められる」「生理で休むと言いづらい」が上位になった。また「職場で存在している/していた慣習や(暗黙の)ルール」では、「男性の方が昇進しやすい」「男性の方が責任ある仕事を任される、リーダーになりやすい」といった声が上がっている。

職場でジェンダーギャップを感じた経験TOP5

そして、投稿で収集された声は大きく8個のテーマ別に分けられ、「産休育休復帰が難しい」「育休や休みをとりにくい(主に男性)」「正当に評価されない」「性別による仕事の押し付け」が上位を占める結果となった。

「#これでいいのか大調査」Twitterや投稿フォームなどで集まった声

出産や育児を取り巻く状況を課題視するのは、Indeed Japan代表取締役の大八木紘之氏だ。

大八木氏「学歴社会の風潮がある日本では、教育への熱意が非常に強いのだと思います。熱意は、例えば塾に通わせるための費用など経済的負担に意識が向かってしまい、仕事を優先しがちですが、実際には『子どもに時間を使いたい』『自分が休みを取るべき』と罪悪感を抱いている人も少なくありません。今回の調査では、そうした心の声が現れたように思います」

Indeed Japan株式会社 代表取締役 大八木 紘之氏

さらに調査では、理不尽な慣習やルールに対して行動を起こさなかった理由について、「どうせ変えられないと思ったから」「波風を立てたくなかったから」という声が寄せられた。“世間学”をテーマに、男尊女卑をはじめとした日本古来の習慣を研究する佐藤直樹氏は、「同調圧力」という言葉を用いて結果を分析する。

佐藤氏「日本には人間関係の作り方として、明治時代に翻訳された『社会』と、1200年来続く『世間』が、二重構造として存在します。社会を支配しているのは法のルールですが、世間を支配しているのは世間のルールです。問題は、世間のルールの方が『本音』で、実は法のルールというのは『建前』だという構造。これが140年も続いてきました。そして今日、社会変革という言葉はありますが、世間は『変えられない』と思っている人がほとんどです。ここでいう世間とは、顔見知りの関係のこと。会社も実は世間であり、問題が発生しても『空気を読め』という同調圧力がかかります。ジェンダーギャップの問題に直面しても、なかなか行動には移せないのです」

IT・STEM分野のジェンダーギャップを解消するために特定非営利活動法人Waffleを設立した田中沙弥果氏は、「構造化された差別の、氷山の一角が現れている」と、調査結果を読み解いてく。

田中氏「『波風を立てたくない』のが事実なのであれば、そもそも企業側が文化の醸成や支援制度を整備するなどし、組織自体を改善すべきだと思います。女性の活躍が上手くいっている会社は、制度として声を上げやすい環境を備えています。今回の有識者会議では、私たち非営利団体も普段から企業と連携する立場ですので、企業側と一緒にできることは何かも考えたいと思いました」

性別による偏った仕事の押し付けと、社内に潜む『謎ルール』

有識者会議では、ジェンダーギャップの具体的経験や暗黙のルールについて、顕著に現れた二つのテーマについて議論が進められた。

一つ目のテーマは、「性別による偏った仕事の押し付け」。投稿における「女性のみが朝晩の掃除やお茶くみ、お菓子配りを頼まれる」「同じ仕事内容でも男性の方が早く出世したり、大きいプロジェクトを任される」「問い合わせが多く来るレジ業務は必ず女性が配属させられる」といった声が該当する。

「性別による偏った仕事の押し付け」に関して集まったコメント例

佐藤氏「私はこのように合理的な根拠のないルールを『謎ルール』と呼んでいます。掃除は女性がすべきという考え自体、明らかな差別ではあるのですが、一般社会では実在してしまう。会社は閉ざされた『世間』であるため、外部に晒されることが少ないです。政治家が差別発言をして辞職するような構造が『社会』にはあるのですが、狭く閉ざされた組織では、謎ルールが残存しやすくなります」

九州工業大学 名誉教授 佐藤直樹氏

田中氏「そのような間接的な差別が積み重なり、仕事を辞める女性も少なくありません。仕事の内容が同じなのに一般職・総合職で賃金が変わるのも、制度にジェンダーステレオタイプが反映されてしまっている例です。『産休や育休を機に辞める』というのはきっかけに過ぎず、小さな積み重ねが退職の原因になっているのではないでしょうか」

治部氏「『いろいろと嫌になって、育児を理由に辞める』というケースは多いですよね。性別による仕事の押し付けは、厚生労働省の規定などに照らし合わせると、性別による仕事の押し付けなどのジェンダーバイアスというのはハラスメントにあたることが多いです。しかし現場ではそれは『建前』になり、『本音』とのせめぎ合いに行き着いてしまう。こうした問題があるように思います」

大八木氏「性別による仕事の押し付けは、『正当に評価されない』という問題とも深く関係しています。仕事のパフォーマンスが高い人が評価されるのが会社ですが、ライフステージによって働く時間を短くしなければならないケースもあるため、そうした点に目を向けていくことも重要になるでしょう」

性別による偏った仕事の押し付けを解消するためには、どのような策が糸口となるのだろうか。識者たちは議論を深めていく。

佐藤氏「まずは謎ルールを見つけ出して、一つ一つ潰していく。それが大事だと思います。日本人は『他人に迷惑をかけるのは悪いこと』という考えが強く、自己主張を抑制する傾向にあります。だからこそ、『謎ルール認定』のような規定をつくり、委員会を立ち上げるなどして、制度としてアプローチすることは効果的だと考えられます」

田中氏「設定すべき課題は二つあると考えています。一つは日本に根付く長時間労働。長く働く人が評価される環境でステップアップを目指そうとすると、育児や介護などはやりたくてもできません。二つ目は行政の問題で、いわゆる『103万円の壁』『130万円の壁』といった社会制度です。これも男性の長時間労働を補完するために、女性の非正規雇用が構築されてきたことが原因と考えられます。性別役割分担が定着した結果、『女性はアシスタント、男性は管理職に向いている』といった職種や職位の配置、長く働けば働くほど跳ね上がる退職金など、さまざまな課題が生じているのです」

特定非営利活動法人Waffle Co-Founder 田中沙弥果氏

田中氏は構造的分析に続けて、具体的な解決策を提示する。「最大残業時間の設定、施行」「長時間労働を管理職要件とするような女性への間接差別の撤廃」「短時間正社員制度の導入と評価制度の見直し」「総合職、一般職の廃止とジョブ型雇用への移行」「ステレオタイプ的職種配置を廃止」だ。

田中氏「法制度の整備に期待すべき部分は大きいですが、まずは企業側が会社として取り組めることも多いはずです。例えば日本の残業時間には36協定がありますが、『特別条項付き36協定』という抜け穴が存在します。まずは『会社の倫理観として労働者の人権を守る』というトップの意思決定も必要だと思います」

求人検索エンジンを提供するIndeedの大八木氏は、田中氏の「ジョブ型雇用への移行」に共感する。

大八木氏「雇用主と求職者、双方が自身の情報を明確に表現することが重要化しています。雇用主側が求人募集時に評価基準やゴール設定、職場環境、成果のみで評価する姿勢、仕事によっては一定の時間拘束が生じる事実など、自社の仕事内容を明記する「ジョブ・ディスクリプション」の仕組みは、『男性だから』『女性だから』という不合理なギャップを減らすことにつながるでしょう」

治部氏「世界の上場企業のデータを見ても、女性取締役比率が高い企業は業績も好調であることを感じます。ジェンダーギャップ問題に上手く取り組めていない会社は、持続的に成長できません。人材が流動化し、公正な企業ほど優秀な人材を獲得できるようになれば、状況は改善する可能性がありますね」

産休・育休復帰後のキャリア形成や男性の育産取得の促進において組織と個人に求められること

もう一つの議論テーマが、「育休・産休に関する課題」だ。投稿では、「産休育休取ったら、評価が下がり、昇進しづらい」「子育てで時間の制約があるため、時間の融通が利く派遣を探したらアシスタント業ばかり」「残業できないという理由で正社員は不採用になった」といった声が顕在化している。

「育休・産休」に関して集まったコメント例

治部氏「ハラスメントに該当する声が散見されますね。『産後パパ育休』の施行など、法制度は前進しましたが、会社内の変化はかなり遅れているのでしょう」

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授 治部れんげ氏

佐藤氏「日本は海外と比べ、年次有給休暇が少ないわけではありません。にもかかわらず、実際に取得するのは困難です。産休・育休も同様なのだと思います。こうした同調圧力を減らしていくには、取得を『強制』するしかありません。極端にいうならば、国会議員などで議論されているクオータ制を、会社にも導入するしか手段はないと考えています」

田中氏「仕事のやり方が属人的であることも大きな要因かもしれません。誰かが抜けるとプロジェクトが回らなくなるような体制を、変革していく必要があるでしょう。また、中途採用のマーケットにも課題があります。出産・育児でブランクが空くと、前職よりも低い年収が提示されるケースや、なかなか仕事が見つからないケースも少なくありません。雇用主がブランクのある応募者に対し、厳しい目を向けている状況にも、責任があると考えられます」

これらの状況に対し、大八木氏は自社の事例と照らし合わせながら、課題の解像度を高めていく。

大八木氏「産休・育休に関して、気持ち良く休み、復帰できる環境を分析したところ、『休んでいる間が最も不安』と言う声が大きいことがわかりました。そのため、会社から連絡することはできないものの、何かあった際にコミュニケーションができる場所、情報を集約できる仕組みを用意するようなサポートも必要だと検討を重ねています。

一方で休暇中の人員の補填は、なかなか難しい問題です。仕事そのものを分割できるように体制を整える、管理者側にも一定のサポートやインセンティブを準備するなど、会社側の努力が必要だと、改めて実感しました」

佐藤氏「個人の視点に立つと、周囲の空気を読んだ上で、あえて無視する心構えも大事です。日本人は自己評価が低く、自分で国や社会を変えられるという意識も希薄です。 『空気を読んでも従わない』という勇気が芽生えなければ、ジェンダーギャップ問題は解消されないままでしょう」

佐藤氏は、具体的な解決の糸口として、「小さな世間をたくさんつくる」ことを提案した。

佐藤氏「特に休暇を取りにくい状況にあるのは男性ですが、『男は男らしく』と言う社会は、男性自身にとっても息苦しい状況です。そうした空気を避けるために、中に限らずさまざまな世間に所属することをお勧めします。会社の外のコミュニティーでも良いですが、社内でも自分の部署外の人と関係を持つことで、異なる視点に触れることができます。すると閉ざされた思考から解放されるでしょう。ゆるやかなネットワークを持っておくことは、空気に従わない手段にもなるのです」

大八木氏「さまざまな視点、ダイバーシティに対する心の声を確認することは大切ですね。海外では子どもの頃から学校などで人種や宗教の異なる人たちに出会う機会が多い国もありますが、日本はそうした機会にあまり恵まれていません。育休・産休における人員の欠員も、多様性を受け入れることで乗り越えられるのではないでしょうか」

田中氏が解決策として提示するのは、「オープンな雇用関係」だ。

田中氏「出産や育児で職場を一時離脱しても、復帰しやすい環境を雇用主が整えることが必要です。一時離脱した方が、その後別の職場を探す場合でも、本人の意思で正規雇用か契約社員やパートなどの非正規を選べるような、中途採用におけるオープンな雇用機会を創出することが大事なのだと思います」

ジェンダーエクイティの実現に向け、社会を動かしていくために

ジェンダーエクイティの実現に向けて、私たちは、個人・組織の両方の観点から、問題にアプローチしていくべきなのだろう。議論を終え、4名は調査結果を振り返りながら、各々の総括を述べ合った。

有識者とともに各テーマの解決の糸口を検討

大八木氏「今回の調査で集まった1,500の声は、本来は誰にも届くことがなかった声なのかもしれません。そう考えると、調査結果に対する理解を深め、社会の側が吸い上げていくこと自体が大切なのだと感じました。世間は変えられないのかもしれませんが、ムーブメントが起これば社会に新たな価値観が浸透します。すると、世間の側にも圧力をかけることができる。そのようなプロセスが、今後は重要になるのでしょう」

田中氏「こうした調査結果とともに、既に課題解決に向けて取り組んでいる会社の事例を世の中に発信していくことも大切だと思いました。課題解決に向けた方向性を知ることで、ジェンダーギャップ問題に積極的に取り組めるようになる会社も増えていくかもしれません」

佐藤氏「『空気を読め』という同調圧力は、2000年以降強まっていると感じます。コロナ禍でそれが露わになりました。こうした状況は今回の調査にも現れたわけですが、ここまで大規模な調査を行うケースも稀で、非常に興味深かったです」

治部氏「法律と実態のギャップにフォーカスすることは、とても価値のあることだと感じました。米国で保育園に対する財務的支援といった日本の社会制度の話をすると、うらやましがられることがあります。しかし実際には、調査に見られたような現実がある。国際機関の調査だけでは、日本における問題の本質は捉えられません。日本にも良い取り組みをする企業も、悪しき習慣を残す企業も存在します。新しい世代は情報に敏感になので、さまざまなデータが世の中に発信され考えるきっかけを作ることで、社会状況は一歩ずつ前進するのではないでしょうか」

潜在的な働き手の声が、言語として可視化されることで、ジェンダーエクイティに向けた新たな指針が見えてくる。データはもちろん、私たちは身近な現場の実態を、正しく見つめることが必要なのだろう。同僚や家族だけでなく、自分自身の人生を充実させるためにも、今一度ジェンダーギャップ問題を見つめ直してみたい。

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