現場で活躍するDX人材はどう育成する?オカムラに見るDX教育プログラムの成功事例

DX推進に取り組む多くの企業が直面する課題が人材不足だ。解決手段として、既存社員のDX人材育成を始めている企業も少なくない。ただ、教育プログラムを構築しようにも社内にノウハウがなく、運用にのせられないケースが散見される。教育プログラムを構築できたとしても、学んだスキルを現場で活かしきれない企業も多いようだ。このように、DX人材の育成に課題を感じているのであれば、株式会社オカムラの取り組みが参考になるかもしれない。

オフィス家具メーカーであるオカムラは、コロナ禍でも市場ニーズの変化を的確に汲み取り、力強く成長し続けている。その背景にあるのは、経営理念を体系的に整理した「オカムラウェイ」だ。ただ、今後、更に市場ニーズの変化に柔軟に対応していくためには、まだ多くの課題を感じていた。その一つが、デジタル技術の活用とそれを推進する人材育成だ。

この課題の解決手段として、オカムラはDX戦略部を立ち上げ、デジタル技術を活用した新規事業の創出とそれを推進する人材育成を同時に推進するため、2021年にDXLP(Digital Transformation Learning Platform)を構築。

DXLPを卒業した社員がプロジェクトリーダーとなって新規ビジネスの創出や、既存ビジネスの課題解決に取り組みはじめているなど、現場でのDX推進が始まっている。

ビジネスの現場で活躍する、本当の意味でのDX人材を育成するためには何が必要なのか。株式会社オカムラのDX戦略部 部長 池田氏、DXLPの主管を務める宇高氏・末中氏、実際にDXLPを受講した若尾氏と、同社のDX推進を支援する株式会社スターク・インダストリーズの代表取締役 金本氏、Chief Strategy Officer 大河原氏にこれまでの軌跡を語ってもらう。

DXは全社的な取り組みに昇華しないと意味がない

――まず、オカムラとしてDXを推進しようと決断した経緯を教えて下さい。

株式会社オカムラ DX戦略部 部長 池田 秀明氏

池田氏「当社では、 2019 年度から 2022 年度の3年間での中期経営計画を策定しています。中期経営計画の全社横断的な取り組みである3本の柱の1つが『デジタル技術の活用』です。

やはり変化の激しい社会環境の中で、先進的なデジタル技術を活用し、業務・オペレーション全体の効率化を図る必要があるという会社の方針です。もちろん、オカムラとしてこれまで一切デジタル化に取り組んでこなかったわけではなく、一部の部門や情報システム部門ではデジタル技術の活用が進んでいました。しかしこれからは一部の部門ではなく、もっとアクセルを踏んで全社的に取り組むべきだということで、DX 戦略部が立ち上がりました。

最初に何をするべきかを考えた際、やはりDX人材の育成から始めるべきだと考えました。それも全社員をDX人材にすることを目的としたので、それに応じた教育プログラムが必要だと判断しました」

――一部の部門を対象とした教育プログラムの構築だったり、もしくは外部からDX人材を採用するという選択肢もあったと思うのですが、全社員の教育を目的に掲げたのはどのような理由からでしょうか。

池田氏「もちろん、一部のプロジェクトメンバーで DXに関わる新製品やサービスを開発すればいいのではという話もありました。ただ、やはり全社員がDXを意識できるようにならなければ意味がないし、成功とは言えない。どの部門でも自然とデジタル技術を課題解決に活かせるような風土を根付かせる必要があると考えたんです。

しかし全社員を一気に教育する、ということは現実的ではありません。まずは有志の社員を集めて教育プログラムを始めてみようということで取り組みを開始し、宇高主導での運用をしています」

――宇高さんはDXLPの立ち上げ時、まず何から着手されたのでしょうか。

株式会社オカムラ DX戦略部 DXアカデミー室 宇高 沙織氏

宇高氏「育成したい人材像の定義からスタートしました。当社のDXは、あらゆる部門の現場の社員たちがDXスキルを身につけることで現場の課題を解決できることを目指して立ち上がりました。技術的な理解も一定必要ですが、そこよりも、現場における『課題発見力』と、課題を解決するためにどのような手段を取ればいいのかを考えられる『課題解決力』を備えた人材を育成するべきだと考えました」

宇高氏「当社には役割の異なる部署が多数存在し、現場によって課題もまったく異なります。そのため、もともと人材教育を担当していた人財開発部も巻き込んだうえでプログラムの構築を進めていきました」

池田氏「人財開発部は、様々な教育に関して知見を持っています。DX教育に取り組むにあたり、協力しながらプログラムを作り上げていきました」

――ちなみに、最初の立ち上げは、 DX戦略部と人財開発部、計何名ぐらいで進められたのでしょうか。

宇高氏「当初は4名でスタートしました。当時は今に比べるとDX戦略部の組織自体も小さかったので、少数で進めるほかありませんでした。ただ、役員の強力なバックアップもあり、推進力に関しては問題なかったと認識しています。

結果的に、DXLPの第一期の募集をしたところ、定員50名に対し、想定を大きく上回る110名から応募があり、そこから部署間のバランスも考慮して61 名に受講してもらうことになりました」

DX立ち上げ時に起こりがちな問題とは?

――オカムラのDX支援を担当されているスタークインダストリーのお二人にも質問です。オカムラのようにこれからDX推進に取り組もうとしている企業は多いと思いますが、支援されている中で、多くの企業がぶつかりがちな、共通の問題はあるのでしょうか。

株式会社スターク・インダストリーズ Chief Strategy Officer 大河原 翔平氏

大河原氏「ありますね。まず、DX推進に取り組む企業はどのような傾向にあるのかというところからお話しますが、そのほとんどが直近の業績が好調な企業なんです。理由は2つあります。業績が悪いと、そもそもDXに割ける予算がないというのが1つ。もう1つは、オカムラさんのように業績は好調でも、この先変わっていかなければ生き残れないという危機感を持たれているからです。主軸のビジネスは好調だけど、もう 1つ軸足を作りたいとお話をいただくことが多いですね。

DXの成功を左右するのは、その意図が実際に変革を担う社員の方々に伝わっているかどうかというところです。

DXLPにおいては、大体、半年かけて様々なワークショップを実施し課題に取り組んでいただくのですが、課題をこなすことが目標になってしまって、本来の目的を見失ってしまうケースは起こりがちです。

そのような点に客観的立場から気付き、本来の目的に立ち返っていただくよう正していくのが、外部から入っている私たちの役割の1つかなと思っています。ただ、オカムラさんの場合はDX戦略部の方々の目的意識が明確だったのと、どの社員さんとお話しても『社会を良くしたい』という意志を持たれている方ばかりで、DXの目的が技術の習得に寄ってしまう、ということはほとんどなかったように感じます」

オカムラ流DX人材教育プログラムの全容

――では、実際にどのようなプログラムを構築されたのでしょうか。DXLP(Digital Transformation Learning Platform)の全容を教えてください。

池田氏「DXLPは、
テクノロジートレンドを学ぶワークショップ
・ビジネス思考を鍛えるワークショップ
・テクノロジーを活用してツールを作ってみるワークショップ
・各ワークショップを経て、自身のビジネスアイデアを構築し、プレゼンするDXプロポーザル
の4つのコンテンツで構成されています。

勉強して終わりではなく、アウトプットを出せるプログラムにしたいと考えています。アウトプットを出すためには、課題の洗い出し・アイデアの絞り込み・学んだフレームワークの実践などがとても大変で、その体験からの学びがとても大きいためです。最後のDXプロポーザルは、参加者には1人1つは必ず提出してもらうルールを敷いていました」

――DXがカバーする領域は膨大で、どのテクノロジーをピックアップするかを判断するだけでも大変そうです。ワークショップのコンテンツ内容は、どのようなプロセスで決めていかれたのでしょうか。

株式会社スターク・インダストリーズ 代表取締役 金本 泰裕氏

金本氏「テクノロジートレンドを学ぶワークショップについては、大前提として、非エンジニアの方々でもテクノロジーの本質を理解すれば業務に活用できる、ということが伝わるような内容となるよう設計しました。例えば、AIでもエンジニアレベルで細かい技術を知る必要はないんです。そこよりも、『AIを使って何ができるのか?マシンラーニングやディープラーニングとは何でどのような違いがあるのか?』という基本的な点を理解いただければ十分なんです。またピックアップするテクノロジーについてはオカムラさんにヒアリングさせていただいて、各現場で活用可能性のあるものを選定していきました。

ビジネス思考を鍛えるワークショップでは、目標とする最終アウトプットであるDXプロポーザルのテーマに合わせ、『業務改善に向け課題をどう正しく捉えるか』、『新規事業を構想するうえで整理すべきポイント』、『数年先の未来からバックキャスティングして今後の事業について考えてみる』といったワークショップを企画・実施させて頂きました」

――実際にDXLPを受講された若尾さんは、DXプロポールではどのようなビジネスアイデアを出されたのでしょうか。

若尾氏「私の本業は空間デザイナーで、お客様にどのようにオフィスづくりを進めればいいのか、イメージしやすいよう提案内容をまとめたり、実際にオフィスを設計したりという業務を担っています。その一連の業務の中で、人間の手を動かす必要のない部分を自動化するツールをプレゼンし、無事役員の承認を得られました。現在は、プロジェクトリーダーとして、デザイン部内で実現に向けてアイデアを具体化しているところです。自身で提案したアイデアを実現するためのプロジェクトリーダーを任せてもらえるのは、想像以上にやりがいがありますね」

DXLPを実施して生まれた成果と課題

――若尾さんのようにビジネスアイデアを実現できるようになるDXLPを運営する中で、手応えを感じたのはどのようなタイミングでしたか。

宇高氏「最初に感じたのは、受講生同士の交流が活発になったときです。社内で積極的にアイデア交換をしていて、運営側が特に口を出さなくても自走してどんどん話が進んでいる様子を見て、まさに社内でDXを自ら実行する文化が形成される第一歩が踏み出されたと感じましたね。

次は、やはりDXプロポーザルのプレゼンですね。受講してもらったワークショップの内容を活かし、実際にビジネスアイデアに起こし、さらに役員の了承を得て新規プロジェクトとして動き始めたときは、模索しながらもDXLPを運営してきた甲斐があったなと感じましたね」

――若尾さん自身は、実際に受講されていかがでしたか。

株式会社オカムラ 働き方コンサルティング事業部 リードデザイナー 若尾 正仁氏

若尾氏「学ぶ内容は非常に簡単なものから難しいものまで多岐に渡っていて、日々の業務をこなしながら学習を進めるのは大変ではありました。ただ改めて、時代は急速に変化していることを理解しましたし、この先20年30年と仕事をしていくうえで、今のまま変わらず仕事をしていてはダメだ、変革していかなければいけないという意識を強く持てたことは貴重な経験でした。

また宇高の話にもありましたが、他部門で同じような志を持つ社員と交流できたことは自身だけでなく、会社としての成長につながることだと実感できましたね」

末中氏「受講者同士で交流できてよかったという声がすごく多かったんですよね。副次的な効果ではありますが、志の高い社員同士でコミュニティのようなものが形成されて、そこから他の社員にも派生していくような流れを期待しています」

――逆に、DXLPを実施して生まれた課題はあるのでしょうか?

株式会社オカムラ DX戦略部 DXアカデミー室 末中 達也氏

末中氏「ありますね。DXプロポーザルでとても良いアイデアがたくさん出てきたのですが、実際にビジネスに落とし込もうとすると詰めが甘い部分が多く、事業化が難航するケースが多かった。逆を言えば、当社社員のビジネス的な観点にまだまだ伸び代があるというのが、今回の取り組みで明確に実感したところです」

池田氏「マネタイズのポイントはどこなのか、どのようなビジネスモデルとして成り立つのかを考えるスキルの部分の課題はまだまだあります。そのため、実際にアイデアを出してくれた社員へのフィードバックやアフターフォローを実施しつつ、次回のプログラムではビジネス観点をより強化するためのワークショップを増やす予定です。そのあたりに関してはスタークインダストリーさんに協力いただく予定です」

大河原氏「先程もお話ししましたが、オカムラの社員さんは、社会を良くしよう、人々の生活を良くしよう、会社を良くしようという気概を持たれていて、『この事業で稼ぐぞ』という儲け主義的な感じを受けないんです。これは『人が活きる』という想いが込められた経営理念『オカムラウェイ』が社内に根付き、文化として醸成されているからこそだと感じています。

マネタイズ部分での課題は確かにあるかと思いますが、それはまだ経験が足りていないだけだと思います。経験はすぐに身に付けられる訳では無く、成功と挫折を繰り返して、自身の中に腹落ちさせる時間が必要です。DXLPの取り組みを継続し、オカムラの中でも志高い社員さんのビジネス感覚をコツコツ強化していけば、徐々に組織として思考が洗練され、心強い人材が生まれてくる好循環がやってくると思います」

――ちなみに、ビジネス観点に課題が残るというのは、オカムラだけで起きている問題なのでしょうか?

金本氏「いえ、もちろん他の企業でも同様です。DXの潮流をトリガーに社員一人ひとりが既存事業の課題について考え、新たなビジネスを模索することが成長につながり、企業としての変化への対応力や持続的な成長につながっていきます。ある意味伸びしろとも言えるため、解決しがいのある課題だと思います」

オカムラにとってのDXは「三方よし」を実現するための手段

――では最後に、DXLPを通じてどのような世界を実現したいのかを教えていただけますか。

宇高氏「はい、DX は何のためにやっているのか、というところにもつながるんですが、やはり根本は社会を良くしていきたい、そのために私たちの仕事自体を良くしていきたい、ということが一番の目的です。

DXLPがきっかけで生まれた若尾の、オフィス提案の自動化というビジネスアイデアは、社員の業務効率化に直結します。そこで社員のリソースが空けば、その分お客様へさらに価値提供するための業務や社員本人の生活を豊かにするための時間に使うことができる。結果的に、関わる人全てに恩恵がもたらされます。

お客様により良いものを提供するのは当然ですが、それを行うことで自分たちの首をしめていくようなことはあってはならないんですよね。全員が幸せになれる環境を目指すための活動の1つが、DXLPだと考えています」

池田氏「私個人の考えとしては、DX戦略部に所属してはいるのですが、正直DXやデジタル技術にこだわる必要はないと感じています。

ただ、世の中はものすごいスピードで変化しています。もはや過去の延長線上に未来はないんです。時代が変わり、お客様も変われば、これまでと同じことをやっていても価値を感じてもらえなくなる可能性が高い。

DXLPを通して、多くの社員から様々なアイデアが湧き出てくるような文化が醸成されることを目指しています。我々はどうありたいのか、そのありたい姿を叶えるために何をすべきなのか、理想から逆算していって、実現するために必要な技術があれば取り入れていく。そのような思考ができる人材を増やすためにも、DXLPは今後も進化し続けていきたいですね」

DXがバズワード化している昨今、周囲に遅れを取らないよう、DX推進を急務と捉えている企業は少なくないだろう。ただ、DXを実現したその先を見据えている企業はどれだけ存在するだろうか。

DXはあらゆる企業が避けて通れない課題ではあるが、だからこそ周囲の変化に焦って流されることなく、オカムラのように、自社にとってのDXとはなにか、推進することでどのような未来を実現したいのかを真摯に考えるべきだろう。

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