ドバイマリーナとラクダ、ジュメイラビーチの光景(出典:shutterstock)

世界一高い建物「ブルジュ・ハリファ」など、数々の「世界一」によるゴージャス感、スケール感で話題を集めてきたアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国が、「世界トップクラスの経済ハブ」を目指す方向に舵を切り始めた。

ドバイのムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム首長が1月4日、今後10年間で32兆ディルハム(約8兆7000億ドル)規模の目標を掲げた経済計画を進めるとツイート。貿易と外国投資の大幅な拡大により、10年後には「世界の経済都市トップ3」入りと「世界の金融センターのトップ4」入りを目指すと宣言し、世界的に注目を集めた。

これはかなり野心的な計画であり、本来であれば実現可能性に疑問符がつくところだが、地元では、「実現できる」との楽観論が目立つという。米メディアCNBCの報道によれば、ドバイの資産運用会社Longdean CapitalのKarim Jetha最高投資責任者は、そもそもドバイが野心的でなかったことなどないと指摘。野村アセットマネジメントの中東CEO、Tarek Fadlallah氏は「野心的ではあっても、ドバイ経済の歴史と改革の実績を考えれば、これらの目標を疑う理由はない」と述べたという。

圧倒的に豪華な施設やタックスヘイブン(租税回避地)、あるいは暗号資産ハブとしての魅力で富の誘致に成功してきたドバイが、次の目標を見据えた新たな発展段階を迎えたと言えそうだ。

出典:ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム首長のツイッター。超大型経済計画を発表

2033年までに22兆円強の外国投資を誘致、30万の外国人投資家が支援へ

ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム首長は1月4日のツイートで、向こう10年間のロードマップに含まれる100の「未来変革プロジェクト」の一部をピックアップして紹介したが、このうち一つは対外貿易規模を過去10年間の総額14兆2000億ディルハム(AED:1AED=約0.27米ドル=約34.9円)から、向こう10年間に25兆6000億AEDに引き上げるとの項目。

さらに、外国直接投資も過去10年の年平均320億AEDから600億AEDにほぼ倍増させ、2033年までに累計6500億AED(約22兆6800億円)を超える投資を誘致するとした。30万を超える外国人投資家が、ドバイ経済の急成長を支える見通しという。

このほか、過去10年間と比較した今後10年間の数値目標は、◇政府支出を総額5120億AEDから7000億AEDに拡大する、◇民間部門の投資を7900億AEDから1兆AEDに拡大する、◇域内のモノ・サービス需要を2兆2000億AEDから3兆AEDに拡大する――など。さらにデジタル変革プロジェクトによるドバイへの貢献を年間1000億AEDにするとの目標を掲げた。

この変革プロジェクトの第1弾パッケージには、ニューエコノミー分野で「ユニコーン」(評価額10億ドル超の未公開ベンチャー企業)を目指す30社のスケールアッププログラムや、世界の有力大学の誘致などが含まれるという。

(出典:shutterstock)

ちなみにドバイ首長国の面積は東京都のおよそ1.8倍。人口は350万人(22年4月)だから、東京都の約4分の1に当たる。ドバイ政府の発表によれば、域内総生産(GDP)は21年に3860億AEDであり、現在の為替レートに基づいて1AED=35円で日本円に換算すると、約13兆4470億円。少し古い数字になるが、東京都の都内総生産はコロナ前の2019年に116兆円弱(都総務局)だった。

また、国際通貨基金(IMF)の22年10月の最新推計値を基に、UAEと日本の1人当たり国内総生産(GDP)を比較すると、UAEが4万8260ドルで、世界ランキング28位。日本は円安の影響もあり、それより低い39位の3万5000ドル強。うちドバイ首長国の1人当たりGDPに関しては、スイスのUBSが4月の段階で、22年に4万6665ドルとの予測値を明らかにしている。

ドバイ首長国が経済計画の目標として掲げる32兆AED(約8兆7000億ドル)という金額は1ドル=130円で計算すれば約1131兆円。あまりに大きすぎてイメージにしにくいが、日本の2021年のGDPは米ドル建てで約4兆9000億ドル(IMFのデータ)。8兆7000万ドルとの数字は約1.8倍に当たる規模感となる。

2020年に完成した巨大な額縁、ドバイ・フレーム。これも「世界一」(出典:shutterstock)

30%の酒税廃止で外国人誘致強化、背後にサウジの存在

ドバイはこの大型計画を明らかにする数日前に、1年間の試験的措置ながらも、外国人の不満の的となっていた30%の酒税を1月8日付で廃止し、観光客や外国人居住者に義務付けていたアルコールの購入許可制も取り消すと発表した。

これまで、「タックスヘイブン」や周辺諸国に比べた政治的な安定、治安の良さ、教育水準の高さ、さらに飲食店でのアルコール提供の許可、服装に関する緩やかな規定など、イスラム色を薄めた「寛容政策」で外国人を取り込んできたドバイが、競争力の強化に向けて、さらに一歩踏み込んだ格好だ。

ドバイのバー(出典:shutterstock)

実際にはドバイだけでなく、UAE全体がここ数年、未婚カップルの同居の合法化やラマダン(イスラム教の断食月)期間中の酒類の販売許可など、外国人の自由度の向上につながる措置に動いているが、その目的は投資や人材の誘致。UAE内においても誘致競争は激化しているものの、ここに来て強く意識されているのが、隣国であるサウジアラビアの存在だ。

サウジアラビアはムハンマド・ビン・サルマン皇太子への権力継承が行われて以来、オイルマネーを投じた脱石油依存の経済戦略を明確化。観光資源の開発や投資の誘致に力を入れ、UAEなど地域諸国を刺激しているという事情がある。

ロイター通信は21年7月に開かれた石油輸出国機構(OPEC)の減産協議の段階で、すでに「サウジとUAEの対立が表面化。経済をめぐる中東2大国の競争関係が浮き彫りになった」などと報じていた。一大商業都市のドバイを擁するUAEが今のところ、観光、ビジネス面で明確にリードしているとは言え、サウジはかなり強硬な外国企業誘致策を策定済み。外交分野で連携してきた両国が、今後は経済面でさらに対立を深める可能性が高まっているという。

中東の2大国、サウジアラビアとUAEの国旗(出典:shutterstock)

前出のLongdean CapitalのKarim Jetha最高投資責任者はCNBCに対し、サウジアラビアが閉鎖的、保守的なイメージの払しょくに向け、観光客や外国企業を呼び込むために巨額の投資を行っていることに言及。地域ビジネスの獲得競争が巻き起こる中、ドバイはさらに高い目標を掲げ、世界のハブとなることを目指すとしている。

柔軟な政策調整がドバイの強み、アラビア半島が経済発展の焦点に

王族が支配する中東諸国の多くはトップダウンによる意思決定のスピードや潤沢なオイルマネーが強みだが、産油国としての恩恵を全面的に享受してきたサウジアラビアは石油頼みの国民性を変えるために苦戦しているという。

この点で、最初から石油資源にめぐまれなかったドバイ首長国は貿易の拡大や経済特区の設置を通じた投資の誘致、「世界一」の観光名所を売りとする旅行者の誘致、タックスヘイブンなどの特典によるリッチな移住者の誘致といった手法を通じ、世界のマネーを取り込む仕組みを構築した。経済構造の多様性や外国人が9割を占めるという人口構成による社会の柔軟性は、今やドバイの強みだ。

これより前の22年年初には、ドバイはイスラム教の週末である「金曜日と土曜日」を、西洋の週末である「土日」(合同礼拝を行う金曜日も午後から半休)に変更し、世界の多くの国に合わせた。コロナ禍でリモートワークが普及すると、リモートワーカー向けのビザ発給制度を導入するという柔軟な対応も見せた。

世界最大の太陽光発電所、HHM BIN RASHID AL MAKTOUMソーラーパーク(出典:shutterstock)

また、世界に先駆けてコロナ禍からの“正常化”を果たしたことで、話題をさらったのもドバイ。メタバースを含むハイテクハブ戦略や再生可能エネルギーの導入というグリーン戦略でも目立った存在となりつつある。「マネーロンダリング天国」、金融犯罪容疑者の逃げ込み先、租税回避地であるといった国際批判に対しても、かなり積極的な対応を見せているのが、次の発展フェーズを目指すドバイの姿だ。

UAEと競う姿勢を見せるサウジアラビアの戦略もあり、アラビア半島では今後、経済開発競争が激化する見込み。2023年には欧米のリセッションや中国の低成長が予想される中、アラビア半島が世界経済の焦点となる可能性がある。少なくとも、世界経済における湾岸諸国の存在感はこの先、石油以外の分野で大きく高まることになりそうだ。

アラビア半島周辺の地図(出典:shutterstock)

文:奥瀬なおみ
編集:岡徳之(Livit