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2030年、日本のIT人材は最大で79万人の不足が予測されている。これは経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省連携で人材需給の試算を行い、2019年に経済産業省情報技術利用促進課が「IT人材需給に関する調査」で発表したものだ。
世界における日本のデジタル競争力は低下、ITスキルレベルは思いのほか低く、危機感は募るばかり。このまま日本が他国に遅れをとってしまうことに手をこまねいていてはいけない。日本企業はこの問題にどう立ち向かっていくべきなのか、IT人材育成において世界で最も優れたIT研修企業上位20社に3年連続選出されているトレノケートホールディングス代表取締役社長である杉島泰斗氏と、トレノケート株式会社ITトレーニング担当講師である三浦美緒氏に伺った。
日本を元気にできるのはIT人材育成かもしれない
トレノケート社は「IT人材育成で世界を変える」というビジョンを掲げて活動している企業グループであり、日本が世界と戦える土台を作るために日夜活動している企業である。
同社はアメリカ、ディジタル・イクイップメント・コーポレーション社(現在はヒューレット・パッカード社)の教育部門から独立し、ITプロフェッショナルを育成するトレーニング企業グローバルナレッジネットワークの日本支社としてスタート。2017年にトレノケートに社名を変更し、現在日本を含む世界15カ国、26拠点でBtoB向けITトレーニングをメインに人材育成事業を展開している。
トレーニングパートナーとして2022 Regional and Global AWS Partner AwardやGoogle Cloud Regional ATP of the year 2021 in APACを受賞するなど数々の受賞歴を誇るトレノケート社は、世界の名高い企業から高い評価を獲得。現在はDX・リスキリング市場においても日本のみならずグローバルに拡大している企業だ。
トレノケートホールディングスの代表取締役社長に就任する前の杉島氏は、系列会社で東南アジアによく足を運んでいたという。

杉島氏「東南アジアはここ10年で一気に発展しています。現地の人々の目は輝いていて、発展を楽しみながら豊かになっていくのを実感している。日本に戻り電車の中がどんよりしているのを見ると、この日本を元気にできないかなとずっと考えていました」
発展途上国が発展を続けるなかで停滞し続ける日本をどうにかできないか、そう考えていたときに同社の現会長からトレノケート社への参画を打診されたという。
杉島氏「“日本を元気にできるのはIT人材育成だ”と口説かれました。私自身も新卒からITエンジニアを経験し、デジタル系企業のマーケティングに携わっていたこともあり、ITやデジタルの可能性について実感していました。確かに日本を元気にできるのはIT人材育成かもしれないと感じ、ジョインしたという経緯があります」
国内だけで勝負ができていた日本とグローバル展開が基本の海外の差
あらゆるものがインターネットと繋がりつつある現代、IT人材が必要である。
杉島氏「ITは今のビジネスに欠かせません。業務効率化もそうですし、事業戦略を立てるための分析においてもそうです。根幹部分でITは社会のインフラになってきていますから。
ITエンジニアがいないとITインフラは全く動きませんし、プログラム、アプリケーション、そういったものもエンジニアの方が全て作って、メンテナンスを行ってなど、日々の暮らしを支えているという側面があります。あらゆる面でITが使われるようになっているため、それらに関わるITエンジニアの方も爆発的に必要になってきていると思います」
ITが我々の日々の暮らしに必要不可欠であることはもはや疑いようのない事実だ。日本にIT人材が足りないのであれば、海外からIT人材を迎え入れることで解消されそうな気もするが……。

杉島氏「それもひとつの手段だと思います。昔だったら日本で暮らしたい、給料が高いから行きたいという外国人労働者が多くいました。しかし、ベトナムの某企業の社長さんに『たくさんベトナムのエンジニアの方が日本に来てくださっていますよね』という話をすると、『みんな地方出身者です』と言われたことがあって。
その方がおっしゃるには都会で育った優秀な人材は英語が話せるため日本には来ないとのことです。それほどに今、日本は魅力のない国になっているのです」
外国人労働者にとって、日本はすでに魅力のない国になりつつある。日本がITで国際社会に存在感を示すには、自国におけるIT人材の育成は喫緊の課題といえそうだ。国際経営開発研究所が策定する国際指標である「デジタル競争力ランキング」において21年、日本のデジタル競争力は世界で28位、そしてそのスキルは最下位レベルとアジア諸国と比較してだいぶ遅れをとっている。日本のITスキルレベルが世界に追いつき、そして追い越すためにはどう進化していく必要があるのだろうか。杉島氏は個人的な見解としながら2つ示した。1つ目は経営者の意識だという。
杉島氏「日本のマーケットはある程度大きいため、日本で勝負するだけである程度食べていくことはできます。しかし、例えばアメリカなら英語でグローバルに一気にサービス提供できますし、東南アジアであれば自国のマーケットが小さいために東南アジア全体で勝負します。
ITやデジタル領域においてITレベルの競争は確実に起こります。ITレベル・スキルを上げていかないと成長できないし存続できません。
一方で日本は、そういったところで競争がありません。横を見てもそこまでITやデジタルに力を入れていない。日本の市場だけで食べていけてしまうためITレベル・スキルアップに投資していくという考えに辿り着かなかったのではないかと思います」
そして2つ目は個人の認識によるものだと考察する。
杉島氏「3カ月ほど前に意識調査をしたことがあります。そこでわかったのが、日本人はITやデジタルのスキルがみんな高いと思っている。何をもって高いと言っているかというと、自分は(ITスキル、デジタルスキルが)ないけれど、周りの人々は(スキルが)高いと思っている。だからあまり危機感を持っていないという状態なのです」
こうした観点から、トレノケート社はITに興味を持ってもらえるような初心者向け研修を提供。これまでどこか他人事であったITスキルの底上げに取り組んでおり、実際に大企業などでは変化が起き始めているという。
IT人材を育成すれば万事解決というわけにはいかない
日本人全体としてのITスキルが向上すれば、日本はグローバルで戦えるようになるのか、ことはそう簡単ではなさそうだ。
杉島氏「ITは業務効率化や、新しいシステムやサービスを作るために活用するツールのひとつです。結局のところ、そのデジタルを使ってどうビジネスを作り上げていくか、より良くしていくかということを考えられる人が確実に必要となってきます。
そのため、IT人材とDX人材では少し定義が違ってくるかなと思います。ITエンジニアは、システムエンジニアやプログラマーなど、情報技術を扱う職種です。一方でDX人材は、そのIT技術を使い各専門業務の効率化を図り、デジタルで何ができるのかを理解し、リードしていく人材となります。
例えば、ITエンジニアがビジネススキルやビジネスサイドの考え方ができるようになって近づくことも必要ですし、DXを推進する事業部門にいる人がITで何ができるのかといった部分を知り、エンジニアとともにシステムを構築していく、といったことが重要になってきます。
双方の歩み寄りが必要となってくるため、IT人材だけ育成していけば課題が解決できるかと言われると難しいところがあると思います」
企業が変革するという方向性が求められている今、日本とアメリカの違いはどうだろうか。アメリカでは事業会社の社内に大量のIT人材がいるというのが基本だが、日本ではほとんどの場合、IT人材は專門のIT企業に属しており、外注という形で発注するスタイルをとっているという違いがある。

三浦氏「ITを使ってビジネスの変革を実現しようとする場合、ITやデジタルの知識を持ち、自身の業務を変化させていく人材は、社内と社外どちらにいるべきかと言うと、やはり社内だと思います。
ITの知識を持ちつつ、現場と自社ビジネスの課題について理解して改善する意欲のある人を育てていかないと、DXに繋がらないというのが人材を育成するうえでの課題となってきます」
ここでひとつ、トレノケートホールディングス社が20代から50代のビジネスパーソンを対象に調査した「DXの理解度に関する調査」について紹介したい。
経済産業省ではDXについて『企業がビジネス環境の変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』と定義している。
しかし同社が行った調査によると、この定義について正しく理解している割合はわずか19%だった。さらに、自社が「DXが成功している」と認識していても、その内容はペーパーレス化などや請求書のデジタル化など、DXの初期段階にとどまっており、およそDX化が達成されているとは言えない回答が全体の95.5%を占めていた。この調査結果はまさに、日本が諸外国に遅れをとっているということを暗に証明してしまっている。
日本企業は現在、DXを成功させるための過渡期
先述のとおり、ITデジタル時代において日本企業は遅れをとっていることがわかった。IT化、クラウド化はただ流行に乗って叫ばれているというわけではないのだ。
三浦氏「日本は比較的ITシステムの導入が世界に先立てて早かったというのが、海外企業に遅れをとっている要因のひとつです。多くのITシステムが老朽化してしまっているため、古いIT資産を抱えたまま変遷しなければならないというバックログがあります。

IT化が遅れていたアジア諸国などは日本のようなレガシーシステムを持ち合わせていないため、一気に変革に繋がるような新しい仕組みやシステムの導入にチャレンジすることができます。
一方日本はレガシーシステムの維持管理のためにも人を割かなければなりませんし、今動いているものを正しく動かすという部分に力を入れがちです。各国はもうトランスフォーメーションしているため、『日本も頑張らないとやばいよね』というのが現状かなと思います」
三浦氏曰く、日本は現在どのように変革を為していくべきか、その過渡期にあるという。
三浦氏「各社がDX戦略を進めていくうえで、2030年、あるいは2035年までのロードマップを描いている過渡期にあります。
DX人材育成において、企業がデジタルの力を使って目標を達成するためにはどういった人材が必要で、必要となるスキルセットはどういうものなのかを把握させるといった取り組みを始めています」
レガシーシステムからの脱却は多くの企業が望むところ
トレノケート社のメインとする顧客はこれまで情報通信系、IT系企業が主だったが、ここ数年は官公庁自治体や鉄鋼業、電気ガスといったインフラ系企業など様々な業種から研修の要望を受け、実際に取引に至っているという。なかには意外に思う業種もあったようだ。
三浦氏「金融機関、とりわけ銀行は非常に堅牢なシステムを好まれる印象を持っていたので、某銀行が全ての基幹システムを含めクラウドを使用する宣言したことはインパクトのあるニュースだったと思います。
金融機関が“クラウドに移行しよう”と言っているのに、別の業界が“セキュリティリスクが心配”とは言っていられないとった機運が高まったように思います。そうした背景もあってか、銀行様からAWSトレーニングのご受講など非常にご用命いただいております。IT部門に関わる人材だけではなくITの素地として、素養として社内の共通言語化するためにという形で現在も継続されています。
クラウドを使うという選択肢を選ばれた理由については、それに至るまでに様々な課題があったと思いますが、資産としての負担が大きくなりすぎていたのではないかと思います。おそらく金融商品というのは今後、道として外部とのデータ連携などといった取り組みをしていかないと厳しいと感じていたのではないかと推察します。
セキュリティ的にも、技術的にもレガシーなシステムではこれ以上できないというような課題が多かったと思います。基盤をクラウドに移行することで、そこから先でトランスフォーメーションを起こすというひとつのIT改革を腰に据えたということが大きかったのではないかと思います」
杉島氏「私も元々は新卒で金融機関のシステムを作っていたのですが、当時の技術を今でも理解し、保守管理ができるエンジニアが少なくなってきている可能性があります。銀行もシステム改革をしていかないと今後、運用できなくなる状況が発生するのではないかと思います」
官民一体となって日本全体の底上げを図る
日本の企業は99%以上が中小企業で、大企業と比較するとIT・DX人材を社内育成できるほどの余力がないケースがほとんどだという。しかしそれでも今後国際社会における競争に食い込んでいくためには日本全体として力をつけていかなければならない。そこで自治体でDX推進のための助成金を交付する取り組みが活発になっている。
トレノケート社は、各地域の取りまとめ企業や自治体を介する形で様々な育成プログラムの提供を開始している。IT化、DX化の波はすでに目の前までやってきており、「自社の業種には、自分の生きている範囲では関係ない世界の話である」とは、もはや言えなくなる日も近い。他社と比べて遅れをとっているのではないかと危機感を覚えている企業やビジネスパーソンは、何から始めれば良いだろうか、杉島氏にアドバイスを乞うた。

杉島氏「まずはYouTubeなどに無料でさまざまなコンテンツが上がっています。なんでもいいので、興味をもったものを見てみるというのが良いかと思います。まず触れてみるということが一番効果的です。
“ITは難しい”というイメージがあるかもしれませんが、実はそんなに難しくない。実際にデータベースをいじってみたり、ネットワークをつないでみたり、プログラムを書いてみたりという初心者向けコースを1度試してみるだけでITに対する苦手意識は一気に下がると思います」
危機感があっても、行動に移さなければ変革は望めない。まずはスタートラインに立つべくITに触れるところから始めてみてはどうだろうか。