各方面で動きが活発化しているメタバース。どの企業が主導するのか、どのプラットフォームが主要メタバースとなるのかといった議論がある。その有力候補の一つがすでに多数のユーザーを抱えるフォートナイトをベースとするプラットフォームだ。これが主要メタバースの一つになる可能性が高いとする専門家が多い中、B2Bがメタバースをけん引するという主張もある。世間が注目するメタバースの将来とはどのようなものだろうか。

メタバースの現在

メタバースそのものは、旧Facebookがイメージ転換のために社名を変更したことから、欧米ではネガティブな印象が付きまとっているものの、もはやどの業界でもビジネス上無視できない成長分野になりつつある。現在のメタバースはまだプロトタイプ段階とされ、主にオンラインゲーム業界で利用されている感覚が強いだろう。

この業界での市場規模は2020年にほぼ500億ドル(約6兆7000億ドル)に成長するとみられ、さらに2030年までに7000億ドル(約93億7000万ドル)へと拡大すると予想されている。

2022年1~5月の間に、プライベートエクイティ、ベンチャーキャピタルのファンド、企業によってメタバース関連のテクノロジーに投じられた資金は1200億ドルを超えており、これは2021年1年間の額の倍以上。

そのうち半分以上がマイクロソフトによるゲーム会社「アクティビジョン」の買収(690億ドル)であった。ただし、1月に発表されたこの買収は12月になって、米連邦取引委員会(FTC)によって差し止め訴訟が起きている。

こうした大手による投資や、全体的な投資額の急増はメタバースの成長を想像するに難くない。

B2B論を主張するKPMGの展望

まだ非常に初期段階であるこのメタバースの成長のカギとなるテクノロジーの分野は、①インフラ、ハードウェア、②バーチャルプラットフォーム、③イネーブリングテクノロジー、④デジタルコンテンツと体験の4つと言われている。やはりオンラインゲームを中心とした仮想世界がメタバースをけん引するのであろうか。

こうした中、B2Bがメタバースをけん引すると主張するのが、会計・コンサルティング大手のKPMGだ。KPMGオーストラリアでは、メタバース専門チームを発足。メタバース・フューチャーと名付けられたこのチームのヘッドには、同社でシニアコンサルタントを経験したのち、起業したソフトウェアエンジニアでありテック起業家の元従業員を再雇用。就任時は各方面で報道されるなど大きな話題となった。

またこれ以前にも、メタバースに関して大きな野望をいだいていることでも知られていたKPMGは、2025年までに数百万ドル規模のビジネスチャンスがあると予測。これを達成するために、社内のオペレーション用とB2B用に独自のメタバース空間の構築を計画している。

メタバースチームは、KPMGの人工知能専門ユニットや量子コンピューティングユニットなど約90名の社員がサポートする体制になっている。さらに、メタバースには欠かせない存在のブロックチェーンベースのプラットフォームを構築し、約30名のスタッフがサプライチェーンに特化したこのプラットフォームの提供にアサインされている。

その上KPMGは、近年のメタバースへのユーザーエクスペリエンスに対する低評価や、アクティビティの減少は心配に値しないと強気だ。2022年6月には、米国とカナダでウェブ3の従業員研修に3000万ドルの投資を発表。長期的目標としてヘルスケア、コンシューマー、リテール、メディアとファイナンシャルサービスでの可能性を探るための従業員とクライアント、コミュニティを結び付けるハブを形成した。

この空間では業界やセクター、国境を越えたインタラクションによって新しいアイディアが生まれるとし、特にパンデミックで移動が制限され、人とのふれあいが希薄になったこの世界でメタバース空間は、必然的存在とされている。

欧米で実用化が進むメタバース

メタバースの現状はまだ、手探りの状態だ。多くの専門家も肯定と否定の意味を含めて「先行きは不透明」と前置きしている。

では、実際に業界ではどのような動きがあるのだろうか。

IT分野に強いリサーチ会社のガートナーは、2026年までに25%の人が日に少なくとも1時間はメタバース空間で過ごすことになると予測。実際に、現在すでに「メタバース的」なプラットフォームとしてすでに取り入れられているテクノロジーであるバーチャルリアリティゲームの世界や、ブロックチェーン、バーチャル試着やメイクアップ、AI搭載のカメラなど、メタバースにつながる道筋はある程度整ってきているともいえるだろう。

有力視されている分野

専門家が「将来のメタバース空間の姿」として挙げているのが、映画化もされた小説「レディ・プレイヤー・ワン」だ。また、稼げるゲームとして注目を集めたアクシー・インフィニティ、土地の売買を仮想通貨でできるVoxelsや11月に音楽フェスティバルを開催して日本でも注目されたプラットフォームDecentraland、オンラインゲームのフォートナイト、Meta社のVRゲーム「Horizon Worlds」、日本でも大ブームとなったポケモンGoもメタバースの原型とされている。

ゲームやゲーム感覚の世界のほかに、すでに実証済みのメタバースをここにいくつか挙げる

エンターテインメント

アリアナ・グランデがフォートナイトで開催したコンサートをきっかけに、ジャスティン・ビーバーをはじめ大物歌手がメタバースでのイベントを続々と開催している。

教育と研修現場

パンデミックによってEラーニングが浸透した教育現場や、研修現場ではデジタル化が一気に進んだ。学校教育が完全にデジタル化するには課題がまだ多いが、企業の研修では今後も出張や移動を伴わずに世界的なレクチャーを開催したり、ほぼ実体験のような業務研修や接客トレーニングをしたりできるようになると期待されている。

顧客体験の改善

スキーリゾートでのバーチャルガイドによる下山の指導、観光地でのバーチャルガイドや情報の表示、過去にさかのぼり、そこで起きた歴史的事件や出来事を現場で目にすることができる可能性もある。リテールでの試着やメイクのテスターから大きく進展し、車の試乗までもがバーチャルで可能になるかもしれない。

広告やマーケティング

映画の宣伝や、新車の紹介にバーチャル空間を利用したパーティや発表会を開催。ブランド独自のメタバース空間を構築する企業も増えてきており、ディズニーランドでは、来園者により没入できる体験を提供すべく、アメリカで新技術の特許を取得したことがわかっている。

またゲームの世界でのオプション販売のごとく、メタバース空間のアバターに着せる服をラルフローレンが販売し、グッチによる限定版NFTの販売や、現実世界にもリンクできるナイキのNFTなど、新しい価値を生み出している。

産業界での利用

産業界での利用にはデジタルツインが主な役割を果たしている。ドイツのシーメンスでは、工場のデジタルツイン作成から運用を支援するためにNVIDIAと業務提携。工場の建物と生産機器や機械のデジタルツインをメタバース空間に作成することで、生産計画や、生産工程、さらにはさまざまな問題を迅速に解決できるとしている。

実際にBMWではこのデジタルツイン工場の稼働が始まっている。工場を3Dスキャンしてメタバース上のデジタルツインを作成。全世界の拠点での瞬時の情報共有や工場内の改造、新規工場の設立などが容易になると見込まれている。同社はこれによって計画行程が30%効果的になると期待している。

2030年までにメタバース全体での市場規模は2022年のマッケンジーの予測で5兆ドル、シティの予測では同時期13兆ドルと試算している。予測値の大きなばらつきと、専門家が断言しない未来像や曖昧なタイムラインなど、メタバースの可能性は未知数だが、膨大なビジネスチャンスが宿っていることは確かなようだ。映画の世界が現実となる日はそれほど遠くないのかもしれないが、我々にもまだ明言は難しい。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit