仕事やプライベートの時間をやりくりするために、真っ先に削ってしまうのが「睡眠」かもしれない。特に日本は「睡眠不足大国」と呼ばれており、OECD(経済協力開発機構)の2021年調査によると、OECD加盟国や、中国、南アフリカなどを含む計30カ国の中で「平均睡眠時間が最下位」というデータもある。

こうした中、忙しいビジネスパーソンにとって睡眠時間を確保することはなかなか難しい。そこで、ポイントとなるのが時間を伸ばすのではなく、環境を整えることでいかに快適な睡眠時間を過ごせるかだ。

そのヒントを探るべく今回お話を伺ったのは1949年創業の老舗ベッドメーカー「フランスベッド」の執行役員・上山直樹氏だ。

同社は、約30年前から「スリープ研究センター」を設置し、約5万件もの身体データを基に開発を推進するだけでなく、国内で唯一『高密度連続スプリング®』と呼ばれる高度な技術を採用するなど、日本の風土や環境に最適な寝具のかたちをこれまで追求してきた。

そんな同社が考える快眠の秘訣とは何か。マットレスなどの寝具から快適な睡眠環境をつくる方法に迫る。

時間だけが重要ではない、知っておくべき睡眠メカニズム

一般的に7〜8時間は睡眠時間を確保した方が良いといわれる。一方で、一概に若い人から年配の人まで同じ睡眠時間が必要かというと、そうではないと上山氏は言う。

「年齢によって必要な睡眠時間は変わってきます。代謝と一緒です。基礎代謝が高ければ高いほどしっかりと眠れるのですが、代謝は年齢とともにどんどん下がってくるので、自然と睡眠時間も短くなってきます。そこで年齢に限らずもっとも大事な考え方が、限られた時間の中で、いかに快適な睡眠時間を過ごせるかです」

執行役員 インテリア事業本部 副本部長 上山直樹氏

では、快適な睡眠時間を過ごすとはどういう状態を指すのか。

「一般的にいわれる話ですが、人は睡眠の中でも浅い眠り(レム睡眠)と、深い眠り(ノンレム睡眠)の2パターンを繰り返しています。最初にノンレム睡眠と呼ばれる一番深い眠りに入り、レム睡眠とノンレム睡眠を周期的に繰り返しながら覚醒に向かいます。中でもノンレム睡眠の一番深いときが、最も身体や脳を回復させるホルモンが多く分泌されるんです。つまり、最初の入眠時、スムーズに深い眠りに入るほど良い睡眠といえます」

眠りの深さに関する睡眠構造

そして、より深く眠るための鍵が「深部体温を下げること」だという。

「人間は二つの体温を持っており、身体の表面温度である『皮膚温』と、脳を含めた内臓の『深部体温』があります。特に深部体温は生命維持のために皮膚温より1℃程度高くなっているのですが、この深部体温と皮膚温の体温差が、一番小さくなったときに眠気を感じ、深く眠ることができるといわれています。つまり、もともとの温度が高い深部体温をいかに下げられるかが大事です」

上山氏によると、一般的にいわれる「睡眠90分前の入浴」や「寝る前のストレッチ」などで事前に体温を上げておき、深部体温を下げやすくする方法も有効だそうだ。

その一方で、体温の上げ下げといった自分自身でできる対策以外にも、睡眠環境を支える寝具の選び方も重要だと語る。では、どういう寝具を選べば良いのだろうか。

投資すべきはマットレス。睡眠環境を支える寝具選びの考え方

寝具選びとなるとまず目をつけやすいのは、「枕」かもしれない。マットレスなどと比べると値段も比較的お手頃で、買い換えやすい。自分に合う枕を求めて、店頭で高さを調節してもらった経験もあるだろう。

しかし、枕など一部のパーツだけを自分の身体に合わせることで快適な睡眠環境をつくれるかというと、そうではないと上山氏は語る。

「枕は特に、自分に合うものを求めて悩まれる方が多い印象を受けます。そこで、自分に合う枕を作ろうと、よく店頭で高さを調整する方もいらっしゃいますが、例えば店頭で寝かされた台の上と、普段日常的に使っているマットレスで寝た状態とでは身体の沈み込み方が違うことに気付かなければなりません。つまり、枕というパーツだけを合わせるのではなく、土台となるマットレスも含めてトータルで選ばないと寝たときの感触がチグハグになってしまうんです」

だからこそ、フランスベッドでは姿勢を測った上で、まずはその人の体形に合ったマットレスを提案している。店頭で体験したマットレスに寝る前提で、次は枕を選ぶという、総合的な考え方が大事だというのだ。

つまり、寝具選びのスタートは、まず土台となるマットレス選びだ。では、マットレスは私たちの睡眠環境にどう影響してくるのか。布団との役割の違いも含めて聞いた。

「寝るための土台があまりに柔らかく、身体の一部が極端に沈み込んでしまうと、寝返りするときに力みが生じ、自然な寝返りが打てません。そこでマットレスには本来、身体の一部が極端に沈み込むのを避け、理想的な寝姿勢を保ちながら、余計な力を使わないスムーズな寝返りを助けてくれる役割が求められます。これは、バネなどが入っていない布団では補えない役割です。フランスベッドのマットレスは、理想的な寝姿勢といわれる、立ったときと同じように背筋が自然と伸びた状態になることを重視しています」

さまざまな睡眠に関するデータから導き出したフランスベッド社独自の技術

フランスベッド社では理想的な寝姿勢に導くために、独自の技術の開発を行っている。

冒頭でも伝えた通り、同社では社内に約30年前から「スリープ研究センター」を設置している。そこで得た約5万件にも及ぶ身体のデータを基に、より快適な睡眠環境をつくるためのマットレス開発に取り組んでいる。

その中で理想的な寝姿勢を保つためには、体重の半分近くを占める臀部(でんぶ)をいかにしっかりと支えるかが重要だと分かってきた。その点、フランスベッドでは『高密度連続スプリング®』という一本の鋼線で編み込んだバネを使うことで、常に理想的な寝姿勢を保てる構造になっている。

「私ども以外のベッドメーカーでは基本的に『ポケットコイル』を使用しています。これは、一本一本のバネは独立しているものの、それを包む袋がつながっている構造です。一方で、弊社ではバネそのものがつながっている『高密度連続スプリング®』を採用しています。ポケットコイルは単発のバネですので、荷重のかかる部分が沈み込み、身体の表面の凹凸を吸収します。一方で、私どもは全てつながったバネを使うことで、局部的な沈み込みを軽減し、下から突き上げることで理想的な寝姿勢を保てる構造にしています」

高密度連続スプリングと一般的なマットレスのスプリング構造

であれば、全てのメーカーが『高密度連続スプリング®』を採用すれば良いと思うかもしれない。だが、特殊な技術や設備がいるため、世界中でもポケットコイルの方がまだまだ主流だ。ホテルなどでも供給面から基本的にはポケットコイルを採用していることが多いため、マットレスのバネと聞くとポケットコイルを思い浮かべる人が多い現状もあるようだ。

さらに、『高密度連続スプリング®』は通気性にも優れている。

「入眠時、深部体温を下げる過程で、汗を多くかいて熱を発散させる必要があります。このとき、汗を速やかに発散させるような通気性も、寝具に求められる重要な役割です。その点『高密度連続スプリング®』は、中空構造になっているため、通気性にも優れているんです」

また、フランスベッドでは端まで眠れるマットレスを実現する『プロ・ウォール』という技術も採用。

「寝返りを打ったときに身体をベッドの端まで持っていくと、マットレスから滑り落ちそうな感覚になることはありませんか。通常のマットレスだと、端側の支える力がどうしても弱くなり、身体が沈み込みやすくなっているためです。実際のマットレスのサイズと比べ、有効面積のサイズは一回り小さくなることが一般的なんです。それをなんとかいっぱいまで使うことができないか考えて採用したのが、『プロ・ウォール』という技術です。フランスベッドのマットレスは、身体が端まで転がっていったときも沈み込みがなく、有効面積が広がる仕様もお選びいただけます」

マットレスの周辺を強化し、有効面積をアップさせる「プロ・ウォール」技術


「マットレスの廃棄問題」にも着目。老舗ベッドメーカーとしての責任

フランスベッドでは、社内資格制度として「スリープアドバイザー」を導入している。これは、正しい眠りや商品についての知識を学ぶことで「総合的な眠りのプロ」であると認定する資格制度だ。この制度の導入背景には、寝具だけでなく、睡眠そのものをトータルでサポートしたいという思いがある。

「お客様に快適な睡眠時間を過ごしてもらうためには、商品のみに関する説明だけでは足りません。眠りに関する理論の説明や、お客様の今お使いの環境、困り事の相談にうまく寄り添うためには、商品以外の知識も身に付ける必要があります。そして、睡眠というものを根本的に理解していただいた上で、寝具を提案する必要があると感じたんです」

社内資格制度がマットレスを選ぶ前のお客様に向けた取り組みの一つだとすると、フランスベッドでは商品購入後、捨てるときの課題を解決するための取り組みまで行っている。

それが、「マットレスの廃棄問題」に着目して開発した『MORELIY®(モアリー)』という独自の解体システムだ。

スプリングマットレスは「適正処理困難物」に指定されており、サイズの大きいものだけに処分が難しく、分別する手間などが発生してしまう。そこで、マットレスをいかに簡単に、工具を必要とせず分解できるかというコンセプトで『MORELIY®』は開発された。上山氏に聞くと、『MORELIY®』を採用したマットレスは、成人一人、15分程度で解体できるという。

『MORELIY®』を採用したマットレスの構造

「マットレスを販売している以上、ただ売るだけではダメではないかという課題意識がずっとあったんです。そこで、3年ほど前、全国の自治体のマットレスの処理はどうやって受けてもらえるのか徹底的に調べてみました。すると、全国の自治体でマットレスを粗大ごみとして引き取ってくれるのは56%しかないことが分かったんです。それ以外の自治体では、処分場に直接持って行ったり、専門業者にお願いして分解してもらったりする必要があります。そこで、生活者の方が自らの手で簡単に分解でき、リサイクルしやすい構造のマットレスを開発しようという思いから始まりました」

マットレスの廃棄処分は実は生活者にとって大きな課題の一つでもある。生活者側の負担だけでなく、環境への問題や分別する手間などさまざまな問題が発生してくるのだ。この『MORELIY®』を開発するに当たり、マットレスとしての耐久性・品質を維持しながら、解体の利便性を高める上で苦労もあったという。

「しっかりとお使いいただける構造でありながらも解体しやすいという、ある意味相反するものを一つのマットレスの中に組み込むため、その両立には苦労しました。ただ先ほど紹介した『プロ・ウォール』という技術を持っていたため、マットレスの縁を発泡ウレタンで固める技術は、一方で剥がしやすいことにも気付いたんです。今ある技術を応用することで、なんとか耐久性と解体しやすさを両立することができました」

今後はこの構造を、従来から販売しているマットレスにも付加していくという。

「最近では、工法を変えたことによって製造上の工数を抑えることもできました。そこで、今発売している通常のマットレスと価格は同じままで、この構造を付加していきたいと考えています。『環境にやさしい』『解体しやすい』ということを特別説明しなくとも、『MORELIY®(モアリー)』の構造で作られたマットレスを自然にお選びいただける状態にしていきたいですね」

人は人生のおよそ3分の1を睡眠に費やすといわれているが、そのときどこで過ごしているかというと、マットレスなど土台となる寝具の上だ。食事や運動よりもずっと長い時間をかけるからこそ、睡眠時間の「過ごし方」や「過ごす場所」について、もっと意識を向けてみても良いかもしれない。

取材・文:吉田 祐基
写真:水戸孝造