2019年8月、インドネシアのジョコ大統領は同国の首都をジャカルタからカリマンタン島(ボルネオ島)に移すことを発表。新首都をヌサンタラ(Nusantara)と命名した。ヌサンタラの建設と移転は段階的に進められ、2045年の完成を予定している。しかし、総額340億ドル(約4兆円)ともいわれる首都移転計画は、発表から3年経った今も資金調達の目処が立たず、難航の様子を示している。
ジャカルタからカリマンタン島へ、インドネシアの首都が移転予定
ヌサンタラは、ジャカルタから北東に約2,000km離れたカリマンタン島東部に位置する。カリマンタン島はインドネシアで最も島嶼面積が大きく、日本の約1.9倍。島北部の一部はマレーシアとブルネイの領土であり、石油、天然ガス、石炭、金などの天然資源を有する熱帯雨林の島である。
しかし、なぜ首都を移転させなければならないのか。そこにはジャカルタの深刻な2つの問題が横たわる。
移転理由はジャカルタの人口密集と地盤沈下
1つ目は、人口過密による交通渋滞や大気汚染などの都市問題だ。ジャカルタの人口は約1,056万人(2020年、外務省調べ)、近郊の都市圏を含むと3,000万人を超える。ジャカルタの交通渋滞は“世界最悪”ともいわれ、深刻な都市問題として長年悩まされ続けている。
インドネシアの首都移転案は今に始まったことではなく、古くは1957年にスカルノ大統領(当時)が、首都をカリマンタン島中部のパランカラヤに移すことを提案した。これは実現しなかったが、ユドヨノ前大統領も首都移転案を再び持ち出し、現政権に引き継がれた。
2つ目は深刻な地盤沈下だ。現在、ジャカルタの約40%が海抜ゼロメートル以下にあり、土地は年々沈下を続けている。BBCによると、1970年以降4メートルも沈下しており、このままいけばジャカルタは2050年には水没するといわれている。
沈下の原因は地下水を汲み上げ過ぎていることである。水道網が行き渡らないジャカルタでは、住民の半数以上が地下水を利用している。大勢の人たちが飲料水や生活用水のため地下水を汲み上げることによって土地は年々沈下。海水が宅地に流れ込む事態が多発し、年中深刻な水害が起きている。政府は防波堤を作るなど対策を取っているが、まったく追いついていない。
最先端のテクノロジーを備えたスマートシティ計画
インドネシア政府はヌサンタラをビジネス、産業、教育のハブシティにすると宣言。同地をテクノロジー、石油・ガス、再生可能エネルギー、農業・エコツーリズムなど産業の中心地にして、480万人以上の雇用を生み出したい考えだ。
また、最先端のテクノロジーを備えたスマートシティ計画もある。たとえば、再生可能エネルギーをメインエネルギー源とし、公共交通や輸送には電気自動運転車を採用。歩行者や自転車にも配慮した、環境にやさしいグリーンシティを目指している。
ヌサンタラの建設は段階的に進められている。新首都建設プロジェクト「IKN」の公式サイトによると、開発フェーズは三段階に分けられ、2022〜24年の第一フェーズには大統領官邸や州議会、50万人分の公務員用住宅の建設や、首都機能の一部移転を開始。第二フェーズ(2025〜35年)、第三フェーズ(2035〜45年)を経て、最終的には2045年の完成を予定している。
2045年は、インドネシアがオランダから独立して100周年の記念すべき年でもある。インドネシアは2045年までに先進国の仲間入りをすることを目標に設定。ジョコ大統領は新首都の発表を行った際、ヌサンタラは「国のアイデンティティであり、インドネシアの発展を象徴する存在」と述べている。ヌサンタラはインドネシアの新しい未来を象徴するアイコンとしての期待も背負っているようだ。
ソフトバンクGが出資取りやめ、難航する資金調達
しかし、実際の計画は難航している。新都市の建設や移転にかかる費用340億ドルの目処が立っていない。政府はその8割を海外投資で賄おうとしているが、いまだ大口の出資提供者が見つかっていない状態だ。
2020年1月、ソフトバンクグループの孫正義氏がジョコ大統領と会談し、新首都計画に出資することを表明。出資額は明言されていないが3〜4兆円規模とも囁かれており、孫氏は首都移転の審議会メンバーにも選定されていた。しかし2022年3月、ソフトバンクは出資の見送りを発表。その理由は明らかにされていない。
事情に詳しい関係者によると、資金提供について、一部の投資家からの同意は得ているものの、拘束力を持つ契約は海外のどの団体とも結べていないとThe Straits Timesは報じている。
世界的な景気後退の波も拍車をかけている。ジャカルタのPT Bank Central AsiaチーフエコノミストのDavid Sumual氏は「世界経済の減速によって、多くの国が景気後退に直面している。今後数年間は、裕福な国でも自国の経済政策を優先するだろう」と推測している。
ビジネス戦略アドバイザリー企業Global Counselのインドネシア担当アナリストDedi Dinarto氏は、「プロジェクトはまだ初期段階にあるため、外国人投資家は慎重になっている」と述べる。そして、初期の開発事業は道路や橋建設などのインフラに集中していることから、「投資家はインフラ投資からどう利益を得るかの確信が持てていない」と指摘する。
森林伐採や先住民の土地剥奪の懸念
新首都は熱帯雨林を切り開いて建設される。地元住民からは反対の声も上がっており、森林伐採や先住民族からの土地剥奪リスクも叫ばれている。過去にカリマンタン島で、政府が住民の同意なしに、彼らが所有する土地をプランテーションや鉱業会社に渡してしまったという悪しき事例も残っている。
地元の市民グループAMAN(Aliansi Masyarakat Adat Nusantara)のレポートでは、ヌサンタラの建設によって21の先住民コミュニティと2万人以上の先住民が住む場所を失うと警告している。
しかし、新首都建設は予定通り進められている。ヌサンタラはジョコ大統領肝入りのプロジェクトであり、並々ならぬ情熱を傾けているという。だが前出のDinarto氏は、2014年から大統領を務めているジョコ大統領の任期があと18カ月に迫っていることが、「途中で頓挫しないか」という投資の不安要素にもなっているという。
インドネシアの大統領の任期は最大二期10年と憲法で定められているため、ジョコ氏の再選はありえない。しかしロイターによると、憲法改正や選挙延期による任期延長の機運が、有力議員の間で高まっているという。ジョコ大統領は「(現行の)憲法に従う」としながらも、三期目を認める法改正がされた場合の明言を避けている。
世紀の首都移転劇はどう転ぶのか。今後の動きを見守っていきたい。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)