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GAFAMをはじめ米国のテックセクターでは、企業の時価総額/評価額が大幅に下がっているが、欧州も同様の状況に直面している。
国際的なベンチャーキャピタルであるAtomico(アトミコ)が毎年年末に発表するレポート「State of European Tech」の最新版によると、欧州テックセクターの上場・未上場企業の合計評価額が、2021年の3.1兆ドルから今年は2.7兆ドルと4000億ドル下がったことが報告されており、スタートアップへのベンチャー投資額も前年比18%減の850億ドルとなっている。
テック企業にとって厳しい1年であった2022年。一方、2023年に向け、希望を感じさせる要素の存在も示唆されているこの「State of European Tech」を概観する。
Atomicoが毎年年末に発表するレポート「State of European Tech」
Skypeの共同創業者でもあるニクラス・ゼンストローム氏が設立した、ロンドン拠点の欧州最大規模のベンチャーキャピタルAtomicoが、年に一度作成する「State of European Tech」は、ヨーロッパ発の数多くのスタートアップ関連データベースと、スタートアップ関連法律事務所Orick、Silicon Valley Bankが実施した4000人以上のVC、創業者、スタートアップ経営者の調査に基づいて作成されている。
今年、ヨーロッパのスタートアップシーンは、ロシアのウクライナ侵略や、米国を中心にインフレ対策として進められた金融引き締めなどにより大きな打撃を受けており、その影響の一つは、資金調達の困難さという形であらわれている。
2022年、テックベンチャーの資金調達額は前年より困難に
報告書のスタートアップの創業者と経営者を対象としたアンケートでは、今年資金調達が容易になったとの回答は、2018年にデータ収集を開始して以来最も低い数字である5%にすぎず、82%が2022年は資金調達がこれまでより難しくなったと回答。
投資額自体が前年比18%減の850億ドルとなっている上に、経営陣の多くが、資金調達に時間がかかるようになり、次の大規模な資金調達まで企業を同じ評価額で維持するための「ブリッジ・ファイナンス・ラウンド(ブリッジラウンド)」がより頻繁に行われるようになったと回答していた。
新たなユニコーン企業数は減少、評価額を大きく下げた既存ユニコーンも
今年の欧州のスタートアップシーンでは、評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップ企業である「ユニコーン企業」の前年からの減少も顕著だった。
創業10年以内、評価額10億ドル以上、未上場、テック企業の4条件を満たす企業であるユニコーン企業で、今年、欧州で新たに誕生したのはわずか31社で、2021年の105社を大きく下回る結果となった。
また、45社の既存ユニコーンが2022年中に評価額10億ドルを下回り、欧州のユニコーン総数自体が年始より減少した。
他にも評価額を大きく下げたスタートアップは、スウェーデンのフィンテック企業でオンラインストアの支払いサービスなどを提供するKlarna。その評価額が、最近の投資ラウンドによって約85%下落、456億ドルから67億ドルと大幅減となった事例の他、音楽ストリーミング大手のSpotifyも評価額60%減となった。
欧州でも吹き荒れるテック系企業のレイオフの嵐
2022年は、このような困難な状況の中、急速に支出を縮小しようと多くのテック企業がレイオフに踏み切った。
米国では、メタが同社初の大規模レイオフとなる11,000人の一時解雇、ツイッターが収益改善策として従業員数を大幅削減、アマゾンも会社史上最大のレイオフを実施など、有名テック企業のレイオフが次々と報じられた年だったが、欧州ではレイオフのピークは6月で、スタートアップ企業全体で3,000人以上が職を失った。
テック系スタートアップのレイオフ情報を追跡しているWebサイト「layoffs.fyi」のデータによると、欧州に本社を置く企業は2022年にこれまで14,000人以上の従業員を解雇し、これは世界の解雇者総数の約7%を占めることとなった。
欧州スタートアップ資金調達額は一部の都市を除き前年から大きく減少
このような資金調達の困難さを背景に、前年の2021年、1,000億ドル超と記録的な数字だった欧州スタートアップへの投資額は、今年は前年比18%減の850億ドルと減少した。2022年前半は好調だった投資に減速傾向が認められたのは、8月と9月で、第3四半期は前年比40%減となった。
10億ドル以上を調達した都市の数は顕著に減少し、2021年の20都市に対して、2022年にはわずか13都市となった。
もっとも、投資額自体は2015年の8倍で、レポート開始以来2番目の数字となっており、前年比で投資額が大きく増えた都市もあったようだ。
たとえば、クロアチアの首都ザグレブの投資総額は前年比10倍の7億5800万ドルに達し、チューリッヒは3倍の15億ドル、ミラノはほぼ2倍の13億ドルとなっていた。
2023年はAI分野への投資に期待か
このようにテック企業にとって困難な時期であっても、2023年に向けての期待の分野としてAIや環境テックなどがあげられている。
世界的なIT分野の調査分析企業であるIDCによると、世界的に政府および企業によるAIテクノロジーへの支出は2023年に5000億ドルを超えると予測されている。
より効率的な予測入力サービスのようなシンプルなものや、反復的な作業を自動化するサービスだけでなく、データを解析し高度なレポートを作成できるようにするアプリや、AIアートのように創造性を発揮するようなものまで多岐にわたって、AIを活用したアプリが数多くリリースされることで、一般の消費者がAIを活用したサービスの恩恵をより多く受けられるようになる可能性が示唆されている。
また、人間が携わる業務をより効率化するロボットやウェアラブルデバイスによって、データやその分析結果にアクセスしながら作業をしたり、AR(拡張現実)対応のヘッドセットで、視野にデジタル情報を重ね合わせるようなサービスのより幅広い活用にも期待が寄せられている。
欧州は今年、ロシアのウクライナ侵略によるエネルギー危機、さらに深刻化する気候変動が深刻な課題となっているが、AIの活用により、エネルギー消費の無駄や非効率の原因を特定し、エネルギー効率の高い製品やサービス、インフラの構築を行うことも期待されている。
戦時下のウクライナのITセクターが健闘をみせた一年
このAtomicoの欧州テックシーンレポートでは、今年、最も困難な状況にあったウクライナのテック産業の強さも報告されていた。
現在もロシアからの継続的なミサイル攻撃を受け、連日インフラが破壊され、市民の死傷者が出ているウクライナだが、IT企業はその85%が戦前の水準まで事業活動を回復、戦争が始まって以来、 ICT企業の77%が新規顧客を獲得している。
サンフランシスコに拠点を置くブロックチェーンウェブサイトビルダーUnstoppable Domainsの共同設立者であり、CTOのウクライナ人エンジニアBogdan Gusiev氏は、現在も空襲警報が鳴り響くキーウで業務を継続、同社は今年の夏、ユニコーン入りを果たした。
ウクライナ侵略や世界的なインフレ、エネルギー危機、なかなか収束しないパンデミックなど困難を感じさせる要素は多いものの、2023年もテック業界からの希望を感じさせるニュースを期待したい。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)