アフターコロナ期に本格的に入った2022年、世界はウクライナ戦争の長期化による政情不安やエネルギー危機、中国の断続的なゼロコロナ政策など、新たなリスクに直面している。エネルギーや小麦等の原材料調達の滞りなどから、世界全体がとめどもない物価高やインフレに見舞われ、米国など複数回に渡る金利引き上げに踏み切る国も相次いだ。
この流れは今後も続くと見られ、2023年は世界的なリセッション(景気後退)が予測されている。しかし、そんな中で経済成長が期待されているのが、東南アジアやインドを中心とするアジア太平洋地域である。
2023年はアジア太平洋地域が経済成長の牽引役に
CNBCは10月27日、2023年の世界全体の実質GDP成長率は1.4%だが、アジア太平洋地域は3.5%を達成するだろうという、大手格付け機関S&Pの予測を報じている。その理由として、地域内の自由貿易協定や効率的なサプライチェーン、高いコスト競争力を挙げ、世界のGDPの35%を占めるアジア太平洋地域は、2023年の世界的な経済成長を牽引すると予想している。
S&Pグローバルマーケットインテリジェンスのエグゼクティブディレクター、サラ・ジョンソン氏は「アジア太平洋、中東、アフリカの緩やかな成長により、世界経済は景気後退を免れることができるが、成長は最小限に抑えられるだろう」と述べている。
その一方で、世界全体のGDPの過半数を担う欧州と北米は、2022年後半から2023年初頭に不況に直面すると予測。高いインフレによる購買力の低下や消費者心理の冷え込みが主な要因だ。さらに、度重なる金融引き締めが不動産市場や設備投資に与える影響も指摘している。
アジア、特に東南アジアに目を向けると、さらに高い成長が予測されている。日経アジアによると、2023年はインドネシア4.9%、マレーシア4.6%、フィリピン5.4%、シンガポール2.2%、そしてタイは3.7%の成長が予想され、5カ国の平均は4.3%にのぼった。また、同地域の物価上昇率は2022年の5.2%から2023年は4.1%に下がる見込みで、消費の回復も期待される。
プラス成長は確実も、不安視される3つの要素
明るい兆しが見られる東南アジア地域だが、前出の同域の経済成長率は、当初に弾き出された数値から下方修正されたものだという。堅調とはいえ不安要素は散見でき、それらが見通しの悪さにつながっている。景気減速の要因になり得る要素は、次の3つが考えられている。
- 米国の金利引き上げ
米国FRBによる度重なる金融引き締めは、アジア諸国の為替にも多大な影響を与えており、さらなる金利引き上げによって通貨価値の下落が懸念されている。
- 米国内の消費抑制
米国は東南アジア諸国の重要な貿易相手国である。景気の冷え込みよって米国内の消費抑制が起こり、輸出量の減少が起こる可能性が指摘される。
- 中国の不確実性
東南アジア諸国にとって最大の影響力を持つ国が中国だ。いまだ繰り返される中国内のロックダウンや不動産不況、緊迫した財政状況は甚大なリスクをはらんでいる。また、タイをはじめ観光業を主産業とする国の多くが、これまで中国人観光客に依存してきた。中国の海外旅行規制が緩和されるどうかが、景気回復のキーにもなっている。
フィンテックの浸透が成長インフラに
東南アジアの成長を促進する大きな要因として、米国のリサーチ会社Forresterはブロックチェーンやデジタル通貨を介したフィンテックの普及を促している。
もともと金融インフラが脆弱であった同地域において、携帯電話の普及とともに爆発的に広まったのがフィンテックだ。銀行口座がなくとも、携帯電話ひとつで瞬時に送金・決済ができる便利なサービスは、瞬く間に市民に普及した。
欧米など先進国が長年採用してきた国際間送金システムのSWIFTは、近年急速な“レガシー化”に陥っている。
アジア地域を広く網羅しているデジタル金融ネットワークは、地域間の金融取引を容易にし、スピーディーな決済とビジネス取引を促進している。東南アジアは今、世界最先端の「ビジネスと決済のイノベーションハブ」といっても過言ではない。
存在感を増すテクノロジー企業
テクノロジー企業の躍進も見逃せない。シンガポールの経済紙The Business Timesによると、アジア開発銀行(ADB)のデジタル起業家システムのグローバルインデックスにおいて、シンガポールは100点満点中81.3点を獲得して世界1位。2位の米国(79.7点)やテック先進国である北欧諸国を凌いで世界トップに躍り出た。官民一体となったスタートアップ支援も功を奏して、テック系スタートアップはパンデミック後の経済成長と雇用創出の大きなエンジンとなっている。
米国のリサーチ会社Forresterによると、2023年にはアジア太平洋地域に本社を置くサイバーセキュリティスタートアップの数は10%増加するという。特にシンガポール、インド、オーストラリアの政府・組織はサイバーセキュリティへの投資を高めていることから、スタートアップもさらに増えると見込まれている。
しかし、地域全体で見ると不安要素も依然多い。たとえば、世界的なSDGsの潮流より、企業に対するESG関連のパフォーマンスには厳しい目線が注がれている。Forresterは、同社が知るだけでアジア太平洋地域の企業50社が罰則を受けるリスクを抱えていると報告している。また、グリーンウォッシュなどESGに対する虚偽表示や誇張したPRを行う企業も増加傾向で、中でも金融サービスにその傾向が強いという。
好調な経済成長を遂げているアジア太平洋地域。実利的な行動に加え、SDGsやESGへのコミットメントが、今後を左右する重要な生命線となるかもれない。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)