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Facebookの社名変更によって注目
FacebookがMetaに名称変更してから1年が経過した。大幅な事業転換による変更とされ、注力すると発表された仮想空間(メタバース)の構築に注目が集まった。
しかしながらメタバースに多額の投資をしているMetaの業績は思わしくなく、メタバースに対する期待感も少し薄れつつあるのが現状だ。こうした中、デロイトは11月、アジア圏での強気かつ楽天的な予想を含むレポートを発表している。
Meta(メタ)への社名変更は、同社が直面していたFacebook利用者の個人情報流出や偽情報、ヘイトスピーチなどの不適切コンテンツの問題への批判が高まっていたタイミング。CEOのザッカーバーグ氏は資金投入をSNSよりもメタバースに重点を置く企業のこれからの体制を反映したとするが、傷ついた企業イメージを払拭する狙いは明らかだった。それでもMetaはARやVRに重点的な投資をしてきたこともあり、メタバースの将来性に注目が集まった。
メタバースの歴史
メタバースの言葉や概念そのものは、実は決して新しいものではない。
たとえば3Dビジュアルは、1838年にあらましが発表された両眼視へとさかのぼる。その後ステレオスコープからVRへと進化したのが1956年。初のVRマシンは自転車に乗って、3Dのビデオ、音声、香り、椅子の振動によって没入体験できるというものだった。また1990年代初頭には、日本のセガがVR-1をゲームセンターで展開。1998年にはNFLのアメフトの試合にバーチャルの黄色い10ヤードライン(ファーストダウン)の表示が登場し、またたく間にスポーツ中継にバーチャル技術が取り入られるようになり、視聴者により分かりやすい中継に変わっていった
その後、VRを個人で楽しむためにヘッドセットが登場するのが2010年代。これによって再びVRに注目が集まった。中でもオキュラスは、その開発のために募集したクラウドファンディングが目標額25万ドルに対して約10倍の244万ドルが集まるなど、期待度が高かった。その上、2014年にFacebook社がオキュラス社を20億ドルで買収し、オキュラスのプラットフォーム構築に注力すると発表。また、同年にはソニーやサムスン電子もVRヘッドセットを発売、Googleが廉価版ともいえる厚紙でできたゴーグルを発表、スマートフォンと連携してVR体験が簡単にできるとうたったVR満載の年であった。
Microsoftが参入するのはその2年後の2016年。複合現実とされるARとVRの混合ヘッドセットHoloLensを発表、なおこの年は世界中の人たちがARゲームポケモンGOに熱中した年でもある。
パンデミックで浸透した仮想空間
このようにして徐々に人々の生活にVRやARが取り入れられるようになると、その先と言われているメタバースにも当然期待が高まっていった。
2020年にコロナのパンデミックで世界中が外出自粛、ソーシャルディスタンスを呼びかける時代に変わり、日本から発信され世界中で大ヒットとなったのが任天堂ゲーム「あつ森」だ。無人島という仮想現実の中で、自分のアバターが暮らし仮想現実の中で人々と交流する、まさに時代のニーズに寄り添ったゲームとなり、初期段階のメタバースが形となって人々の生活に入り込んだといえる。
日本でのメタバース
日本で「メタバースとは」といった特集が各種メディアでも報じられるようになってきたのは、今年に入ってからのようだ。
東京ではバーチャル渋谷、大阪ではバーチャル大阪といったように地方自治体主導の「町おこし」にも似た活動が始まっている。感染症の拡大がなかなか収まらない中、安心安全の外出にバーチャルを登場させた形で、バーチャル渋谷のハロウィンなどがそれにあたる。
2025年関西・大阪万博に向けて大阪の魅力を発信し、集客につなげたいという思惑があるバーチャル大阪は、大阪府知事や市長、人気の高いお笑い芸人、YouTuberを登場させている。また、夏の選挙の際には特集が組まれ、メタバースによる政治家への質疑応答や選挙速報など、メタバースそのものを浸透させようとしている。
世界で陰りゆくメタバースへの期待とアジアのポテンシャル
一方、メタは企業イメージのダメージと、広告収入の大幅な減少により、世界での評判があまりよくない。社運を賭けた社名変更であったにもかかわらず、2022年第3四半期の収益は2期連続で減少、第4四半期もさらに減少するとの予測を発表したのだ。
同社の同四半期の経費は前年比19%増の221億ドル、メタバースを構築する予定のVR、ARの部門は2022年の3四半期に94億ドルの損失を計上。同事業部門の利益は前年比50%減の2億8500万ドルとなっている。さらに同社の最高財務責任者は、この事業の2023年の損益は大幅増となると予想しつつ、2023年以降は増収に転ずると発表。
長期的に見れば目標額を達成する上、投資家たちへの還元も可能になるとしている。しかしながらアナリストたちは「実証済み支出と比較して試験的な支出が多すぎる」と同社のメタバースへの過剰な投資に警鐘を鳴らしている。
逆境の中、このたび発表されたのがデロイトの強気かつ楽観的試算だ。
11月のレポートでデロイトはメタバースへの投資が今後も継続する場合、2035年のアジア圏におけるメタバースの市場規模が8000億~1兆4000億ドルに達する可能性があるとしている。
これは12のアジア地域における人口重心、すなわち若年層の多さによるものが前提。メタバースを実際に利用する層にあたる世界中の若年層(15歳から24歳)のうち、実に60%がこのアジア圏に暮らしているという計算で、同時にこのエリアで携帯電話によるゲームプレイを楽しむ人口は13億人いるとしている。
この人口重心に加えて、アジアにはテクノロジーの土壌も整備されている。中国や韓国は5G展開の先進国であり、「メタバース」という言葉についての認識率は世界平均を上回る数値が調査の結果判明している。
VRやARを利用したソーシャルネットワーク、3Dゲームなどのいわゆる「初期段階のメタバース」のユーザーは、アジアですでに数百万人。例えばビデオゲーム『フォートナイト』の世界規模月間アクティブユーザー数は8000万人、ユーザーがゲームの作成や共有を楽しめるゲーム『Roblox』の同ユーザー数は2億人を超えている。
デロイトのレポートによると、メタバースの世界的な収益は2030年までに6788億ドル~13兆ドル、GDPへのインパクトは年間1兆5000億ドルで、2031年までには3兆ドルに倍増するとされている。このうちアジアパシフィック地区では、2031年にGDPの1兆2800億ドル分に貢献すると試算している。
必要なのは継続な投資と技術革新
予測値に大きな幅があるのは、メタバースそのものが黎明期であり、今後の開発や市場への浸透次第で予測値は大きく変わるため、現在決定的な試算が困難であるから。しかしながら、メタバースへの継続的な投資、人材、デジタルスキルがカギとなると報告書は述べている。
初期段階でのゴールドマンサックスの試算では、1350億ドルから1兆3500億ドル規模での投資がメタバースの展開に欠かせないとしている一方で、マッキンゼーはより高額なのではと示唆。2021年には570億ドル、2022年の前期6カ月間だけでも1220億ドルの投資がすでに行われているからだ。
アナリストたちはこの不安定で難しい予測に際して、この先5年間の投資額を7000億ドルベースと、1兆3500億ドルベース2つのシナリオに分けて試算している。デロイトはこの予測値を基に、アジアでの市場規模が2035年までに年間8000億~1兆4000億ドルに達し、2035年のアジアのGDP(予測値)の1.3~2.4%を占めると予想している。
ただしこれも、メタバースの展開に必要なインフラの整備が必要であるとともに、2029年までの継続的な投資があっての数値だ。
メタバースの可能性と必要要件
また報告書では、経済効果を促進させるために不可欠なものとして、コンピュータの力、コネクティビティ、ユーザーのデバイス、情報処理の能力をあげ、その上、ポテンシャルをフルに引き出すためには、セキュリティ、プライバシー、メタバース内での競合、ビジネス用のテクノロジーの準備、デジタルスキル、相互運用性、アクセシビリティ、それに社会受容が必要だとしている。
アジア圏全体において上記条件を整えることは確かに簡単なことではない。しかしながら、こうしたことを念頭にうまく管理できるのならば、メタバースの可能性は間違いなく広がるとしている。
メタバースは、身体的距離を仮想空間で縮めることができ、コミュニティがより身近になり、通勤や通学といった移動の手間がなくなることによって、炭素排出を減少させるため、最終的には環境にも好影響があるという考えだ。
ただしその過程では、普及のための数多くのデバイス製造が必要となり、レアアースなどの需要の急増や電子廃棄物の増加が予想されている。それでも、メタバースが普及することによって、海外出張の削減やバーチャルファッションでの、衣服製造数の削減が見込まれ、環境への影響はプラスに転じると見られている。
アジアでのポテンシャル
では2035年に向けて、アジアの各国の経済的見込みはどのくらいなのか。
域内最大となるのは中国で年間4560億~8620億ドル、2番目は日本で年間870億~1650億ドル(日本円換算で約11兆7000億~22兆4000万円)、3番目はインドの790億~1480億ドル、ついで韓国が360億~670億ドル規模に達すると予想している。
日本ではどのような分野に活路があるのか。レポートでは、ブロックチェーンを基盤としたWeb3.0を促進する環境が整っていることを基に、日本のものづくりやゲーム、アニメなどのファンタジー部門に強いことを成長の理由に挙げている。
ポケモンGOや初音ミクといった、初期段階のメタバースともいえるゲームやエンターテインメント分野での取り組みとブームにも注目。今後は高齢化社会が進む中で、メタバース自体は国内需要ではなく輸出に力を注ぐべきだとしている。
また、経済規模を最大化させるために必要なものとして、デジタルスキルとメタバース内での競合が挙げられている。日本のスタートアップやユニコーンの登場によるメタバース市場での競合は成長に欠かせない。
デジタルスキルが必要な仕事は、日本GDPの16%にあたる7850億ドル(約106兆円)に貢献しているが、うち75%が非・テクノロジー産業。つまり、テクノロジー産業に関わらない様々な産業分野におけるデジタルスキルがGDPに貢献するという形だ。
日本でのポテンシャルと課題
特に注目すべきが、観光業、それから小売業、Eコマース、そしてVチューバー。
海外の旅行客から人気の日本は、今後往来の自由化が進むにつれ訪問客も増加し、メタバースなどの革新的技術を用いて、新しい体験を提供できると予測。実際の訪問と仮装による訪問、体験、ショッピングなどをより幅広い旅行客に提供できるようになるとしている。
また報告書では、前述のメタバース渋谷の例のほか、伊勢丹や大丸松坂屋が展開しているVRショッピング、Vチューバーによるコンサートなどを例として挙げているほか、強力なバックアップとして岸田政権が掲げるデジタル革命が後押しになると予測している。
また、より多くの日本企業がより破壊的な将来に適応し、参加する余地があると指摘。日本が抱えるビジネス環境の変化への即応性の無さが障害になる可能性も警告している。
メタの本社があるアメリカではメタバースへの期待が薄れつつある中、アジアのポテンシャルに目を付けた強気のレポートだが、アジア圏の我々からするとやや楽観視し過ぎの感もぬぐえない。メタバースそのものの開発がまだ進んでいない昨今、世界的にも経済が危機的な状況で、継続的な投資が確保できるかどうかが非常に大きな課題だろう。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)