米労働市場の新たなトレンド「離職の伝染」“一人辞めたらみんないなくなった”はなぜ起こるのか?

これまで、大退職(Great Resignation)や「静かな退職(Quiet Quit)」など、さまざまなトレンドが発生してきた米労働市場だが、最近になって「離職の伝染(Turnover Contagion)」という新たな現象が生まれ始めているという。

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「離職の伝染」という現象

「離職の伝染(Turnover Contagion)」は以前から存在していたが、2021年9月17日にBBCが発表した記事(離職の伝染:一人の離職がもたらすドミノ現象)から、にわかに注目され始めていた。

離職の伝染とは、職場のチームメンバーが退職(自発的もしくは強制的)すると、同じチームに属するメンバーの退職がドミノ式に起こる可能性または現象を指す。

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人材分析会社Visierが行った、1,000人以上の従業員を抱える86の企業を対象にした調査によると、チーム内で解雇による退職が発生した後にメンバーが退職する確率は7.7%であり、自発的な退職の場合は9.1%にのぼるという。

同社のアンドレア・デラー研究所長は「従業員の退職やチームメンバーの入れ替わりは、残ったメンバーに混乱とストレスをもたらす可能性がある」と述べている。

Twitterで起こった「離職の伝染」

2022年のビッグニュースのひとつに、イーロン・マスク氏によるTwitter買収とそれに伴う大規模なレイオフがある。マスク氏は同社の業績低迷を理由に、社員の半数にあたる約3,700人の解雇を断行。そのやり方には賛否両論うずまき、世界中に衝撃を与えた。

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マスク氏の「大なた」によって、残る者と残れない者に振り分けられた形だが、これを機に自主退職を選ぶ社員も少なくなかった。

Bloombergによると、Twitterのブリュッセルオフィスでは6名中4名が解雇され、残った2名は自主退職。最終的にはメンバー全員が会社を去ることとなり、事務所閉鎖に追い込まれたという。やや特殊な形ではあるが、「離職の伝染」が起こったのだといえる。

少人数のチーム、影響力のある人物、自主退職

前出のデラー氏によると、「離職の伝染」には起こりやすい環境とそうでない環境があるという。

最も起こりやすいのは「小さなチーム」である。たとえば2人のチームでは、メンバーの離職後に離職者が出る可能性は25.1%であり、6〜10人であれば14.6%になるという。メンバーの数が少ないほど強固な連帯や相互依存関係が生じ、個人的なつながりも増すことが要因と考えられている。

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また、離職する人物が誰かによっても変わってくる。チームリーダーやカウンターパート、信頼度の高いメンバーなど影響力の高い人物が辞める際には、芋づる式に退職者が出る可能性がある。一方で、そこまで“重要でない人物”は、それほど影響を及ぼさないという。

自主退職と会社都合による解雇では、前者の方がより強い「離職の伝染」を引き起こす。

重要なメンバーが会社を去る決断をすることは、その理由にかかわらず、少なくない衝撃を残ったメンバーに与えることになる。これをきっかけに、メンバーたちは会社における自身の立ち位置や環境、待遇、キャリアプランに至るまで考え直すようになり、その結果、退職者が相次ぐのだという。

先のレポートによると、最初のメンバーに続く次の離職は45日後から始まり、70日後にピークに達し、135日間持続するという。

「離職の伝染」はなぜ起こるのか?

「離職の伝染」はなぜ起こるのか?

その解釈のひとつとして、豪ニューサウスウェールズ大学のウィル・フェルプス教授は「人間は群れをなす動物」であることを挙げている。「これは、野生の水牛の群れが川を渡るときと似ている。彼らは勇気のある一頭が飛び込んで横断するのを待ってから、それに続くのである」(同氏)。

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また、カナダ・ゲルフ大学のニタ・チンザー教授は、「離職の伝染」は「普遍的な現象」であることを指摘する。

人間は「(自分たちは)同じグループに属している」と信じる集団主義的な傾向があり、他者の影響を受けやすい。それと同時に、個人主義的な文化も持ち合わせ、各人は自分の利益を最大化しようとすることから、メンバーの離脱によって職場の不平等について考えるようになり、何かを見過ごしていないかと懐疑的になるのだという。

テクノロジー業界特有の理由も

2022年はTwitterのほか、多くのテックジャイアントがレイオフを発表もしくは実行している。

Metaは11月、全従業員の13%にあたる約11,000人の解雇を発表。同社は2四半期連続の減益となり、株価は2016年以来の安値を更新している。Shopifyは7月に全従業員の1割にあたる1,000人、暗号資産のCoinbaseは1,100人、そしてNetflixは5〜6月にかけて450人を削減した。Netflixは2022年に58%の株価下落を記録している。

レイオフの理由はさまざまだが、米国の先行き不透明な景気、インフレによる消費者心理の冷え込み、デジタル広告の減少などが挙げられる。また、少し前までの「コロナ特需」の際に、採用を増やしすぎた反動も指摘される。

「離職の伝染」は業界を問わずに起こる現象だが、テック業界でより起こりやすい特有の理由もありそうだ。

Visierのデラー氏は、「離職の伝染は、売り手市場でより顕著になる」と述べている。もともと企業間の引き抜きや転職が頻繁で、高い技術を持つエンジニアは引く手あまたという背景がある。チームメンバーの離職にかかわらず、よそへ移ろうとする心理的ハードルは他業界よりも低いだろう。

また、MIT Technology Reviewは、雇用者は今いるスタッフの維持よりも、新しいスタッフの確保に興味を持つ傾向があることを指摘している。雇用者・被雇用者間の心理的なエンゲージメントの低さも、「離職の伝染」を容易にする理由になるだろう。

「離職の伝染」を防ぐためにできること

とはいえ、チームメンバーが立て続けに辞めてしまうのは避けたいところだ。デラー氏は「離職を防ぐための行動」として、いくつかのアドバイスをしている。

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まず、あなたが誰かの離職をきっかけに自身の離職を考え始めたら、次のことを自問してほしいという。

そして、メンバーの「離職の伝染」を引き止めたいリーダーに対しては、メンバー各人のキャリアパスを提示することや、メンバーとコミュニケーションを頻繁にとることを推奨している。重要なポイントは、メンバーたちが、「(リーダーは)自分の意見を聞いてくれる」と感じることにあるという。

「離職の伝染」はどの職場でも起こりうる。しかしリーダーの行動によって、それを防ぐことも可能なのである。

文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit

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