ドバイと言えば、今や知らない人はいない中東UAE(アラブ首長国連邦)の一大商業都市。世界一高い建物「ブルジュ・ハリファ」をはじめ、世界最大級のショッピングモールや人工島、世界最高級の7つ星ホテルなど、圧倒的なスケール感やゴージャス感を売りとする観光・貿易・金融ハブだ。
美しい海や砂漠だけでなく、先進インフラやフリーゾーンを備えたドバイは魅力的なリゾート地であると同時に、魅力的な投資先であり、魅力的な移住先。「タックスヘイブン」(租税回避地)である上に、周辺諸国に比べて政治的に安定していて治安も良く、イスラム色が薄いために制約が少なく、高い生活水準を維持できる。
資産を海外に移転させたい富裕層や投資家にとって、ドバイは一種、理想的な「セーフヘイブン」(安全な避難所)と言えるが、それだけでなく、自国の司法判決から逃れたい人々にとっても、素性を問わないドバイはかなり理想的な「避難所」だ。
独裁国家で不正蓄財してきた財閥や金融犯罪の容疑者、さらには賠償金、慰謝料などの支払い命令を逃れようとする外国人の移住事例はかなり多いとされており、最近ではロシアの新興財閥「オリガルヒ」が、ウクライナ侵攻後の制裁逃れを目的に続々、資産を移したことでも話題となった。
ただ、そんなドバイが変わり始めている。「マネーロンダリング天国」、金融犯罪者の安住地といった負のイメージの払拭に向け、UAE政府がかなり積極的に動き始めているのだ。急発展期を過ぎ、新たなフェーズを迎えたとみられるドバイとUAEがどこに向かうか注目してみたい。
富裕層を呼び込むドバイ、22年の移住者数でUAEが世界最多
ドバイはUAEを構成する7つの首長国の一つであり、面積は東京都のおよそ1.8倍。隣接するアブダビとは異なり、石油資源に恵まれないためにオイルマネーには頼れず、富裕層や投資家、観光客を誘致する独自の戦略で、ヒト・モノ・カネの集積地として急発展を遂げた。
UAE全体を見ると、国土面積はちょうど北海道と同じくらい。うち約80%を占めるのが首都を擁するアブダビ首長国で、2番目に大きいドバイが約5%となっている。
ドバイを擁するUAEには実際、世界中から人が集まる。
英投資移民コンサルティング会社のHenley & Partnersが世界の富裕層15万人以上の追跡データをもとに公表した数字を見ると、資産額100万ドル強の富裕移住者数が2022年に最多になるとみられる国・地域はUAEで、推定4000人の純増。以下、オーストラリア3500人、シンガポール2800人、イスラエル2500人、スイス2200人、米国1500人との結果だった。
逆に富裕層の流出が目立つのはロシアで、22年に推定1万5000人の純減。続いて中国が1万人、インドが8000人。香港が3000人、ウクライナが2800人の純減。それぞれの国・地域の事情を色濃く反映した順位だ。
また、2022年上期の統計では、資産1億ドル超の富豪人口が最も多いのはニューヨーク市で、以下、東京、サンフランシスコ、ロンドン、シンガポールだったが、富豪人口の「増加数」が最大だったのはサウジアラビアのリヤドで、以下、UAEのシャールジャ、ドバイの順。2位のシャールジャはドバイに隣接する首長国で、ドバイのベッドタウンだから、実質2位と3位がドバイ経済圏となる。
ただ、ドバイへの移住者はもちろん富裕層だけではない。むしろ圧倒的に多いのは建設作業などに従事する出稼ぎ労働者。人口の約9割を外国人が占めるUAEだが、その多くはインド、パキスタンなど南アジアの出身者だ。
国際標準を目指して犯罪対策、「マネロン天国」の汚名返上へ
素性や出どころをほとんど度外視してヒトやカネを受け入れているドバイは、金融犯罪容疑者の逃げ込み先という一面を持つが、実はドバイも、国としてのUAEも、それほど「何でもアリ」というわけではない。
世界的な金融犯罪監視団体、「金融活動作業部会(FATF、パリ本部)」が2020年にマネーロンダリング対策を要請して以来、UAEはカネの流れに関する取り締まりの強化を進めると同時に、2022年6月時点までに英国、フランス、インド、中国など37カ国と犯罪人引き渡し条約、あるいは刑事共助条約(MLT)を締結した。年内にはさらに7件の条約に調印する予定という(ブルームバーグ報道)。
また、FATFが3月、UAEを監視強化対象の「グレーリスト」に追加した際にも、UAE側は速やかに是正すると応じた。中東の有力メディア、アルジャジーラによれば、FATFがグレーリストにUAEを加えた背景には、対ロシア制裁に加わらないというUAEの“中立”姿勢があったもよう。ロシア・ウクライナ情勢絡みのマネーロンダリングへの警戒感が高まったという。
いずれにせよ、「グレーリスト」入りは外資系銀行のコンプライアンス負担の増大を招き、地域の金融センター、あるいは投資先としての評価を下げることにもなりかねない。マイナスイメージの払拭に向けたUAEの取り組みの一つが、積極的な犯罪人引渡条約の締結。これにより、一部の移住者にとっては環境が変わる可能性が出てきた。
犯罪人引き渡し条約の数を単純比較すると、実は日本が圧倒的に少なく、締結先は米国、韓国のわずか2カ国。日本の死刑制度が条約締結の足かせになっているのだという。
日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン被告が2019年末にレバノンに逃亡した際、犯罪人引き渡し条約が話題となったことがあったが、当時報道された数字を見ると、同条約の締結相手国は日本の2カ国に対し、韓国は25カ国、米国は70カ国、フランスは100カ国、イギリスは120か国だった。
「持続化給付金」の不正受給事件の主犯格(帰国時逮捕)のように、日本人容疑者がUAEに向かうとすれば、それはビザを取りやすいというUAE側の事情以外に、引き渡し要請が難しいという日本側の事情が関係している可能性がありそうだ。
なお、UAE当局は6月、南アフリカのズマ前大統領と癒着し、同国政府の資源数十億ドルを略奪した容疑に問われているグプタ兄弟を逮捕。さらにデンマークで起きた19億ドル規模の大型詐欺事件の首謀者とされる英国人ヘッジファンドトレーダー、サンジェイ・シャー容疑者を逮捕した。デンマークとは3月に犯罪人引き渡し条約を締結したばかりだった。
画期的法令で一部英国人は受難、慰謝料逃れも困難に
もう一つ、9月にニュースとなったのは、国内の裁判所に対し、英国の司法判決を執行する権限を付与するというUAE法務省の法令だ。CNBCの報道によれば、刑事だけでなく民事や、金融、婚姻関連の支払い命令も対象となる。
UAEに住む英国人は推定約12万人とされるが、その一部は自国の法廷での支払い命令から逃れるためにUAEに移り住んだ人々。離婚時の慰謝料などを含め、各種支払いを免れる「安住の地」を求めた人が相当数に上るとされるが、今後はドバイにとどまったところで、支払いを免れることは原則不可能になるという。
さらにもう一つ。UAE政府が2022年1月末に、「2023年6月以降の法人税の導入」を決めたことも、国際標準に合わせた動きだ。ドバイの最大の魅力は5%の消費税(VAT)以外、所得税や法人税、相続税、固定資産税などが基本的にゼロという「タックスヘイブン」であることだが、UAEは租税回避に対する国際社会の批判に応え、一定の条件下で9%の法人税率を適用する方針を決めた。
日本の財務省の資料によれば、法人実効税率は日本で29.7%。米国やEU主要国の一部(ドイツ、フランス、イタリアなど)も20%超。9%という税率自体は極めて低いが、「税の透明性に関する国際基準を満たす」(UAE財務省)姿勢の表れだという。
ロシアとの関係維持へ、オリガルヒが不動産爆買い
一方、ロシアによるウクライナ侵攻以来、注目されたのがロシアの超富豪のドバイ入りだ。暗号資産などを通じて資産を移転し、現地の高級不動産を買いまくっているとのニュースが流れた。
また、英プレミアリーグのチェルシーの元オーナー、ロマン・アブラモビッチ氏のプライベートジェットや、推定資産270億ドルというウラジミール・ポターニン氏の超高級クルーザー「ニルヴァーナ」、さらにオリガルヒの一人アンドレイ・スコチ氏の「Madame Gu」などがドバイで目撃されたことが話題となったのだ。
アルジャジーラの報道によれば、ロシアの軍事侵攻前から、UAE在住のロシア人は約4万人を数え、高級リゾート地としても人気だったというが、侵攻後には明確にオリガルヒの資産の“避難先”となった。
オリガルヒのクルーザーなどの資産は対ロシア制裁の発動後、各地で押収の憂き目にあったが、UAEでは今のところ安泰。西側主導の対ロ批判から距離を置き、制裁に加わらず、ロシアと緊密なパートナーシップを維持するというのがUAEの基本的なスタンスなのだ。
2月25日の国連安全保障理事会では中国、インドとともに、対ロ非難決議案の採決を棄権し、オリガルヒの資産没収も行わないUAEだが、「米国とUAEとの緊密な貿易関係、特に防衛産業絡みの取引関係を考慮すれば、米国がUAEに何らかの圧力をかけることは考えにくい」(サンフランシスコ大学政治・国際学科のStephen Zunes教授)のが現状。オリガルヒへの対応は当面、自国に流入した犯罪容疑者などへの対応とは違ったものとなりそうだ。
まだ発展途上、「ハイテクハブ」「脱炭素化都市」に進化か
急発展段階から次のフェーズを迎えつつあるドバイだが、世界一や最先端を狙ったサプライズ戦略のDNAはいまだ顕在。
最近では現地の建設事務所Znera Spaceが、世界最高層ビル「ブルジュ・ハリファ」をぐるっと取り囲む円形構造物、「DOWNTOWN CIRCLE」のコンセプトデザインを提案した。現実的には計画の実現は極めて難しいとみられるものの、住宅や商業施設、公共施設を備えた高さ550m、幅3kmという巨大リングの完成予想図はまさに未来都市そのものであり、話題作りには十分だ。
50年あまり前には小さな漁村だったというドバイ。その後の激変を経て、2022年4月には人口が350万人(ドバイ統計センター)に達したが、政府はこの先、2040年までには580万人を目指す方針という。また、UAEは次の50年を見据えた長期発展戦略の一部を昨年発表済み。ドバイもUAEもまだまだ発展途上なのだろう。
今後の方向性はおそらく、投資や富裕層の誘致による経済成長だけではない。先進的な新型コロナ対策をきっかけとしたドバイの「中東ハイテクハブ」への進化や、UAE全体の「脱炭素化ビジネス」の発展にも注目が集まり始めている。後者について、UAE政府は2050年までに「カーボン・ニュートラル」(炭素排出実質ゼロ)を達成するとの目標を表明済みだ。ドバイとUAEにはこの先、さらなるサプライズがあるのかもしれない。
文:奥瀬なおみ
編集:岡徳之(Livit)