2015年の採択から目標達成に向け、折り返し地点を迎えたSDGs。環境、人権、経済成長など、各領域でさまざまな企業が取り組みを進めているが、未来を変えるイノベーションに関わるテーマが、9番目の目標「産業と技術革新の基盤をつくろう」だろう。その中でも自動車産業の出荷額は約60兆円。主要製造業の2割を占める日本経済の基幹産業であり、社会全体のサステナビリティに対する責務も大きく、実装されている最先端のソリューションは、他の業界にもヒントを与えてくれるはずだ。
そこで今回、“産業基盤のアップデート”をテーマに、トヨタグループでITソリューションを担う株式会社トヨタシステムズの事業を取材する。日本のモノづくりの“中核”では何が起きており、未来社会はどのように変わっていくのか。同社の企業活動からひもといていく。
ITのチカラでグループを進化させる、トヨタシステムズ
500万人以上の就業人口を抱える自動車関連産業。雇用や経済の地盤を支えているのみならず、環境や地域、働き手のライフスタイルなど、日本の基幹産業である以上、SDGsに対する役目も大きいだろう。EV、自動運転、スマートシティなどのワードで未来社会のビジョンを打ち出す各社だが、同時に求められるのは、自動車の生産・流通プロセスにおけるサステナビリティである。そこでは、最先端技術を用いたソリューションが日々試みられている。
株式会社トヨタシステムズは、クルマづくりのIT活用を推進する、トヨタ自動車100%出資の企業だ。トヨタグループおよび関連会社に対し、テクノロジーによるビジネス変革を提供している。もちろん、新しい変革を起こすという点で、若手従業員が活躍する機会も多い。
「スマートフォンが登場した時、私は『そんな機能を本当に使うのだろうか?』と思いました。でも、今はそれが当たり前の世界になっている。自動車業界も同じで、技術革新の過渡期にいるのだと感じます」
入社3年目の前川日向子氏はそう語る。販促領域で培われたCG技術を応用し、各業務プロセスのDXを推進すべく、開発から営業まで幅広い業務を手掛けている。トヨタシステムズではこのように、特定の開発技術を高度化・水平展開する形で、ソリューションを提供していることが特徴だ。
コンピューターによる設計・製造支援システムから3Dプリンター、ARに至るまで、対象とする領域も広い。同時に、ネットワーク、セキュリティ、データセンターの管理など、基盤システムにIT技術を導入するインフラ部門も設置されている。さらにAIやIoT、ブロックチェーンにも積極的で、AIを利用した塗装品質予測による色評価リードタイム短縮の取り組みで2021年度「トヨタ自動車 技術開発賞」MVPを受賞するなど、早い段階から次世代技術にアプローチしてきた。
このように多彩なソリューションを提供できる理由は、トヨタシステムズ設立過程を見ると分かる。同社は、基幹システムの株式会社トヨタコミュニケーションシステム、ネットワークおよびインフラの株式会社トヨタデジタルクルーズ、設計・製造支援システムの株式会社トヨタケーラムの3社を統合する形で、2019年に設立された。それぞれの専門領域が統合されることで、最適なDXが可能になるわけだ。
トヨタグループおよび関連会社である“オールトヨタ”のIT領域を支える、トヨタシステムズ。自動車関連産業を先進テクノロジーでつなぐその社会的役割は大きいといえる。
トヨタシステムズが目指す、サステナブルなモノづくり
SDGs9番目の目標には、「2030年までに、資源をよりむだなく使えるようにし、環境にやさしい技術や生産の方法をより多く取り入れて、インフラや産業を持続可能なものにする。全ての国が、それぞれの能力に応じて、これに取り組む」というターゲットが掲げられている。これを自動車産業に当てはめるならば、カーボンニュートラルに向けた温室効果ガス排出削減が最大の課題となるだろう。
トヨタの生産方式には、「『ムダ・ムラ・ムリ』を徹底的になくし、良いものだけを効率良く造る」という考えが根底にある。ムダの徹底的排除、造り方の合理性を追い求め、生産全般をその思想で貫く “トヨタ生産方式”は、トヨタグループの創始者・豊田佐吉の時代からDNAとして脈々と受け継がれてきた。こうした考えは、発展と競争の時代であった20世紀を越え、サステナビリティの時代である21世紀においても力を発揮することが想像できる。
そして、トヨタグループのサステナビリティをITの領域から実現していくのが、トヨタシステムズだ。「最先端のIT技術と圧倒的生産性で、もっといい未来づくりに貢献」をサステナビリティビジョンとする同社では、多岐にわたる自動車生産プロセスのサステナビリティにおいて、さまざまな課題にアプローチしている。
例えば電動車両は、回収した電池の再利用が望まれている。現在、月に数万の電池が販売店などから回収され、劣化診断を行うことで、約20%が再利用されているが、この診断プロセスには多くの時間を要し課題となっている。そこで同社は、電池を充電・放電したときの電圧の変化から電池の劣化を診断する新しいアルゴリズムを開発。これまで丸一日かかっていた作業に対し、わずか3分で90%の精度を実現する簡易診断技術の開発に成功した。
その他にも、生産拠点のDXによって省エネ化を実現する試みも進められている。トヨタグループの製造現場では、無数の帳票の記入・集計を日々行うことが課題となっていたが、トヨタシステムズのソリューションで電子化することでペーパーレスを実現。リアルタイムで情報を共有できるようになったことで、電力消費量やCO2排出量をスタッフ全員が把握するようになり、削減に向けたPDCAが加速したという。
こうした取り組みは一例に過ぎないが、トヨタのような巨大グループでポイントとなるのは、一つのソリューションが別の関連会社へと波及することだ。販売店や仕入れ元、海外の事業所など、多くのステークホルダーを視野に入れると、社会全体における効果は極めて大きいといえる。その最初の一歩を提供しているのが、トヨタシステムズなのだ。
バーチャル空間にヒト・モノを集め、生産プロセスのロスを削減
サステナビリティにおいてユニークな技術革新に取り組んでいるのが、トヨタシステムズのCG事業だ。クルマの設計データを基に、さまざまな画像、動画、VR、AR、コンフィグレーターなどのCGコンテンツを制作し、販売促進などに貢献してきた同事業部では、そのノウハウをモノづくりプロセス全般に活用することを目指している。
前川氏が所属するCG事業のミッションは「オールトヨタの皆様がCGを使いこなす世界に」。グループ会社や仕入れ先会社など200を超えるトヨタ関連会社がCG技術を手元に備えることで、DXの加速を支援することだ。
「私が現在注力しているのは、バーチャル空間の活用支援です。VRヘッドセットを装着するだけで、3Dで構築された“仮想の現場”でさまざまな作業に取り組むことができるソリューションを提供しています」
例えば、一つの製造拠点を新設するとしよう。自動車のように複雑な工程が必要な場合、設備や器材、部品ごとに、提供元が異なるのが通常だ。それらの配置については、設計図上でシミュレーションしながら、サイズ、導線、安全性などを事前に確認しなければならない。しかし実際に搬入をすると、想定外の事態が発生することが多く、場合によっては設計の段階からやり直すケースもある。
これを3Dのバーチャル空間で行うことで、より精緻な確認作業が実現できるのだ。ポイントになるのが、一つの場所に複数の関係者が集まる必要がなくなること。視点を自由に動かせるVRヘッドセットを活用すれば、どこにいてもバーチャル空間に集合し、打ち合わせをすることができるからだ。ヒト・モノの移動で発生する温室効果ガス、設計ミスによる資材ロスの削減は、サステナビリティにもつながる。
「私はこの技術の汎用性に期待しています。自動車の設計に活用すれば、例えば『バッテリーがメンテナンスしやすい位置にあるか』を、車両の設計段階で評価するなど、細部に至る応用が可能です。試作車をつくるコスト、時間、資材を削減することもできるでしょう。販売店における販促資料をVRに置き換えることもできますし、オフィスの改装にも応用できるはずです」
同プロジェクトがユニークなのは、基幹技術にゲームエンジンを活用していることだ。「Unity」という世界的な3Dゲーム開発プラットフォームを、自動車生産プロセスに応用することで、CADデータを取り込むだけでバーチャル空間を構築できる仕組みになっている。
「Unityを扱うにはプログラミング技術が必要なので、現在は私たちが導入支援をしていますが、将来的には提供先の皆様が自ら使いこなせることを目指しています。ゲームのイメージを払拭していただくために、デモ動画や体験会を用意したりもしています」
産業分野におけるUnityの活用は他社においても事例はあるが、トヨタシステムズはユニティ・テクノロジーズ・ジャパン株式会社とパートナーシップを締結し、Unity製品の調達と導入支援において協業を行う体制を構築している点に、アドバンテージがある。
「トヨタシステムズはUnity製品の国内販売代理店として、高い評価を頂いています。スピーディーな開発を手掛けられるのは、この協業体制があるからだと思います」
CG事業が貢献する可能性は、環境配慮以外の領域にも広がる。働きやすさや雇用の創出が、その一例だ。
「次の時代に活躍できる技術職の創出、女性が働きやすい職場に向け、『Unityを扱えるエンジニアを増やしていきたい』と、トヨタ関連企業の皆様から要望をいただいています。また、モノづくりにおいて『安全』は非常に重要で、対策も徹底されています。その半面、危険体験の経験がなく、危険予知をしにくくなっているという課題もあると伺っております。VRで事故や災害を体験する機会を提供できれば、より安全な労働環境を実現できると考えています」
しかし課題がないわけではない。CG技術を多くの人の手に届けるためには、VRヘッドセットなどの必要器材を全員が所持している必要がある。セキュリティなどの障壁もあるため、一筋縄ではいかないのだ。
「トヨタ関連企業のXRを推進されている方々などと連携し、グループ全体に有効性を訴求しているところです。たしかに障壁は多いですが、スマートフォンが当たり前になったようなパラダイムシフトが起こる可能性は高い。そうした世界を信じて、今できることに全力で取り組んでいます」
トヨタだけでなく、全ての人に先端技術を行き届かせたい
自動車産業のアップデートに向け、ソリューションの開発に挑み続けるトヨタシステムズ。同社が実現する技術革新は、企業・業界の枠組みを超え、社会全体の資産になる可能性もあるだろう。前川氏もその必要性を考えるビジネスパーソンの一人だ。
「CGやVRの領域は、海外の方が進んでいるのが正直なところです。そこに日本が追いつき、追い越すことは、重要なテーマだと思います。他のメーカーさんも含む500万の人々がクルマづくりに関わり、その何倍もの人々がモノづくりに関わっています。トヨタだけでなく、日本の製造業全体に、少しでも最新技術が活用できる環境を広げていく。そして、技術革新の先にあるサステナビリティにも寄与していく。そのようなミッションが、私たちにはあるのです」
現在はCG技術によるDX推進に従事する前川氏だが、さらにその先の未来も見据えているようだ。
「注目すべきなのは、むしろ『リアルタイム3D』の方なのかもしれません。リアルタイム3Dは、3Dモデルを瞬時にデジタルに構築できる技術。特徴の一つに、大容量のデータを扱える点があります。オープンワールドのゲームのように壮大なマップを動き回れるならば、工場全体を3Dプラットフォーム上に構築することができます。そこにデジタルツインの発想を取り込めば、リアルと同じ稼働をする工場をもう一つバーチャル空間につくることができるでしょう。すると電力や温室効果ガス、モノやヒトの動きをリアルタイムで把握できるので、より良い生産基盤を実現できるのではないでしょうか」
入社3年目にして壮大なビジョンを描く前川氏。トヨタシステムズにはイノベーションに対するアグレッシブな姿勢とともに、未来社会に貢献するマインドが根付いているのかもしれない。長年にわたり日本経済をけん引してきた自動車産業は、次の時代もさらなる価値を創造するのだろう。ハードとソフト、リアルとバーチャルの概念を超えたアイデアが、持続可能な産業基盤を実現していくことに期待したい。
取材・文:相澤優太