人生100年時代やVUCA時代と言われる現代において、一人の社会人がさまざまな経験を通じ、長いキャリアを歩んでいかなければならない今日。個々のキャリアの多様化・長期化とともに、人材流動化は加速し続けている。私たちは柔軟に新たな能力やスキルを身につけていかなければ、スキルの陳腐化がおき、自身が望むようなキャリアを築いていくことが難しくなるだろう。企業も同様、人材を資本と捉えて人材戦略を進め、人材の育成を最適化しなければ、持続的な成長、価値創造を実現することは難しいと考えられる。
そこで今回、AMPでは人財躍動化の実現に向けて「リスキリングプロジェクト」を推進するAdecco Groupの取り組みを中心に、連載を通じて「リスキリング」の可能性を探っていく。第2弾のテーマはDX時代のキャリアシフト。新たな時代に急務となる、デジタル関連のリスキリングについて、株式会社圓窓 代表取締役の澤円氏、Adecco Grouopのグループ会社でテクノロジーソリューション事業を展開するModis株式会社常務執行役員の前田拓宏氏に語ってもらう。
新技術の台頭は、キャリアビジョンを自由にする
日本マイクロソフトから独立し、株式会社圓窓の代表取締役として幅広く活動する澤円氏。DXに直面する多くの企業と接する中で、「リソース不足に起因する影響が、さまざまな領域に及ぶ」と、私見を述べる。
澤氏「日本はアメリカと比べ、エンジニアリソースが事業会社に所属する割合が極めて低く、ITベンダーに偏っていることが特徴です。ベンダーはリソースを売ることが仕事ですから、どうしても『IT化』や『DX』がマーケティングツールと化し、その本質からズレてしまうケースが生じます。
本来は経営そのものにデジタルが組み込まれることで、はじめてDXが機能するのですから、経営者や社内の人材がデジタルの視点を備え、アウトソーシングに頼ることなく改革に取り組めることが理想的です。コロナ禍を受けてDXが急務になったことで、そのことに気づき始めた企業は徐々に増えています」
ITエンジニアの視点に立つならば、需要過多による売り手市場が有利に働く一方で、AIやIoT、ブロックチェーンのような新技術に対応する必要性が叫ばれている。そうした状況を「ポジティブに捉える」というのが、澤氏の考えだ。
澤氏「私は約30年前にプログラマーとして社会人になったわけですが、当時は『COBOL』という今となっては古文のようなプログラミング言語が主流だった時代。紙のコーディングシートにソースコードを記入してキーパンチャーさんに打ち込んでもらい、長時間待った挙句に何度もエラーが生じる。簡単なコードを書くのに私の場合は1カ月掛かるのが当り前でした。それが自動化によって、人の手を介さずに処理できるようになると、本質的な“課題解決”に集中できるようになります。そうした際、ITにおける一定の知識があり、高い解像度でDXに取り組めることは、大きなアドバンテージになるはずです。『技術が奪われる』と嘆く必要は、まったくないんですね」
ビジネスを取り巻く環境が変わる中、デジタル人材のキャリアデザインは、どのように変化するのだろうか。
澤氏「ジョブ型雇用がスタンダードである欧米では、各々がタスクを通じてキャリアを形成します。キャリアアップとともに決裁権も大きくなり、やがてはCTOやCIOとして会社を動かす立場になれる。一方の日本は今のところメンバーシップ型で、『IT部門から人事部門に異動されてしまう』ようなケースに見られるように、キャリアにおける連続性が希薄でした。しかし近年は、経営視点でのDXが求められること、人材の流動性が高まっていることを背景に、ジョブ型雇用へのシフトは不可避になると考えられます。タスクとキャリアが直結するような時代に変わっていくのではないでしょうか」
コンサルティング事業を中心に展開し、9,000名以上のエンジニアが活躍するModis株式会社で、キャリア開発の最前線を目の当たりにしてきた前田氏は、澤氏と同じく「リソースの最大化」に企業の活路を見出している。
前田氏「日本の場合、デジタル化推進というとバックオフィスの効率化にとどまってしまう傾向にあったと感じます。現在も旧型のシステム運用にエンジニアリソースの大半が割かれているのは事実ですが、同時にDX時代になったことで、ビジネスの課題をテクノロジーで解決できる“デジタル人材”が求められるようにもなっています。中小企業では、未経験でもITの知識を身につけることで、大きな裁量を与えられるケースが目立つようになりました。ハードルが低くなり、チャンスが広がった今、個人に必要になるのはキャリアビジョンでしょう」
前田氏はキャリアビジョンを、「会社の看板を外した時、どのように生きていきたいかを描くこと」と説明する。では、デジタル人材として活躍するために、私たちはどのようにリスキリングを活用すべきなのだろうか。技術職と非技術職、両方の視点から見ていこう。
リスキリングの第一歩は、自分の立ち位置を明確にすること
9,000人以上のエンジニアを抱えるModisでは、全国のさまざまな企業にエンジニアを派遣している。その特徴は、採用者の半数が未経験者であることだ。
前田氏「当社は、3カ月間徹底的にトレーニングをすることでエンジニアとしてのスキルを身につけられるプログラムを保持しています。20年以上にわたり培った人材育成のノウハウを社外にも提供しようと、研修プログラム『Modis Tech Academy』をスタートさせました。300を超える多彩なカリキュラムを用意しており、未経験者・経験者のどちらのリスキリングも可能になっています。例えば、飲食店などコロナ禍で失業した未経験者をデジタル人材として再就職していただいたり、経験者においては、プログラミングや機械設計を手掛けていたエンジニアの方が、データサイエンティストとして活躍していただくようなスキル習得が可能です」
一例として、自動車会社がMaaSや自動運転といったビジネスを展開するとしよう。その際にはソフトウェア系の人材が必要になるが、社内に在籍するのは機械設計のようなハードウェア系のエンジニアが多数派。すると採用やアウトソーシング、場合によっては解雇により、新たなニーズに対応しなければならなくなる。しかしリスキリングを活用すれば、社内における社員の職種転換だけで対応が可能に。企業は社内の人的資本を最大限活用でき、社員にとっては新たに身につけたスキルを実践する機会を得ることができるわけだ。
前田氏「職種転換の有効性は、エンジニアに限らず、すべての人に該当します。そのように聞くとハードルを感じるかもしれませんが、もともとはエンジニアと非エンジニアの間に、境目など無かったはずです。Modis Tech Academyでは、純粋なプログラミングスキルだけでなく、『ITとは?』『IT業界とは?』『DXとは?』から話を始めることで、未経験者を含めさまざまなレベル・領域をカバーしています。ビジネス課題は業界や企業により全く異なりますが、それぞれに対し最適なスキルをカスタマイズできるはずです」
最適なスキルを身につけるために、まず取り組むべきことは共通している。「自分が現在、どこにいるのか」を把握することだ。
前田氏「人口減少をはじめ“課題先進国”と揶揄される日本では、テクノロジーの力で豊かな社会を構築することが求められます。しかし働き手に目を向けてみると、目先の仕事に忙殺され、社会のニーズ察知をできない人が非常に多い。このような中で有効なリスキリングをするためには、『今、自分がどこにいて、どこを目指し、何を学ぶべきか』を落ち着いて考える必要があります。こうしたステップを着実に踏んでいけば、社会で必要とされるポジションを獲得することは、難しいことではないでしょう」
立ち位置を把握することについて、澤氏は「3D」という表現を用いながら、その重要性に同意する。
澤氏「好きなように人生を歩むことが最優先ですが、その可能性を広げる上ではマッピングが大切です。私はよく『人生を3Dで考えましょう』と説明します。まずは重視する要素を、点でたくさん打っておく。それらが線で結ばれると、“自分という空間”が出来上がります。あとはそれを拡張していくことで、キャリアの可能性は広がるんです。
しかし日本社会では残念ながら、『ポジション』と『年齢』という2Dのキャリアマップが圧倒的多数です。もっと立体的に、多くの価値観を指標化することが大切で、リスキリングもさまざまな視点を組み合わせることが有効になるでしょう。ポイントは、その一つに“デジタル”を加えること。すると自分の個性とテクノロジーに相乗効果が生まれ、誰も見たことがないような発想や技能が生まれます」
企業に求められるのは、“正解”を捨てて一人ひとりが考えるカルチャー
では、企業の側はどのようなマインドでリスキリングを取り入れていくべきなのだろうか。前田氏は個人と同様、「マッピングによる可視化」が重要だという。
前田氏「例えば従業員が1万人いたとして、どのような人材がどの程度いるかを明確に把握できている企業は少ないと思います。するとDXのような新たなニーズに対し、最適に人員を配置できず、採用かアウトソーシングに依存してしまう。人材をマッピングすることができれば、リスキリングを含めさまざまな打ち手が浮かび上がり、企業の経営戦略に連動した人材戦略として有効な手段を選択できるはずです」
リスキリングはあくまで選択肢の一つに過ぎない。しかし、先行きが読めないVUCAの時代だからこそ、社員にデジタルスキルを身につけてもらうことは武器になる。これが前田氏の考えだ。
前田氏「未来、どのようにビジネスが変わるかは、誰にもわかりません。ただしテクノロジーの重要性が高まるのは間違いないので、従業員全体のデジタルリテラシーを高めておくこと、デジタル技術をビジネスに活用できる人材を確保しておくことは、非常に重要になるでしょう。だからこそ、外部リソースを活用し、環境の変化に備えておくことは、企業の持続的成長につながると考えています」
澤氏は、組織マネジメントや人材育成の本質について、「自分の頭で考える人を増やすこと」だと語る。
澤氏「教育も仕事も、これまでの日本では『正解があること』を前提に進められてきましたが、『そんなものは存在しない』ことに気付かされたのが今の時代です。どこかに答えがあるというマインドを一度リセットし、一人ひとりが自分で考えるカルチャーを定着させなければ、本当に価値のあるビジネスを生み出すことは難しいと思います」
前田氏「一人ひとりが考えるカルチャーは大切ですね。まずは自ら課題を見つけて、解決に導いていく。そのプロセスにおいてはじめて、AIやIoTといった知識が力を発揮すると考えます。つまり“考える”プロセスから能力を高めることが可能になるということです。さらに、価値のあるビジネスを生み出すためには、顧客の本質的な課題を解決するマインドを身につけることが重要だと考えます。」
「重要度は高いが、コントロールできない領域」を、リスキリングせよ
個人と企業、双方において重要になる“マッピング”。複雑で多岐にわたるデジタルスキルを適切に身につけるためには、最初のビジョンが要になることが、二人の話から見えてくる。対談では最後に、リスキリングにおける効果的なマインドセットについて語り合ってもらった。
澤氏「自分にないスキルを4象限に分けて整理すると、身につけるものが見えてきます。縦軸は『重要度・緊急度』、横軸を『自分でコントロールできるか否か』に区分けしてみてください。『コントロールができなくて重要度が高い』ものが、習得したいスキルです。多くの人の場合、デジタルはここに当てはまるでしょう。それを身につけると『コントロールができて重要度が高い』にスライドできるわけですが、このスライドこそがリスキリングです。『コントロールはできるけど、重要度が低い』ものは、必要に応じて取り組めばOK。『コントロールもできないし、重要度も低い』ものは、放っておいていいんです」
前田氏「コントロールというのは、的確なワードですね。社会で生きていく上で必要な基礎的な能力が『AI、IoT、ビッグデータ』に変わろうとしている世界のなかで、非技術職を含むすべての人が、ジュニアエンジニアレベルの知識をつけているようになるかもしれません。しかしそれは、決して難しいことではなく、あくまでコントロールする上で必要なリテラシーです。そのことをみなさんに気づいていただきたいと考えています」
澤氏「まずは“ざっくりと捉える”レベルで構わないんですよね。興味を抱いた領域に飛び込んでみて、手探りをしながら学んでいく。するといつの間にか得意なスキルが見つかって、それが唯一無二の武器になる。難しく考えないことが、最大の近道なのではないでしょうか。
そして何より、全く知らない領域にアプローチすることは、とても楽しいことです。リスキリングもデジタル技術も、選択肢を広げて人生を豊かにしてくれるツールだと考えれば、誰にとっても有意義に働くものだと思います」
キャリアシフトの味方となるリスキリング
自分の外側にあるデジタルスキルを、コントロールが可能な内側にスライドさせる。リスキリングは外圧的な要因によって取り組む義務ではなく、選択肢を増やすための味方なのだろう。
今回取材したModis株式会社は、2023年4月に「AKKODiS(アコーディス)コンサルティング株式会社」に社名変更をすることを発表した。AKKODiSは、世界のエンジニアリング研究開発(ER&D)市場において世界第2位の企業であり、日本においてもAKKODiSブランドを展開するにあたり、エンドツーエンドの包括的なコンサルティングの提供を通じ、企業のイノベーションを支えるビジネスパートナーとなることを目指していくという。
個人と組織、両方の可能性を広げ、今後その実施が待ったなしの状況となるリスキリングを、あなたも実践してみてはいかがだろうか。
取材・文:相澤優太
撮影:示野友樹