2022年12月1日、ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場で、日本初の音響体感プレミアムシート「FLEXOUND Augmented Audio™」が導入された。これは、フィンランドの拡張音響システム開発会社 FLEXOUND Augmented Audio™社(以下:フレックスサウンド)」の特許技術が使われた、スピーカーが内蔵された椅子だ。
最大の特徴は、音の振動を身体で感じられること。この技術により、音に包み込まれるような感覚を味わえるという。早速、メディア向けに実施された体験会で体験してみた。その聞き心地はいかに?
振動を感じ、音に包まれる、没入感のある体験
近年、リモートワークの影響により「骨伝導イヤフォン」がヒットしている。これは鼓膜ではなく、骨を通して音が聞こえる仕組みだ。ユナイテッド・シネマが導入した音響体感プレミアムシートにも、このような振動技術が応用されている。
体験会では、上映中の『トップガン マーヴェリック』や12月16日公開の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』など、数作品の一部映像を視聴した。
音が流れ始めるとシートの枕や背部から、小刻みに震えるような振動を感じた。大きな音ほど大きな振動が伝わり、よりダイナミックな音に。一方、ウィスパーボイスなど小さな音は耳元でささやかれているかのようにハッキリと聞こえる。
筆者個人の感想ではあるが、新感覚の聞き心地であり、エンタメの世界に没入しやすい気がした。今回、トータル15分程度の短い映像だったが、長編映画をこの音響体感プレミアムシートで視聴してみたくなった。アクション映画なら、まちがいなく大迫力を味わえるだろう。一方、ホラーやコメディ、ラブロマンスなどは登場人物がすぐそばで話しているような不思議な感覚に陥るかもしれない。
ユナイテッド・シネマの広報担当者は、日本初導入の経緯や期待を以下のように話した。
「爆音上映やライブ音響機材による上映など、近年映画音響に対するお客様の意識の高さが浮き彫りになっています。どうしたら音量の増幅とは別方向で、お客様一人ひとりが個別に音に包まれるような上質な音響環境を提供できるか模索していました。
その一つの回答が、今回の音響体感プレミアムシートだと考えています。2018年の展示会『CineAsia』でフレックスサウンド社と出会い、コロナ禍で遅延もありましたが、ようやく日本初導入にいたりました」(ユナイテッド・シネマの広報担当者)
料金は+200円。ゆったりの独立設計もうれしい
この音響体感プレミアムシートは、13スクリーンのうち10スクリーンに計85席が導入されている。いずれも場内の中央付近に8~10席が設けられており、非常に見やすい位置だ。独立した設計のため、両サイドの肘置きを一人で使えるのもプレミアムシートならでは。
利用料金は、鑑賞料金プラス200円となる。特別な音響のみならず、見やすい位置でゆったりとした座席スペースが確保できることも踏まえれば、リーズナブルといえるかもしれない。
12月1日以降の上映作品で提供されており、現在までの反響は「上々」とのこと。上映中の人気作『すずめの戸締まり』を中心に、導入を待ち望んでいた映画ファンが続々と予約しているそうだ。
日本ではユナイテッド・シネマが初導入となるが、グローバルでは、フィンランド、韓国、マレーシア、サウジアラビア、フランスの5ヵ国の映画館で導入済。他国での評価も非常に高いという。フレックスサウンド社の消費者調査によれば、同社の技術を採用した映画館を体験した映画ファンのうち、96%が「良い」「素晴らしい」と回答した。
同技術をフィンランド国外で初めて採用した韓国・ソウルでは、導入後のユーザーのフィードバックが高評価だったため、導入から1ヶ月後に新たな映画館への採用を決めたほど。また、フランスではカンヌの映画館「Cineum Cannes」に続く2館目として、「Cineplanet Salon」にも、この12月に導入された。
韓国のシネマチェーン「CJ CGV」では、よりゆったりと映画を楽しめるラグジュアリーな設計で導入されている。飲み物やスナック等のサービスに音響をアップグレードして利用料金を引き上げ、プレミアムな映画体験を届けることで売上増につなげているようだ。
特別な音源データは不要。導入しやすい設計
フレックスサウンド社の技術は、映画館、映画製作会社にとっても導入しやすいメリットがある。ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場では、通常のサラウンドスピーカーはそのままに、音響体感プレミアムシートを導入している。
ユナイテッド・シネマの広報担当者は、音響システムについて以下のように説明した。
「作品から音のデータのみを取り出し、それを椅子から流しています。作品側に専用の映像・音声データを用意してもらう必要はなく、当館でも作品ごとの音の調整はまったくしていません。2つのサウンドシステムが同時に動いていることになるため、音が重なったり、遅れて聞こえたりしないよう、全体的なサウンド調整のみおこないました」(ユナイテッド・シネマの広報担当者)
このように導入ハードルが低く、どんな作品でも音響環境をアップデートできるため、全国的な導入も期待できそうだ。来年以降の導入予定をたずねると、「お客様の反応を見て検討する」としつつも、「今後の展開も楽しみにしていてほしい」と含みをもたせていた。
家具、自動車、飛行機にも応用できる
フレックスサウンド社の技術は映画館での採用が圧倒的に多いが、家具、自動車、飛行機といった他業界でも注目されている。フレックスサウンド社によれば、現在進行系のプロジェクトもあるそうだ。
実用化の事例としては、「HUMU(フームー)」という名称の枕型のクッションが発売済で、日本でもKibidango Storeで発売されている。腰の後ろに置く、枕として利用する、イスに取り付けるなど好みに合わせて使用することができ、臨場感のある音を楽しめそうだ。
従来のスピーカーにはないフレックスサウンド社ならではのアドバンテージは、新感覚の聞き心地に加え、周囲に音が漏れないこと。例えば、ソファに使用すれば自宅が上質な音響設備を備えたホームシアターのようになり、近所や隣の部屋に音が漏れない。デスクチェアに活用すれば、Web会議も家族の迷惑になりづらい。といったように、さまざまな応用可能性が考えられる。
自動車に関しては、韓国最大手の自動車メーカー・Hyundai Motor Groupが同技術の採用を検討しているという。自動車の座席に利用した場合も同様のメリットが発揮でき、カーナビの音を運転手だけに届けたり、運転席と助手席で別々の音楽を聞いたりもできる。安全面の向上も期待され、事故防止目的のアラートを振動で感じることで、事故が減らせる可能性があるという。
今回、その新規性、音響のクオリティを実際に体験してみて、「自宅でも利用してみたい」と思えた。音質にこだわりがある人だけでなく、難聴など聞こえ方に課題がある人へのソリューションにもなるかもしれない。
文・撮影:小林香織
編集:岡徳之(Livit)