日本の農と食を守る、農業の多様性を継承せよ。発売から20年、なぜ「顔が見える食品。」は支持され続けるのか

TAG:

人々の生活の根底を支える“食の安全・安心”。農業の担い手不足や食料自給率の低下が課題となる日本において、限りある農産物の適切な流通は、未来に向けた大きなテーマになるだろう。

その一つの有効な手段として、生産から加工、流通、販売までのプロセスを把握できる「食品トレーサビリティ」が挙げられる。近年のサステナビリティ意識の浸透、テクノロジーの進展を受け注目度を高めているが、実は約20年前より生産者の可視化を実現していた食品ブランドがあるのをご存じだろうか。日々の買い物でもおなじみになっている「顔が見える食品。 」だ。

この生産者の「顔」「産地」を知る仕組みは、「日本の農と食を守る。」を理念に掲げるベンチャー企業・株式会社シフラによって生み出された。同社はどのような未来を描き、時代に先駆けて「顔が見える食品。」を展開してきたのだろうか。サステナビリティへのヒントを探るべく、代表取締役社長・竹熊俊哉氏に話を聞いた。

日本の農と食を守る「顔が見える食品。」が歩んだ20年

2022年12月、1本の動画がシフラ社から公開された。ひたむきに農業に従事する人々の姿、豊かな産地の光景とともに、伝えられるメッセージは「日本の農と食を守る」。生産者と消費者を結ぶ食品ブランド「顔が見える食品。」の20周年を記念し、制作されたブランドムービーだ。

「顔が見える食品。」が20周年を迎えたことを記念し、制作されたブランドムービー

イトーヨーカドーをはじめとした小売店で販売される「顔が見える食品。」は、その名の通り、パッケージに生産者の氏名や似顔絵、生産地が明記された食品ブランドだ。消費者は生産者への親しみを抱くことができるのはもちろん、二次元コードをスキャンすることで栽培情報を確認することができる。「誰が、どこで、どうやって」生産したのかを把握することで、安心して食品を購入できる仕組みだ。

顔写真などが商品とともに掲示される手法は、実店舗のみならずECサイトでも定着してきている。この「顔が見える食品。」は、シフラ社により商標登録されたブランド名。同社は20年前に食品のトレーサビリティを開始した先駆的存在なのだ。竹熊氏は創業当時を振り返る。

「1996年、『農産物の流通をITの力で変革したい』と設立したのがシフラです。私自身が熊本の生まれで、幼い頃から触れていた有機農産物に関心があり、新たな事業を模索していました。当時、農産物では残留農薬が問題化しており、メディアではBSE(牛海綿状脳症)問題や食肉偽装事件など食の安全を揺るがすニュースも報じられていました。解決の糸口として私たちが着目したのが、トレーサビリティシステムだったんです」

株式会社シフラ 代表取締役社長・竹熊俊哉氏

調達から加工、流通、販売までの各プロセスにおいて、製造者や仕入れ先、販売元などを記録し、履歴を追跡できる状態を維持するのが「トレーサビリティ」だ。2000年代初頭、食品業界における導入は進んでいなかった。シフラ社も有機農産物の5人の生産者から生産プロセスの履歴化を開始。そして2002年、拡大した生産者とともにイトーヨーカドーにて試験的に販売を開始したところ、記録的な売り上げを実現した。食への信頼が低下していた社会背景に呼応する、大ヒットブランドとなったのだ。

「何が安心・安全で、何が危険なのか。業界内では専門的な議論が交わされていたわけですが、一般の生活者が情報を見極めるのは困難です。分かりやすく一言でブランドの魅力を示したいと、『顔が見える食品。』という名前を考えました。トレーサビリティに取り組む業者は他にもありましたが、優れた栽培技術を持つ生産者の畑や、農場一つ一つの流通までを管理し、できた商品をブランドとして提供するまでの全プロセスを手掛けるのは当社だけだったはずです。ネーミングにより認知していただき、手元に届くまでのプロセスを開示できる仕組みを構築できたことが、成功のポイントだったと思います」

その後、同ブランドは畜産品、水産品などへ対象食品を拡大。東日本大震災を受けて畑ごとの放射性物質調査を即座に行い安全性を説明するなど、時代のニーズに応えることで認知度を高めていった。現在は7,400人を超える生産者と取引をするに至り、販路もセブン-イレブン、Odakyu OX、ヨークマートなどに広がっている。

消費者の安全・安心を実現する、厳格な審査基準

「顔が見える食品。」の最大の特徴は、独自の審査基準を運用していることだ。シフラ社では、品目ごとに七つの基準を設定し、順守が必須となる事項を細かく規定。例えば野菜においては、土壌の健康、使用される農薬・肥料の安全性、流通経路などを、産地・生産者ごとに徹底管理している。さらに生産者は、労働安全や環境保全など、健全な農場経営の基準となる「JGAP」に沿う内容を確認して作業を行わなければならない。一連の基準をクリアすることでようやく、「顔が見える食品。」として店頭に並ぶことができるのだ。

「生産者の方々には、栽培履歴の記帳、農薬や資材における購入伝票の管理、土壌診断書や放射性物質検査報告書の提出などにご協力いただき、第三者機関による監査も加えることで、厳正な審査を実現しています。一言で表すならば、確かな栽培技術を保有する生産者の大きなネットワークが、『顔が見える食品。』というわけです」

「顔が見える食品。」のトレーサビリティシステム

これらの審査に加え、店頭では定期的に「抜き取り検査」が行われ、報告された情報が適切かもチェックされる。基準値以上の農薬が検出されるなど、万が一問題が発見された場合には、即座に販売が停止されるのだ。いわゆる“抜き打ち検査”である。

「生産者から報告された栽培の履歴情報をデータベース化し、生産者・品目ごとにIDを発行しています。このIDをシールなどで全ての食品に付与し、梱包、出荷、輸送で他の商品と混在しないように管理。店舗に安全な食品が並ぶようにしています。従って、生産と購入にズレが生じることはありませんが、報告された履歴情報そのものが間違っている可能性はゼロではありません。抜き取り検査を行うのはそのためです」

集約された生産者のデータベースには、消費者も二次元コードを通じてアクセスできる。産地、栽培責任者、確認責任者などの他、「栽培のこだわり」や「おすすめの食べ方」といった情報も閲覧可能だ。

「顔が見える食品。」のパッケージには分かりやすく情報がまとめられている

「多岐にわたるデータを管理するのには、膨大な手間がかかります。そこをテクノロジーの力により効率的に運用することが、ITエンジニアを抱える私たちのノウハウであり強みです。近年はECやSNSの普及により、手軽に生産者が情報を発信し、消費者が受け取ることができるようになりました。しかし、『顔が見える食品。』のシステムは、特定の生産者のためのツールではなく、どんな生産者も入れるオープンプラットフォームでもありません。厳格な基準を乗り越えて選ばれ、本当の意味で良質な食品を提供する生産者しかいない点が、他サービスとの違いだと考えています」

徹底されたトレーサビリティを実施するシフラ社だが、一連の活動には消費者だけでなく、生産者に対する思いも込められている。

農業の「多様性」を持続させることで、第1次産業を支える

全国を駆け巡り、現場の生の声に耳を傾けてきたシフラ社。20年間の企業活動の中で、日本の農業のリアルな姿が「少しずつ見えてきた」と、竹熊氏は語る。

「『顔が見える食品。』の生産者を対象にしたアンケートを実施したところ、7割以上の方から『後継者がいる』と回答いただきました。この数字は一般的な農業全体と比べても、かなり高い数値です。正直、驚かされたのですが、しっかりとした技術を身に付けていれば、大規模な農地経営でなくても持続可能ということです。むしろ、小さな産地にもしっかりとアプローチできる流通の仕組みこそ、農業において重要だと感じました」

“小さな産地”の対照的な存在が、大量生産型の農業だろう。利益を優先する市場競争の原理に農業が巻き込まれ、食の安全が犠牲になるケースを、私たちは数多く目にしてきた。しかし竹熊氏は安全とは異なるテーマにも目を向けている。それは農業における“多様性”だ。

「日本では現状、一般企業(農業法人を除く)が農地を保有することは認められていません。しかし近年、農業経営の安定などに向け、規制の緩和が議論されていますが、慎重になるべきだと思います。例えば海外では、グローバル資本が種苗会社を買収し、大量生産に適した種による効率的な生産を半ば強制しているようなケースもあります。もしかすると日本にも同じような未来が訪れるかもしれません。最新のテクノロジーを導入すれば、安心・安全なものを低コストで生産することは可能になるでしょう。しかし、多様性に関していえば、そうはいかないのです。

日本の生産地域というのは実に多様です。地形的な特質上、山を一つ越えるだけで、気候や土壌、水質、生物種などが変わります。種であっても、各地域に適したものが必要で、長年の経験に基づく知識の継承によって、生産者の方々が守っているのです。全ての農家が同じ種をまくような未来は、想像したくありません」

多様性が失われることで、私たち日本人にはどのような影響が及ぶのだろうか。竹熊氏は郷土料理を例に、その意義を強調する。

「日本には各地方の郷土料理があります。その多彩さがなぜ保たれているかというと、その土地の自然に合わせた生産物があるからです。特に野菜や果物、穀物は重要で、一つの種が消滅してしまえば、その土地固有の食文化は受け継がれなくなってしまう。日本の豊かな食文化を守るためには、生産者を守らないといけないんですね。もちろん、食料自給率や人手不足の問題もありますから、大きな流通システムも必要でしょう。さまざまな観点からトータルで循環する仕組みを、私たちは今後考えなければなりません。生産者と消費者の“顔が見える関係”は、そうした動きを支えると考えています。『顔が見える食品。』という事業の重要性に、自分たちが気付かされた20年でした」

ブランドムービーで掲げられた「日本の農と食を守る」というメッセージ。そこには、食や農業、日本の風土に対するリスペクトが込められているようだ。

最後に残された日本の価値を、農と食が教えてくれる

「顔が見える食品。」20周年に際し、シフラ社は独自のECサイトを開設している。販売されているのは、カレンダー、写真集、レシピ本など、農業の生産現場を起点にしたオリジナル商品だ。「育む人 顔が見える農園探訪 2023カレンダー」には、日本の農家の繊細な営みが、写真家・公文健太郎氏の作品により描かれている。「日本の農と食を守る」活動の一環なのだろう。

「日本の農業には優れた魅力があるのですが、それを伝える写真や動画が少ないんです。国内や海外の人に、日本の生産者や生産現場をもっとリスペクトしてもらいたい。そんな思いから商品を制作しました」

シフラが発行する「育む人」

日本の農業そのものの価値を、懸命に見つめようとする竹熊氏。その根底には、社会全体に対する危機意識がある。

「産業構造転換の遅れた日本は、経済の衰退を免れることは困難です。このままでは日本が持つ価値がどんどん失われ、次世代は過酷な社会を生きなければならなくなる。ではどうするか。一つの答えとして、風土や文化、日本人特有の審美眼や知覚力など、簡単には置き換えられない個性に着目することではないでしょうか。そして、個性を価値に変えてくれるものが、農業や食だと考えています」

最後に今後の事業構想について質問を投げかけると、答えとして返ってきたのは、「顔が見える社会」だった。

「日本の社会は、制度や規範ではなく、むしろ人と人の良質な関係性が構築してきたと考えています。そこにグローバルな巨大資本が現れたことで、関係性そのものがギクシャクするようになってしまった。食品だけでなく、さまざまな製品、サービスや社会制度なども、顔が見える関係を実現する仕組みを織り込むことでよくなるのではないか。現代社会の傷んでしまった部分が、少しずつ修復されていくのではないでしょうか。私はそう信じて、これからも『顔が見える食品。』を成長させていきたいです」

事業を通じて課題を発見し、自身のビジネスの価値をも見つめ直していく。竹熊氏の独特の仕事観が、「顔が見える食品。」を大きく普及させたのかもしれない。次の20年、シフラ社はどのような事業に取り組むのだろうか。私たちの食卓の未来は、同社の挑戦に懸かっている。

取材・文:相澤優太
写真:公文健太郎

モバイルバージョンを終了