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日本マイクロソフトは、「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」というマイクロソフトのミッションを背景に、2019年に日系企業向けのイントレプレナー(社内起業家/新規事業担当者)支援を目的とした「Empower Japan Intrapreneur Community」を設立。毎年、国内企業のイントレプレナーを迎え、数カ月に渡りビジネスアイデアを実現するためのプログラムとして「非エンジニア向けのテクノロジーインプットセッション」や、社内で孤立しやすい新規事業担当者へ横のつながりをつくる「交流の場」を提供している。
Season3を迎える2022年は、約半年に渡りビジネスアイデア実現に向けた学びの機会を提供し、30名を超える参加者からビジネスプランを募り書類選考を実施。結果、9月25日の最終プレゼンには計16名が登壇 。各参加者が、これまで得た知見を活かして構築したビジネスプランを披露した。
業界の垣根を超えて集った社内起業家が、互いのビジネスアイデアを磨き合う
「Empower Japan Intrapreneur Community」では、1回のプログラムで数十名を募集し、少人数で約半年間、新規事業構想のヒントとなる技術やマインドセットを学びながら、各々でビジネスアイデアを練っていく。不動産、交通、流通・小売、金融など、業界の垣根を超えて一同に会した参加者同士で、互いのアイデアについて話し合い、協業の余地があれば実際に事業連携につながる機会も生まれているようだ。
今回も例年同様、江崎グリコや本田技研、三井物産、三菱UFJニコス、LIFULL、ブリヂストンなど、あらゆる業界の名だたる企業から新たなビジネスの創出に挑戦している人々が参加。過去の参加者からの評判を聞いて応募したケースも多いようだ。
計16名のビジネスアイデアに対してフィードバックを行うのは、昨年から本コミュニティのメンターを担当する以下の3名だ。
・CiXホールディングス株式会社 代表取締役 横山 創一氏
・株式会社グロービス・キャピタル・ パートナーズ プリンシパル 野本 遼平氏
・株式会社アルファドライブ CTO 赤澤 剛氏
いずれも新規事業創出に関する豊富な知見を持つプロフェッショナルであり、参加者一人ひとりに対して芯を突く質問を投げかけ、事業構想を実現に近づけるためのヒントを提供する。
自分のエゴが強く反映されているかが、アイデアを実現するカギ
16名のプレゼンを受け、3名のメンターによって1〜3位の入賞企業、特別賞、MVPが選定された。ここでは、入賞した1〜3位のビジネスプランの概要を紹介する。
1位に輝いたのは、株式会社大林組の山下大夢氏による、建設業の変革を見据えたビジネスアイデアだ。
山下氏自身は実際に建設現場にて施工管理を経験したことで、「現場での業務」と「事務作業」を両立するには、どうしても長時間労働せざるを得ない状況に強い課題意識を持った。2024年に働き方改革関連法が施行され労働時間が規制されると、業務時間が足りず業務が回らなくなってしまうという、いわゆる2024年問題とそれによる建設業の魅力が低下してしまうという危機を回避するため、解決に向けたアイデアを構築した。
2位には、キリンホールディングス株式会社、株式会社ファンケルの両社から参加した栗田一平氏、福井有紗氏のタッグによるメンタルヘルスに関するビジネスアイデアがランクイン。近年、コロナ禍の影響もあり、うつ病を発症するなどのメンタルヘルスに問題を抱えるビジネスパーソンが急増している。うつ病で休職してしまうと、給与の減少、同僚への業務負荷の増加など、あらゆる方面に良くない影響が出てしまう。その課題に対し、両社は企業として、社員のメンタル不調を予防できるビジネスアイデアを構築した。
3位は、三井物産株式会社の飯島惇氏による日本のドラッグラグ問題に切り込むビジネスアイデアだ。
日本では、海外に比べると新薬の申請から審査が完了するまでにかなりの期間を要し、新薬が手元に届くのが大幅に遅れるという問題がある。現在では審査期間が短縮されたものの、医療データが活用されず、臨床試験にコストも時間も膨大にかかってしまうことから、新薬の申請自体が少ない状況が続いているという。
医療データが活用されていないというのは、具体的には医院間でのデータ連携がなされていないことを指している。各医院で電子カルテにデータが蓄積されているものの、他院に共有することはないということだ。例えば多くの場合、かかりつけの病院から別の病院を紹介された際、紹介先で患者自身が一から症状を伝えなければいけない。医療データが連携されていないために各方面で生じるさまざまな問題を打破するため、最終的には医療関係者・患者に恩恵が還元される仕組みを考案した。
今回、ビジネスアイデアを評価するにあたり、メンター3名は「解像度と原体験の2点を重視した」と話す。
赤澤氏:ビジネスアイデアを考える際、どれだけ市場に受け入れられるかを重点的に考えがちですが、最後には、自分が使いたい、自分の家族や友達が喜んでくれたんだというエゴが重要になるんです。
顧客と顧客のもつ課題の解像度はできるだけ高く、しつこく熱量を持ちつづけてください。逆に、それを実現する手段についてはドライに判断するべきです。その課題を解決するために今選択している手段が最適解とは限らないし、実際僕が見てきた多くのスタートアップも何度もピボットしています。このやり方は適切ではないと判断したら、どんどん別の手段に切り替えましょう。
野本氏:どのビジネスアイデアも素晴らしいものでしたが、顧客と顧客のもつ課題の解像度をもっと高めて、もっと細かく話していただいてもよかったですね。現場の匂いが伝わってきそうなレベルで語れるとなおよしです。その上で、よくロマンとソロバンと言いますが、スケールの大きいビジョンの話と、実際の儲けの算段の話、両軸が揃っていると実現に向けて更に邁進できると思います。
志を共有できる仲間と、アイデア実現に向けたあらゆる支援を同時に得られた
半年間というロングスパンで、休日を返上しつつ本プログラムに真摯に向き合い続けた参加者たちは、今回の取り組みに対してどのように感じているのか。大林組の山下氏と、MVPを獲得したANAの高野悠氏の両名に率直な感想を聞いた。
−―今回、Empower Japan Intrapreneur Communityに半年間参加して一番良かったと感じた点を教えて下さい。
山下氏:他社とのコミュニティが形成できた点です。社内だけで動いていると、どうしても自分の取り組みは小さく見えてしまうものです。わかっていてもそうなってしまうと思います。視野が狭く、視座が低くなってしまう気持ちを共感し合える人とのつながりができたことに一番の価値を感じています。自分がやりたいミッションこそ、自分に与えられたミッションなのだと実感することができました。
高野氏:テクノロジーをビジネスに実装しようとした際に、なんとなく「このテクノロジーではこんなことできそうだな」という解像度が低い状態で事業を進めていました。本プログラムに参加したことで、技術に対する解像度が非常に高くなりましたね。
−―マイクロソフトからの技術的なアドバイスについての満足度はいかがでしたか。
山下氏:幅広いジャンルのセッションがあり、興味深く学ぶことができました。自分では気づけなかった知らない内容を提供してくださり非常に為になりましたし、私自身の事業プランもそのセッションがあったからこそ思い浮かんだものでありました。
マイクロソフトさんのこのような取り組みを是非今後も続けていっていただきたいと願っております。もし来年も招待をいただけましたら別の弊社社員にも紹介し、参加してほしいと思います。
高野氏:非常に満足度は高いです。自主的に開催していた受講生同士のブラッシュアップ会にマイクロソフトの方も来ていただいてアドバイスをもらったり、アドバイスに留まらず実際にご担当者につないでくれたりと、今後のアクションにつながる機会をいただいて非常に有意義でした。
−―参加者同士でのコミュニケーションを通して、新たなアイデアや気づきを得られたと実感したことはありましたか。
山下氏:もちろんありました。新たな価値、我々建設業に求められているものの多さ、幅広さに気付きました。また、社内だとダメ出しされることを予想して、控えめに発言をしていかなければならないと無意識に思ってしまっていましたが、ここの参加者のなかでは何を言っても受け入れてくれる。それでいてフィードバックももらえる。そんなちょうど良い距離でのコミュニティが形成できたと思っています。
高野氏:私の提案は地方創生に関わるものなのですが、参加者同士のブラッシュアップ会で新たな気づきを得られたのはもちろんのこと、今回のプログラムには自治体の方がいらっしゃり、事業に共感していただいて。是非うちの自治体で実現してほしいと言葉をもらい、実際に仕事として正式に訪問することにもつながりました。
−―今後の事業への意気込みと、直近で考えられているネクストアクションをお教えください。
山下氏:メンターからのフィードバックも含め、今回のプログラムを通して自信はかなりつきました。提案した事業プラン内容を実現するかどうかというよりも、見つけた課題と解決したい意欲を認めていただき、その課題を解決する為にあらゆる手段を使っていきたい、そう思うようになりました。これからは今一度、仮説提案と検証作業の回転数をあげていき、建設業の魅力を発信し日本の建設業を世界に誇れるものにしたいという目的を達する為に行動していこうという気持ちが強くなりました。ネクストアクションとして早速、自分のターゲットへアプローチし、仮説立てた課題点と提案した解決策の検証作業に取り掛かっています。
高野氏:とにかく形にすること、これに尽きますね。机上での考案、会議室でのピッチ、フィードバックのフェーズから、とにかく小さくても良いから形にするフェーズに、年度内に移行したいと思っています。
人材不足、長時間労働、主要各国に比べると格段に低い生産性など、日本には様々な問題が山積しており、解決するには途方もないリソースが必要だろう。このような大きすぎる問題に対して、多くのビジネスパーソンは自分ごととは捉えられず、しっかり向き合う機会は少ないだろう。一方で、「Empower Japan Intrapreneur Community」の参加者は、自分ごと化された課題として認識し、解決に向けて本気で取り組んでいる。
自分自身が、あるいは身近な人間がなにかに困っており、それを解決することが、ひいては日本の問題を解決することにつながる。そう強く思えるのは、自身の課題意識の強さに加え、自社のリソースを活用できるという環境も1つの要因だろう。
国内大手企業には、長年の事業運営で培った知見、優秀な人材、資金など、さまざまな問題を解決するためのリソースを多数保有しているはずだ。
「Empower Japan Intrapreneur Community」発起人の金本氏は、コミュニティ名の通り、日本をエンパワーメントすることを目的に設立し、日本を変えていくには、スタートアップだけでなく、エンタープライズ企業によるイノベーションが不可欠と考えている。会の最後に、課題解決に向けて取り組むイントレプレナーを最大限支援していくのが自分たちの役割だと金本氏は語った。
金本氏:我々、テクノロジーカンパニーが提供できるのは、基本的にはHowの部分のみです。すべての個人と組織がより多くの取り組みを実現できるように、私たちは技術支援や社内起業家同士のつながり、ビジネスパートナーの紹介など、あらゆる方面でサポートします。ただ、WhyやWhatの部分はぜひ参加者の皆さんで考え続けていただきたい。僕たちは、みなさんがその部分により集中できる環境を、コミュニティ運営を通して提供していきます。