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人生100年時代やVUCA時代といわれる現代において、一人の社会人がさまざまな経験を通じ、長いキャリアを歩んでいかなければならない今日。個々のキャリアの多様化・長期化とともに、人材流動化は加速し続けている。私たちは柔軟に新たな能力やスキルを身に付けていかなければ、スキルの陳腐化が起き、自身が望むようなキャリアを築いていくことが難しくなるだろう。企業も同様、人材を資本と捉えて人材戦略を進め、人材の育成を最適化しなければ、持続的な成長、価値創造を実現することは難しいと考えられる。
そこで今回、AMPでは人財躍動化の実現に向けて「リスキリングプロジェクト 」を推進するAdecco Groupの取り組みを中心に、連載を通じて「リスキリング」の可能性を探っていく。第1弾では、株式会社コルクの代表取締役社長・佐渡島庸平氏を迎え、リスキリングを深掘りし、社会全体の視点から、なぜリスキリングが求められるのかを考える。
Adecco Groupが全世界で挑む、人材流動化時代のリスキリング
世界60の国と地域を拠点に、世界の人材ビジネスをけん引するAdecco Group。日本における事業を統括するAdecco Group Japanは、人財派遣やアウトソーシングを提供する「Adecco」、テクノロジーソリューションを提供する「modis」、転職支援を提供する「Spring Professional」など、五つのブランドで幅広い企業ニーズに対応している。2021年に策定された中期事業計画では、「『人財躍動化』を通じて、社会を変える。」を日本のビジョンとして掲げているが、その言葉は何を意味するのだろうか。Adecco Group Japanの事業ブランドである「Adecco」においてスキリング事業を展開するTAG Academy事業推進室の浅野弘樹氏は語る。
浅野氏「“課題先進国”とも呼ばれる日本は、労働人口の減少に端を発し、国際競争力の低迷、デジタル化の遅れなど、未来に向けて決してポジティブな状況とはいえません。豊かな社会を築くために、人材ビジネスができることは、まずは一人一人のビジネスパーソンが躍動している状況を作り出すことです。そうした基盤があれば、生産性も高まり、人材の流動化により各産業も活発化する。私たちAdecco Groupは、そのような社会の実現を目指しています」
同ビジョンに基づき、2022年3月に開始したのが、スキリング事業「Adecco Academy」だ。近年頻繁に耳にするようになった“リスキリング”を、個人、組織、学生に提供していくという。なぜAdecco Groupはリスキリングに注力するのだろうか。
浅野氏「変化に対応するために、必要なスキルを獲得していくリスキリングですが、今や世界的な潮流となっていることは間違いありません。2020年に開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)では、第4次産業革命による新たなスキル習得のために、2030年までにより良い教育、スキル、仕事を全世界で10億人に提供できるようにするというイニシアチブが発表されました。Adecco Groupとしてもこうした流れに対応すべく、拠点を持つ各国の市場や環境に合わせてカスタマイズする形で、リスキリングを推進しているところです」
Adecco Groupでは、これからの時代に求められる必須のスキルとして、「内発的動機」「課題解決力」「デジタルリテラシー」を位置付けている。この三つのスキルは、将来の予測が困難なVUCA時代で主体的に仕事に臨むために、全ての業種・職種に必要となるという。これらを軸とした教育プログラムを提供していくのが、「Adecco Academy」だ。
浅野氏「私たちは、これからの時代においては、この三つのスキルをいわばビジネスパーソンの“読み書きそろばん”ともいえる必須のスキルだと考えています。Adecco Academyにおいてはこれらのスキルを効果的に習得できるように設計しています。受講者はまず、キャリアと向き合い、学ぶ動機を明確にするワークショップに参加。その上で各スキルの基本を、隙間時間でオンライン受講できるマイクロラーニング形式で学んでいただきます。しかしマイクロラーニングはインプットでとどまってしまうため、最後にオンラインのワークショップでアウトプットしていただきます。ワークショップは企業ごとではなく、さまざまな企業や組織の枠を超えて合同で行うため、所属している組織の“当たり前”が通用しないという点で実践的だと思います」
“当たり前”が通用しない環境に身を置くこと。それはVUCA時代のキャリアシフトにおける縮図ともいえる。では、ビジネスの現場の最前線では何が起こっているのだろうか。講談社からの独立により株式会社コルクを立ち上げ、新たなビジネスを創り上げた佐渡島氏に聞いていく。
変化する時代だからこそ、“規格化”した自己が求められる
講談社に在籍し、『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』といったヒット作を世に送り出してきた編集者・佐渡島氏は、2012年に同社から独立。紙からウェブへとメディアの主役が大きく変わった頃に「作家・クリエーターのエージェント業」という独自の道を歩み出した、VUCA時代の先駆者といえるだろう。
佐渡島氏「起業して10年がたちましたが、ビジネスを取り巻く環境もずいぶんと変化したように感じます。これまでの日本では、正しい領域で勝負をしていれば必ず企業は成長することができました。会社が継続するということは、退職する必然性がないということです。働く人に求められるスキルは、円滑な社内コミュニケーションでした。そこに人材流動化の時代が到来するわけですが、ある会社のスタープレイヤーが別の会社に移ると、意外と活躍できないケースが多いですよね。求められるスキルに変化が生じている兆候でしょう」
人材が流動する時代。個々の人材に求められるスキルを、佐渡島氏は“規格”に例えてユニークに語る。
佐渡島氏「私たち働き手を家電製品とするならば、以前は会社ごとに充電コードの差し込み口が異なっていたといえます。しかし人材が流動化し、自社の力だけでは価値を創造できなくなると、各企業は差し込み口を規格化により統一するようになる。経営者やプロジェクトリーダーは新規ビジネスを立ち上げる際、必要なリソースを組み合わせて実現に導きます。従業員、業務委託、クラウドワーカー、あるいはAIを、社会ニーズに合わせて適切に配置するとき、『その人材はどこまで規格に対応できるか』を見定めるでしょう。特定の会社でしか活躍できない人材は、起用しにくいわけです」
厳しい視点から人材論を述べる佐渡島氏だが、「変化に対応することは、仕事の楽しさ、やりやすさに直結する」と楽観的な一面もあるという。
佐渡島氏「海外からのイノベーションにより、一つの産業の存亡が危ぶまれる様子を、私たちは何度も見てきたはずです。『あと1〜2年は大丈夫』と断言できる業界は、もはや存在しません。そんな時代、自分自身を会社にカスタマイズするよりも、どんな場所でも働けるようになった方が、自由度が高まるじゃないですか。ワークライフバランスや地方移住も実現できますし、かけがえのない生きがいも手に入れられます。そう考えると、規格に対応するリスキリングは、大きな力を発揮するはずです」
変化をポジティブに捉え、柔軟に対応することは、VUCA時代に最も必要になる心構えなのかもしれない。しかしその実践は容易ではないだろう。では、具体的にはどのようなリスキリングが必要になるのだろうか。
内発的動機の発見が、以降のキャリアに明かりをともす
これからの時代に求められる三つのスキルの中でも、最も基本になるのが「内発的動機」だという。一言で表すならば、仕事やキャリアに対する主体的なモチベーションだが、起点となるのは「自己理解」と定義される。
浅野氏「学びというと、かつては『パッシブラーニング』と呼ばれる受動的な学習が主流でした。しかし現在は、能動的な学修である『アクティブラーニング』の重要性が叫ばれる時代です。主体的な学びは、自分自身の内面にフォーカスし、仕事を通じてどんなことを実現したいか、どんな自分でありたいかを描くことから始まります。それさえあればリスキリングもキャリアデザインも、高いモチベーションで臨めるはずです」
佐渡島氏「私自身、コルクを立ち上げる際には『作家の一生を見たい』という内発的動機が明確でした。昔から一人の作家のデビュー作から順番に読む『作家読み』が好きだったからです。作品をサポートするのが出版社なので、どうしても講談社では作家自身にアプローチできなかったんですね。作家のエージェント業も、内発的動機から導かれています」
浅野氏「自分自身の価値観や趣向性を捉えることが『自己理解』なので、佐渡島さんの判断は素晴らしいと思います。しかし多くの人は、簡単には内発的動機を生み出せません。そこで、自身の内にあるぼんやりとしたものを明確化していくプロセスが、重要だと考えています」
佐渡島氏「たしかに内発的動機というのは難しい存在です。よく『人のため』『社会のため』『お金のため』と聞きますが、全て内発的ではない。本当は『お金を払ってでもやりたい』くらいがベストなはずです。収入や社会貢献は、その後からついてくるものだと思います」
二つ目に重要なスキルとされるのが、VUCA時代に生じる課題の本質を見抜き、解決するための「課題解決力」だ。
浅野氏「課題解決においては、『顧客中心主義』『論理的思考』『デザイン思考』の3要素が重要だと考えます。未来を予測できず、過去の成功体験が通用しない現代社会。ではどのような実践スキルが必要になるか。その答えに当たるのが課題解決の思考法です。その手法としては、90年代以降に定着したロジカルシンキング(論理的思考)が王道でした。しかし論理や左脳だけでは、VUCAの時代に太刀打ちできません。情報の要約やロジックではカバーできない、人間的な共感や多様な価値観にアプローチするには、右脳的な『デザイン思考』も必要です。加えて、顧客第一ではなく、顧客中心の視点から課題の本質を理解するのが『顧客中心主義』。これら三つの思考を統合することで、課題解決力が養われると考えます」
佐渡島氏「ロジカルシンキングは有効ですが、力を発揮するのはビジネスプロセスのかなり後半。形にしたり、多くの人を説得したりするフェーズです。その順序を間違えてロジカルシンキングばかり学んでしまうと、最初の問題を発見する能力が落ちてしまう。デザイン思考はそこで役立ちますね」
浅野氏「全てのビジネスに共通するのは、顧客に共感することで課題を発見し、そこで得た情報を整理することで、解決策を導くことです。入り口となるのは常に課題発見であり、そこには人間中心のデザイン思考が欠かせません。右脳と左脳を臨機応変に働かせることがポイントになります」
三つ目のスキルは「デジタルリテラシー」。AIやデジタルテクノロジーは、データサイエンティストやITエンジニア、技術職などのスペシャリストに限らず、全てのビジネスパーソンに必要な知識だという。
浅野氏「データサイエンティストやエンジニアレベルの専門スキルではなく、『そのテクノロジーを使うと何ができるか』ということを理解し、ビジネスにおいて実践できることが、昨今のDX時代においては必須なスキルだと捉えています」
佐渡島氏「デジタルリテラシーは世代によって大きく異なるので、非常に厄介な問題です。私たちの世代は『既読スルーが失礼』と感じるのに対し、若手社員はそんなこと気にしない。それと同じで、新技術の領域にはいろいろな人が携わるわけですから、認識のギャップがつきまといます。共通言語のリスキリングでカバーできるのであれば、社会的にも価値があるのかもしれません」
浅野氏「世代だけでなく、業界でもリテラシーは大きく異なりますね。大切なのは佐渡島さんのいうように、誰とでも対等にビジネスを進められるよう、スキルを“規格化”することです。『デジタルリテラシー』に限らず、汎用性の高い能力のリスキリングが重要だと考えます」
VUCA時代を豊かに生きるためのリスキリング
自身の価値を高め、キャリアを自在に操ることに寄与するリスキリング。最終的にはどのように、個々の人生を豊かにしてくれるのだろうか。佐渡島氏は「夢」をキーワードに考察を進める。
佐渡島氏「夢を持っている人は、たしかに強いです。でも、みんなが夢を持たなければならない風潮になると、それを探すのが億劫になる。それでも他人から問われると、格好をつけなければならないので、本当は夢ではないことを夢と定めてしまう。もっと自分本位になるためには、たとえ立派なものでなくても、本音から内発的動機を探した方がいいと思います。もしそれが失敗しても、『では、どうすればいいだろう?』と、学びを深めたくなるはずです。その時に初めて、リスキリングと個人の幸せが一致するのではないでしょうか」
浅野氏「他者というのは自分を見せたり自分と比較したりするために存在するのではなく、むしろ何かヒントを与え、自己理解を深めてくれるものだと思います。だからこそ、異なる価値観や考え方に触れることで、よりリスキリングの効果が高まるのだと考えます。そして何より、学び続けていくことが大事ですね」
一方、浅野氏が重視するキーワードは「ライフシフト」だ。先行きの長い時代において、リスキリングが果たすべき役割は、ますます大きくなるという。
浅野氏「ライフシフトの文脈では、教育・仕事・引退という『3ステージ』から、起業や副業、ボランディアなどさまざまなステージを並行する『マルチシフト』への移行がテーマになります。しかし国際機関の統計に目を向けると、日本は20代を超えて学び直しをする人が、他国と比べて少ないんです。だからこそ内発的動機は重要で、それが起点となり学びが広がっていく。Adecco Groupとしてはそうした価値を提供していきたいと考えています」
佐渡島氏「歴史を見ても、第2次世界大戦の終結、バブル経済の崩壊、そして現在と、30〜40年単位で、常識がひっくり返っていることが分かります。働く期間が40年程度だった時代は、大変革への対応も1回で済みました。しかし、私たちは120歳まで生きるかもしれません。大変革が3回も訪れるわけです。変化に対応しながら人生を謳歌する上で、リスキリングは救世主になるのかもしれません」
VUCA時代を豊かに生きる上で、重要度を増すリスキリング。一人での実践は困難だからこそ、学びにおける体系的なプログラムが必要になるのだろう。内発的動機から出発し、多彩な領域を自由に歩むスキルを得た時、私たちのキャリアはどのように変わっていくのだろうか。Adecco Groupが挑むリスキリングプロジェクトの展開に期待したい。
取材・文:相澤優太
撮影:水戸孝造