政府が2020年10月に発表した経済と環境の好循環を作る産業政策「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、「遅くとも2030年代半ばまでに、乗用車新車販売で電動車100%を実現できるように包括的な措置を講じる」と記載されるなど、国を挙げてのEV普及を推進する中、2022年は自動車メーカー各社がEV市場に参入、投資をおこない、記録的な受注数を遂げるなど、自動車業界においても「EV元年」と呼ばれる年になった。
その一方で、日本国内のEV普及率は新車販売台数約240万台のうち、2万台強(2021年度)と0.9%にとどまるなど、欧米諸国と比べると大幅に遅れをとっている。
EV導入への障壁となっている要因の1つが充電インフラ、特に公共充電における短時間充電が可能な超急速充電器(100kW~)の圧倒的な不足が挙げられる。
日本のEV普通車の電池容量は平均72kWhとされ、これを家庭用における普通充電(3kW)でおこなうと満充電まで約24時間かかる。
しかし、現段階で日本国内における100kW以上の超急速充電場所は15か所。東京都内でも90kWの公共充電器は4か所(うち3つは自動車ディーラー内)という状況であり、欧州約8,700か所、米国の13,500か所に比べると雲泥の差だ。
また、一般の設備を高電圧化するためには、キュービクルと呼ばれる専用設備が必要となり、コストや設置工事の手間もネックとなっていた。
これらに対する1つのソリューションとして新しい技術を発表したのが、株式会社パワーエックス(以下、パワーエックス社)だ。
同社は若干17歳にしてITベンチャーを立ち上げ、ファッションECサイトZOZOでは、採寸用ボディスーツ「ZOZOスーツ」の開発を主導した伊藤正裕氏が2021年に設立したスタートアップ企業で、「永遠にエネルギーに困らない地球」をビジョンに、蓄電池の製造・販売、電気運搬船等の事業を展開してきた。
そこに第3の事業として加わるのが蓄電池を利用したEVチャージステーション事業だ。ここからは10月27日にメディア向けにおこなわれた発表会の模様を中心にお伝えしたい。
超急速充電により充電時間30分を実現
このほど、パワーエックス社が発表したのが、国内最速級の超急速EV充電ネットワーク事業「PowerX チャージステーション」。自社開発・国内生産する320kWhの大型蓄電池と、独自開発のEV充電器を組み合わせた「Hypercharger(ハイパーチャージャー)」は、最大240kWの出力を可能にした。EV普通車の場合、その充電時間は約30分と大幅に短縮される。
これにより、「ちょっと買い物ついでに」「次の仕事のアポイントの間に」という使い方が可能になった。
現状は日本国内の法令により、出力150kWが限度になるが、将来的に法整備がされ、240kWの出力が可能になることで、さらに短時間での充電が実現する。
蓄電池には再生可能エネルギーを活用
2つ目の大きな特徴としては、蓄電池に蓄えられる電力を再生可能エネルギーでまかなうことが可能になる点だ。従来のEVでは、昼間に走行し、夜間に充電するスタイルだが、夜間は太陽光での発電ができない為、系統から供給される電力の8割近くが火力発電由来のものとなる。ゆえにEV導入の環境効果を十分に発揮できない環境となっていた。
「Hypercharger」に使用される大型蓄電池には、リン酸鉄のリチウムイオンバッテリーが搭載されており、キュービクル不要で低圧受電できることが特徴。使用回数は約1万サイクル以上とされ、最低10年間は使用できる試算だ。
電池には昼間に太陽光発電等により作られた再生可能エネルギーを活用することができ、脱炭素化が進む社会において、車だけでなくインフラもクリーンにすることを目指す。また災害時には系統電力に頼らない非常用電源としても利用が可能だということだ。
操作は全てスマートフォンで
発表会では、実際にEVを用いたデモンストレーションもおこなわれ、ユーザビリティの高さが披露された。「Hypercharger」の利用はすべてスマートフォンの専用アプリを通じておこなう。アプリの地図上には利用可能な箇所が表示され、空いている時間帯が色付きで表示できる。利用者は予約した時間に来訪し、QRコードを読み込ませるだけで充電ができる。スマートフォンの画面では充電状況が確認でき、使用後は決済金額の明細やCO2削減量なども表示される。
このように予約、充電、決済までアプリで完結できることは利用者の負担軽減につながり、何よりも「出先で充電スポットが見つけられるだろうか」という不安や、充電の順番待ちといった無駄を省くことができる。
2030年には全国7,000か所の設置を目指す
では今後、「Hypercharger」がどれだけ街中に普及するのだろうか。
パワーエックス社EVチャージステーション事業部部長の森居紘平氏によると、「2023年より都心を中心に10か所から事業を開始、2030年には全国7,000か所を目指す」という。
候補地としては、東京ミッドタウンを筆頭に、丸の内トラストシティや神谷町トラストタワーといった商業施設に加え、成田国際空港などが挙げられ、今後の重点候補地として、大阪、名古屋、福岡の大都市圏と沖縄や北海道などの観光地の名前も挙がった。
また、伊藤忠商事と事業提携し、グループネットワークを活用した「チャージステーション」ビジネスや拠点数の拡大、蓄電池を活用したエネルギーマネジメントについても画策しているという。現在も多くの事業者と協議中で、森居氏は「アプリ上でのクーポン配布による、施設や店舗の回転・リピート率向上や、アプリ内での広告機能の搭載により、事業者様への導入メリットをアピールしていきたい」と意欲を見せる。
蓄電池の巨大生産拠点を国内に
パワーエックス社が持つ独自の蓄電池技術を軸に、ハードとソフト、サービスを1つにまとめた「PowerX Charge Station」はEV普及のブレイクスルーに大きく貢献することが期待される。「EVが本当の意味で環境に貢献するためには」という視点から、2030年に向けたミッションとして、「自然エネルギーの爆発的普及を実現する」というキャッチが付けられたように、同社の自然エネルギーに向けた視線は熱い。
前述の通り、夜間は太陽光などの再エネの発電率が低下するため、消費と発電のバランス調整される余剰電力が1日最大で約2GWが廃棄されている。2030年には太陽光発電は約2倍になることが見込まれ、比例して廃棄される電力が1日最大約16GWにまで拡大される試算だ。日本のCO2排出量約10億トンのうち、15%は自動車によるものとされており、再生可能エネルギーを活用した蓄電池技術をEVに用いることで、これらの課題解決を図る。
現在、パワーエックス社は岡山県玉野市に研究開発センターを併設した国内最大級の蓄電池工場「Power Base」の建設を進めており、生産規模は年間最大5GWh(原発5基分)。23年にテスト生産開始、24年の本格稼働を予定している。電池セル自体は海外からの輸入となるが、伊藤代表が「大量購入ボリューム効果とフルオートメーションによる量産効果で大型蓄電池の低コスト化が実現できる」と語るように、定置用リチウムイオン蓄電池の国際シェアで韓国や中国に遅れをとる日本において、サプライチェーンの旗手になることが期待される。
今後は電池そのものの生産基盤と供給体制が課題となるが、2025年に完成予定の大型電気運搬船と併せて、「蓄電池設備の普及が進むことで、火力発電を減らすことにつながる」(伊藤代表)と、事業に寄せる期待度は高い。
「EV充電=時間がかかる」という概念に大きな転換をもたらす「PowerX Charge Station」。充電出力のさらなる高圧化(240kW)は法整備とのセットにはなるが、設置場所が順調に増えていけば、ガソリンスタンドと同じ感覚でEVを利用できる日はそう遠くはないかもしれない。