コロナ時代に突入して早3年弱。この間、世界中で人々の働き方が大きく変わり、在宅勤務も広く定着した。
ワクチンの普及とともにフルタイムの出社勤務に戻す企業もあるものの、アメリカでは多くの企業で、出社と在宅を組み合わせたハイブリッドなワークスタイルが採用されている。リモートワークは、もはやパンデミック期の一時的な対応策ではなく、働き方のひとつとして認識されていると言えるだろう。
さらには勤務場所をオフィスか自宅か、の2択に限定せず、場所に縛られない働き方「Work From Anywhere」 のポリシーを掲げる企業も増え、転職者らの注目を集めている。今回はアメリカでの「働く場所」をめぐる人々の意識や最新トレンドについて見ていこう。
アメリカ全体の58%がリモートワーク可能な雇用条件
米マッキンゼー社が2022年6月に発表した調査によると、週に1回以上のリモートワークが可能と回答した労働者の割合は58%にのぼった。マッキンゼーによると、リモートワークが認められている割合は、コロナ前の2019年と比べ、各地で3~10倍に増加しているという。
この調査の回答者は、アメリカ全体の人口分布に沿う形で、国内の幅広い職種、年齢、人種、地域から構成されている。ホワイトカラーのオフィスワーカーだけでなく、現場での労働が基本のブルーワーカー層も含めた母数に対し、58%がリモートワーク対象というのは、極めて高い割合と言えるだろう。アメリカ全体に換算すると、約9200万人がリモートワーク可能ということになる。
またリモートワークが可能と回答した58%のうち、週5日フルタイムで在宅勤務可能が35%、一部のみ在宅勤務可能が23%の割合だった。
職種別に見ると、コンピューター関連、ビジネス・金融のオペレーション、建築・設計などでフレキシブルワーク率が高く、いずれも80%以上が在宅勤務可能な体制となっていた。
87%が在宅勤務を組み合わせたフレキシブルワークを選択
もうひとつこの調査で明らかになったのが、労働者が積極的にリモートワークを望んでいるという事実だ。雇用条件でリモートワークが認められている場合、87%もの人がその権利を行使しており、平均して週に3日在宅勤務をしていた。
さらに興味深いことに、12%の回答者が「就業時間の一部のみ在宅勤務が認められている」雇用条件にもかかわらず、「フルタイムで在宅勤務をしている」という矛盾した回答をしていた。
これは働き方にどれだけの自由度を認めるか、雇用主と労働者の間である種の緊張関係が生じている現状を示す、とマッキンゼーは分析する。リモートワークの割合を高めたい労働者側に対し、ある程度の縛りを持たせたい雇用主側という構図だ。
同調査によると、リモートワークなど働き方の自由度は、賃金上昇、キャリアアップに続いて転職検討理由の第3位となっており、転職市場においてもフレキシブルワークが可能か、という点が会社選びの重要な要素になっていることがわかる。
リモートワークの「働く場所」には制約があることが多い
このように多くの企業でリモートワークが認められている一方で、オフィス以外の働く場所については、何らかの制約が存在するケースが多い。フルタイムのリモートワークが可能という雇用条件は、どこでも好きな場所で働けるという意味ではないのだ。
自由な働き方に特化した米求人メディアFlexJobsの調査によると、リモートワーク可能な求人のうち95%は、特定の国、または地域、都市を在住拠点とするなど、何らかの地理的な制約条件が設けられているという。
その理由としては、必要に応じて対面のミーティングができるように、クライアントと対面でやり取りが必要、時差によってコミュニケーションが取り難くなることを防ぐ、など様々だ。
またアメリカ独自のものとしては、州によって規制や税制が大きく異なるため、従業員が働くエリアを固定する必要がある、州によって必要な証明書やライセンスが異なるため、特定の州でしか働けない、といった事情もある。
世界中どこからでも働けるWork From Anywhere
その一方で、働く場所に一切の制限を付けない「Work From Anywhere」のポリシーを採用する企業も増え始めている。その名の通り、社員は世界中のどこで働いても自由なため、旅行先から働いたり、複数の国を移動しながら働いたりすることも可能だ。
例えばシステム開発のProtocol Labs、ウィキペディアを運営するWikimedia Foundationなどは、現在FlexJobsに掲載されている求人案件のすべてがWork From Anywhereの雇用条件となっている。他にAirbnbなどの大手企業も、働く場所に制限のない求人案件を掲載している。
業界別に見ると、1位マーケティングや2位コンピューター/ITに続き、プロジェクトマネジメントやHR、財務経理の分野でもWork From Anywhereの求人が多くなっている。
デジタル・ノマド的な働き方が企業で働くボリューム層にも拡大
ロンリープラネット社は、コロナウイルスによるパンデミックでリモートワークが一気に普及したことで、これまでのデジタル・ノマドに「Anywhere Worker」という新たなカテゴリの人々が加わった、と分析している。
デジタル・ノマドとは、オフィスや自宅等の決まった場所ではなく、カフェやコワーキングスペース、旅行先などをノマド(遊牧民)のように、自由に移動しながら働く人のことを指す。
この概念は決して目新しいものではなく、日本でも10年程前に「ノマドワーカー」という言葉が大きく取り上げられたことを記憶している人も多いだろう。とはいえ、コロナ前までのデジタル・ノマドは、あくまでも個人事業主やフリーランスのように、組織に属さず個人で働く限られた層が主な対象だった。
しかしコロナ禍で一般企業に勤める層にもリモートワークが一気に浸透したことで、オフィス以外の場所でも働けるという経験と自信、そして場所に縛られずに働きたいという願望を持った人々が大量に出現した。それに呼応する形で、企業側も働く場所を限定しない雇用条件を整備するようになった。
その結果、Anywhere Workerという、企業の正社員でありながら、世界のどこからでも働ける新しいデジタル・ノマドのボリューム層が構成されつつある、というのが最新のトレンドと言えるだろう。
従来のデジタル・ノマド像を覆すAnywhere Worker層とは
従来のデジタル・ノマドには組織に属さないフリーランスであるという他にも、典型的なモデル像があった。つまり若く単身で、数日から数週間毎に世界中をあちこち移動しながら仕事をする、というイメージだ。
一方、最近出現しつつあるAnywhere Workerの実態は、それとは大きく異なる。ロンリープラネットとFiverr社の共同調査によると、まず年齢層は24歳から44歳が70%弱とボリューム層ではあるものの、45歳から54歳というミドルシニア層が35%も存在する。男女比はほぼ半数で、45%が既婚だ。そして子どもを含めた家族と一緒に移動することを想定している人が70%もいる。
さらに従来のデジタル・ノマドが数日から数週間スパンで場所を移動していたのに対し、Anywhere Worker層は一つの場所により長く滞在する。3カ月以上1つの場所に滞在すると回答した割合が半数以上の55%で、3カ月未満で移動すると回答した割合は33%程度に過ぎなかった。
これまでのデジタル・ノマドとは異なり、Anywhere Worker層は、滞在地の文化を深く経験し、ローカルコミュニティとも豊富な関わり合いを持つことが想定される。
もちろんAnywhere Workerとして異なる国で働くためには、ビザや税金面など課題も多い。既にエストニアやノルウェー、クロアチアなど、国を超えたリモートワーカーに対し、特別なビザを発給するスキームを整える国も出始めている。
アメリカ国内でも、州を越えて働く場所を移動する人を対象に、生活インフラやワーク環境の整備、現地コミュニティとの結びつけなどをサポートするプログラムが多数立ち上がっている。
現時点で、働く場所に全く制約のないWork From Anywhereの求人はわずか5%なのに対し、どこでも働けるAnywhere Workerになりたい、なることを検討していると回答した割合は54%にものぼった。
このギャップを見ると、企業は採用戦略の差別化の面でも、働き方の自由度を上げる方向に進まざるを得ないのは確実で、今後ますますWork From Anywhereの裾野が広がっていくことは間違いないだろう。
文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit)