「脱プラ」という言葉を耳にする機会が増え、レジ袋の有料化や紙ストローの提供など、使い捨てプラスチックを減らす取り組みは日常のなかにも徐々に浸透してきている。一方で「代替素材の紙のほうがもっと環境負荷がかかる」「レジ袋を有料化してもたいして意味がない」などの声も聞く。
「脱プラ」という言葉の普及やレジ袋有料化の流れもあり、なんとなく「プラスチックは悪い、紙は良い」といった意識があるが、そもそも根本的には何が問題となっているのか。結局、本当に環境にやさしい素材は何なのか。海洋プラスチック問題の専門家で、ジャムステック(海洋研究開発機構)研究員の中嶋亮太さんに、その真相を聞いた。
プラスチックの生産量は年間4億トン以上。大部分は使い捨てプラスチック
――中嶋さんが海洋プラスチックごみ問題に関心をもったきっかけについて教えてください。
もともと小さい頃から海の生き物が大好きでした。もっと生態を知りたいと思い、海洋学などを学んだ後、最初はサンゴ礁の研究をやっていたんです。そのなかで、大きなプラスチック袋がサンゴに絡まったり、サンゴがプラスチックを食べてしまったりと、サンゴ礁が苦しめられていることが分かりました。世界の漁業生産の一割を支えているとも言われるサンゴ礁ですから、壊滅してしまっては困ります。美しいサンゴ礁を守りたいという個人的な想いもあり、プラスチックごみ問題に関心を持つようになったんです。
――プラスチックごみ問題について、国内ではレジ袋有料化の流れもあり、なんとなくプラスチック=悪という認識があると思います。そもそもプラスチックごみの何が問題なのか、改めて教えてください。
根本の問題は、大量生産と大量廃棄です。世界のプラスチック生産量は年間4億トン以上とも言われています。その生産の大部分が食料品の容器や飲料ボトルなどの使い捨てプラスチック。そして、世界中で発生するプラスチックごみの半分近くが、使い捨てのプラスチックだと言われています 。消費者の手にわたり、一度の使用で捨てられる。そんな、使い捨て文化から脱却できていないことから、人口増加と比例してプラスチックごみの量も増加しているんです。
このプラスチックごみの量が増え、きちんと処理されず、最終的に行き着くのが海です。一説によれば、年間でおよそ1000万トンが、毎年新たに海に流れていると言われています。2050年にはプラスチックごみが魚の量を上回るという推定もあります。
基本的にプラスチックは微生物が分解できないため、海にずっと残ります。それを海の生き物が誤って食べてしまう。鯨のお腹の中からビニール袋がいっぱいでてきたというのはよく聞く話です。すでに700種類以上の海洋生物がプラスチックを誤食しており、人間が食べる魚介類も含まれます。
それの何が問題なの?と思うかもしれません。ひとつの問題はプラスチックに使われるいろいろな化学物質が体内に入ることです。製品を燃えにくくする難燃剤や加工しやすくする可塑剤、紫外線による劣化を防ぐ紫外線吸収剤などさまざまな化学物質があり、これらは添加剤と言われています。ほとんどの添加剤はプラスチックとは化学的に結合していないので、プラスチックから滲み出てきてしまいます。
パスタで例えられることがありますが、お店で、パスタだけを出しても売れず、ミートソースをかけてはじめて商品になるように両者は絡み合って1つの商品になっています。しかし、結合はしていないので洗うとソースは流れていってしまいます。同じ理屈で、プラスチック製品からも添加剤が滲み出てきてしまうんです。
この添加剤には人体に有害な物質が多く含まれています。そのため、添加剤入りのプラスチックを小さな魚が食べて、その魚を今度は大きな魚が食べて化学物質が濃縮され、それを人が食べることでさらに濃縮されて体内に入っていくわけです。母乳を通じて小さな子供にも行き渡る可能性もあります。まだ人体への影響は不明ですが、研究が急がれています。
最近では、スーパーで売っている魚も含めて498種類の魚の消化管を調べた結果、65%からプラスチックが出てきたという調査もあります。日本でもスーパーで買ってきた魚から、目に見えてプラスチックが出てくる時代が来るかもしれません。そうなると魚介の商品価値が下がって水産業が打撃を受けてしまう。
経済リスクは他にもあります。例えば、プラスチックごみが大量に打ち上がるビーチには二度と行こうと思わないですよね。そうした、観光地への被害は世界中で起きており、海洋に依存する観光業の収入は減っています。ビーチを掃除するにもコストがかかりますが、何度掃除してもプラスチックが打ち上がってくる。きりがありません。
さらに、ごみがあふれると、船のプロペラに絡まり出し、物流が止まる可能性もあるでしょう。このまま何もしないと、数十年後には多額の経済被害が出る可能性があるのです。
リサイクルすれば良いのではない。そもそもの生産量を減らすことが大事
――プラスチック問題に対応する方法としては「リサイクルすれば良い」という話もありますよね。
一つ忘れてはいけないのは、リサイクルしたものが再びリサイクルされるわけでないこと。リサイクルされたプラスチックが再びリサイクルされた率は14%とも言われています。リサイクルの過程で不純物がまじる・劣化するなどで品質が落ちるためです。
例えばペットボトルをリサイクルすると、再びボトルに生まれ変わることは少なく、ほとんどの場合はポリエステル繊維になるんですよ。つまり、衣類などに換わるわけです。着古した衣類はリサイクルされることはほとんどなく、結果的にごみになってしまいます。
また、基本的にポリエチレンからポリエチレンのように同じ材質にしかリサイクルできません。しかし、ほとんどのプラスチックごみはいろいろな材質がごちゃ混ぜになって捨てられており、材質ごとに分別するのも大変ですから基本的にリサイクルはされていません。
海外から見ると、日本のリサイクル率は高く見られることがありますが、実情はほとんどを焼却しています。日本はサーマルリサイクル、つまりは燃やしたプラスチックを熱エネルギーに変えることもリサイクルと位置付けており、これと通常のリサイクルの割合を足して高いリサイクル率に見せているだけなんです。でも、熱エネルギーに変えることを、国際社会はリサイクルと認めていません。燃やしたらなくなるのでサイクルしてませんから。
さらに、これまで日本やヨーロッパは中国などに廃プラスチックを輸出し、現地でリサイクルしてもらっていました。ところが、中国も人口が増え続け、自分の国から出るごみの量が多くなったなどの理由で、いきなり輸入を止めたんです。
行く場所のない大量の廃プラスチックは、今度、東南アジアに送りつけられるようになりましたが、受け入れる体制はほとんど無く、各国が受け入れを拒否。国際問題になり、バーゼル条約という有害廃棄物の輸出入に関する国際条約によって、汚れた廃プラスチックの輸出に規制がかかりました。
結果、日本やヨーロッパには行く先のなくなった廃プラスチックが溜まるようになり、これを受けてヨーロッパでは、使い捨てを脱却し2030年までにすべてのプラスチック容器包装を再利用またはリサイクルすると発表したんです。
とくに日本は、使い捨てプラスチックの排出量が世界第2位と、ものすごく使い捨ての量が多い国。このままでは行き場を失った廃プラスチックの山が、いたるところで放置される事態にもなりかねません。
リサイクルは重要ですが、リサイクルできる量よりも遙かに多くのプラスチックごみが発生していることが問題です。そもそもの生産量を減らすことがやはり大事なのです。
プラスチック製品ではなく「使い捨て」こそが真の問題
――そんなプラスチックの生産量を減らすアプローチの一つとして、レジ袋有料化があるのですね。
はい。最近ネイチャーに掲載された論文によれば、世界の海で最も多いプラスチックごみは、レジ袋なんです。年間で廃棄されるプラスチックごみのうち、レジ袋は重さがないので比重的には少なく見えるのですが、数で言えばトップクラス。だからこそ、まずは身近なプラスチックの使い捨てを減らそうと、レジ袋の有料化が行われたわけです。
――少なくとも、レジ袋有料化は正しいアプローチなのですね。
はい。ヨーロッパに行くとレジ袋は十円以上だったりもするので、本当はそのぐらいの値段に設定した方が、より使い捨ての量は減らせるでしょうね。また、身近なもので言うと、飲食店などで出てくる使い捨てお手拭きも減らさなくてはいけない(外装がプラスチックであるだけでなく中の不織布もプラスチックが使用されている)。日本では、4月にプラスチック新法という新しい法律ができ、プラスチックのフォークなどの提供に規制がかかりました。しかし、お手拭きは規制の対象になっておらず、対策が必要でしょうね。
――一方で「脱プラ」を推し進めて紙製品などを多く使うと、今度は森林資源の減少につながるという意見もあります。代替品として紙を使うという選択肢は、本当に正しいアプローチなのでしょうか?
まず「脱プラ」という言葉が一人歩きをしていますが、そもそも「使い捨て」こそが真の問題なんです。プラスチック製品であっても、長く使える分にはまだ良いんですよ。なおかつ、長く使えるプラスチックをリサイクルできる設計にする。プラスチック製であってもマイバッグを使うのは、使い捨てをなくす観点で有効なんです。
脱プラと言っても、プラスチックの使用をゼロにすることは、現実的ではありません。ゼロにしたら私たちの生活は成り立たないでしょう。医療器具などどうしても使い捨てプラスチックを必要とするものもあります。もし、すべての使い捨てプラスチックを紙などのバイオマスに置き換えたらどうなるでしょう。生産量が追い付かないことはもちろん、現在使用されている量をすべて紙などに置き換えれば、必ず森林が減ります。
そのため、使い捨てプラスチックの「使用量を減らす」ことが大前提。その上で、プラスチック製品であっても長く何度も使えるものを選んだり、必要に応じて紙などの代替素材に置き換えたりすることが重要です。
代替素材の紙については、FCS認証を受けている持続可能な森林で育てられた木や、収穫期を過ぎて老木になっているものを利用するのであれば問題ないと思っています。そして木を切ったらまた植える。日本には、植樹されてから50、60年が経過し、収穫期を過ぎて老木になっている有効利用できていない森林資源はたくさんあります。
日本はパルプ材の多くを輸入に頼っています。代替品として紙を利用するためにも、日本の林業自体を活性化させ、輸入したものではなく、国内で自給自足できる状態がベストですね。紙産業は水をたくさん使いますが、日本は水資源が豊富にあるため、その点も問題ありません。
――プラスチックの代替品として紙を使う以外で、ほかにも環境にやさしい素材はあるのでしょうか?
トウモロコシなどの植物から作るバイオマスプラスチックが注目されています。バイオマスプラスチックは燃やしても地球温暖化の原因には理論上ならないためです。回収してリサイクルしやすい素材もあります。
ただ、全部バイオマスプラスチックに置き換えれば良いという単純な話ではありません。バイオマスプラスチックをたくさん作ろうとすると、その原料となるトウモロコシなどの穀物が大量に必要になり、食糧問題に発展してしまいます。そのため、話は戻りますが、やはりまずは使い捨てを減少させて生産量そのものを減らしていくのが正しいアプローチです。
過剰な包装の抑制や液体製品の固形化、量り売り…まだまだできることはたくさんある
――使い捨てプラスチックの生産量を減らすために、企業側ができるアプローチはあるのでしょうか?
まずは包装をもっと減らすことでしょうね。例えば箱のお菓子を開けると、プラスチックトレイが出てきて、さらに個別に包装されていますが、そういった過剰な包装はもっと減らせます。
水分をたくさん含む商品を固形にして売ることも大事です。その先駆けと言ってもいい『ラッシュ(LUSH)』では、パッケージのない固形のパーソナルケア用品を販売しています。例えば液体のボディソープは、本体や詰め替え容器でもプラスチックが大量に使われています。そのため液体のボディソープを、固形石鹸にして紙で包装して売るだけでも、使い捨てのプラスチックを減らすことができます。
関連して、量り売りのお店も増えて欲しいですね。固形ではなく液体のメリットがあるからこそ利用されている側面もあるので。例えば、お店に容器を持参すれば、そこにボディソープを充填してもらえる仕組みなどは有効になるでしょう。現在、『無印良品』の一部店舗では始まっている取り組みです。
こうした生活用品に限らず、『スターバックス』ではマイボトル持参すると、そこにコーヒーを淹れてもらえる。マイボトル持参で、数十円値引きしてもらえるのも、活用を促進する大事なポイントです。『コカ・コーラ』も、2030年までに4杯に1杯のドリンクを再利用された容器に充填して提供するという目標を宣言しました。
あと、サービスエリアに行くとよく見かける紙コップ式の自動販売機を提供する『アペックス』という会社では、マイボトルが入る大きさの専用コーヒーマシンを開発し、『サーモス』などとコラボもしています。
今では買って飲むことも当たり前になった水も、ペットボトルではなく、コンビニで充填できる仕組みを整えられると良いですよね。一回50円など、ペットボトルの水を買うよりも安い値段で。使い捨てのプラスチックを減らすことが消費者にインセンティブをもたらすWIN-WINの関係をつくれればベストですね。
――ありがとうございました。最後に、中嶋さんご自身が今後取り組んでいきたいことを教えてください。
個人的には出版やメディア出演などを通じて、プラスチックを減らす取り組みをもっと啓蒙していきたいと思っています。最近では『暮らしの図鑑 エコな毎日』という本も出版し、消費者目線でプラスチックを減らすアイデアも分かりやすくまとめました。
また国連は、SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」と、海の問題に取り組んでおり、2025年までに海洋汚染、海洋ゴミを大幅に減らす目標設定をしています。ただ、世界中が目標14に投資する額が少ないという問題があり、2021年から国連海洋科学の10年と定め 、海にとにかくみんなの関心を集める取り組みに注力していこうとしています。
私が所属する「ジャムステック(海洋研究開発機構)」でも、海洋プラスチックごみの量を分かりやすく可視化したデータを、国に提供しようとしています。というのも、国が企業と組んで、どうやってこの問題を解決していくか、対策を立てるときに研究データを使うんです。政策を立てるときの科学的根拠となるデータを提供するのが、私たちの役目です。
海に流れ着いたプラスチックごみのうち、浮いてる量は全体のわずか数パーセントで、残りの大部分は海の底に溜まります。とくに日本周辺の海底にはいっぱい溜まっていると予測されています。なぜなら世界の半分以上の海洋プラスチックを生み出すアジアのごみが、海流に流され、その一部は日本の近海に流れ着くためです。そのため日本は海洋プラスチック汚染のダメージを受けやすい国とも言える。
そこで、私たちは海底の目に見えていないごみの量を調査し、マップとして可視化して国に提供し、プラスチック問題解決につながる政策を立てる際に役立ててもらおうと考えているんです。
プラスチック問題の現状をデータとして国に伝え、そして国を通じて国民の皆さまに伝えてもらうことが私たちの使命です。
【中嶋さんの著書】
左:「暮らしの図鑑 エコな毎日」プラスチックを減らすアイデア75×基礎知識×環境にやさしいモノ選びと暮らし方
右:海洋プラスチック汚染「プラなし」博士,ごみを語る
文:吉田 祐基