2022年8月2日、CNBCはインスタグラム責任者のアダム・モセリ氏が一時的にロンドンに移って、英国チームを強化することを報じた。折しもこの発表は、インスタグラムの「新しい試み」を公表し、インフルエンサーや一般ユーザーから大反対が巻き起って取り下げた直後であった。

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TikTok化が止まらない、迷走するインスタグラム

2022年7月26日、モセリ氏は自身のSNSアカウントに動画で登場し、「インスタグラムをより良い体験にするため、私たちが取り組んでいること」として、短編動画機能「リール」により注力し、「フルスクリーン表示」を試験的に導入することなどについて語った。また、今後はAIによるリコメンド投稿が優先表示されるようになるとも言っている。

しかしこの発言の直後、有名インスタグラマーやユーザーから猛反対が巻き起こった。フォロワー3.2億人を持つキム・カーダシアンとカイリー・ジェンナー姉妹は「TikTokになるのはやめなさい」と非難。オンライン上では「インスタグラムを再びインスタグラムに(Make Instagram Instagram again)」という署名運動が巻き起こり、激しい批判の嵐の中、「新しい取り組み」は撤回するに至った。

Snapchatの成功体験が元に

TikTok人気に押され、ユーザー数が伸び悩むインスタグラム。世界中のZ世代やティーンエイジャーに圧倒的支持を得るTikTokは、2021年ユーザー数がついに10億人を突破した。

インスタグラムは元々「四角い窓から世界を覗く」ような写真共有アプリであったが、ここ数年は動画機能の拡充を図っており、2017年に24時間限定の連続写真・動画共有機能「ストーリー」、2020年には「リール」を導入。ストーリーは競合アプリSnapchatの機能に酷似していると、早くから模倣を指摘されていた(前CEOのケビン・シストロム氏も「真似た」ことを認めている)。

しかしこれが「大当たり」し、今やストーリーはインスタグラムの“顔”のような存在になっている。

ここ2〜3年はTikTokを意識した施策が目立ち、「インスタグラムのTikTok化」という批判も聞こえる。しかし、Snapchatの成功体験も後押しし、動画へのシフト姿勢は変わらないだろう。実際、メタのザッカーバーグCEOは2022年7月27日の収支報告で「リールの視聴時間はインスタグラム利用時間の約20%を占める」と述べている。

発言撤回直後の7月28日、モセリ氏はテック系ニュースレターPlatformerのインタビューで「リスクを冒してよかった。失敗しなければ、私たちは大胆に考えていないこと」と振り返った。そして「私たちは大きな一歩を踏み出し、再編成する必要がある。私たちはこれを乗り越えていく」とインスタグラム再編について大きな意欲を示した。

そして、2022年後半にロンドンに一時的に移転することが報じられた。

豊富なIT人材、人件費は米国の1/3ほど

メタのロンドン拠点はインスタグラム専任の製品チームを含む、4,000人規模の米国外最大のエンジニアリング・ハブである。豊富なIT技術者を要し、これまでに重要な開発を多数担ってきた。

例えば、コミュニケーションアプリ「ワークプレイス」を最初に開発したのはロンドンチームである。「ロンドンのクリエイターチームを支援する」とモセリ氏が言うように、今後は本社に次ぐ重要な開発拠点として英国により注力していくようだ。

今回のロンドンシフトは「TikTokに対抗するため」というのが表向きの理由だが、さらにいくつかの事情がありそうだ。その一つが、人件費の削減である。

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企業のレビューサイトGlassdoorによると、本社サンフランシスコのソフトウェアエンジニアの平均給与は16万9,000ドルであり、最高額は54万5,000ドル。一方、ロンドンの平均給与額は約6万9,000ドルで、最高でも7万4,000ドルとのこと。サンフランシスコに比べ、およそ1/3の人件費で賄えてしまう計算だ。

広告収入が伸び悩むメタは、2022年第1四半期の純利益は前四半期から36%急落し、67億ドルという結果に終わった。2012年のIPO以来初の売上高減少であり、先の収支報告でザッカーバーグ氏は今後の人員削減についても示唆していた。

規制強化が進む欧州対策の側面も

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ロンドン強化のもう一つの理由は、規制の厳格化が進む欧州対策である。

2022年5月6日、英国政府は大手テクノロジー企業に対する規制「フェアプレー規制」を発表した。同規則には、プリインストールされたアプリ以外の利用を制限する行為の禁止など、大手テック企業から独占を守る内容が記されている。また、アルゴリズムが中小企業に被害を与える場合は、その変更義務も盛り込まれている。本規則を違反すると巨額の罰金が課せられる。

英国だけでなく、欧州連合(EU)も規制や監視を強めている。EUは今年前半に相次いで大手テック企業を規制する「デジタル市場法」と、SNSなどを規制する「デジタルサービス法」の法案に合意した。

英国元副首相で現メタ、ニック・クレッグ氏の存在

TIMEによると、モセリ氏と共にもう一人ロンドンに移転する人物がいるようだ。メタの国際問題担当プレジデントであるニック・クレッグ氏だ。

クレッグ氏は英国の元国会議員で、自由民主党の党首(2007年)や連立政権での副首相(2010〜2015年)を務めた有力者。英国で議員になる前は欧州委員会で働き、欧州議会の議員として5年間従事した経験もある。

クレッグ氏は議員を辞めた後、2018年にフェイスブック(当時)に入社。当初は国際問題担当のバイスプレジデントであったが、2022年2月にプレジデントに昇格した。ガーディアン紙によると、ザッカーバーグCEOはクレッグ氏の昇格後の役割について、「各国政府との調整や“当社の製品を公に主張すること”を含む、すべての政策案件を任せる」と、自身のフェイスブックページに投稿している。

クレッグ氏は、フェイスブック入社後に家族でカリフォルニアに移住したが、今後はカリフォルニアとロンドンを行き来して政府関係者との関係構築に務めると、メタ広報担当者は伝えている。

現在、メタと欧州の関係は緊張状態にある。個人データの流出について神経を尖らす欧州に対し、メタは2022年2月、「ユーザーデータを米国に移転することが不可能になった場合、フェイスブックとインスタグラムは欧州から撤退する」と脅しをかけた。

巨大市場である欧州を易々と手放すことは考え難いが、ユーザーデータの所有権について軋轢が生じていることは確かである。欧州に太いパイプを持つクレッグ氏が前面に立つことで、なんとか折り合いをつけたいザッカーバーグ氏の思惑が垣間見える。

主力事業に据えるメタバースが軌道に乗るには、もう少し時間がかかるだろう。内憂外患のメタ、今後しばらくは試練が続きそうだ。

文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit