「骨髄ドナー」と聞いた時、あなたはどんなイメージを持つだろうか。その言葉の響きだけで「なんとなく怖い」という印象を持っている人も少なくないのではないだろうか。
骨髄バンクとは、白血病などの血液疾患の治療として移植が必要な患者のために、血縁関係のない健康な人から提供される造血幹細胞を患者にあっせんする仕組みで、骨髄ドナーはその候補として骨髄バンクに登録する人のことを言う。この「骨髄ドナー」について、あなたが知っていることはどれくらいあるだろうか。日本国内に何人くらいのドナー登録者がいるのか。ドナーの白血球の型が合致する確率はどれくらいで、さらにその中で何割が実際に提供されるのか。そして、どれくらいの命がドナーによって救われているのか。具体的な数字は思い浮かばないという人がほとんどではないだろうか。
毎年9月の第3土曜日は「World Marrow Donor Day」(世界骨髄バンクドナーデー)とされており、骨髄バンク・ドナーについて多くの人に知ってもらうため、世界各国で様々な取り組みが行われる。これに連動して翌週9月24日に広島で開かれた骨髄バンク推進全国大会では、「社会を変えるアイデアフェス」が今年始めて開催された。テーマは「#骨髄ドナー不足」だ。
現在骨髄バンクでは、ドナー不足が課題となっている。骨髄ドナーを必要としている患者のうち約半数にしか提供できていないという現状があるほか、コロナ禍を受け新規登録者数にも影響が出ているのだ。特に若い世代のドナー登録は喫緊の課題だ。提供できる年齢の上限が55歳までであるため、なるべく若いうちに登録していたほうが適合する可能性が高くなるほか、若いドナーから移植を受けたほうが患者の治療成績が良いといわれているからだ。実際に医療現場での実績では、6割以上が20~30代のドナーからの提供となっている。
「社会を変えるアイデアフェス」は、この「若い世代の骨髄ドナー登録が不足している」という課題に対し、当事者の世代である高校生・大学生を募り、課題解決のためのアイデアを考え発表してもらう、という取り組みだ。
集まったのは、会場でもあった広島県内の高校・大学に通う学生中心に総勢35名11チーム。既にドナー登録説明員として活躍するなかで課題を感じて参加したという学生から、骨髄ドナーについてはほとんど何もわからないが社会課題に向き合うよい機会として学校の先生から勧められたという学生まで、さまざまな理由での応募があった。
アイデアフェスは大きく3つのセッションに分かれており、骨髄ドナーについて詳しく知るインプットセッション、グループでアイデアを出し合い企画にまとめるアウトプットセッション、そして考えたアイデアを発表するプレゼンテーションをそれぞれ1日ずつ、計3回のステップを経て実施された。
9月10日には、基礎知識に加え、実際にドナーから移植を受けた元患者や、実際に提供したドナーから体験談を聞き、骨髄ドナーについて学ぶインプットセッションが行われた。セッションを終えた学生からは「ドナーのリアルを知ることができました。今回のプレゼンは良いものにしたいです」「ドナー登録ではなく提供がゴールだということがわかりました。登録はあっという間に出来てしまうが、あくまで提供までがセットであり、その提供が難しいことが問題というのが印象に残っています」などの感想が上がった。
発表前日の9月23日に行われたアウトプットセッションでは、インプットセッションで学んだ知識をもとに、課題設定やそれらを解決するため持ち寄ったアイデアプランを話し合い、プレゼンにまとめるためのグループワークを実施。
アイデア出しや発表のための手書きスライド制作に「普段あまりやらない作業なのでなかなか難しいです」と苦戦しながらも、各グループとも終了時間直前まで試行錯誤している様子が見られた。
参加したグループのうち、山陽女子短期大学赤十字ボランティアサークルの代表チームの引率で参加していた小野寺利恵准教授/博士は、学生たちが奮闘する様子を見ながら「(山陽女子短期大学の)臨床検査学科の学生は将来ドナーの方の検査なども行うので、学生のうちから何か骨髄ドナーに関わることができればと声をかけました。発表や賞などもありますが、自分たちで考えることに意味があると思っています。まずはこの機会を大事にしてほしいです」と話した。
翌24日には、各グループが作成した手書きのプレゼン資料を用いてアイデアを発表するプレゼンセッションが開かれた。審査員は、主催者側の日本骨髄バンクの小寺良尚理事長、電通ジャパンネットワーク執行役員北風祐子氏のほか、ゲスト審査員として元広島カープの天谷宗一郎さん、広島ドラゴンフライズゼネラルマネージャーの岡崎修司氏、タレントの藤原あずささんの5名が参加した。
プレゼンセッションでは、若年層に人気のSNSを使ったプロモーションやカフェを活用したコラボなど、11チームそれぞれが若者らしいアイデアをプレゼン。豚骨ラーメンを軸にしたアイデアなど、時折会場が笑いに包まれるような発表も見られた。
その後、審査員5名の審議を経て受賞者が決定。審査員特別賞は白熱した議論の結果、急遽2チームの受賞となり、地元らしい広島カープとのコラボを提案した黒瀬高校の「患者も応援できる席」、島根からリモートで参加した島根県立高校のキッチンカーを中心に若者との接点を創り出すアイデア「#ずいずいかー」が選ばれた。
審査員である北風氏は、「いずれのアイデアも『気持ちだけでは動かない』といった視点で課題設定をしており、それぞれのターゲットが好きなこと、夢中になれることと関連付けたアイデアになっていた点がよかった」と評価した。
準グランプリには広島国際大学から参加したチームによる、白血球の型が合致する確率を若者世代が共感しやすい「運命」に例えてSNS展開を狙うアイデア「#しょーもない運命」が選出。見ている人に訴えかけるプレゼン力が評価された。
そしてグランプリは、同じく広島国際大学から参加したチーム“管理区域”の「本気の登録」が受賞。事前に知人やSNS上でドナーについての独自のアンケート調査を行った結果から「登録数を上げつつ提供辞退率(=HLA型合致後、仕事の都合などにより辞退するケース)を下げることが重要」という課題を設定したプレゼンとなっており、同年代の若年層の間で関心の強いコンテンツで認知を拡げつつ、企業がドナー休暇を取り入れたくなるような制度を作ることで社会を巻き込んだ「本気の登録」を増やす、という一連のアイデアを発表した。
メンバーのうち2人はドナー登録説明員としても現在活動しているという。日本骨髄バンク理事長の小寺氏は、「個性に富んだ発表で、印象深かったです。実践した経験に基づいたアイデアで、このような方々が説明員として活動されていると知って、安心しました」と述べた。
グランプリの表彰を受け、チームのメンバーである明野遼香さんは「素直に嬉しいです。このプレゼンをするために色々な人に協力してもらったので、その人たちにも感謝しています」と述べ、最後に今回のアイデアフェスに参加したことへの感想を尋ねられると「初対面の人たちばかりでしたが、(ドナーを増やしたいという)同じ目標に向かっている仲間として親近感が湧きました」と想いを語った。
アイデアフェス終了後、参加した学生の多くが「参加してよかった」「考えること自体がいいきっかけになった」と口を揃えた。多くの人は、正しい知識を得ないまま漠然と「怖い」というイメージを抱いているものに対し距離を置いてしまう。しかし、小さなきっかけから一歩踏み出すと、もっと詳しく知りたくなる、実践したくなる、さらに人に伝えたくなる、という意識変容が起こる。第1回の「社会を変えるアイデアフェス」で学生たちが考えた時間や、そこで出会った仲間が、社会を大きく変える小さな、いや大きなきっかけになったのではないだろうか。