米国などでリセッションが広がる中、アジア太平洋地域でもその兆しがあると言われる。しかし、空前の人手不足に直面している労働市場においては、雇用増の傾向が報告されている。

各国でリクルートに広く活用されている世界最大級のビジネス特化型SNS「LinkedIn(リンクトイン)」の分析によると、特にオーストラリア、シンガポール、インドで雇用や求人広告の増加が観察されているようだ。

堅調を維持するオーストラリア、シンガポール、インドの労働市場では、2022年、パンデミックへの対応をどのように変化させ、どのような職種で雇用が伸びているのだろうか。

宿泊業で共通して雇用増のオーストラリア、シンガポール、インド

LinkedInは2022年4月時点で登録者数7億5千万人を超える、世界中でネットワーキングと採用、求職に活用されているSNSだ。求職者は経歴、雇用主は採用を行っているポジションを投稿する形で利用する。

このLinkedInの求人広告で、オーストラリア、シンガポール、インド3カ国に共通してこのところ大きく増加しているのが、宿泊施設の求人広告だ。

観光業はパンデミックによる打撃が最も大きかった産業の一つだが、非常に厳格な入国規制をとっていた国が多いアジア太平洋諸国において、今年に入ってからの水際対策の緩和で急増した観光客へ対応するため、積極的な雇用が行われているようだ。

オーストラリア、シンガポールの入国規制、大幅に緩和

世界で最も厳格とも評された水際対策を行っていたオーストラリアの場合、今年2月に規制を大幅に緩和、ワクチン接種を完了した外国人を対象に、旅行者の受け入れを再開した。

オーストラリアはもともとインバウンド先進国と呼ばれ、ルクセンブルグと並び、観光客1人あたりの支出が約52万円と、世界トップクラスの観光収入額を誇る国だ。

入国規制の大幅な緩和でインバウンド関連産業の求人が増加するオーストラリア(UnsplashCity of Gold Coastより)

美しいビーチや自然遺産と日照時間に恵まれた同国では、世界中の多くの人が待ち望んだ国境の開放に伴って、観光客が戻りつつあり、インバウンド関連産業に徐々に活気が戻りつつある。

同様に厳格なコロナ対策を行っていたシンガポールも今年3月、水際対策を変更、外国人の入国手続きが大幅に緩和された。

対象として指定された国からの渡航者は、迅速抗原検査で到着前24時間以内の結果が陰性なら、隔離期間なしで入国できるようになり、さらに4月22日には、より一層の対策の緩和によって、空路・海路で入国した場合、ワクチン接種完了者であれば入国前検査を受ける必要がなくなった。

接客業、小売業、娯楽産業の企業も雇用を拡大

オーストラリア、シンガポール、インドは、国内でも厳しい感染対策をとってきたが、こちらも今年に入ってから各種規制が緩和され、それに伴って、小売や娯楽、接客業の求人に復活の兆しが見られる。

国内での各種制限緩和に伴って小売業や接客業の求人も回復している(UnsplashLouis Hanselより)

シンガポール政府タスクフォースは今年4月、各種イベントの参加人数や出社人数の上限を撤廃するなど、感染対策の大幅緩和を発表。屋内マスク着用や体調不良時の自主隔離など、基本的な感染対策は引き続き市民各自が責任を持って行うとしながらも、国内の日常生活は可能な限りパンデミックの前に近い状態に戻す方針をとっている。

インドではパンデミックの最中、一時は都市間の移動制限のみならず、食料品や薬など生活必需品を扱う店舗以外の営業を禁止するなど、非常に厳しいロックダウンを行ったが、こちらも現在は緩和されている。

各国で介護などケア業界の求人も増加

この3カ国では、介護や介護補助職といったケア業界の求人も、水際対策の緩和後、大きく増加している。

もとより日本と同様に高齢化に伴うケア業界の慢性的な人手不足を抱えていたオーストラリア、シンガポールだが、ケア業界の人材を移民や外国人労働者に大きく頼っていたことから、パンデミックによる介護人材不足は深刻なものだった。

オーストラリアでは、例年、移民で約25万人近く人口が増加しているが、パンデミック下で厳格な国境管理により、2021年の移民数は9万5,000人の純減となった。

ワーキングホリデーも、通常は同一雇用主の元で働くのは6カ月までとされている中、介護補助職など一部の職種は、一部地域で1年間同じ職場で働ける例外的な優遇措置を受けており、コロナによるワーホリ新規ビザの発給停止による打撃は大きかった。

シンガポールでも、パンデミックが始まってから、国内で働いていた外国人が大量に国外流出し人手不足が起きた。加えて介護業界では、新型コロナ感染対策による業務負荷増により、大量の離職者が発生し、人手不足に拍車をかけている。

オーストラリアで特に伸びる宿泊施設、小売業の求人

各国別の傾向を見ると、オーストラリアでは、第2四半期の採用率は宿泊分野で62%増、リテールで46%増、金融サービスで25%増となっている(LinkedInにおける採用率とは、採用数をLinkedInの会員数で割った指標であり、パンデミック前を2019年同時期として比較している)。

特に伸びている宿泊分野だが、インバウンドを重要な産業とする国だけあって、オーストラリア政府観光局が精力的にプロモーションを展開。国外からの観光客の再誘致に全力を尽くしており、日本人旅行者の誘客に向けても、大規模な広告キャンペーンを開始している。

オーストラリアでは特に宿泊・小売分野での雇用が伸びている(UnsplashEriksson Luoより)

全国紙の全面広告や屋外モニター、インスタグラムなどSNSでオーストラリアへの旅を誘う広告を見かけた人も多いのではないだろうか。

シンガポールではエンタメ分野で採用率100%増

 シンガポールで最も採用率が伸びているのは、やはりパンデミックで一度は大打撃を受けたエンターテイメント分野だ。交通・ロジスティクスが31%増、宿泊も15%増となっているが、エンターテイメントは100%増と大幅な伸び率を記録した。

シンガポールではエンターテイメント分野で採用率が上昇している(UnsplashPeter Nguyenより)

これは、コロナ禍で厳格に行われていたシンガポール国内のクラスター対策の緩和が一気に進んだことが大きいだろう。

同国政府は今年4月26日から、それまでの集会人数10人という上限を撤廃、さらにショッピングモールなどにおいて、追跡アプリを用いたチェックインが必要なくなり、飲食店でのワクチン接種のチェックが撤廃された。1,000人以上の大型イベントについても、施設収容能力の75%としていた上限の撤廃がなされている。

インドでは宿泊、建設、不動産分野で採用が増加

観光ビザの発給を止めていたインドも、2021年11月15日から発給を再開し、宿泊分野で65%の採用率増加を記録した。

一度は厳格なロックダウンを経験した同国においても、業態によって差はあるものの、多くの企業が現在は通常通りの営業活動を再開、経済活動は次第に活発化しており、建設で40%増、不動産でも25%の採用率増加となっている。

観光ビザ再開、企業活動正常化のインドでは宿泊、建設、不動産が採用好調(UnsplashHardik Joshiより)

インド経済監視センター(CMIE)によると、一度はパンデミックで11.9%まで上昇した失業率は改善の傾向にあるとのことだ。

インドでは、日給で食費や家賃といった生活費の支払いをまかなっている人が多く、経済活動の再開を求める声が大きかったため、現在の規制緩和路線は歓迎されているようだ。

求人は増えるも求職活動の競争率は低下、人手不足は続く予想

もっともこれだけ求人広告や採用が増加しても、人手不足の解消は難しそうだ。

オーストラリア、インド、シンガポールでは、LinkedInの有料求人広告への応募が平均で50%以上減少しており、LinkedInのアジア太平洋地域担当者も、「求人広告が増加しても、労働者は次の職をより選択的に選んでいるため、平均して求職における競争率は低下している」と述べている。

宿泊業や飲食業などの人手不足、求人の増加は欧州でも顕著だが、パンデミックで一度このような業種を離れた人々が、より賃金が高く、労働条件の良い他の業界に転職し、そのまま戻ってきておらず、この夏の欧州は、バケーション期間、人手不足に苦しみ、経験を問わず即採用を行うホテルやレストランの増加が報道されている。

パンデミックを経て、より多くの人が給与や業種、リモートワークの可否など、雇用条件にこだわって求職活動を行うようになっているようだ。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit