コロナ禍によりフルリモートへと働き方を大きく変えた米国の大手IT企業。2022年においては、ワクチンの普及などによってハイブリッドワークへとシフトする企業が増えているが、今年9月から状況がまた変化する可能性が報じられている。
CNBCの報道によると、9月からオフィス勤務により重点を置いた勤務スタイルを推進する「リターン・トゥ・オフィス(RTO)」の動きを促進しようという企業が増えているのだ。
しかし、リモートワークを好む社員は依然多く、企業と社員の間の交渉は難航する可能性が予想されている。直近の事例では、アップルが9月から週3日のオフィス勤務を含むハイブリッドワーク制度を開始する計画だが、社内では多くの社員から反対の声があがっていると報じられている。
ハイブリッド勤務から「リターン・トゥ・オフィス(RTO)」へ
オフィス出勤とテレワークを組み合わせた働き方、ハイブリッドワークは、コロナ禍でフルリモートまでは踏み切らなかった日本の企業でも、オフィスや通勤電車の「密」を軽減するために取り入れる会社は多く、日本人にも身近な働き方となった。
米国では、一度はフルリモートを導入した企業も、昨年くらいからこのハイブリッドワークに移行を開始し、さらに今年からはオフィス勤務の利点を再評価した「リターン・トゥ・オフィス(RTO)」が進められている。
しかし、Kastle Systems社の調査によると、ニューヨークではオフィスの稼働率はいまだ50パーセントを下回っており、調査対象の10都市のうち、50%を超えていたのはテキサス州オースティン、ダラス、ヒューストンの3都市だけと、まだまだコロナ禍で起きた変化の影響は大きい。
パンデミックで生じた働き方の変化はある程度永続的なものと考える企業は、全社員、9時5時・週5日勤務を基本としていたオフィスの在り方を見直し、オフィスの不動産や設備にかける予算を縮小しようと考える企業もあるようだ。
オフィスへの投資を加速する大手IT企業も
そんな状況でもGAFAMの中には、RTOの円滑な進行を前提に新しいオフィスへの投資を強気で行っている企業もいる。
Googleは昨年、新しいオフィスプランを明らかにしたが、これはハイブリッドワークの本格導入と同時に、オフィスとデータセンターに95億ドルを投じ、現本社近くに新しい広大なオフィスと複合施設を創り上げるという壮大な計画だった。
Appleも、ロサンゼルスとカルバーシティの境界にある5万1000平方メートルの敷地を使って、カリフォルニア州南部におけるメインオフィスとなる予定の、100%再生可能エネルギーを用いた複合施設を建設するプランへの着手を発表している。
変わる「出社の役割」に応じて求められるオフィスも変化
新しいオフィスが公表されるたびに、そのユニークな建築や充実した設備でメディアに登場するGAFAM。
リモートワークがこれだけ一般的になり、効率的にリモートワークを行うための様々なツールも出そろったなかで、新しいオフィスが「あえて」出社する意味を十分に提供できるかに注目が集まっている。
メールの確認など在宅でできることではなく、対面での仕事の効果として期待される「チームの一体感」や「クリエイティブなディスカッション」をサポートするスペースの重要性が高まっているからだ。
具体的には、デスクスペースへの投資を、ジムやキッチン、レクリエーションルームといった休憩・アクティビティスペースや、大小様々なミーティングルームへの投資へとシフトさせる企業が増えてくる可能性がある。
Apple社員は勤務形態の柔軟性を求める嘆願書を提出
もっとも、どんな魅力的なオフィスも柔軟な働き方に慣れてしまった社員に歓迎されるかは別の話のようだ。
Apple社員は、週3日のオフィス出社を促す経営陣に対し、働き方の柔軟性を阻害し、Appleの多様性とスタッフの福利厚生を阻害する危険性があるとして、中止を求める嘆願書を提出した。
Appleのこの「週3日出社」というRTOプランは、出社する曜日まで指定していた以前の提案と比較し、多少の妥協の痕跡が認められるが、それでも「Apple Together」という名で活動する労働者団体は、伝統的な勤務形態でないほうが同社の社員が「より幸福で生産的」であることを認めていない、として不満を訴えている。
同社のオフィスビルには、観光地となるほど憧れのオフィスとして取り上げられるものも少なくないが、それでも出社を強制されることへの反発は強く、柔軟な働き方の魅力は大きいのだろう。
オフィスワーク復帰をめぐる企業と社員の綱引き状態は続く
対面での関わりの重要性を強調しオフィスワーク復帰を進めたい経営陣と、柔軟な働き方を強く求める社員の交渉はこれからも難航するかと思われる。
日本では従う人が多そうな「出社しろ」という経営陣からの指示に対し、米国のIT大手従業員サイドが強気で交渉にあたることができているのには、各業界における人手不足という背景があるのかもしれない。
米国労働省のデータによると、パンデミックの発生から2年経った今でも、毎月数百万人の労働者が離職し続けており、これが米国の多くの分野で極端な労働力不足を引き起こしている。それに伴って雇用の流動性がこれまで以上に高まっており、社員の側がより職場を選ぶようになっているのだ。
Appleでは、機械学習部門のディレクターを務めていたイアン・グッドフェロー氏が、より柔軟な勤務体系を理由にGoogleに移籍したと発表しており、優秀な社員の離職を防ぐ、また新たに雇用するためには、彼らが求める働き方への配慮は不可欠なのだろう。
柔軟な働き方を維持する路線のAmazonとMeta
そのためか、多くのIT系大企業はAppleのような強硬姿勢を取ることには消極的だ。
たとえば、GAFAMのなかでも、Amazonはかなり従業員の柔軟な勤務形態に配慮する方針をとっており、広報担当者によると、同社は社員に対し、一律に最低何日出勤しなければならないという方針を今のところ打ち出していない。
Metaも同様に、従業員に一定日数のオフィス勤務を義務づけておらず、社員自身の決定を尊重する方針をとっているようだ。
経営陣もリモートワークをフル活用していると報じられている。CEOのマーク・ザッカーバーグ氏は、カリフォルニア州の本社でなく、ハワイなどに置かれた自宅で多くの時間をすごしており、CMOは英国に移住予定、インテグリティ担当副社長はイスラエルに移住予定、Instagram責任者もハワイを含む米国各地からリモートで勤務をしているとのことだ。
Googleはオフィス復帰方針だが社内クラスター発生
オフィスワークへの復帰を困難にしているのは、働き方に対する意識の変化だけではない。多くの人の願望に反した事実ではあるが、パンデミックはまだ終わっていないからだ。
Googleはハイブリッドワークへの移行に入ってすぐ、ロサンゼルスのグーグル本社でのクラスター発生に見舞われた。オフィスだけでなく、米国の有名歌手Lizzoの社員限定プライベートコンサートも行われた大規模な「帰社祝い」イベントにおいても、感染が拡大、複数のオフィスに波及したと言われている。
そして、ワクチン接種を完了していない社員は、現在もオフィスへの復帰、あらゆるイベントへの参加が禁止されており、オフィス復帰の前提条件であるワクチン接種を今後どのように考えていくべきかもまた、大きな課題としていまだ残っているのだ。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)