グローバルサプライチェーン問題が長引き、いまだ不足が解消されていない半導体。米国ではサプライチェーン強化の一環で、国内で半導体を生産する動きが加速しそうだ。今年7月28日、米国下院は247対187で、国内半導体産業を強化する法案を可決。前日には上院を64対33の賛成多数で通過し、8月9日にバイデン大統領の署名により成立した。
「The CHIPS and Science Act(CHIPSおよび科学法案)」と呼ばれる法律で、米国企業の国内半導体生産の促進に向け、520億ドル以上の政府予算が投じられることになる。この法律が施行されると半導体のグローバルサプライチェーンにどのような影響が出るのか、また米国内ではどのような動きが加速するのか。
世界的な半導体不足
電子部品の要として欠かすことのできない半導体。
米国半導体工業会の発表によると、半導体の2021年の総販売額は5559億ドル(約74兆円)で前年比26.2%アップ。数にして1兆1500億個もの取引があった。
新型コロナウイルスのパンデミック以前より供給不足気味であった半導体は、パンデミックによる工場の停止や国境の閉鎖による物流のストップによってさらに悪化。同時に新しい生活スタイルをするようになった世界中の人たちが電子機器や家電製品を買い求める現象による需要の急増によって、完全なる供給不足に陥った。
テレワークや巣ごもり需要で、パソコンやゲームが飛ぶように売れているのは、日本のみならず世界的な現象。ゲーム機が手に入らない、新型携帯電話の発表が遅れるなどの他、自動車メーカーが半導体の供給が間に合わないために工場の操業を停止し、新車を購入しても数カ月先まで納入できないという社会問題にも発展。半導体は現代の生活に欠かすことのできない存在となっている。
2021年現在、半導体の生産をしているのは、台湾が全世界の22%、次いで韓国の21%、中国と日本がそれぞれ15%、アメリカが12%との予測値であるものの、今後2030年までに中国が台湾を追い抜き世界最大のシェアとなる見込みだ。また、現在の動向からすると、日本とアメリカは年々シェアを減らし続ける計算になる。
打開策として日本では、菅政権が2021年6月にまとめた成長戦略で半導体産業への支援を柱として表明。これに先駆け、4月の日米首脳会談後の共同声明では「日米は半導体を含む機微なサプライチェーンで連携」と明記、これを受けて成長戦略案には「生産拠点を拡充し、供給体制をととのえる」と盛り込まれていたが、世界的な半導体不足には今もって全く太刀打ちできていないのが現状だ。
法案成立による国内での動き
今回法案を成立させたことによって、米国は政府予算を約7兆円以上投じるがその目的とは何か。
トランプ政権から引き続き、バイデン政権もアメリカ国内での「製造業支援策」を掲げている。ホワイトハウスが発表したファクトシートによると、2021年からこれまでに製造業で64万2000もの雇用を創出し、企業が国内投資に回帰、前年比116%の割合で新製造工場が建設されるという歴史的な復興を遂げている。
今回の半導体法案ではさらに、21世紀の競争に勝てるアメリカを目指すとして、国内の製造業、サプライチェーン、国家安全保障、研究開発への投資を強化。ナノテクノロジーやクリーンエネルギー、量子計算の分野を含む、未来の産業におけるアメリカの優位性を維持したい構えだ。
法案の成立にともない、国内企業からは早速、国内での半導体製造に500億ドル以上もの投資計画が発表されるなど、にわかに活気づいている。
例えばマイクロン・テクノロジーはコンピューターや電子機器に欠かせないメモリーチップの製造への400億ドルの投資計画を発表。これにより建設、製造業で4万以上もの雇用が創設される予定。さらに、米国のマーケットシェアが今後10年内に、現在の2%以下から10%にまで成長する計算だ。
また、半導体製造にかかわるクアルコムとグローバル・ファウンドリーズが新たなパートナーシップを発表し、これから5年以内に半導体製造能力を50%アップさせるとしている。
法案整理悦までの道のり、G7の協調
また今回のホワイトハウスのファクトシートのタイトルにも「…, and Counter China」と記載されているように、本法案は「中国への対抗」も主軸だ。
6月にドイツで開催されたG7では、各国が途上国へのインフラ投資を促進する6000億ドル(約81兆円)もの枠組みを発足したのも記憶に新しい。明らかに中国の巨大な経済圏構想「一帯一路」に対抗したものと見られており、中国の英字新聞のChina Dailyは「G7が中国に対抗する無計画なジョーク」と一蹴した。
この枠組みは2021年のG7でも話し合われていたものをさらに固めたものだが、中国側は「何ら目新しくもなく、過去1年間全く進展を見せなかった過去の枠組み」「どこから資金調達をするのかが不明」などと酷評。中国が推進している一帯一路の成功には全く及ばないと対抗姿勢を見せている。
しかし一方で中国の一帯一路は、2013年に開始されて以来、インフラ整備先の国のいくつもが負債に陥り、多額債務を抱えた国が中国の実質的支配下に置かれるのではないかという懸念もあり「チャイナ・トラップ(中国の罠)」とすら呼ばれるほど、評判を落としているのも事実だ。
さらに今回、新型コロナウイルスの感染拡大による空路と海路の停滞、便のキャンセルにより半導体を含むサプライチェーンの低迷と崩壊を経験した。各国で工場の操業が停止し、その上に物流がストップし、世界的に落ち着きを見せたと思いきや、上海のロックダウン。物が中国から届かなくなり、世界的に経済が滞ると言う惨事が起きている。
これに対してバイデン政権は、主要産業のサプライチェーンを見直す大統領令を2021年2月に署名。このことは米国に限らず、世界中が物資の供給を一国ないしは一地域に集中して頼っていたことに気づかされ、リスクについて見直すきっかけとなったと言える。
中国を刺激する米国
中国も黙ってはいない。今回の半導体法案を「世界の半導体サプライチェーンをゆがめ、国際貿易を阻害する」と非難し、不公平な法案には断固反対するとの態度を表明した。
本法案は半導体分野における米国のリーダーシップの強化をベースに、研究、開発、製造、人材育成への資金提供、奨励金の支給、投資税額控除などの優遇策を含んでいる。国内生産による供給の確保はもちろん、雇用の促進や経済全体の成長も目指している。一方で、こうした資金援助を受ける企業は「中国やその他の懸念国」における工場建設をしないこと、と強力な文言が中国を刺激した。
中国は「すでに国内で十分な供給ができるよう準備を進めている」とした上で、今回のバイデン大統領の決断はかえって米国にとって支出が増える結果となり、決して中国に対抗できるものにはなり得ないと警告している。
また、世界中で話題となったナンシー・ペロシ下院議長の電撃とも思われる台湾訪問も、半導体問題に絡んでいるという見方もある。台湾には世界最大の半導体受託業製造企業の台湾積体電路製造会社(TSMC)があり、当然ペロシ氏は同社の会長との会談を実現している。
TSMCの納入先はAppleやNvidiaといったテックジャイアントであり、世界のファウンドリーの54%というシェア。台湾国内には他にもUMCやVanguardなどがあり、全部合わせると世界の3分の2を占める、半導体業界においても重要な場所なのだ。
半導体生産工場=油田の時代に
現在米国における半導体最大生産メーカーであるIntelのCEOゲルシンガー氏は、同社での半導体の生産を今後6~9カ月の間に増産させるとしながらも、現在の半導体不足問題の解決には長い時間がかかると指摘している。同社は今年200億ドルを投じてアリゾナ州に2拠点の生産工場を設立すると発表。
同氏は今年3月にテレビのインタビューに答え、「半導体は今や石油のようなもの。米国国内での生産が進めば、世界的危機を回避できる」と表現。地政学上、デジタル未来にとって石油よりも工場がより重要になって来るとの見解を示した。
Intelはまたドイツにメガファクトリーを、研究開発デザインハブをフランスに、その他の全般的な投資をアイルランド、イタリア、ポーランド、スペインに展開すると発表しており、今後10年の間にヨーロッパへ800億ユーロの投資が見込まれている。
ゲルシンガー氏が言う通り、半導体のサプライチェーンはいずれも、ロシアやウクライナが中枢ではなかったのは不幸中の幸いであったかもしれない。しかしながら地理的にもバランスの取れた生産拠点の設定は、現在の社会にもそしてがデジタルの未来にも喫緊の課題のようだ。
人件費が安価でコストが抑えられる場所へと偏ってきた世界の製造業。新型コロナウイルスのパンデミックからロシアのウクライナ侵攻、そして台湾有事の危険性と世界的にも不安定な状況が続く中で、あらためてサプライチェーンや生産拠点の脆弱性を目の当たりにし、地球規模での見直しが求められている。メイドイン・チャイナが世界を席巻する中、メイドイン・USAが身近な製品となる日も近いかも知れない。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)