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サウジアラビアの巨大都市計画
総費用5000億ドル(約68兆円)に上るといわれるサウジアラビア政府主導の都市計画「NEOM」。2022年7月末に、同計画の一環で建設される高層ビルプロジェクト「The Line」の概要が発表され、海外メディアの注目を集めている。
このThe Line、サウジアラビアが面する紅海から内陸の砂漠地帯にかけて一直線上170キロメートルに渡り、高さ500メートル、幅200メートルのビルを建設するという途方も無いプロジェクトだ。
この巨大な建物には、居住空間、ショッピングモール、レジャー施設、学校、公園などが敷設され、900万人が居住する見込み。建物の両端は170キロ離れているが、高速鉄道により20分で移動可能になるという。
サウジアラビアの人口は約3500万人。The Lineには、その25%ほどが居住できる計算となる。
発表では、一直線に幅200メートル、高さ500メートルの建物を建てることで、水平に広がる既存の都市に比べ、大部分の土地の開発が不要となり、95%の土地を自然保護のために保持できることが強調されている。
またサウジアラビア政府は、The Lineをスマートシティと位置づけ、ビジネス機会の創出も後押しする構えだ。The Line内では、2030年までに38万人の雇用創出を目指す。
NEOM構想自体は、2017年に発表され、プロジェクト推進母体の組織化が進められ、一部ですでにプロジェクトが進められてきたようだが、パンデミックなどによりプロジェクトの進捗は大幅に遅れていると報じられている。当初は、プロジェクトの大部分が2020年までに完成する予定だったが、2025年にずれ込む格好だ。
NEOMプロジェクトでは、居住空間であるThe Lineのほか、港湾NEOM Bay、空港NEOM Bay Airport、工業エリアNEOM Industrial Cityなどが建設される見込み。
The Economistの2022年7月28日の報道では、現時点でプロジェクト対象地区で確認できるのはビル2棟のみで、依然大部分が砂漠のままとのこと。
プロジェクトを推進するのは、サウジアラビアのソブリンファンド「Public Invenstment Fund」の完全子会社だ。
NEOMプロジェクトの狙い
サウジアラビア政府がNEOMプロジェクトを推進する背景には、石油以外に収入源を拡大したいという思惑がある。The Lineをランドマークに仕立て、特に観光産業をテコ入れしたい考えのようだ。
NEOMプロジェクトは、隣国エジプトの観光産業にも恩恵をもたらすとみられており、エジプト政府も同プロジェクトへの関与を強めている。
中東メディアAl-Monitor2022年8月4日の報道によると、NEOMに関する発表で、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、NEOMプロジェクトの枠組みで、サウジアラビアはエジプトにも投資することを発表。これにより両国政府間で、投資に関する連携が強まっている。
2018年3月には、NOEMプロジェクトの一環で、エジプト・シナイ南部の開発に向け100億ドル(約1兆3726億円)の合弁ファンドが設立され、また複数の投資合意が締結された。
エジプト政府は、NEOMプロジェクトを通じてシナイ地域のインフラ開発が促進されることで、同国の観光産業も恩恵を受けると期待を高めている。
紅海に面するエジプトの観光地シャルム・エル・シェイクでは複数の観光開発プロジェクトが実施されてきたが、NEOMを通じた投資加速で、観光開発が一層進むと見られている。サウジアラビアは、NEOMを2024年にもIPOする計画だ。
中東各国では、石油以外に収入源を拡大する動きが広がっている。特に注目されるのは観光産業と投資産業で、アラブ首長国連邦(UAE)がこの動きをけん引しているといわれる。サウジアラビアやエジプト以外にもこの動きが広がる公算が大きい。
賛否の声
投資額の大きさやプロジェクト規模に注目が集まるNEOM/The Lineプロジェクトだが、批判の声も少なくない。
MITの建築分野の研究者エリヤフ・ケラー氏は、イスラエルメディアHaaretzの取材で、NEOMプロジェクトはテクノロジーがあらゆる問題を解決できるという誤った考えのもとに発案されたものだと指摘。
同プロジェクトに含まれる建築デザインは、20世紀に発案された実験的なものであり、なぜ現代にこうしたデザインが必要なのか不明であると述べている。
このほか強制立ち退き問題やグリーンウォッシュだという批判などもあり、賛否の声はさまざまだ。NEOMという巨大プロジェクトは成就するのかどうか、今後の展開に注目したい。
文:細谷元(Livit)