覇権争いの舞台に躍り出た太平洋の小さな島々

中国とアメリカの対立は2018年の米中貿易摩擦から顕著になる。トランプ政権の元、アメリカが中国の輸入品に関税をかけたことで中国もアメリカからの輸入品の一部に関税を課した。お互いがさらに関税対象を広げる形で報復合戦が続き、今でも双方、鞘を納めることはなく、世界各国が大きな影響を受け、さらにはIT分野でも、覇者はどちらの国になるのか?と世界を二分しかねないところにまで発展している。

そんな2大国の覇権争いが、太平洋に散らばる小さな島しょ国にも及んでいる。2022年の4月、中国とソロモン諸島政府が安全保障協定を締結したというのである。翌5月、両国は航空や観光などの商業分野、インフラや海洋産業、エネルギーでも協力を強化するという声明を発表した。

2022年5月26日、訪問のためソロモン諸島に到着した王毅国務委員兼外相(左)と腕を組むソロモン諸島のマナセ・ソガバレ首相。画像提供:Chinese Ministry of Foreign Affairs

中国は15年以上かけて関係を強化

太平洋島しょ国と中国の関係は、今回の締結から始まっているわけではない。今を去ること15年前の2006年、中国からの提案により、中国・太平洋島しょ国経済開発協力フォーラムが発足された。第一回目の会議はフィジーの首都スバで行われ、その開幕式には国務院の温家宝総理が出席、30億元(約450億円)の優遇借款を参加国に提供すると発表した。

このように長い年月をかけて中国は太平洋島しょ国と関係を築いてきたわけだが、とりわけ先のソロモン諸島政府と中国の締結は、“安全保障協定”だったことで、アメリカをはじめ、オーストラリア、ニュージーランドの間で衝撃が走った。協定の具体的な内容は明らかにされなかったのだが、草案がSNSに流出、その内容は「社会秩序の維持、人民の生命・財産の保護、人道主義援助、防災等の分野で協力する」というものだった。ソロモン諸島政府のソガバレ首相もその内容を否定しなかったという。しかし、ソガバレ首相は中国の軍事基地の建設は容認しない、中国側も軍事拠点は関心ごとではないとしている。

2021年に起こったソロモン諸島の首都ホニアラで起こった暴動に対し、オーストラリアは安全保障条約に基づいてオーストラリア連邦警察とオーストラリア国防軍を派遣した。上述の草案に照らし合わせれば、ソロモン側に要請があった場合、そんな活動は中国も許されると解釈できる。実際、中国はすでにホニアラで暴動が起きた際に装備を供与、中国の警察官が暴動鎮圧のトレーニングを行っているという。

2021年11月、ソロモン諸島最大の島ガダルカナル島の首都ホニアラで親中政権に反発する反政府運動が勃発。一部が暴徒化し、中華系の商店などが放火された。画像出典:© Piringi Charley, AP

慌てたアメリカ

そんな動きを見て慌てたのがアメリカだ。2022年7月にフィジーで行われた太平洋諸島フォーラムで、アメリカのカマラ・ハリス副大統領がリモート演説を行い、トンガとキリバスに米国大使館の新設することを発表。さらに、域内に6億ドル(約831億円)の投資、ソロモン諸島で米国大使館の再開(1993年に閉鎖)、フィジー、トンガ、サモア、バヌアツへの平和部隊の復帰と、立て続けにこの地域へのコミットメントをアピールした。そしてハリス副大統領は外交的空白があったことを認め、「だからこそ、直接伝えたかった」とフォーラムで述べた。

フィジーの首都スバで行われた太平洋諸島フォーラムでリモート演説を行うカマラ・ハリス副大統領。画像出典:© William West, AP 

忘れ去られていた太平洋島しょ国

ここで言う太平洋島しょ国とは、メラネシア、ポリネシア、ミクロネシアの3地域に点在する14カ国の島および諸島を指す。メラネシアはパプアニューギニア、フィジー、ソロモン、バヌアツ、ポリネシアはサモア、トンガ、クック諸島、ツバル、ニウエ、ミクロネシアはミクロネシア、キリバス、マーシャル、パラオ、ナウルがある。

ポリ(多くの)、メラ(黒い)、ミクロ(小さな)、ネシア(諸島)という3区域の名称は、ギリシャ語が語源。出典:CartoGIS Services, College of Asia and the Pacific, The Australian National University

アメリカの海軍研究所のオンラインニュース・分析ポータルサイト「USNI News」の2019年の記事によると、太平洋島しょ国の島民たちは、先のハリス副大統領がいうように「空白」を感じていたようだ。アメリカがオセアニア地域を対象とした戦略は、もっぱら中国やインドのほうを向いており、自分たちは“後付け”のような存在だと感じ、島の当局者もアメリカが自国に継続的に関与するというメッセージを受け取っていないと述べていた。

アメリカはこのエリアの外交では東アジアや東南アジアに注力しており、さらにはアフガニスタン、ウクライナ紛争などの対応に追われていた。その間にも中国の接触は続き、ソロモン諸島とキリバスは台湾と断交、中国との国交に切り替えた。

そして、ハリス副大統領がリモート演説をした太平洋諸島フォーラムでも、2021年、加入している島しょ国14カ国のうち、ミクロネシアの5カ国が脱退の意向を表明。脱退理由はミクロネシア諸国の懸念にフォーラムが適切に対処していないからというもので、脱退が決まれば、オーストラリアやニュージーランドを含み政治・経済・安全保障など広い分野で共通関心事項を討議する当フォーラムが弱体化し、太平洋島しょ国に分裂が生まれ、それを好機に中国が切り崩しを図る可能性もある。

アリューシャン列島からハワイ、南太平洋の米領サモアを経てニュージーランドに至る線は「第3列島線」と呼ばれ、中国はこの第3列島線まで勢力を伸ばしたいとされている。一方、広大な排他的経済水域を抱える太平洋島しょ国は、アメリカのインド太平洋戦略に見られるように非常に重要なエリアであり、アメリカの軍事プレゼンスこそがその地域の自由、安全、繁栄を保証すると強調する。

Island Chain戦略は、アメリカによって構想された海洋戦略構想。第1列島線(First Island Chain)は冷戦中に概念化され、中国では2020年までに第2列島線(Second Island Chain)の運用を目標としていた。近年、第3列島線(Third Island Chain)まで勢力拡大を狙っているとされている。出典:geopolitics & Strategic Assessments 36th-parallelウェブサイトより

その時、日本は

太平洋島しょ国は、ソロモン諸島のガダルカナル島の戦いに代表されるように第二次大戦の日・米の死闘の舞台にもなった。戦後、日本は大型インフラや漁業の技術支援、不法漁業を取り締まる海洋監視の支援などを積極的に行い、1987年からは日本と太平洋島しょ国の友好関係をさらに発展させるために太平洋・島サミットを3年ごとに主催している。しかし、菅政権の元で開かれた2021年の太平洋・島サミットでは、福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出問題に島しょ国から強い懸念が示されるなど、関係性は必ずしも順調ではない。

そんななか、2022年5月、東京で開催された日米豪印の協力枠組み「クアッド」首脳会合で、太平洋での違法漁業を追跡する新制度、海運業の気候変動、サイバーセキュリティーをめぐる途上国支援、人材育成などを含み、自由で開かれたインド太平洋への揺るがないコミットメントに関する共同声明を発出した。また日本国政府は、台湾と断交し、中国寄りになっているキリバスに日本国大使館を新設する方針を発表。アメリカと足並みを揃えながら、中国の海洋進出を阻む構えだ。

地図で第3列島線を確認すると、改めてこの線はアメリカにとって死守すべき線であることが分かる。太平洋島しょ国は、全島あわせても人口70万人しかいないのに、その線上にある限り覇権争いの舞台から降りることができないのだ。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit