サプライチェーン再編の動き

半導体生産に関して、世界的なサプライチェーン再編の動きが加速している。

たとえば、インテルはマレーシア政府との提携を通じ、同国での半導体生産能力強化に向けた投資を加速している。この投資計画では、ペナン島バヤンレパス自由産業特区での半導体製造工場/試験施設の新設、ペナン島近くのケダ州に位置するクリム・ハイテクパークでの工場新設などが進められることになる。

一方、2023年にも人口が中国を超えるとの予測が発表されたインドでも半導体を含めたハイテク投資が急速に拡大している。

インドの複合企業Vedantaが半導体事業参入に向け、今後200億ドル(約2兆7800億円)を投じる計画を発表したほか、インド政府も2022年6月にIT産業やセミコンダクターサプライチェーンの強化に向け、1兆円を超えるインセンティブ計画を明らかにするなど、大規模な投資計画が次々と明らかになっているのだ。ハイテク投資に関しては、GAFAMのインド投資も加速の様相。

以下では、半導体を含めインドで急速に拡大するハイテク投資の動向をお伝えしたい。

半導体不足問題の発端

現在でも海外メディアで「chip shortage(半導体不足)」という言葉を見ない日がないほど、半導体不足は依然継続している問題だ。

半導体不足が顕在化し始めたのは、新型コロナが世界中に広がった2020年上半期頃。リモートワークやリモートスタディが世界各地で取り入れられた結果、パソコン/タブレット需要が爆発的に伸び、それに伴い半導体需要も急増、サプライチェーンのひっ迫を招いた。

また同時期に、世界でも数少ない半導体生産拠点で自然災害が起こったことで、供給不足問題がさらに悪化するという状況に陥った。

たとえば、台湾では2021年4月頃、この56年で最悪といわれる干害が発生。半導体製造では多量の水が必要となるが、この干害でチップ製造が大幅に滞る自体が発生した。さらに、米国で2021年2月に発生した冬の嵐の影響で、同国でも数少ないチップ製造拠点(テキサス)が製造停止に陥り、世界のチップサプライチェーンに影響を及ぼした。

このチップ不足問題は、パソコンや自動車産業だけでなく、チップ製造機器を製造する企業にも影響を与えており、事態は悪循環の様相となっている。

ElectronicDesign3月14日の記事によると、世界最大の半導体装置メーカーである米アプライド・マテリアルズでは、2021年末、サプライチェーン問題により、同社が製造する装置に必要なチップを入手できなかったという。

さらに同記事では、チップ不足問題を大々的に取り上げるメディア報道の影響で、必要以上にチップを注文する企業が増えており、これもチップ不足問題を長引かせる理由の1つだと指摘されている。

インドの鉱山企業が3兆円近い投資で、半導体製造ビジネスに参入

こうした状況下、半導体サプライチェーンを再構築する動きが世界各地で加速しつつある。

その中でも2023年に人口が世界最多となる見込みのインドの動向は、無視できない。すでに、数兆円単位の投資計画が複数持ち上がっている。

インド地元メディアBusiness Standardの2022年2月18日の報道によると、同国複合企業Vedantaがチップ/ディスプレイ市場参入に向け、150億ドル(約2兆円)の予算を配分したことが明らかになった。同紙が伝えたVedanta上級幹部の情報では、投資額は最大200億ドル(2兆7520億円)に拡大する可能性もあるという。

Vedantaはインド・ムンバイを拠点とする、鉱山事業を主軸とする複合企業。主に亜鉛、鉄鉱石、金、アルミニウム、銅の採掘で収益をあげている。売上規模は、180億ドル(約2兆4771億円)、営業利益は43億ドル(約5917億円)、従業員数は7万6000人以上という非常に規模の大きな企業だ。

この時点で、Vedantaはモバイルフォンなどのコンピュータディスプレイ製造に100億ドルを投資、半導体製造に最大100億ドルをそれぞれ投資する計画があると報じられていた。出荷開始の目標時期は、コンピュータディスプレイが2024年、半導体が2025年と設定されている。

Vedantaが半導体製造に参入するために提携したのが、台湾の半導体メーカー、フォックスコンだ。Vedantaとフォックスコンは、インドでの半導体製造に向け合弁会社を設立。

Business Standard2022年7月4日の報道によると、フォックスコンはVedantaとの協業に向け、取り決めに合意したほか、すでにチップ製造に必要な製造装置の設置を開始しているという。

Vedantaは、2026~2027年には半導体/ディスプレイ事業の売上が年間30億〜35億ドル(約4800億円)に達すると見込んでいる。

インド政府も1兆円以上のインセンティブ計画実施

インド政府が半導体製造ビジネスの呼び込みに本腰を入れていることも、サプライチェーンシフトの文脈で同国が注目される理由となっている。

2022年4月、インドのモディ首相は、同国ベンガルールで開催された初の半導体カンファレンスで、グローバル半導体サプライチェーンにおけるインドの存在感を高め、主要プレイヤーとしての地位を確立する意向を明確に示した。

インド モディ首相

この目標を達成するために、インド政府は半導体/ディスプレイ企業の誘致促進に向け100億ドル(約1兆3700億円)のインセンティブ計画を開始。上記Vedantaとフォックスコンによる合弁企業もこのインセンティブ計画のもと実施される見込みとなっている。

このほか同インセンティブ計画のもとでは、シンガポールのIGSSベンチャーズがインド南部タミルナドゥ州で35億ドル(約4800億円)を投じ半導体パークを開設する計画も持ち上がっている。

インド政府によると、国内の半導体市場は、2020年に150億ドル(約2兆円)だったが、2026年には630億ドル(約8兆6670億円)に拡大する見通しだ。

GAFAMの投資

インドでは、サプライチェーンにおける重要性だけでなく、世界最大市場としての可能性を見越したハイテク投資も加速している。

ブルームバーグ2022年1月28日の報道によると、グーグルがインドで2番目の規模を誇る通信会社Bharti Airtelに計10億ドル(約1375億円)を投じる計画を進めていることが明らかになった。この計画では、7億ドルでBharti Airtel株を1.28%取得するほか、残りの3億ドルでデバイス、ネットワーク、クラウドインフラの強化などが実施される予定だ。

Business Standardは2022年6月30日、グーグルによるBharti Airtel株取得案に対しインド当局から許可が下りたと伝えている。

すでにiPhone製造の一部をインドにシフトしているアップルも、今後さらにインド投資を拡大する可能性がある。

Business Standardが伝えた2021年11月時点のデータによると、アップルはこの数年でインド投資を加速しており、インド国内ではiPhone製造、iOSアプリ開発、サプライヤーなどiPhoneに関連するエコシステムですでに100万人の雇用が生まれたという。

iPhone利用者も急増しており、市場調査会社Counterpointのデータでは、2021年9月時点で、前年比212%の伸びとなったことが判明した。

世界最大の人口となるインド、半導体を含めたハイテク投資の動きは、今後中国以上に注目されるようになるのだろう。

文:細谷元(Livit