活発化するスポーツの放映権問題 Appleがスポーツストリーミング事業拡大、ビジネス戦略と今後の可能性は?

iPhoneやMacなど、ハードウェア企業としてのイメージが強いApple。携帯電話の売り上げ低迷がささやかれる中、Apple TV向けのストリーミングに巨額投資をしているという噂が聞かれるようになった。独自の強靭なマーケティング戦略をして、今後Appleはメディア事業をどのように拡大させるつもりなのだろうか。

Appleが米国でマイナーなスポーツと契約

今年6月19日、AppleはアメリカのプロサッカーリーグMLS(メジャーリーグサッカー)の独占放送権を獲得したと発表。しかも契約期間は10年と長期だったことも各方面を驚かせた。2023年からスタートする年間契約料金は、最低でも2億5千万ドル(約337億円)と報じられている。

メジャーリーグのサッカー版ともなるMLSは、1994年にアメリカがFIFAワールドカップの開催国となった後で、96年に発足したアメリカとカナダのチームで構成されるプロサッカーリーグ。

アメリカンフットボールやバスケットボール、野球が国民的スポーツとして大人気を博す中、圧倒的に歴史が浅い。また、アメリカでのサッカー人気そのものがまだ発展途上といった状況で、欧州のプレミアリーグと比較するとレベルも知名度も低いのが現状だ。

こうした状況を打開しようと、2000年代後半にはデビッド・ベッカムやティエリ・アンリ、セバスティアン・ジョヴィンコといった「往年のスター」選手を次々と移籍させ、話題となったマーケティング戦略でも話題になった。

サッカーはほんの始まり、本当の狙い

Appleは今年3月に、メジャーリーグベースボール「Friday Night Baseball(金曜夜の試合)」のストリーミングを開始、スポーツの試合生中継に初めて着手した。この毎週の中継は7年間の契約で、350試合に対して6億ドル(約810億円)近くの契約金と報じられている。

投資銀行のアナリストによると、Appleはこの18カ月間、スポーツの生中継に力を入れており、今回のMLSの契約は始まりに過ぎないとの見立てだ。

これからスポーツコンテンツの充実を図り、少なくとも2倍に拡大すると予測されており、最終的なターゲットは米国の国民的スポーツ、アメリカンフットボール(NFL)と囁かれていた。果たして噂通り、6月末にはNFLの「Sunday Ticket Rights」の2023年以降の放映権について、Amazon、DisneyとともにAppleが最終入札に進んだと報じられている

これはDirecTVが保有していた放映権が2022-23シーズンで期限切れとなること、同時にNFLが年間の契約金を15億ドル(約2000億円)から100%アップを要求したことで、契約の続行がなくなったもの。

今回の入札でNFL側はNFL Mediaの株式保有を含む契約を、最低価格を20億ドル(約2700億)、希望価格は30億ドルとしているが、恐らくそこまでの高値は付かないというのが大方の予測。最終決定権はNFL側にある。

また、Appleがスポーツコンテンツに舵を切り出したのには、Amazonの存在もある。

Amazonは今秋から「Thursday Night Football」の配信を開始予定。これまでのテレビ放送と一線を画すために、Amazonプライムビデオからは、インタラクティブ機能やオンタイム統計へのアクセス、映画やドラマでも利用できる新機能Xrayも使えるとしている。

初めてNFLがインターネット配信との独占契約を結んだことでも業界を騒然とさせたが、Appleのスポーツ戦略に火をつけたことも事実だろう。

競合他社との間で高品質で差をつけるApple+

Apple+は2019年11月に始まった配信サービスで、月額料は安いもののAmazonやNetflix、Huluなどと比較すると、明らかにコンテンツ数が少なく、ローンチ当初は賛否両論あった。

それでも、オリジナルコンテンツの品質は高く、ジェニファー・アニストンとリース・ウィザースプーンというハリウッドのAリスト女優がダブル主演した社会問題ドラマ『ザ・モーニング・ショー』で、Appleのドラマ制作の力と資金力を見せつけたと称賛された。

近年では『テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく』が、フットボール関連の米国作品で最も成功を収めたコメディドラマとされているなど、Appleのコンテンツ制作力は健在だ。

ただし、コンテンツ数は競合他社と比較するとまだ少ない。量より質、とみられていたApple+の配信が、ここへきてスポーツに注力することで、これまでとは全く異なる聴衆を取り込み、「質と量」の両方へと方向転換した形だ。

Apple頼みのMLS

一方、MLS側もApple+との契約に大いに期待している。

前述のとおり、米国におけるサッカー人気は他のスポーツに比べても、全世界のサッカー人気と比べてもまだまだ低い。有名スター選手を破格の報酬で呼び込み、注目を集めるなどマーケティング戦略が先行してしまっている感がぬぐえず、「体力の衰えたスター選手がアメリカにバケーションに出かける」などと揶揄されていた。

ところが、イギリスの調査会社が2021年第4四半期の結果として発表した統計によると、米国でのサッカー人気は急上昇中。どのスポーツのファンかを問う複数回答の質問には、アメリカンフットボールが70%、バスケットボール61%、野球57%、オリンピック50%、サッカー49%、アイスホッケー37%という結果が発表され、ついに伝統的に国民的スポーツだったアイスホッケーを抜いて第4位(オリンピックを除く)へと上昇した。

サッカー関係者は、野球人気を追い越す日も近いと鼻息を荒くしており、2020年の時点で米国のサッカー人口は1780万人(アイスホッケーが230万人)との数値を公開。これを13歳から17歳の子どもにかぎると、サッカー人口が120万人、アイスホッケーが24万3000人とする「スポーツ&フィットネス協会」の統計を引用して将来の成長を確信している。

また2026年には、米国・カナダ・メキシコの3カ国共同でFIFAワールドカップの開催が決定しているため、それまでにサッカーを国民的スポーツの一つへとのし上げたいという目標もある。2026年に向けて国内のサッカー熱が盛り上がることは確実だが、それ以降も人気を継続したい構え。Appleユーザー、特に「伝統的国民スポーツ」にとらわれない、若い層にサッカー人気を下支えしてもらいたいと願っている。

Apple側の投資も当然2026年を念頭に、2023年からの10年契約を結び、全試合の独占中継だけでなく、派生コンテンツの強化、サブスク登録者数に合わせたMLSへのコミッションの支払いも約束されたと見られている。

各方面から注目されるAppleのメディア戦略

正式なサブスク登録者を発表しないのがAppleの常だが、ショービジネス関係者が明かした内容によると、2021年7月の時点で米国・カナダの両方を合わせて、2000万人に満たないことが判明。Netflixの7400万人やHBOの4400万人、またAmazon Primeは世界統計だが1億7500万人といった数字には遠く及んでいなかった。

それでもApple+のコンテンツは高額予算で制作されたオリジナル作品にこだわっている。前述『ザ・モーニングショー』は、出演者のギャラの高さもあるが、1エピソードにつき1500万ドル(約20億円)の投資をしたとされ、同じくハリウッドのトップスター、ジェイソン・モモア主演の『See~暗闇の世界~』は2シーズン合わせて2億4000万ドル(約325億円)の製作費。

プレミアムをうたい、サブスク登録者が少ないにもかかわらずこれだけの投資をするAppleの「本気度」をハリウッドの業界も感じているという。

Appleは、常にハイレベルな顧客体験を重視し、人々を惹きつける製品を展開している。それは直感的に操作できる製品であったり、非常にシンプルな製品そのものの魅力であったりするとともに、巧みなマーケティング戦略もあるだろう。

たとえば、新製品発表の前に噂が流れネットを中心に大騒ぎになる一方で、Appleからは一切の情報開示がないこと。世界統一価格として安売りをせず、それを所持すること自体がステータスとなるような仕掛けでの展開。互換性のない製品で、ユーザーがApple製品を次々と購入してしまう消費者心理もまた戦略の成功例だと分析されている。

この会社のカルチャーが配信コンテンツにも取り入れられ、オリジナル作品、ハリウッドのトップ俳優、高額作品のラインナップとなっている。作品は、Appleのブランドに合致したものでなければならず、金も出すが口も出すと囁かれ、「中国を怒らせるような作品を作らないよう」にAppleが指示したという報道もあった。

目標を達成し、その先へ進み続けるAppleの力

iPhoneをはじめとする、ハードウェア企業としてのイメージの強いApple。最近では、イノベーションの枯渇とともに、価格の上昇、コロナ禍による不景気で消費者の「買い替え」が減少しているという報道もあり、収入減が懸念されている。

当初は新しいデバイス購入に付随していたApple+視聴1年間無料サービスも、3カ月に削減されるなど、本体価格の高さが目立ち「サブスクの安さ」が響いていないのも事実だ。

そこで登場した新たな戦略がメディア事業への取り組み。AppleのCEOティム・クック氏は2017年に「今後サービス部門での収入を倍にする」とし、TVやMusicでの収入を500億ドル(約6兆7600億円)に成長させる目標を掲げていた。

実際にサービス部門での収入はおよそ年25%ずつの伸びを見せているとされ、2019年末にはすでに目標の500億ドルを超え、伸び続ける数値は数年のうちにiPhoneの販売収入を超えると見られている。

新型コロナウイルスのパンデミックで、巣ごもり需要が激増するなど市場が急変する中、Apple+は出遅れた感が否めないが、それもプレミアムな製品や作品にこだわるAppleの戦略の一つにすぎないのかもしれない。

配信サービスが生活の一部となり、消費者の選択肢が増えていく中で「少数精鋭」作品で時代の波に乗れるのか。目の肥えた消費者をどう惹きつけるのか。また、他の配信サービス会社やショービジネス業界にどのような影響を与えていくのか。Appleのメディア事業の拡大はこれからも各方面の熱い視線を浴びそうだ。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

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