地球環境問題に加え、ロシアの対ウクライナ侵攻を受けて、今まで以上にエネルギー市場の動向が注目されている。
なかでもCO2を排出しないグリーン水素は、次世代エネルギーとして熱い注目が集まり、英国が他国へのエネルギー依存度を減らす「英国エネルギー安全保障戦略」で原子力発電、風力、原油・ガスとともに水素を含め、EUでも2020年「水素戦略」を発表、技術に大規模な投資をしている。
エネルギー輸出国である米国も、実証プロジェクトが進んでいる。中国、インド、メキシコ、チリ、アルゼンチン、韓国、オーストラリアも然り。つまり世界の主要国は、水素が今後の経済発展を握る重要なエネルギーとしてとらえ、脱炭素社会から水素社会への実現に向けて、構想フェーズから技術開発へと駒を進めているのだ。
そんな世界の動きのなかで、たびたび登場するのが、中東。中東を舞台にした水素市場のキープレイヤーはアラブ首長国連邦(UAE)だ。2022年4月末には、政府系エネルギー企業マスダールがエジプトと提携し、グリーン水素生産プロジェクト開始を発表した。2030年までに年間48万トンのグリーン水素生産を目指し、同地域のエネルギー供給だけでなく、欧州に輸出することも計画している。
世界は脱石油に向けて動いているから、各国ともに海外からのエネルギー輸入依存度を減らそうとしているから、従って、オイルマネーだけでは経済が危ういことが予想されるから––。このような図式に虫眼鏡をかざすと、気候条件や中東ならではの事情が見えてくる。
危機感が原動力になる
UAEは1960年代に本格化した石油生産によって著しい経済成長を果たしたが、原油価格の変動が経済に与える影響は大きく、石油依存型の経済への危機感は強かった。
UAEが再生可能エネルギーに大きく舵を切ったのは2006年のこと。アブダビ近郊の砂漠地帯で、消費電力の全てを再生可能エネルギーでまかなうという人工都市「マスダール・シティ」建設、2050年までにクリーンエネルギー(エネルギーミックス)の割合を50%、発電時の二酸化炭素排出量を70%削減するという「UAEエネルギー戦略2050」を発表した(2017年)。そして、2021年には、それをさらに推し進め、自国内の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「2050年ネットゼロ」戦略を公表。
グリーン水素の課題を太陽光で解決する
水素のエネルギー実現化には大きな課題がある。それは、水を電気で分解して水素を取り出す際の電力が相当なものだということだ。とりわけグリーン水素は天候によって発電量が大きく変動する風力や太陽光などを使うので、さらにハードルが高いといえる。
もっとも安定供給でなくてはならないというのは従来システムに頼った固定観念で、需給を調整して最適化するという柔軟性のあるシステムも構築されつつある。とはいえ、変動が少ない電力量が確保できるほうが望ましいことには変わりがない。
その点、UAEは、国土のほとんどが砂漠で通年豊富な日射量が見込める。アブダビでは世界最大規模の太陽光発電所を有し、ドバイでもさらに規模が大きいMBR(Mohammed bin Rashid Al Maktoum)ソーラーパークが一部稼働中。2030年までに5GWのギガソーラーを稼働させるとしている。一方、この地域は風が弱いと言われているが、現在、ドバイでは28MWの風力発電所を開発するために、ハッタ地区で風力エネルギーのプロジェクトを立ち上げ、風速調査を行っている。
グリーン水素輸出大国を目指す
UAEは水素に特化した国家戦略を公表しておらず、今後も個々の首長国が戦略を発表するかは不明だが、エネルギー戦略2050や再生可能エネルギーに関するビジョンに沿って、共同研究、国営企業が関与するパートナーシップやプログラムを多角的に推進している。
2021年にはドイツと水素エネルギー分野での協力関係の強化、またグリーン水素・アンモニア事業の技術調査を受注したのもドイツの大手鉄鋼・エンジニアリング企業だ。2022年にはフランスの大手エネルギー企業とグリーン水素向上開発で協力を発表、さらにインドのコングロマットとも協力機会を探る枠組み合意書を交換した。このように、欧州政府や企業を主に、パイロット事業や共同研究を提携して進めているのがUAEのグリーン水素プロジェクトの特徴と言える。
もうひとつの特長が、石油で得たノウハウをテコに輸出事業に積極的なことだ。アジアとヨーロッパの間にあるという地理的利点を生かしたルートをすでにもっており、エネルギー資源の輸出に関する専門知識と経験も蓄積している。
前述したようにUAEのマスダールとエジプトのHassan Allam Utilitiesは、4GWのキャパシティをもつグリーン水素発電所開発に協力する協定に調印。エジプトをグリーン水素製造のハブとして育て、欧州に輸出することが狙いだ。調印から1カ月前の2022年3月には、オランダとUAEがオランダが水素の輸出入でパートナーシップを締結。オランダのロッテルダム港は、北西ヨーロッパのエネルギーハブとして機能していることから、両国が手を結ぶのは、貿易立国オランダと、水素輸出国として欧州でプレゼンスを高めたいUAEとの思惑が一致している。一方、東南アジアマーケットに関しては、水素輸出大国になることを目指すオーストラリアとの競合が予想されている。
製造コストが次世代エネルギーの決め手になる
国際エネルギー機関(IEA)の分析によると、燃料費が水素の製造コストの45~75%を占めるため、ガスなどの天然資源を保有する国はガス価格が低く、そのため水素の製造コストも安くなるという。
太陽光発電や風力発電もまたコストが低下傾向にある。太陽光や風力に恵まれた地域では、水素生産施設を再生可能エネルギーの拠点に置けば、たとえ遠隔地であったとしても、水素の輸送や送配電にかかるコストを考慮しても、低コストな水素供給オプションとなり得る。
脱炭素へのシフトは国家間の次世代エネルギー覇権を争う舞台でもある。石油から再生可能エネルギーへと明確なビジョンを打ち立て、潤沢なオイルマネーを回しながら推進するUAEは、2030年までに世界水素市場*の25%のシェアを目標としている。
*ブルー水素、グリーン水素を含む
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)